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十章『反旗の芽』

 ガヌがニケアにたどり着いたのは、カリクたちがジーニアスに潜り込んだ頃から少ししたくらいで、もうすぐ夜明けという時分だった。本来であればもう少し時間がかかる距離だったのだが、シルラを人質とされたために、食事も睡眠もせず、ひたすらにアクセルを踏んできたのである。

(暗殺、か。馬鹿らしいな)

 そう思いつつ、車を東部基地の入り口へと持って行く。当然、門番をしていた兵士たちに止められたが、勅命書を見せると、夜明け前であることもひっくるめて、疑われることなく中へ通された。通常勤務時間外でも警備の固い本部基地と違い、東部基地は閑散としていた。見回りはいるが、さほど数はいない。

 そのため、東部責任者であるニック=シェードの執務室へたどり着くのも、容易だった。軍王の部屋へ入る前のシルラのように、深呼吸をしてから扉を拳で軽く叩いた。

「首都から参りました、ガヌ=ロード中尉であります。東部基地責任者であるニック=シェード少将に用があり、お訪ねさせていただきました」

 中へ呼びかけると、

「どうぞー」

 男性のものではあるもの、それにしてはやや高い声が返ってきた。

「失礼します」

 扉を開くと、

「それで、どんな用だ? 首都からの客人」

 室内で待機していた十名ほどの軍人から、一斉に銃を向けられた。その包囲の奥に、ニック=シェードの姿があった。短い金髪は無造作にあちこち跳ねている。肩幅がるものの、あまり背は大きくなさそうだった。眼鏡越しに見える目つきは鋭く、青い瞳はすべてを見透かしているかのように思えた。

 急に敵意を向けられ、ガヌは両手を上げたものの、気持ちではひるむことなく、問いに答える。

「俺の大事な人を護るために、貴方の力を貸してほしいんです。ニック少将」

「んあ。どうやら、俺の予測とはズレがあるらしいな。正確な情報を得ていたわけではないが、お前は俺を殺しにきたんじゃないのか」

 堂々と目を見て言ったところ、ニックは少し口元を緩めた。

「軍王からのお達しはそれです。ですが、俺にその意思はありません。身体検査してくださっても結構です」

 さらにガヌは、迷いなく堂々と言葉を続ける。銃を構えているうちの一人が、ニックの方へ振り向いた。彼は、意味深な笑みを浮かべてうなずく。

「言葉に甘えて、調べさせてもらう。それにしても、勅命書をもらいながら、軍王の命に背くとは。何を意味するのかは分かっているんだよな?」

「ええ、もちろん」

 身体検査を受けつつ、ガヌは深くうなずいた。

「軍王は、俺の大事な人を人質にしたことで油断しているでしょうが、よくよく考えたら、その人質にされた奴は、ちょっとやそっとで死ぬようなたまじゃないんですよ。そこを、軍王は分かってない」

 勝ち気でいながら、もろい部分も併せ持つ女性軍人のことが頭をよぎる。人質にされたときは焦ったが、冷静に考えると、彼女はそうやすやすと殺されるような人間ではなかった。

「だから、俺は軍王に反旗を翻す。年端もいかない女の子を誘拐させるっていうのも、納得いかなかったですしね。もう、奇跡を待つだけはやめたいんです。力を貸してください」

 真っ直ぐにニックを見つめる。ガヌを囲っているうちの一人が、声を上げる。

「少将、騙されないでください! これもきっと、こいつかミッドハイムの策のうちです!」

「ニック少将!」

 ガヌは余計な言葉はつけずに、ただ名前を呼んだ。すべての想いを込めて。

「……いいだろう。信じてやる。例え罠だとしても、簡単にやられる気はないからな」

 ニックはイスの背もたれに体重をかけた。完全にではないものの、一応は信じてもらえたようだった。

「少将、武器の類は弾の込められていない銃だけでした。他に、怪しいものは持っていません」

 身体検査を終えた兵士が、手の中にある銃の、空っぽな弾倉を見せながら報告する。

「銃だけ、か。弾はどうした?」

「貴方が俺を完全に信頼できると思えたら、渡してください。それまでは必要ありません」

 ニックの問いかけに対し、ガヌは堂々と答えた。奥のイスに座す少将が、笑い声を上げる。

「面白い奴だ! まず、お前の知っていることを全部話せ。そしたら、銃弾はこっちからくれてやる。もし、油断させて俺を撃つつもりなら、それを見抜けなかった俺が悪いだけだからな」

