十四章『誰もが誰かのために』
裁判所のような場所でのやりとりの後、サリアはまた地下に戻されていた。道中では例によって目隠しをされていたものの、耳から入る騒ぎから、東部軍が、カリクの父であるニックを先頭にし、首都に攻めてくるというのは本当らしかった。
(私のため、なのかな)
ベッドの上で体育座りをしながら、考える。助かりたいとは思うが、自分のために誰かが傷つくのはいい気分ではなかった。
(私は、何もできない)
カリクをただ待つだけの自分が、ひどく情けなく思えた。
うずくまっていると、扉の外が騒がしくなった。
「で、ですが中尉。ここ以上に安全なところなど、今は首都にはありませんよ。ヘタに動くよりは、留まった方が……」
「私もそう申し上げた。だが、よほどあの子は重要らしい。どうしても、首都から一旦離せとのご命令だ」
どちらも聞いたことのある声だった。一方は、外にいるのであろう見張りの男性軍人のもので、もう一方は、
「とにかく、見張りはいい。戦闘準備をしておけ」
十中八九、シルラ=マルノルフのものだった、
「はっ」
一人分の走り去る音がした後、扉が開かれた。内側にいた女性軍人が立ち上がり、入ってきた金髪の女性に敬礼する。やはり、シルラだった。
「話は、聞こえていたか」
「ところどころですが、大部分は。彼女をここから逃がすというのは、本当なのですか」
「ああ。軍王様直々の命令だ。貴女も、ここを離れて、支度をしてきなさい。そのうちに、戦いになる」
「はっ。それでは、この子のことは、よろしくお願いします」
「ああ」
女性軍人は頭を下げると、部屋を後にした。残ったのは、サリアとシルラである。
「さて、行くぞ。サリア」
「行くって、どこにですか」
尋ねると、シルラは顔を近づけ、耳元で囁いた。
「他の街に貴女を逃げす。貴女の幼なじみにも伝えてくれ。軍本部裏口で待つと」
「逃がすって、そんなこと……」
「声が大きい。外にいる人間に知られると面倒だ」
驚きから思わず声を上げると、口を手で塞がれた。目を見てきた彼女に、サリアはうなずいてみせる。解放されたところで、今度は静かに言い直した。
「シルラさんは、それでいいんですか」
「構わない。前にも言っただろう。軍を離れることには、抵抗はない」
「そうじゃありません」
サリアが気にかけているのは、そこではなかった。
「ガヌさんは……!」
明らかに、シルラの顔色が変わった。
「ガヌさんのことはいいんですか。まだ、伝えてないんですよね。待たなくて、いいんですか」
言葉を、絞り出す。シルラにとって大切な人物のことだった。
「ここから離れてしまっていいんですか。安否も分からないですけど、首都に残れば、何か掴めるかもしれないのに」
必死に訴えると、シルラが頭に手を乗せてきた。
「気にかからないと言えば嘘になるが、今は貴女を逃がす方が優先だ。奴を探すのは、逃げてからでもできる。だが、貴女を逃がすには今しかない」
彼女は、気丈にも笑っていた。ただし、とても寂しげに。
「シルラさん……」
痛ましさを感じ、目の前の女性の名前を呼ぶ。
「そんな顔をするな。私は自分のやりたいようにしているだけだ。貴女が気に病む必要はない」
つらい心境であるはずの彼女から、励まされてしまう。サリアは、唇を噛んだ。
「とにかく、今は貴女を逃がすことを優先する。行くぞ、サリア」
自分の手を握った女性に、逆らえそうになかった。だから、ただ一言伝える。
「ありがとうございます」
「……ああ」
か細い声だったが、彼女の耳には届いた。手を引かれ、地下室を出る。目隠しは、しなかった。
「攻めるなら、一極集中した方がいいと思います。首都は、全面が壁に覆われている分、横や後ろからの攻撃は仕掛けてきづらいはずですから。ただ、中に踏み込む時機を誤ると、あっという間に囲まれます」
