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十六章『邂逅』

 車で待機していたサリアは、シルラが斬られたのを目にし、

「シルラさん!」

 と、思わず叫んだ。飛び出したい衝動に駆られたものの、自分が飛び出してもどうにもならないと、どうにか言い聞かせて耐えた。

 さらに展開を見守っていると、レインがこちらへ走ってきた。どうしたのかと思っていると、彼はそのまま車に乗り込んできた。奥に身を引きながらも、まず問いを投げた。

「邪魔するぜ、サリアちゃん」

「な、どうして、貴方が乗ってくるんですか?」

「どうしてって……、ああ、外のやりとりが聞こえてなかったのな。納得納得」

「納得じゃなくて、私にも説明してください」

 一人でうなずく彼に、そう求めた。

「ああ、カリク君がな、とにかくあんたの逃走を優先させて、運転手は俺っちでもいいって判断したのさ。俺っちも、運転できるし」

「じゃあ、貴方って十八歳より上なんですか?」

 運転の心得があると言うので、サリアは年上かと思ったのだが、

「いや、十六歳だけど。育った環境が特殊だったもんでね。免許はないけど、安全運転に心掛けるし、非常時だから見逃してくれ」

 右手を振られて否定された。彼は車内をあちこち見回すと、サリアの方を向いてきた。

「あんた、鍵はもらってる?」

「えっ、あっ、はい。これです」

 シルラが手を離す直前に握らせてきた鍵を差し出した。彼はお礼もそこそこに受け取ると、エンジンをかけてすぐに発進させた。

(カリク……、シルラさん……)

 後ろを向き、身を乗り出して窓からカリクたちを見る。ミッドハイムを挟む形で、固まっていた。どんどん離れていき、やがて車が左に曲がったことで完全に視界から消えた。

「はてさて、こっからが問題だな。裏口が全滅してるの、まだ誰も気づいてなければいいんだけど」

 直線を走りながら、レインがつぶやく。前に視線を戻すと、その裏口らしき場所がかすかに見えた。戦車と砲車と思しきものがあったが、人間の姿は確認できない。

「んー、大丈夫か。用心はするけど」

 彼も同じ状況を確認し、アクセルを踏み込んだ速度を上げ一気に距離を詰める。外が端に覗く位置まで来ると、ブレーキを踏みながら慎重に戦車の横に入った。何もなく、無事に通過する。

「どうやら、まだバレてなかったらしいな。ツイてるかも。さて、問題はこっからだな」

 ハンドルを右に切りながら、レインがつぶやいた。サリアが、意味を尋ねる。

「問題って、何がですか? ニックさんのところに向かうだけでしょう?」

 彼は、チッチッと指を左右に振った。

「シンプルにはそのとおりだけど、そのニックさんとやらに会うまでが大変なのさ。道中にも兵士がいるだろうし、門で混戦になっていたら、ニックの陣営側にたどり着くのも一苦労だ。あんたを逃がして終わりじゃない。あの二人も、死なせないんだろ?」

 言い終えると、不敵に微笑んだ。一度ポカンとしてから、サリアは強くうなずく。

「はい。助けも呼ばないと」

「そういうこと。時間との勝負だ。飛ばすぜ、サリアちゃん」

 ふと、アクセルを踏み込む彼の横顔に、既視感を覚えた。以前、どこかで見たような、そんな感覚だった。サリアが答えに至ることができないまま、車は西門へとひた走る。

 街のあちらこちらにいる軍人たちの目を欺きながら、サリアたちの車は門へ直線に伸びる通りにまで出てきた。後方には本部基地の正面出入り口が見えていたが、軍用車に乗っているからか、攻撃を受けたりはしなかった。多少、怪しいとは思っているのか、何かコソコソとやりとりしているようには見えるが。

 前へ向き直ると、かすかにではあるが、人の塊が見えた。粉塵が上がっている。

「さて、あそこに向かわないとな」

 運転手であるレインが、戦場を見据えて、言った。少しずつながら、近づいていく。

「なんだ、あの車」

 すると、対向車線を走ってくる車が見えた。

「向こうから来るとなると、伝令とかでしょうか」

「そうかもしれないが……」

 サリアの意見を否定こそしなかったものの、レインは首をひねった。距離が詰まり、対向車の中が見える。瞬間、二人ともが反応した。

「ニックさん!?」

「あれは……!!」

 急ブレーキをかけ、車を止める。サリアが前につんのめるが、レインは気にもかけなかった。そのまま、外に飛び出す。対向車もサリアに気づいたらしく、止まっていた。サリアも、車から降りる。走っていくレインが見えた。