「少将!」

 先ほどニックへ苦言を呈した兵士が、再び上司を思いとどまらせようと呼びかける。しかし、ニックは首を横に振った。

「お前の意見も一利あるが、俺の意見には影響しない。こいつは白だと、俺は判断する」

「ですが……」

「なら、お前が見張ればいい。俺を撃たせるなよ」

 なお食い下がろうとする部下に、若き将校はそんな言葉をかけた。唇の片側だけを上げる。

「はっ、はい! 絶対に少将殿を撃たせたりはしません!」

「ああ。頼む」

 気合いのある返答に、ニックは満足げだった。

「そいつに向けた銃を離せ。大事な情報源だ」

 続けて彼が指示を飛ばすと、ガヌを囲っていた拳銃の輪が解かれた。

「さあ、話せ。俺の子供に等しいあの子が、今どうなってるかも含めてな」

 ニックがイスに深く座り直し、そう命じた。ようやくまともに対面したガヌは、その威圧感に冷や汗を流す。

(これが、史上最年少の少将か)

 柔らかさの中に狂気と力を包み隠している軍王とは違い、揺るがない意志による別の凄みがあった。彼の意志とシルラ、そして“とある少年”のため、ガヌはゆっくりと口を開く。

「ご希望通り、話させていただきます。この任務の始まりから、ここまでのことを。手短にですが」

「ああ、構わん」

 ニックの了承をもらい、ガヌはすべてを語り出した。




「現状はこんなところです」

「ふん。いい具合に、奴の舞台が整ってるわけか。気に入らないな」

 ガヌが自身の知るかぎりのことを伝えると、ニックは顔の前で両手を絡ませ、忌々しそうにぼやいた。

「上層部は奴の手中で、俺みたいな自分に害な人間は中央から排す。おまけに軍事に力を傾けてはいても、安定した政治をしているから、ほとんど国民から反発は受けていない。何かの鍵になる、サリアも手に入れた。うまくいきすぎてて、気味が悪いくらいだな」

 今の軍王のことを一つ一つ確認していくと、見事な展開になっていた。彼の書き進めているであろうシナリオどおりになっている。

「だが、まだつけ込む余地はあるな」

「ええ。だからこそ、俺は貴方に協力を申し出たんです」

 ニックの言葉に、ガヌも同意を示す。部屋の端に退いた兵士の一人が、口を挟む。

「失礼ですが、つけ込む余地とはいったいどういうことでありますか。今の話のかぎりでは、ミッドハイムの思い描くとおりとおりに進んできていて、隙はないように思えますが」

「いや、トントン拍子で進んでるからこそ、不自然なんだよ。どんなもんかはともかく、奴の野望の鍵になるサリアを捕らえたのに、どうして奴は未だに何もしてもないと思う?」

「どうして何もしてないか、でありますか?」

 ニックから問いかけられ、兵士が考え込み、しばらくして、「あっ」と声を上げた。

「まだ、ミッドハイムに必要なものが足りていないのでは」

「半分正解だ。正確には、ものは足りてるが、状態がまだ万全じゃないってところだな。一つの予測を立てるなら、サリアの能力には、まだ秘密があって、そいつが原因で、ミッドハイムはまだ動け出せないとかな」

 部下の答えに、ニックはそう付け足した。さらに続ける。

「サリアが誘拐されたって報告を耳にしてから、三日目経つ。なのに、首都で目立った動きはない。何かを待ってるとしか思えない」

 言い終えると同時に、彼は机に手を置き立ち上がった。

「だが、時間に余裕があるとはかぎらない。その何かが揃ったときに軍王がどうするかも分からない。動くなら、今ってところだな」

「少将?」

 部下の一人が、腰を上げたニックへ声をかける。なぜ立ち上がったのかが分からなかったのである。

 不思議そうな部下に加え、他の部下とガヌへ、ニックは不敵な笑みを向けた。

「首都へ行く。そこの奴の話が本当なら、首都にはレインともう一人のガキが着いているはずだしな。ガキどもだけに、重荷を背負わせるわけにはいかない」

「……いいんですか。俺は協力は求めましたが、貴方ご自身に動いてほしいとは言っていませんよ」

 ガヌが彼の意志を確認する。ニックは表情を崩さずに答えた。

「そんなことは分かってる。でもな、自分の娘みたいな存在が捕まってっていうのに、他に任せておくってのは嫌いなんだよ。自分で動かないと、落ち着かないのさ」

 責任ある立場にいる人間からは、あまり聞かれない言葉だった。しかし、ガヌの聞いてきた噂には違わない。

「貴方は、話に聞いてきたとおりの人ですね。軍人でありながら、自分の考えに忠実で、部下だけに危ない橋は渡らせない。よく、陰謀だらけの首都で、少将まで上れましたね」

「別に、上りたくて上ったわけじゃないけどな。サリアのことを考えると、情報が必要だったから、上の立場の方が都合がよかっただけだ。で、親父の知名度も利用してここまできた。本当は、上に立つなんてのは苦手なんだよ」

