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三章『案内人』

 キュールを後にしたカリクは、まず東の都市であるニケアを目指すことにした。目下問題となるのは、移動の手段がないことだった。車は上流階級の乗り物で、鉄道はまだ首都周辺にしかない。数年後であれば、首都と東西南北の主要四都市に路線があったかもしれないが、まだ存在していない。必然的に、馬車か徒歩しかなかった。

 そんな背景があり、彼は二、三時間ほど馬車に揺られ、ニケアにたどり着いたのであった。

 東の大都市、ニケア。首都には劣るものの、東部軍の本拠地があり、大きめの建物も数多い、発展した街だった。メインの通りは石造りで横に広く、車もそれなりに目につく。また、機械や建築に使われる部品を作る企業、ひいてはその工場が多く、“産業のニケア”という通称があった。ちなみに他の方面の都市にも特色があり、北は“観光のミリシア”、西は“食物のルクス”そして南は“貿易のレンバー”とそれぞれ呼称されている。

 街の入り口で馬車から降り、中心部の東部軍基地へ伸びる灰色の大通りを見つめてから、カリクは家から持ってきたものでは足りないであろう食糧を買い足すため、買い物へと出た。

 敵の目がどこにあるか分からないため、軍との接触は避けたかった。だから、父親に会う気は、なかった。




 長旅向けの商品を扱う店で食糧を購入し、カリクは店先で足を止めて口元に手を当て、あることを考え出した。

(さて、こっからどうするか。やっぱり、馬車しかないのか?)

 なぜ悩んでいるかといえば、真っ直ぐに首都へ向かう馬車は意外に少なく、回り道をして最終的に首都へ向かうものが多かったからである。時間が惜しい彼としては厄介だった。かといって他の手段は今のところない。

 と、身体に軽い衝撃が伝わった。軽くよろける。

「っと……」

「おっと、悪いね」

 何かと思えば、同い年くらいの少年とぶつかったのであった。背丈はカリクよりも低く、体型は平均的なものだった。彼は軽く頭を下げ、その場を離れようとする。

 しかし、

「ちょっと待て」

 カリクは少年の腕を掴み、強引に引き止めた。

「ちょっ、なんだよ」

 驚いた顔を向けられたが、“ごまかされない”。

「何か聞かないと、分からないか? 盗人」

 言い放つと、少年は目を見開き、それから微笑んだ。

「へぇ、やるなぁ。でも、俺っちとしては捕まるわけにいかないんだよねぇ」

「なんだと?」

 カリクが眉をひそめたのもつかの間、少年が銀色に鈍く光る何かを右手に持ち、カリクの腕目掛けて振るってきた。反射的に手を離す。先ほどまで腕があった空間を切り裂いたのは、小振りのナイフだった。

「やっぱり、反応いいね。でも、気づくだけじゃ駄目だぜ。じゃーな!」

 周囲がナイフを見て騒然となっている中、肩を解放された隙に少年は逃げ出した。

「ちっ、待て!」

 すぐさまカリクも後を追う。さすがに、街中で銃を抜くわけにはいかないため、そうするしかなかった。

 これからのことを考えると、財布を取り返さないわけにはいかない。




「あんた、いい加減、しつこいぜー!」

「お前が足を止めたら、あきらめてやるよ!」

 二人の少年は、街中で壮絶な追いかけっこを展開していた。二人ともなんてことのない様子だが、人混みの間を縫ってかなりの速度で走っているため、実際はどちらもとんでもないことをしている状態だったりする。

 付かず離れずを保っていたが、スリの少年はやがて街の郊外に建つ、寂れた屋敷へと逃げ込んだ。横に広く、二人の背よりも高い門の脇に空いた穴から、敷地内へと入っていく。

(廃虚か……。奴の住処か? それとも、罠か?)