(どうしたんだろ、レインさん。あんなに血相を変えて)

「サリアちゃん!」

 対向車に近づいていくと、それから降りてきた人間に名前を呼ばれた。こちらからも呼び返す。

「ニックさん!」

 あちらが駆け寄ってきたので、サリアもそうした。親に等しい存在である彼に、抱きついた。助けを求める。

「カリクが、カリクが……! それに、シルラさんも……!」

 いきなりの言葉に、ニックは抱擁をやめ、こちらの肩を掴み、目線を合わせてきた。

「落ち着いて、サリアちゃん。いるんだな、カリクはこの街に」

「はい。私を逃がすために、今、軍王と戦ってます」

「どこだ。どこで戦ってる」

 口調はゆっくりとさせているが、肩を掴む力が強くなったことから、余裕はそこまでないようだった。

「本部基地の駐車場です。そこで、カリクは軍王と戦ってます。シルラさんと一緒に」

「シルラ……。なるほど、あの男の考えていたとおりなわけか。彼女に、君は助けてもらったんだな」

 大きくうなずく。ニックの言葉が気になったものの、今は問いかける時間も惜しい。

「ニックさん、早く二人を助けに行かないと。軍王は、強すぎます」

「分かってる。急ごう」

 サリアの訴えに、彼は同調し、後ろを振り返った。そこで、動きを止めた。不可解な光景があった。

 二人の人間が、対峙していた。奥側に立っているのは、ガヌだった。生きていたと、サリアが安堵したのもつかの間、手前にいるレインが、両手にナイフを構えていた。背中しか見えないのに、尋常ではない殺意を放っているのが分かる。ニックが近づいていくのにならい、事情が飲み込めないながらもついていく。

「ガヌ=ロード」

 口を開いたのは、レインだった。表情が見える位置まできてみると、彼は先ほどまでとは打って変わって、ギラギラとした目をしていた。対するガヌは、真っ直ぐにレインと向き合っているが、瞳にそこはかとない悲しみを湛えている。

「やっと会えたぜ。どうだったよ、弟を軍の研究材料にして得た軍人の身分は」

「弟……?」

 サリアは、驚きからつぶやいた。

「あれが、レイン=ロード、ガヌの弟か」

 傍らのニックは知っていたらしく、重々しく言った。

「やっぱり、あいつについてきて正解だったぜ。俺っちが首都に戻ってきた本当の目的は、あんたに会うことだったからな」

 レインがしゃべり終えると、沈黙が訪れた。ガヌが、何も返さないのだ。しびれを切らしたレインが、まくし立てる。

「なんとか言ったらどうなんだよ、兄貴。感動の再開だぜ。それとも、何年も前に関係を絶った奴には、何も言うことはないってか」

 身を前に乗り出し、唾を飛ばす。そこで、ガヌがようやく重い口を開いた。

「それで、お前は俺をどうしたいんだ」

 答えは、早かった。

「殺す。俺を売って、のうのうと暮らしたあんたを、俺っちは許さない」

 ナイフを構え、臨戦態勢をとる。本気なのは、明らかだった。

「そうか」

 ガヌの反応は、淡白だった。まるで、これが当然と言わんばかりに。

「ちょっと待ってください!」

 待ったをかけたのは、サリアだった。

「詳しい事情は分からないですけど、今ここでお二人が争う理由はあるんですか。こうしている間にも、カリクとシルラさんは危険にさらされているんですよ」

 声を荒げて、訴えかける。二人が対峙している意味が分からなかった。

「悪いな、サリアちゃん。確かに、あんたの言うとおりなんだが、俺っちはこの男を殺すために首都にきたんだ。カリク君の生死よりも重い」

 レインの反応は冷めたものだった。期待を込めて、ガヌへ目を向ける。

「そんな目で見ないでくれ。これは、俺の罪だ。こいつが俺のことを第一にしてるなら、応えなきゃならない」

 しかし、こちらも受け入れてくれなかった。

「そんな……。誰かの命を助けるよりも、重要なことなんですか!?」

 泣き叫ぶように、問いかけた。

「誰かを助ける力があるのに、自分のことに走るって言うんですか!」

 心の奥底からの主張だったが、二人には響かない。

「ああ。軽蔑してくれていいぜ。こいつを殺すことが、俺っちのすべてなんだ。他のことは二の次だよ」

「俺もそうだ。こいつに縛られているから、どうすることもできない。謝ってもどうにもならないが、すまない」

 どちらも、応じる気は皆無である。サリアは、拳を握りしめた。キッと、二人を睨みつける。怒りが、こみ上げていた。同時に、得体の知れない何かが、内側から湧き上がるのを感じた。“力”とよく似ていたが、感覚が違った。