「ふん。まあ、そんなとこだろうな。だいたい俺の見解と一緒だ。ありがとう、ガヌ中尉」
「いえ、お役に立てず、すみません」
ニックの言葉に、ガヌは頭を軽く下げた。
ニック率いる東部軍は、首都まで残りわずかの距離まできていた。道中の街で味方を増やし、さらに行軍の列は長くなっている。
ガヌは一応のところ、警戒されているため見張りをつけられているが、ニックと同じ軍用車に乗っていた。ニックは助手席で、ガヌは後部座席である。
「気にするな。元々、期待していない」
「……手厳しいですね」
遠慮も容赦もない言葉に、硬い表情で応える。息子以上に強烈だった。
「それにしても、さっきから、落ち着かないな。何か、気にかかることでもあるのか」
続けて、そう問われた。
「……そんなに落ち着いてないですかね」
「ああ。目線はあちこちに飛んでるし、たびたび貧乏揺すりしてる。それで落ち着いているんなら、辞書の内容を変えないといけねえよ」
無意識に、不安と焦りが外に出ていたらしい。
「“奴”のことが、心配か」
「半分は、それです。でも、もう半分は別の奴です」
一人の少年と、一人の同僚を思い浮かべる。
「人質扱いだっていう、同期か。まあ、お前にはそれ以上の存在なんだろうが」
ニックがいたずらっぽく微笑む。だが、ガヌは口元を緩めることができない。
「重傷だな、これは。余裕を持てなんて言わないが、周りが見えなくなると、死ぬぞ」
若くしてどれだけの修羅場をくぐってきたのかしれない男の言葉は、重く響いた。
「……分かってますよ」
うつむき加減で返す。
(助ける。助けてみせる)
とある二人のために、ガヌは心の準備をしていた。
煙の立ち込める拳銃を下ろし、息のない、自身が初めて殺した男を、カリクは見下ろした。額に、黒い穴が見える。おそらく、即死だろう。
立ちすくむカリクを現実に引き戻したのは、
「大丈夫か、カリク君」
右肩に置かれたレインの右手だった。目を閉じ、肩の力を抜く。
「ああ、大丈夫だ。急いで出よう。丸焼きになっちまう」
「同意だな。じゃあ、行こうぜカリク君」
レインが肩から手を離し、窓から外へ出た。カリクも続く。宿の正面口の方へ向かった。
外の通りに出ると、異様に静かだった。まず、人の姿がない。消防隊が駆けつけてくる気配もなかった。二人の後ろの建物は、もくもくと煙を吐いているのだが。
「なんだこりゃ。集団引きこもりか」
レインが軽口を叩いた。静寂に言葉が飲み込まれていく。
「ある種、合ってるんじゃないか? たぶん、避難指示かなんかで、どっか一カ所に集められたんだろ」
「おっ、首都暮らしでもないのに、詳しいね、カリク君。たぶん、それで正解だ」
「……軍人の息子だからな。知識はある程度持ってる」
「なるほど。じゃあ、もちろん、どんなときに一切に避難するかも分かるわけか」
「ああ。大きな災害か、そうでなければ……」
一度、言葉を切って、首都の外壁を見やる。
「戦いだ」
冷静に、口にした。
「ご名答。まあ、何と戦うのかは、よく分からないけど」
「いや、ある程度の想像はつく」
両手を天秤のように上げるレインに、カリクは首を横に振った。
「首都まで、他国がなんの前触れなしに攻め込むことはまずない。とすると、国内の何かが攻めてくることになる」
「国内の何か?」
レインが手を下げ、カリクを見る。うなずいてみせた。
「クーデターってやつさ。憶測にすぎないが、一番現実的だろう」
「誰がやるんだ、そんなこと? 相手はあの軍王だぞ。無謀じゃないか?」
「やりそうな奴を、一人だけ知ってる」
「誰だ?」
問われ、頭の中に浮かんだ人間を答える。
「俺の父親の、ニック=シェードだ」
カリクの出した名前を聞いて、レインは「ひゅー」と口笛を吹いた。