 迷いつつも、カリクはそれを振り切って同じ穴を通っていく。前を行く少年は、既に屋敷の扉を開き、建物の中へと入って行っていた。

「逃がすか!」

 罠だとしても、追うのをやめるわけにはいかない。サリアを助けに首都へ行くには、どうしても必要なものなのだ。

 堂々と正面から入り込むと、薄暗さと埃っぽい空気に包まれた。二階建てで、前には上へつながる大きな階段があり、真ん中の踊り場から二つに分かれていた。上がりきったところからは左右に廊下が伸びており、何より目立つのは二階につけられている四つ並ぶ大きな窓である。また一階も左右と斜め前の左右に他の部屋へ通じているのであろう扉があった。

 そして、

「ここまで招いたのは、あんたが初めてだよ。ただもんじゃないね!」

 スリの少年は、二階へ続く階段の途中にある踊り場に立っていた。仰々しく両手を開いている。

「そりゃどうも。生憎、鋭才教育を受けて育ったんでね」

 昨日、サリアを誘拐した男にも言った言葉を返した。不敵に笑ってみせる。

「へぇ。奇遇だな。俺っちもおんなじようなもんだ」

 すると、少年も同じような表情を浮かべた。ゆっくりと、獲物を手にする。銀色を放つそれは、ナイフだった。

「何本あるんだ、それ」

「さあ。とりあえず、たっくさんとだけ言っとくよ」

「ああ、そうかい。そういう認識にしておく。まあ、こっちも武器を使わせてもらうけどな」

 軽い調子の少年に、肩をすくめてみせてから、カリクも銃を抜いた。余裕の表情を崩さなかった少年が、わずかに頬を引きつらせる。

「えーと、うちの国って、未成年が銃持ってよかったでしたっけ」

「そんなもん、決まってるだろ」

 カリクは銃口を上へと向けた。

「もちろん、違反だ。でも、そっちもスリだから、犯罪者なのはおあいこだろ」

 ためらいなく、引き金を引いた。甲高い銃声が響く。狙いは、少年の足。

「いった!」

 見事に当たったが、弾は足の皮にも届くことなく、乾いた鉄の音を上げさせただけだった。

「……足にまでナイフを隠し持ってんのかよ」

「言ったろー、たっくさん持ってるって。それより、いったいんだけど。ヒリヒリする」

「それで済んで良かったな。本当なら、穴が空いてたんだ。ナイフに感謝するんだな」

 言葉を交わしつつ、次に狙う場所を考える。彼は足を撃つことで、命には別状ないようにしようとしていたのだが、無理そうだった。かといって、他にどこを狙えばいいかも分からない。

(そもそも、あいつが逃げない理由が分からない。街中でなら、騒ぎを起こせば乗じて逃げられたかもしれないのに)

「どうしたんだよ。こないなら、こっちからいくぜ」

 照準を合わせかねていると、少年が高らかに宣言した。どこからともなく手品のように複数のナイフを出し、指の間に挟んで構える。

「おらっ!」

 その中の二本を、的確にカリク目掛けて飛ばしてきた。階段下にいたカリクは、横にステップを踏んで避ける。

 が、

「あめぇ!」

「なっ!?」

 そこにもナイフが飛んできた。脇腹を捉えている。

「くそっ!」

 仕方なく、銃で対処する。銀の物体を弾いた。床にちょうど刃先が刺さる。

「へぇー。やっぱりやるねー」

「お前がそれを言うかよ。ただのスリにしては、レベルが高すぎるぞ」

 楽しそうに見下ろしてくる少年に、カリクは吐き捨てるような口調を向けた。

(俺が避ける方向を読んでたんだろうな。まさか避けたところにも放っているとは思わなかった)

 実際のところ、相対している少年は、あまりに手慣れすぎていた。銃を持った相手にそれほど尻込みもしていないのも、ただの孤児とは思えない。何かしらの訓練を受けたことがあると考えるのが自然だった。

「でも、いつまで保つかな? どんどん行くぞ!」

 第二陣が放たれる。たった一本だが、避けた先にもくるのは予想がついた。

「ちぃ!」

 手の内を理解しつつも、まずは“見せ”であるナイフを左に避ける。次に来るであろう攻撃を予測し、横へ銃口を向けた。しかし、予想外の光景が、彼の目に飛び込む。

「三本!?」

 向かってくるナイフが三本に増えていた。縦に列をなすように並んでいる。とても、拳銃一丁で対応しきれない。とりあえず、一番上にある肩口を狙ったものを撃ち落とす。他二つはどうしようもなく、身体に受けた。