(カリクを助けてよ)

 心が告げる。思いに任せて、感情に身をゆだねると、形のないものを捕らえた感触がした。レインが一瞬、目を見開いた。

 そこで、

「やめとけ、サリアちゃん。時間の無駄だ」

 ニックに肩へ手を置かれ、サリアは我に返った。同時に、レインががっくりと肩を落とし、まばたきを繰り返した。向かい合っていたガヌは、怪訝な表情を浮かべたもののすぐ真顔に戻る。

「こういう奴らは、貸す耳を持っていない。説得の意味はない」

 ニックの口調は、平坦だった。部下に指示を出す。

「マルク、サリアちゃんを安全な場所に連れていけ。街の外に出られなさそうなら、無理に出るな。ほとぼりが冷めるのをまて」

「はっ。少将はどうなさるおつもりで?」

「訊くなよ。分かりきってるだろ」

 上司の性格を把握している部下は、敬礼をした。親愛と、敬意を込めて。サリアも察する。彼は、間違いなくカリクを助けに行くつもりなのだ。

「この子を頼むぞ。あと、一つだけ言っておく。たとえ結果がどうなろうと、判断を迷うな。いいな」

「肝に銘じ直しておきます。ご武運を」

 部下は改めて敬礼すると、サリアの方を向いた。

「行きましょう、サリアさん。必ず、お護りします」

「でも、ガヌさんたちが」

 二人を残して去ることに抵抗を見せると、ニックが耳元で囁いた。

「サリアちゃん、二人は俺たちにはどうしようもない。だが、シルラとかいう奴なら、説得できるかもしるない。だから、今は逃げてくれ。後は大人に任せろ」

 シルラの名前は大きかった。ガヌを思いとどまらせられる、強力な人物である。彼女なら、あるいは止められるかもしれない。

 それならばと、サリアは腹を決める。ニックに対して、言い切った。

「いいえ、逃げません」

「なんだって?」

 思いもよらぬ拒否に、彼は眉をひそめた。その反応を意に介さず、サリアは睨み合う兄弟の間に移動した。その場にいる全員が、呆気にとられる。

「おいおい、なんのつもりだよ、サリアちゃん。今の俺っち、冗談に付き合う余裕はないんだけど」

 すぐさま、レインが噛みついてきた。冷ややかに返す。

「冗談のつもりはありません。本気で、今こうしているんです」

「どういう意味だ」

 ガヌも、額にシワを寄せていた。

「貴方たちの邪魔をするってことです。どちらにも、死んでほしくないから」

 二人の動揺をよそに、サリアは堂々言い切る。真剣な気持ちが、表情に出ていた。

 ニックが、頭を抱える。

「あー、そうなっちまうか。マリク、サリアを死なせるな。この状況が打破できるまで、あの二人から護れ」

「……話が読めないのですが」

「時間稼げってことだ。頼むぞ。あの子は、ああなると意地でも曲がらないんだ。俺はミッドハイムのところに行く」

「……了解です」

 部下の男は、まだ何か言いたげだったが、すべて飲み込み、短く応えた。

「サリアちゃん、無理はするなよ」

「分かってます」

 最後にニックは、そう声をかけてくると、自分の乗ってきた車に乗り込み、勢いよく発進した。

 四人が残る場に、沈黙が流れる。

「どく気はないんだな、サリアちゃん」

「はい。お二人が、カリクを助けに行くまでは。私に戦う力はないですが、意志はあります」

 レインの問いかけに、サリアははっきりと言い放つ。瞬間、ナイフが飛んできた。目を閉じることなく、迎える。前方に人影が割り込んで、はじき落としたので、サリアには届かなかった。