「ニックかあ。カリク君の親父さんだったか。そういえば、あっちもシェードだったな。ぶっとんだことするね」
「確証はないけどな」
ただ、その可能性は高いと踏んでいた。他に、首都に攻めそうな人間がいなかったのである。
「とにかく、俺たちも移動しないと。この場に残っても、どうしようもない」
「けど、どこ行くんだ。行くあてがないぞ」
レインの問いかけへの答えは、タイミングよくカリクの心へと降り注いだ。
『カリク! 本部基地の裏口に来て! シルラさんが車を出してくれるらしいの。急いで!』
大切な幼なじみの少女からの呼びかけだった。
「本部基地の裏口……」
「ああ?」
「今、サリアからの声が聞こえた。本部基地の裏口だ。そこに、昨日の女軍人が、車を回してくるらしい」
「昨日の今日で? 展開が急すぎないか」
「それだけ、状況が変わったってことだ。考えるよりも、動くぞ」
レインの疑問を流し、カリクは駆け出した。
「あっ、おい、カリク君!」
止める声に耳を貸さず、ただサリアの元を目指す。
日がだんだん傾きだしていた。
サリアはシルラに手を引かれ、早歩きで基地内を通り過ぎていく。どこもかしこも、ただならぬ雰囲気だった。銃を手入れしていたり、首都の地図を広げてにらめっこしたりしている。
「なんか、怖いです」
「戦いだからな。しかも身内とだ。否が応でも、重々しい空気になるものだ」
足を止めることなく、応える。戦いの準備をしているのは、好都合だった。二人に関心を向ける人間が、いなかったのである。
「車までは、まだ距離がある。気を抜くなよ」
そういう彼女の手は、汗ばんでいた。
外観を見ていなかったとはいえ、基地内はサリアの想像以上に広く、なかなか駐車場にはたどり着かなかった。
「あと少しだ」
と、シルラが告げた。前を見ると、外の光と、駐車場の地面が見えた。そのまま、外に飛び出す。一台の車を指差した。
「あれに乗るぞ」
黒の軍用車だった。シルラは迷いなく、走って近寄り、扉に手をかける。
そのとき、サリアは悪寒を覚えた。咄嗟に叫ぶ。
「ダメ!」
シルラの身体を強引に引っ張った。同時に、扉の隙間から剣が飛び出てきた。
「なっ……」
体勢を直したシルラが息を呑む。
「おや、鋭いですね。シルラ中尉にも分からないくらい、気配は消していたのですが」
扉が開き、穏やかな声が聞こえてきた。二人ともが知る、一番聞きたくなかったものである。
「とはいえ、さして運命が変わるわけでもない。多少、思い出に浸る余裕はできますが」
“軍王”クラカル=エル=ミッドハイムであった。両手に細身の長剣を握っている。
「なぜ、軍王様がこちらに」
右手で銃をホルスターから抜きながら、シルラが尋ねた。必死に動揺を抑えているように見えた。
「私以外に対しても警戒をするべきだったのですよ、シルラ中尉。この本部基地に、私の味方がどれだけいると思っているのですか」
「なるほど……。先に、私の動向を探る指示を出していたわけですか」
シルラの口調は、苦々しげだった。サリアも、思い当たる節がある。
(あの見張りの人たちかな。シルラさんが地下に来るたび、部屋から離れるように指示していたけど、扉のすぐそばに張り付いてたとか)
シルラも同じ考えだったようで、
「私の指示には、従った振りをしていただけか。強い権力が存在すると、部下すら下手に信用できんな。嘆かわしいかぎりだ」
自嘲気味に笑った。軍王と向き合い、サリアを庇うような形で立つ。
「だが、私が私を裏切ることはない。私の信を、通させてもらう」
声を張り、堂々と宣言する。先ほどまでの弱気は、なりを潜めていた。
「そうですか。なら、貴女の信は、貴女の思う以上にあっさりと折れることになると思いますよ」
「言ってくれるものだ。せめて、相手が貴方でなければ、まだ笑えたものを」