「ぐうっ……」

 呻き声が漏れる。脇腹は隠して巻いている銃のホルスターで、ダメージを軽減させたが、右足の膝辺りに深く刺さった。ズボンに血が滲む。

「悪いなー。俺っちってば、ちょっと訳ありな人間だから、ここまでしっかり顔を覚えられると、厳しいんだ。だから、不本意だけどあんたには死んでもらわないと困るわけ」

 カリクへダメージを与えたのを見て取ったからか、少年が口を動かす。どうやら、姿を覚えられては不都合な事情があるようだった。

「そうかよ。そりゃまた、運がないな」

 痛みを堪えながら、脇腹のナイフを引き抜く。足のものは、出血が酷くなるのが目に見えていたので、刺さったままにせざるをえなかった。

(どうする。獲物がナイフだから、あっちは確実にトドメが指せるくらいにこっちが動けなるまで、この戦法でいくつもりだろうしな)

 少年の方を睨みながら、カリクは頭を回転させる。こんなところで死ぬわけにはいかない。かといって、財布を諦めるわけにもいかなかった。それに、目の前の少年はただ者ではない。場合によっては、戦力にできそうだった。

(このまま、同じことを繰り返してもジリ貧になるだけだ。武器切れを待つわけにもいかない)

「言っておくけど、逃げられはしないぜ。背中を見せたら、そこであんたは終わりだ」

 手元でナイフを弄びながら、少年は微笑を浮かべる。元から引く気のないカリクには、ちっとも役に立たない警告だった。

(仕方ないな……)

 カリクは、腹を決めた。肩から提げたカバンを、左手で掴む。

「さあ、またいくぜ!」

 三度ナイフが飛ばされる。今度は、避けずに自分目掛けてきたのを真っ先に撃ち落とした。

「甘いね。あんたも、その程度か」

 少年が冷たい声を出す。奥にもう何本か別のナイフがあったのである。先ほどと同じく、縦に三本並んでいる。さらには、左右にも一本ずつ放たれていた。

(きた!)

 しかし、“計算通り”だった。まず正面の一番上を飛ぶナイフを右手に持つ銃で撃ち落とす。残るは二本。

「よっ!」

 声とともに、カリクは前へ飛び、身体の前にカバンを回した。下のナイフは飛び越し、彼の腹部を捉えていたナイフはカバンに刺さる。

「なっ!?」

 カリクが銃だったからだろう、突っ込んでくるとは思っていなかったようで、少年は目を見開いて驚きを示した。ほんの僅かな間ながら、動きが止まる。それでも、カリクには充分だった。階段を一気に駆け上がる。

 少年が我に返り、迫るカリクへ攻撃を仕掛ける。両手から一気に四本を横に列を作って放ってきたが、

「甘い。狙ってる軌道が見えすぎだ」

 動揺している相手の攻撃を見切るのは、造作もなかった。真ん中二本の間に身体を通す。そのままの勢いで、間合いを詰めた。

「くそっ!」

 少年が連続で何本か放ってきたが、カリクは神がかったスピードで、自分の進むルートのものをすべて銃弾で床に落とした。それも、段を上りながらである。

 少年の手元には、ナイフがなかった。後退しつつ、武器を取ろうとしていたが、

「ずいぶんと余裕なさそうだな」

 カリクはその隙を逃さない。最後の一詰めをする。

「終わりだ」

 そして彼は、引き金を引いた。ただし狙いは、少年の身体ではない。銃口は、相手の靴を捉えていた。

「おわっ!?」

 けたたましい金属音が響き渡る。“刃物を仕込んだ靴”で蹴りを入れようと、足を上げていた少年は、銃弾を受けた衝撃で、背中から床に倒れた。容赦なくカリクは敵の腹を踏みつけ、銃を向ける。

「チェックメイトだ。全身にナイフを仕込んでるお前なら、靴にも何かあると思ってたぜ。残念だったな」

 少年を見下ろしながら、カリクは表情を崩さずに告げた。全身に武器が隠されているのなら、追い詰めたとき一番注意が疎かになりやすい足の方にもあると考えたのである。予想通りだった。