「武器も持っていない人間に、攻撃しますか。子供とはいえ、マナーがなってなさすぎですね」

 助けてくれたのは、ニックの部下の男だった。剣を構え、レインと対峙する。

「そりゃ悪かったな。マナーなんかとは、無縁の生活を送ってきたから、知らなかったぜ」

 レインの態度は、白々しかった。部下の男が、嫌悪感を声に込める。

「なら、学んでおいた方がいい。無抵抗の人間を手に掛けるのは、畜生にも劣る行為ですから」

「ふーん。じゃあ、私闘に水を差すのは、畜生にも劣る行為ではないわけだ」

「順序の問題ですよ。貴方がたがカリク君を先に救ってからやり合うのなら、何も言わないのですがね」

 お互い引かない。空気が張り詰める。

「あんたらに、用事はないんだけどな。邪魔するなら、巻き込まれても責任はとらねえぜ」

 レインが、笑顔なく告げた。殺気を背に乗せて、ナイフを構える。

「邪魔するなと言われましても、こちらも任務ですので、どうもできないですね。貴女も引く気はないのでしょう、サリアさん」

「もちろんです」

 男からの問いに、サリアは深くうなずいた。直後、舌打ちが耳に届く。

「いいねえ、自分の身を護る盾があって。それがなかったら、あんたは立ってないだろう?」

 レインである。眉をひそめ、口を尖らせていた。その指摘に、首を振る。

「いいえ。もし、私一人だったとしても、同じことをしました」

「言ってくれるね、サリアちゃん。まあ、実際に確かめてないことだから、いくらでも好きに言えるよな」

 話し方は穏やかだったが、相反する感情が、貧乏揺すりのようにかかとを地面から上げたり戻したりを繰り返す、という行動に表れていた。

「そうですね、確かにそうです。でも、今の私は助力がなくてもこうしていた自信があります。それで、十分です」

 彼の言葉を一部肯定しつつも、強く言い切った。サリアが今、そう信じられるのなら、他の“もし”は考えるだけで無駄なのだ。さらに、付け足す。

「けど、訂正は必要ですね。ニックさんがいなかったら、こんなことをしようとは思いませんでしたから」

 頭にあるのは、彼が呼びにいった、一人の女性軍人のことである。ガヌにとってのキーパーソンで、不毛な戦いを止められるかもしれない存在だった。その可能性に賭けるには、まず彼女の到着までガヌを攻撃させない必要があった。

 ゆえに、サリアはどかない。

「貴方が矛を収めるまでは、邪魔します」

 意志を示した。迷いは、ない。

「カリク君が惚れ込むだけあるぜ。ずいぶんとまあ、しっかりした考えをお持ちみたいだからな。でも、下手に他人のことに首を突っ込むと、痛い目見るぞ」

 レインの額に寄るシワが、増えた。

 ここまでのやりとりに、ガヌは反応を示さなかった。睨み合うレインと部下を横目に、サリアは彼に問う。

「貴方は、何も言わないんですか」

「ああ。俺は流れにすべてを任せるだけだ。レイン次第なんだよ。君の介入は予想外だけど、君へ攻撃することは俺にはできない。かと言って、味方に回ることもできない。見守るしかないんだ」

「そうですか」

 それ以上のことは、言わなかった。こちらはこちらで、説得は無理そうだった。

(でも、シルラさんなら……)

 ゆえにサリアは、兄弟の間に立つ。細くか弱い希望を持って。




 本部駐車場では、銃撃と剣、それから荒い息づかいで包まれていた。

 カリクは、自分の乱れた呼吸を耳に入れながら、銃を握っていた。敵を挟んだ向かい側には、肩で息をするシルラの姿がある。二人とも、生傷が多数あった。

「ここまで難易度が高いと、笑えてくるな。少しは思わせぶりなことをしてくれてもいいと思うんだが」

 血を流しすぎたため、精神力で意識をつないでいるカリクが、そんなことを言う。強気な性格を持ってしても、口にせずにはいられなかった。

「敵に、そんな気遣いを見せるようでは、頂点など務まらないのですよ。自力でなんとかしなさい」

 二人に挟まれているミッドハイムは、傷一つ負っていなかった。両方の弾切れを警戒し、互いに弾倉補充の時間を作って攻撃し続けていたのにも関わらず、こちらの傷が増える一方だった。