「よく言いますよ。これだけ慕われているっていうのに」

 ガヌは、この部屋の中にいる、ニックの部下たちを見渡す。見たかぎりでは、全員が上司を信頼しているように思えた。なにしろ、未だガヌを警戒し、銃から手を離していないのである。

「よせよ。そういうことは、本人の目の前じゃ言わないもんだ」

 微笑とともにニックが答える。信頼されているという自覚はあるらしい。

「とにかくだ。うちの娘を助けに行くとしよう。お前ら、反軍王派全員に伝えろ。半分は留守番でこの基地を防衛、もう半分は首都に行くってな」

 ニケアの地で、ついに若き将校が出陣を命じた瞬間だった。




 場所は移り、首都セルゲンティス。朝日が既に高く昇っている時間だった。いつものとおりにシルラが本部基地へ出勤すると、何か騒がしかった。内容が分からないが、あちらこちらで噂話が飛び交い、一部の軍人は基地内を駆け回っていた。

「何かあったのですか」

 先に来ていた上司を捕まえ、シルラは尋ねた。音量を抑えた声が返ってくる。

「にわかには信じられないんだが、なんでも中央研究所に、侵入者が出たらしい」

「侵入者、ですか」

「ああ。しかも、たぶんデマだとは思うが、侵入者は二人で、なんでも高校生くらいの子供だったとかなんとか」

「子供?」

 首を軽くひねる。侵入者というだけでも信じられないのに、一層おかしな話だった。

「まあ、嘘だろうさ。軍人が警備に当たっていたはずだし、それを子供がどうにかこうにかできるはずがない」

 上司は本気で捉えてはいないようだったが、サリアの脳裏には一人の少年のことが浮かんでいた。

(もしかして、カリク=シェードか? しかし、そうだとすると早すぎる。もしかしたら、もう一人いたという奴が何かしらの手を使ったのかもしれないが)

 昨日、ガヌが何かの任務で首都を離れたことを知ったシルラだが、好都合ととっていた。ガヌを説得する手間が省けるためである。

「なんにせよ、警備はうちの班と関係ないからな。侵入者は然るべきところに任せて、俺たちは俺たちの仕事をするぞ。いいな、シルラ」

「ええ。もちろんです」

 表面上では素直に応じたが、真面目と自負するシルラでも、今日ばかりは心からの返事ではなかった。

(どうにかして、侵入者の情報を得たいところだな。もし本当に侵入者がカリク=シェードなら、接触しておきたい。万一、情報が得られなくても、サリアの“力”で声は届けられるかもしれないな。今日中に試してみるか)

 仕事よりも、サリアのことに思考の重きは置かれていた。




 しかし、想いとは裏腹に、襲撃者の情報はなかなか集まらなかった。研究所の警備をしていた軍人たちは、事情聴取やらなにやらで捕まらず、他に詳しいことを知っている人間がいなかったのである。

(くっ。これでは、意味がないではないか。せっかく、ガヌを気にせず動けるというのに)

 シルラは、昼食のパンを食いちぎりながら、あれこれと考えていた。

「ご一緒してもいいですか?」

 うつむき加減だったところに、低く野太い声が降ってきた。首を上に動かすと、見たことのある、体躯のいい男がいた。

「貴様か。なんの用だ。任務でないかぎりは、貴様とはいたくないのだが」

「いや、これはお手厳しい。ガヌ中尉でなく、僕ですみませんね」

 ノーザン=ジャッジだった。笑顔なのだが、目が笑えていない。

「戯れ言を聞く気はない。何もないなら、さっさと帰って愛想笑いの練習でもするのだな」

「これは失礼。貴女に、雑談は必要ないですか」

 嫌み混じりに突っぱねると、ノーザンはまったく気持ちのこもっていない謝罪を口にした。だが、表情は変えない。

「では、貴女に必要そうな話をしましょうか。サリア=ミュルフのことです」

 彼は、ハンバーグの定食をテーブルに置き、シルラの隣に腰かけてきた。シルラは不快感を覚えたものの、サリアの名前を出されたことの方が気になったので、文句は言わなかった。代わりに、 