「ぐっふ。や、やっぱり、ただもんじゃないな、あんた」

 足蹴にされながらも、少年は笑ってみせた。抵抗しないことを示すため、手を上げている。笑みは硬い。

「とりあえず、まず財布の場所を言え。話はそれからだ」

「わ、分かったよ。ケツのポケットだから、このまんまじゃ取れないぜ」

「そうかよ。じゃあ、やっぱり順番を変える」

「いっ?」

 少年の頬が、さらに引きつる。

「どうしたよ。足をどかした瞬間に何かするつもりだったか。それともポケットに何か仕掛けでもしてたか」

「い、いやいや。滅相もない」

(絶対になんかあったな……)

 まだ油断できない相手であることを再認識する。ただ、だからこそしたい話があった。

「俺は今、首都に向かってる。軍の上層部と戦わないといけない。お前も一緒に戦ってくれ」

「はあ? いきなりなに言ってんだ」

 少年が素っ頓狂な声を上げた。無視して、続ける。

「お前も訳ありなんだろ。警察の世話になりたくなければ、協力してくれ。安物でよければ、食事もこっちで持ってやる」

 とても協力を頼んでいる光景ではなかった。少年も、口を空けて固まっている。

「早く答えろ、こそ泥」

 眼下にある腹を、さらに強く踏みつけた。少年が呻きを漏らす。たまらず、うなずいた。

「わ、分かった分かった。でも、一個だけ条件」

「聞くだけ聞いてやる」

「なんで軍のお偉いさん方を敵に回すことになったのかぐらいは、教えてくれない?」

 真っ当な質問だった。カリクはしばらく考えて、

「それくらいならいいだろう。事情は知ってもらっておいた方がいいしな」

 そう言ってから、今の自分の状況について話し始めた。




「“オモイノチカラ”……」

 カリクが話し終えたところで、少年が真っ先に口にしたのは、その単語だった。

「ああ。軍の奴はその力を狙って、サリアを誘拐した。俺からしたら、なんの得があるのか分からないが、間違いなくろくでもないことに決まってる」

 たった一点を除いて、普通の少女であるサリアが、どうして陰謀に巻き込まれたのかということと、彼女を連れて行かせてしまった自分の不甲斐なさへの怒りで、荒っぽく吐き捨てた。

 一方の少年はといえば、どこか上の空だった。手は挙げたままだが、カリクに意識が向いていなかった。

「で、協力はするのか?」

 話しかけると同時に軽く足へ力を入れ、強引に気を戻させる。少年は、やや顔を歪めてから応じてきた。

「にわかには、あんたの彼女が持ってるっていう力が信じられないけど、軍を敵にしてるっていうなら、俺っちと一緒だな。いいぜ、協力しても。タダでご飯も食べさせてくれるんだろ?」

 今度は、ニヤリと笑ってみせる。コロコロと表情が変わる少年を見て、今更になって不思議な奴だとカリクは思った。

「ああ。それは約束してやる。ただし、財布は返せよ」

「へいへい」

 銃口を少年から離す。妙な動きをすればすぐに撃てるように、警戒は怠らないがなんとなくもう攻撃はされない気がした。手を挙げる必要がなくなった少年が、お尻のポケットからカリクの財布を素直に取り出す。