「アドバイス、どうも。傷み入るな」

 言葉ほど、カリクに余裕はない。糸口を掴めない戦いに、身体はもちろん、心も疲弊していた。シルラにも、言えることである。

 ごり押しで勝てるわけはないとは思っていたのだが、傷一つつけられないのは予想外だった。剣さばきが早いせいで、空振りの後の隙もなく、どこをどのタイミングで狙えばいいか、取っ掛かりすら掴めない状態だった。

「今のうちに、せいぜい悩みなさい。もう、それすらもできなくなるのですから」

 ミッドハイムが、右半身を引いた。左足を軸に、カリクとの距離を詰めてくる。

 斬撃が、あらゆる方向から襲いかかる。カリクは、瞬時に右手の武器をナイフにスイッチし、片方の剣を受け止める。左手の銃で、至近距離から弾を撃ち込むが、防御された。舌打ちする。

 ミッドハイムの側面からシルラも仕掛けるのだが、ことごとく彼の身体には届かない。もしくは当たらない。

 もう一度、剣を受け止めたとき、カリクはわずかにフラついた。シルラの援護で間を取るが、限界を意識せざるをえなかった。

「そろそろ、底が見えてきましたね。弾も、予備が尽きそうなようですし、早めにあきらめていいと思いますよ。二対一とはいえ、私相手にここまで善戦できれば、たいしたものです」

 ミッドハイムもこちらの状態を見切っており、余裕が増していた。それでいて、油断がないのがカリクたちには不都合だった。

「貴方がたが、私に従順な部下であれば、よかったのですがね。殺すのが惜しいかぎりです」

「そう思うなら、俺たちは殺さずに、あんただけ死ねばいいと思うぜ。そうすれば、惜しまずに済むだろう」

 カリクがそう言うと、ミッドハイムは声を上げて笑った。

「面白いことを言いますね。ありえませんが」

「そうだろうな」

 本気ではなかったので、適当に流した。大きく息を吐き、前を見る。考えても、手が思いつかない。

「お困りみたいですね。潔く、あきらめてはいかがですか」

「馬鹿言え。俺はあきらめが悪いんだ。だいたい、勝つ奴があきらめるのは変な話だろ」

 ミッドハイムの言葉に、そう返すと、彼は盛大に笑った。

「勝つことすら、まだあきらめていませんか。面白い人ですね。その顔を、絶望で塗りつぶしてあげますよ」

 剣をこちらに向け、妖しく微笑む。

「さあ、貴方の人生の最終章です。醜い最期を迎えなさい」

 言い終わると共に、また攻勢に移ってきた。一発一発が、どんどん重くなる。

(このままじゃ、まずい)

 金属の打ち合う音と、銃声が乱れ飛ぶ。赤い液体が、地面に落ちる。息が、視界が、想いが、自覚できなくなっていく。

(サリア……)

 想いが、一瞬で燃え上がった。消えゆく直前の、朧気な火なのかもしれないが、カリクは歯を食いしばった。

「まだまだだな。ああ、まだまだだ。俺は退かねえよ、ミッドハイム」

「サリアが支えというわけですか。私が、一番嫌いな活力ですね」

 興が冷めたと言わんばかりに、ミッドハイムから表情が消えた。

「そうですか? 俺は好きですがね、そういう幸せに溢れた活力」

 そのとき、聞いたことのある声が、駐車場に響いた。滅多に顔は見れないものの、間違いなくカリクの知る中でもトップクラスの実力を持っている人間のものだった。車から降りた彼は、銃を持った右手とは逆の手で、降りた車のドアを閉める。

「……カリク=シェード。貴方は、かなりの幸運ですね」

「貴方は……」

 シルラが、現れた人間を見て息を呑んだ。カリクは、笑みを浮かべる。

「戦場はいいのかよ。指揮官なのに」

「指揮官がいなくても、立派に動く部下たちだからな。心配することはないさ」

「そうかよ」

 押され続けていたところにきた新しい風は、折れそうな心を持ち直させた。戦場に駆けつけた男が、名前を呼んでくる。

「久しぶりだな、カリク」

「ああ、久しぶりだな、親父」

 カリクの父である、ニック=シェードだった。間違いなく、カリクよりも腕の立つ戦力である。

「まさか、貴方本人が来るとは思いませんでした。ですが、残念ながらサリアはもうこの場から脱出していますよ」

 佇むミッドハイムが、ニックの方へ顔を向けた。余裕ある態度は崩れていないが、やや拳に力を入れたように見える。

「知ってますよ。さっき会ったかりですから。ですが、元凶を潰さないことには、意味がない。頭をとれば、この戦いに勝てますしね。それに、息子が戦っているんです。父親の俺が、戦わないわけにはいかないでしょう」