銃を構え、対峙する。力みの見えるシルラに対し、ミッドハイムはかなり余裕があった。剣を二本とも、地面に向けたままなのである。
「これは申し訳ない。他の者に任せるのは、嫌だったもので。貴女を始末するだけなら、ジーニアス上がりの人間でも可能ですが、サリア=ミュルフに怪我を負わせずにとなると、勝手が違いますからね。それに……」
ただ立っているだけなのに、すべてを飲み込んでいく。風も空気も、命も、何もかも。空間を、存在するだけで支配していた。
「そろそろ身体を動かしておいた方がいいですからね。ニック=シェードとの戦いもありますし」
右手側の剣を、軽く払う。それだけで、二人を圧倒した。
「窮鼠は猫を噛みますが、獅子は噛めない。貴女たちに、勝機はありません」
柔和に告げる。しかし、口調とは裏腹に、醸し出す殺意は、鋭かった。
「準備運動くらいには協力しなさい、シルラ中尉」
獰猛たる頂点が、二人に牙を向く。
太陽が真っ赤に燃えだしてきた頃、ニックたちはついに首都の門前の状況を、はっきりと視界に捉えた。
「へぇ。門は閉めて、軍勢を外に出すか」
ニックの言ったとおり、門は堅く閉ざされ、そこを護るように、兵たちが横に長く待ち構えていた。
「あれは捨て駒みたいなもんだな。こっちが中に入る前に、少しでも戦力を削ろうって腹積もりだ。さすが、兵を人間と思っていない軍王なことだな。合理性に特化してる」
ただでさえ、戦力はニックたちの方が少ない。にもかかわらず、街の中へ入る前に戦力を削られるのは痛手だった。
「マルク、剣借りるぞ。あと、ちょっと速度抑えろ。それから、車の真ん中辺りに、身体出すなよ」
ニックは、席の脇に置かれていた運転している部下の剣を手に取り、車の扉を開けた。
「なっ、ちょっと、ニック少将!?」
ガヌを含めた車内の人間が呆気にとられるのを横目に、車外に出る。ボンネットの上へと乗った。しゃがんだ体制から、剣を刺し、支えにして立ち上がる。後続の兵士たちがざわついた。
「全軍聞けー!!」
だが、ニックの一声で静まった。すべての目線が集まる。
「これから、俺たちはこの国のトップに戦いを仕掛けることになる! しかも多勢に無勢だ! 勝ち目があるかも分からない! 多くの仲間の犠牲も生むだろう! それを悲しむ暇すら、おそらく許されない!」
声を張り、語りかける。動く車の上でも、揺らがず全軍を見渡す。
「だが、俺は勝つ気でいる! 自身の野望のために、子供を使って人体実験をしたり、関係のない子供を誘拐するような奴を、俺は許せん!!」
力強く叫んだ。目を据える。心には、目を疑うようなジーニアスの実験資料と、誘拐された娘に等しい少女の存在があった。
「俺の個人的な感情ではあるが、ミッドハイムのやり方には納得がいかない! これは、あくまで俺個人の思想に基づいている! だから、もし同意できなければ、無理に戦う必要はない! それでもお前等は、俺についてきてくれるか!!」
問いかけると、雄叫びがが返ってきた。思わず、頬が緩む。
「いい返事だ! 戦いはもうすぐに始まる! 無理なことは言わない! ただ、できるかぎり死ぬな! お前等の未来を護れ!!」
「「おおー!!」」
先ほどのを超える、空気すら揺るがすほどの声が響き渡った。頼もしさを感じながら、剣を抜いて、車内へ戻る。運転手の部下に話しかけられた。
「いきなり何かと思ったら、演説でしたか。相変わらず、力強いですね」
「言いたいことを言ってるだけだ。同意してくれるお前等がすごいのさ」
部下の褒め言葉を簡単に流し、逆に賞賛を送る。
「わざとですか、少将? どちらにせよ、我々は貴方のそういう部分が好きなのですがね」
部下は微笑を浮かべ、落としていた速度を戻した。
「ふん。物好きな奴らだよ、お前らは」