「ほら、財布」

 カリクに投げてきた。気を引かせて攻撃かとも思い、警戒したが、何もしてこなかった。

「中身だけないとかいうことはないよな」

 銃を持っていない左手で、受け取る。少年は右手を自身の胸の前で振った。

「ないない」

「そうか」

「あ、でもやっぱ確認はするんだ」

 カリクは少年のツッコミを無視して、中身を確認する。どうやら、何も盗られていないようだった。

「しっかし、本当に強いよなあんた。いったいどんな教育受けてきたんだよ」

「その言葉は、そっくりそのまま、お前に返してやる。ただの家なし子にしては、戦い慣れしすぎだ」

「それもそうだな。まあ、ちょっと特殊な育ちをしたからね、俺っちは」

「特殊な育ち方、な。俺も特殊といえば、特殊か」

 それどころか、はっきり普通ではない。しかし、少年はそんなカリク以上に、何かがありそうな雰囲気であった。

「そういえば、あんた名前は?」

「カリクだ。お前は?」

「俺っちはレイン。よろしく頼むぜ、カリク。主に食費を」

「安物でよければな」

「問題なしだ。食えるってだけでも万々歳だし」

 互いの紹介をし、無表情に近いカリクに対して、スリの少年ことレインは笑顔を見せた。

「けど、驚いたねー。まさか、自分の財布をスった奴に協力を頼んでくるとは」

「相手がデカいからな。なんのしがらみのなさそうな、お前みたいな奴の方が味方として都合がいい。それに……」

 銃を服の中に隠れているホルスターへしまう。言葉を切ったので、レインが続きを促してくる。

「それに?」

「お前の戦い方は、ほとんど我流だが、根底に軍人の基礎を思わせるものを感じた。だから、何か因縁でもあるかと思ってな。そっちのしがらみなら、あっても困らない」

「……なるほどね」

 彼はどこか意味ありげな反応だった。おそらく、どこかしらは合っているのだろうと、カリクは踏む。

「じゃあ、行くぞ。これから、首都に行く手段を考えないと。誰かさんのせいで、余計な時間をくったからな」

 とはいえ、協力してもらえるならレインの事情に興味はなかった。さっさと廃屋を後にしようとする。

「えっ、ちょっ、もっと訊くことないの?」

「ない。それより時間が惜しいんだ。お前の詳細はどうでもいい」

「……さいで」

 一度、レインはカリクを呼び止めてきたが、肩をすくめただけだった。

「でも、荷物を用意する時間はくれよー。さすがに準備くらいはさせてくれるだろ?」

「……逃げるなよ?」

「逃げないって。あんたの話、“面白かった”しな」

 話はともかくとして、彼は旅の準備をしに、二階の奥へと走っていった。カリクは、踊り場で待つことにした。

 五分ほどで、レインは戻ってきた。小さなリュックを背負っている。

「何入ってるんだ、それ」

「んー、だいたいナイフ」

「……そうか」

 訊いておいていながらというところではあるが、彼は軽く流した。頭の中で、荷物確認は絶対に避けると、注意事項を書き入れる。元々、銃のせいで身体検査がアウトなのだが、比較的行われやすい手荷物の方もまずいとなると、色々と気を使わないといけなそうだった。

「んじゃ行こうぜー。ああ、俺っちの加入祝いでもいいぞ」

「それはない」

「即答!?」

 レインの軽口を一刀両断し、カリクは廃屋を出た。謎の少年を、協力者に引き込んで。




 それから二人は、まず古着屋へ行き、レインの服装を安物で整えた。家なし子にしてはまだ綺麗な身なりだったが、やはり普通よりは汚れていたので、違和感を消すにはそれが一番手っ取り早かったのである。結局、上は赤と黄色の派手なチェック柄のワイシャツ、下は膝や腰の部分に余裕のある迷彩柄の長ズボンという出で立ちになった。選んだのはレイン本人である。できるだけ目立ちたくないカリクは反対したのだが、

「片方が目立ってれば、もう片方はあんまり覚えられないぜ!」

 という、本当かどうか際どい意見を盾に押し通された。

 店を出て、街の中央付近にある役所へ向かう。キュールに出入りする馬車の情報を扱っている、交通局というところに用があった。

 その道すがら、カリクはレインの格好に対する周りの反応を見ていたのだが、意外にもあまり注意を引いていなかった。それどころか、上下がピンクと淡い青とか、たまにもっととんでもない格好の人がいたりで、あまりレインが派手に思えなくなってくるほどだった。

「今は、派手なのが主流なのか?」

「主流ではないと思うぜ。でも、前より増えてる。くそー、なんか負けた気分だ」

 勝っていいことがあるのかとカリクは疑問に思ったが、伝えなかった。

 そうこうしているうちに、役所にたどり着いた。二階建てながら、縦横の面積が大きい建物で、くすんだ白の外壁のあちこちに窓がある。だが、隣にある黒一色の建物の存在感に圧倒されていた。四階建ての建物に、演習場まで敷地内にある東部軍基地と並んでいたのである。