 ニックは、飄々と応えた。手元で、銃を遊ばせている。ミッドハイムが額にシワを寄せた。

「父親、ですか。そういった、つながりの力というのは、大嫌いなのですがね」

「でしょうね。貴方は、頂点であるがために、独りを徹底してきた。つながりなんて、貴方には必要なかったから。自分の認めない力には、嫌悪を持つものです。俺が、貴方の考え方を嫌っているように」

 さらりと返す。自分の組織の頂点に対し、ニックは遠慮などしなかった。敵は、軽く息を吐き、微笑をまた自分に張り付ける。

「よくお分かりで。軍人よりも、精神分析の学者になられてはどうです」

「遠慮しておきます。学者になったら、自分で誰かを直接護れませんから」

 提案を簡単に蹴る。ミッドハイムから目を離し、カリクの横の方にいるシルラに合わせた。

「あんたが、シルラ中尉だな」

「ええ、そうですが」

 突然、話を振られた彼女は、首を横に傾けながら、言葉を返した。

「すぐ、車に乗って、中央通りに行け。お前の大切な奴が、面倒な心境になってる。説得してきてくれ」

「はい?」

 ニックのざっくりした説明に、シルラは顔をしかめた。カリクも事情がさっぱり飲み込めない。

「端的に言うと、ガヌ中尉がレインに殺されようとしてる。償いって称してな」

 次の発言に、彼女は目を見開いて固まった。軍人とは思えないくらい、大きな隙を作るほどに。他に味方がいなければ、致命的なレベルだった。

「ガヌって、昨日レインが話題に上げた奴の名前だな。殺されようとしてるって、どういうことだ? 話が読めないぞ」

 動揺した彼女より先に、カリクが尋ねた。昨晩のやりとりで、何かしらの因縁があるのは感じ取れていたが、こちらを放置するほどの何かだとは思っていなかった。

「詳しい説明は面倒だから、しない。予測だが、シルラ中尉、あんたはガヌ中尉が何かを腹に抱えていたことに感づいていたんじゃないか。その原因が、レインだったのさ」

 だが、適当に流されてしまった。代わりにニックは、シルラへ話す。彼女は、唇を噛み、うつむいた。つぶやくように、言う。

「しかし、それはガヌの問題でしょう。私が首を突っ込めることでは……」

「そんなもんは、どうでもいい」

 ニックが遮った。

「俺は単に、今戦力として動いてほしいから、あんたに奴の説得を頼んでいるが、あんた自身はそうじゃないだろ。奴は自分勝手なことを言ってるんだから、あんたも自分勝手言ってこい。それだけだ」

 強引な言い分だったが、シルラの心に届いた。顔を上げ、車へと走る。カリクとニックが牽制をかけていたので、ミッドハイムの妨害は入らなかった。

 彼女は、車に乗り込むと、すぐさま走り去った。人が入れ替わり、駐車場には再び三人が立つ。

「ほとほと、あなた方は戦力分散が好きなようですね。私は楽で助かりますが」

 ミッドハイムが口を開いた。わざとらしく、肩をすくめてみせる。

「好きでしてるわけじゃない。ただ、最善がそういう結果になるだけの話だ」

 応えながら、ニックは首をならし、敵を見据えた。

「カリク、当然まだやれるよな。じいちゃんの鍛錬を受けてきたんだから」

「当たり前だろ。そう簡単にくたばるかよ」

 父の問いに呼応した。両手に銃を構える。

「新ラウンドだ。ぶっ潰してやるよ」

「冗談としては、現実味に欠けすぎてイマイチですね。面白くないこともないですが」

 ミッドハイムが冷笑を浮かべた。

「今のが冗談だと思うなら、軍王っていうのは、国のトップにしちゃあ、ずいぶんと頭が足りないみたいだな」

「その言葉、そのままお返ししますよ。勝ち目のない戦いに臨んでいる貴方にね」

 舌戦を繰り広げ、互いに神経を尖らせていく。会話に加わっていなかったニックも、武器を構えて、集中する。

 まだまだ、長引きそうな様相だった。

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