まんざらでもなさそうに、ニックはシートに体重をかける。すると、後部座席のガヌが前屈みになり、話しかけてきた。
「少将、類は友を呼ぶって、知ってますか」
「馬鹿にするなよ、ガヌ中尉。とっくの昔に、その単語は思いついた」
「そうですか。なら、別にいいです」
彼は苦笑しながら、姿勢を直した。ニックも、ガラス越しに見える戦場へと目線を戻す。
「マルク」
「今更、止めやしませんよ。『先陣は俺がきる』でしょう? まったく、いの一番に斬り込む将軍なんて、ニック少将くらいだと思いますよ」
「分かってるなら、それでいい」
「ただし、一つだけ守ってください」
「なんだ」
「貴方も、死なないでください」
「愚問だな」
銃を取り出し、弾を込めていく。戦場が、どんどん近づいていた。
「死ぬなと言った俺が、死ぬわけないだろ」
自信満々に、言い切った。
カリクとレインは、急いで本部基地の裏口を目指していた。ただ、軍人には会わないように注意を払っている。住民が避難しているのに、子供が二人、外を出歩いているのは不自然なためである。
「にしても、本部の周りが少し手薄すぎないか? こっちが警戒しているとはいえ、見かけるあまりにも兵の数が少ないと思うんだが」
建物の影を利用しながら進む中、カリクが疑問を口にした。レインが、こともなげに答える。
「まあ、まずは門を落とされないことが一番だからな。不利になれば退いてくるだろうけど、最初は向こうに人員を割いているんだと思うぜ」
「なるほどな」
納得を示し、前を行くレインに合わせ、曲がり角の部分で立ち止まる。レインが壁に背をつけ、先をうかがった。
「やっと裏口だぜ、カリク君。ただ、どうにもおかしいな」
「何がだ」
「他の兵がいる上に、それらしい車が見当たらない。どう見ても、砲台とかがついてるやつしか止まってないんだよ」
彼の言葉に耳を疑い、カリクは彼の後ろから、顔を出した。確かに、兵士たちが多く立っているばかりか、逃走に使いそうな車が見えなかった。
「どうなってるんだ?」
「さあてね。あんまり、いい回答は用意できないぜ、カリク君」
それは、カリクも同じだった。頭に上がる考えは、罠であるとか、逃走が何者かにバレたとかである。
「なんにせよ、これじゃあどうしようもないな」
二人して身体を引っ込め、レインが手詰まりを口にする。そこで、カリクの心に“声”が届いた。
『助けて、カリク!』
サリアからの呼びかけだった。
「待った。サリアの“声”だ」
「おっ、本当か」
吉報とばかりに、レインが期待の目を向けてくる。しかし、カリクに届いた情報は、悪報だった。
『“軍王”に見つかったの! このままじゃ、シルラさんが……、シルラさんが、死んじゃう!』
その言葉の意味に、背筋が凍りついた。
「カリク君、幼なじみちゃん、なんだって?」
あからさまな様子の変化に、レインも顔色を変える。不安げだった。
「サリアとあの女軍人が、軍王に見つかったらしい」
「お……、おいおい、まじかよ」
大声で言いそうになったのをぐっと堪え、音量を抑えて尋ねてきた。彼に対し、首を縦に下ろす。
「なんで、軍王自ら出てくるんだ? 戦いの直前だぞ。指揮官が他所で身内と戦ってるなんて、信じられないぜ」
レインが口にした問いに答えるのは、容易だった。
「サリアが、すべての鍵を握ってるからだろう。それこそ、トップとして戦いに備えるよりも優先順位が高くなるくらいに」
軍王にとっては、なによりもサリアなのだ。ゆえに、自ら確保に出てきたのである。
「場所は。場所はどこだ」
レインに訊かれたが、すぐには返せない。サリアから、情報がきていないのだ。
「カリク!」
「分かってる! でも、サリアから場所が伝えられてこないんだ!」
(サリア。場所だ。場所を言ってくれ)