「レイン、交通局の場所は分かるか?」

「知らねー。だいたい、俺っちが役所に用があるわけないんだから、分かんないに決まってるじゃん」

「……どっかに案内図くらいはあるだろ」

 ただ、今は基地に用はない。とりあえず、役所の中へと入った。

 中は、混んでいるわけでもなく、空いているわけでもなく、そこそこに人がいた。さすがに、レインの姿が浮く。隣を歩く彼へ、

「やっぱり、買い替えないか、それ」

 そんな提案を試みるが、

「えー? パスで」

 あっさり断られ、カリクは肩をすくめた。

「おっ、ほらあったぜ、カリク」

 カリクに構わず、レインは楽しげに右前を指差した。その先には、“運行情報”と書かれた掲示板があり、近日中の馬車の運行情報が記された紙が所狭しと張られている。

「なんだ、首都行きはたくさんあるじゃん。よりどりみどりだぜ?」

 何が楽しいのか、レインはニコニコしていた。カリクは自分の額を押さえる。

「そりゃ、首都に行くのはたくさんあるだろうよ。問題なのは、遠回りなのがほとんどだってことだ」

「遠回り? おっ、本当だ。レンバー経由とかもあんのか。すげーな」

 もう一度掲示板を確認したレインが、驚きを示した。それから、カリクの方を向いてくる。

「遠回りじゃ、ダメなのか」

「できれば避けたい。一刻も早く行きたいんだ」

 首を横に振り、真っ直ぐにレインへ目を合わせる。すると、眼前の派手な少年はニヤリとした。

「じゃあ、俺っちにいい案があんぜー」

 瞬時に、カリクの頭の中で警報が鳴った。




「ここだぜ、カリク君」

「ああ、そう……」

 二人がいるのは、ニケアの郊外だった。眼前には、多くの産業廃棄物が山となっている。産業で発展している街の、裏の姿だった。オイルとサビの混じった悪臭が漂っている。

 レインが胸を張って解説を始める。

「たまーに、失敗作の車が、解体されて必要な部品だけ抜き取られた状態で放棄されてるんだ。で、車からは抜き取られたパーツも、別のときにまだ使えるのに放り出されてたりするんだ。実際、前に見たし」

 ようするに、車を見つけようということだった。カリクは難色を示したが、もし馬車を選ぶなら一日の猶予があったため、あまり期待を持たずに探しに来た次第である。

「見たことがある、か。仮に本当に車とそれに必要な部品があったとしても、動かないと意味ないぞ」

「大丈夫大丈夫! そこは俺っちにまっかせなさい」

 どこから来るものなのかさっぱりだが、レインはやけに自信満々だった。逆に、カリクは不安がじわじわと増していく。

「まあ、とにかくまずは探すとしようぜ。話はそれからだ」

「はぁ……。そうたな。とにかく、探してみるか」

 ため息をつきつつも、カリクは同意した。二人で、ゴミ山の散策を始める。




「で、ずいぶんと俺たちは神様に愛されてるらしいな」

 数十分後、カリクとレインの前には、廃棄された試作車があった。白いボディの小型車で、ボンネットは全開にされている。レイン曰わく、部品がいくつか抜かれているものの、足りないものもうまいこと調達できたとのことだった。