求めていたピースは、やや遅れて、簡潔に響いた。まるで、カリクの問いが、聞こえたかのような返答だった。
『駐車場!』
サリアのいる、基地内の駐車場では、
「なかなかやりますね。私相手に、急所を避け続けられるとは」
「くっ……」
軍王を前に、シルラが圧倒的な劣勢に立たされていた。軍服のあちこちが斬られており、血がにじみ出ている。致命傷はかろうじて負っていないものの、長引けば血が足りなくなるのが予測できた。
サリアは、戦いに巻き込まれないようにと、シルラの後方で縮こまって戦いを見ていた。
(素人目でも分かるくらい、力量が違いすぎる……)
客観的には、勝ち目が見いだせない。軍王は、動きが早すぎた。
「私の能力はご存知ですよね、シルラ中尉。今のところ、貴女が助かっているのは、貴女の咄嗟の回避は、反射で行っているからです。もし、考えながらしていたら、既に斬られているでしょう」
その要因の一つが、軍王の“オモイノチカラ”だった。彼の場合、敵の動きを予測もなにもなく、考えを知ることができるため、確実に対峙した相手の動きに対応できてしまうのだ。
(カリク、早く来て……)
必死に力で声を送る。そうしている間にも、戦いは繰り広げられていた。
ミッドハイムの能力の特性上、シルラが先に仕掛けても簡単によけられてしまう。なので、彼女は最大限に回避に集中し、反射的なカウンターを狙う戦法をとっていた。だが、今のところ、かすりすらしていない。逆に、回避へ神経を使っているにも関わらす、彼女の方は、傷が増えていた。
「まだまだ遅いですが、ついてこれているだけでも立派ですね。やはり貴女は優秀だ。ここで斬り捨てるのが、惜しくなってしまいます」
ミッドハイムが剣を振り、刀身についた血を軽く払う。シルラは、息を乱しながらも、
「なら、斬り捨てなければいいだろうに。まあ、慈悲をもらっても、貴殿の下にはもう戻らないだろうが」
強気に切り返した。サリアからは、表情が見えなかった。
「でしょうね。だから私は、ここで貴女を捨てる。思い通りにならない駒を、わざわざとっておく必要はないですからね」
「道理だな」
二人が、また構え直す。空気が、張り詰めた。
サリアが、ミッドハイムの踏み出しに気づいたときには、もう彼はシルラのすぐ前にいた。右手の剣を、左から右へと払う。シルラは、寸前でかわしたが、微量の血が飛んだところを見るに、やはり完全には回避できなかったようだった。
「この……」
続けて左手の剣を下から襲わせようとしていたミッドハイムに、シルラが銃弾を放つ。だが、楽々とかわされ、敵の顔の横を通り過ぎた。
「遅いですよ。反射的な発砲でも、銃の動きを見ていれば、心にはっきりと狙いが出なくとも、避けるのはたやすい」
「っ!」
剣が、下から迫った。
「危ない!」
サリアは、思わず叫んだ。軌道から察するに、銃を持っている右腕が狙われていた。
「正解ですが、遅い!」
シルラも同じ結論にたどり着いていたのか、ミッドハイムがそう声を上げた。
しかし、一回の銃声を挟んだ後、彼女の腕はちゃんと身体と繋がっていた。代わりに、地面でゴロゴロと後ろに転がっている。銃の反動を利用して、強引に後ろへの力を作ったのである。
「いい反応ですね、本当に。ただ、戦いの判断としては間違いです。隙だらけですよ!」
体勢を立て直そうとするシルラに、刃が振り下ろされる。
「シルラさん!」
サリアが叫んだ、そのとき、一発の銃声が響き渡り、軍王が横に自ら飛ぶ。
「どなたか存じませんが、シルラ中尉ごと撃ち抜く勢いですね」
振り向き、後ろにいた人間へそう言った。
「背丈の高いあんたのいかれた脳味噌狙いなら、後ろの人間には当たりゃしねえよ」
サリアにとって、最も聞き慣れた声だった。その名前を叫ぶ。
「カリク!」
待ちわび続けた、彼女だけのヒーローが、遂に来てくれたのである。