「いやー、まさかこんなにうまく行くとはなー」

 レインにとっても予想外だったらしい。ご機嫌に声を上げた。

「で、組み立てはどうすんだ? 俺は車の作り方なんて分からないぞ」

 そんな彼へ水を差すように、カリクは尋ねた。しかし、レインは元気なままで、こともなげに答えを言う。

「もち、俺っちがやるぜ。あと、運転もまっかせなさい!」

「仕方ない。馬車にするか……」

「待った待った! 俺っちのこと信用してなさすぎだろ! 共闘するんだから、仲良くしようぜ」

 とは言われても、そもそもは財布をスってきた相手である。戦力としては信用できても、他の部分では無条件で信頼はできない。

「むむむ。見てろよ。俺っちの技術はすごいんだからな」

 カリクの内心が伝わったのか、レインは覚悟しろと言わんばかりに、左手を腰に当て、右手で指を指してきた。

「期待しないで待っててやる。馬車が出る明日の昼まではな」

「うっしゃあ! 目にもの見せてやるからなー!」

 冷たい反応にもめげずに、彼は両手を上げて雄叫びを発した。それを見て、カリクは肩をすくめる。

「まあ、せいぜい頑張れ。俺は場所を確保して、眠らせてもらう」

「おう! って、ええっ!? そこ、そばで待ってくれるとかじゃないの!?」

「誰が待つか。一人でやってろ」

「つ、冷てぇ……」

 その後も文句を垂れ続けるレインを完全に無視し、寝床を探しに廃棄物の山を離れた。




 翌朝、日が出掛かっているぐらいに、カリクはレインの様子を見に行った。昨日別れた場所に着くと、周囲に転がっていた部品が消えていて、ボンネットの閉められた車のそばで、昨日出会った少年がタイヤ辺りに背を預けて眠っていた。

「これは……」

 半信半疑ながら、車へ近づく。見ただけでは動くかどうかが分からなかったので、

「起きろ」

「ぶふっ!?」

 傍らで目を閉じているレインの頬を叩く。足で蹴ろうかとも思ったのだが、さすがにやめておいた。

「車の修理はできたのか?」

「うー……。もう少し、愛情ある起こし方がよかったぜ……」

「叶わない願いを口にする暇があったら、さっさと訊いてることに答えろ」

 なで声を簡単に流し、カリクは先を促した。不満げに口を尖らせながら、レインが答える。

「できてるよ。もう試運転もしたし」

「……本当か?」

「本当だよ! 見てろよー!」

 寝起きとは思えないほどに、元気のいい反応が返ってきた。そのままの勢いで、彼は車に乗り込む。カリクは少し車から離れた。

 そして、窓越しに見えている少年がハンドルを掴み、足元を一度見た。

「へぇ……」

 ほどなく、タイヤがゆっくりと転がりだした。車が、動いていた。少しだけ進んですぐに止まり、レインが鼻息荒く降りてくる。

「どうよ、カリク君! しっかり直してみせたぜ!」

「そうだな。文句なしだ」

 素直に彼の手腕を認めた。ますます何者なのか怪しんでもおかしくないところだが、あくまでカリクは気にとめない。いくつか、車に関する質問をする。

「で、運転もできるんだよな」

「もち! でなきゃ、こんな提案しないって」

「じゃあ、燃料はどうするんだ?」

「そりゃお前、決まってるだろ。俺っちたちが買えるわけないんだから、方々からちょっと拝借すんのさ」

 二つ目への答えに、カリクはため息をついた。正直、どうせそんなことだろうという予想は持っていたのだが、実際にうなずかれると、頭を悩まさざるをえなかった。

「まあ、他に方法がないから、仕方ないことではあるんだけどな」

 手を額に当てながら、つぶやくように言う。車の免許を取れるのが十八歳から、それも今は上流階級の人間でないとそうそう取得者がいないのだ。バカ正直にガソリンを買いに行ったところで、売ってもらえるわけがなかった。

「なーに。俺っちたちがちこっと盗んだくらいで、不利益になったりしないって。捕まらなきゃいいだけだし」

 さもたいしたことではないかのような言い草だったが、時間の惜しいカリクとしては一度たりとも捕まるわけにはいかないため、かなり重大なことである。少しずつ遅くなるだけでも、サリアの安否は確実に怪しくなっていくのだ。また、なにより捕まらなければいいだけというのが、そもそも一番大変な点なのである。

 とはいえ、同じく時間を考えると、ガソリンを盗難するリスクを加えてなお、車で移動した方が効率的だった。腹を決める。

「仕方ないな。俺も盗人になってやる。お前も、捕まるなよ」

 犯罪を犯さないことよりも、サリアを助けられるかどうかの方が、彼には重要だった。

「合点!」

 レインが明るく返す。顔には満面の笑みがあった。

 こうして二人は、薄汚れた白の小型車に乗り、ニケアを後にした。首都へとたどり着くために。

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