「あの子がどうした。話によっては、ここでお前の頭を撃ち抜く」

 脅しに近い言葉を返した。

「心配には及びません。僕は別に、何をするわけでもないので」

 だが、ノーザンはまったく堪えた様子を見せず、話を続ける。自然と、会話の音量が落ちていた。

「動くのは、軍王様ですよ。なんでも明日、第一議会所にあの子を連れて行って、“お披露目式”をするらしいですよ」

「“お披露目”?」

 サリアの監視任務を請け負っているというのに、そんな情報を耳にしたのは初めてだった。ミッドハイムを、盲目的に崇拝している人間たちの集会かと予測する。

「ええ。出席するのは上層部の人間と、一部の部下たち、あとは研究者というところです。ですが、おそらく貴女一人混ざっても、招かれざる人間であるのは気づかれないと思います」

 その予測は間違っていなかった。ただ、最後の部分に反応する。

「それは、私にもその“お披露目”とやらに出ろと言うことか」

「いいえ、そういうわけでは。ただ、誰か一人くらい増えても分からないだろうというだけのことです」

 ノーザンはそんな答えを寄越したが、素直に聞き入れられるはずがなかった。

「まあ、僕も呼ばれているんですが、貴女がいたとしても気づかないでしょうね」

 真意は捉えられなかったが、彼がシルラへお披露目へ来いと言っているのは明らかだった。ほぼ確実に、親切心以外の理由で。

「貴様、いったい何を考えている」

 無駄だとは思いつつも、尋ねる。隣に座る男は、

「面白いことが見たいだけですよ、僕は」

 と、今度は狂気を湛えた目をして、微笑んだ。

「ふん。まあいい。お前のことなど、理解したくもないからな」

 手元にあった牛乳を飲み干し、シルラは立ち上がった。ノーザンに背を向ける。去り際に、

「ただし、貴様が私の大事なものを傷つけるつもりなら、容赦なく銃を抜く。覚えておけ」

 そんな宣言をした。




(明日か)

 昼食の後、シルラはデスクに戻って仕事を再会したものの、身が入らなかった。サリアの“お披露目”が、気になって仕方なかったのである。

(まだ、なにも策は立てられていない。無策では、どうしようもないだろう)

 とはいえ、まだサリアを助けるための具体的な算段はまったくできていない。不本意ではあったが、今のところはノーザンの言葉に乗るしかなさそうだった。

(しかし、ノーザンは何を考えているのだ。あるいは、何も考えていないのかもしれないが、不気味なところだな)

 そもそもシルラは、彼に対して大きな不信感を抱いていた。理屈ではなく、直感である。底の知れない悪意を、彼は有しているように思えた。

 しかし、 だからと言って、お披露目とやらに行かないという選択肢は選べなかった。軍王がいったい何をする気なのかも見逃せないのだ。

(明日は、相手の考えを知ることができるかもしれない。もしかしたら、サリアを別の場所へ連れて行かれてしまうかもしれないが、移されても首都の中だろう。多少のリスクを考慮しても、お披露目は甘んじて受け入れるしかないか)

 とりあえずは様子見に回ることにする。今日のうちに、いたいけな少女を解放することはできなさそうだった。

(とにかく、後でサリアに頼んでカリク=シェードに呼びかけてみるか。本当に来ているのなら、接触を図りたい。罠だと思われるかもしれないが)

 カリクのことに考えが至ったところで、シルラはあることが考えついた。

「ニック=シェードがいるではないか」

 思わず、つぶやく。ある策が、頭に浮かんだのである。

(サリアを連れ出すこと自体は、軍王本人に会わないかぎり、任務の一環と偽れる。あとは、首都から逃げ出せばいい。それから、まずはニケアに行ってニック=シェードと接触する。そのまま馬鹿正直にニケアに留まったり、キュールに行かなければ、サリアを逃がしきれるかもしれない)

 これだと、シルラは直感する。カリクと接触できるか試してからにはなるが、案そのものに問題はなさそうだった。実行すれば、確実に軍には戻れなくなるが、問題ではない。

 ただ、ある人物のことが心にかかった。

(せめて、ガヌには居てほしい)

 軍には友人も多くいるが、サリアを助けるためにはやむを得ないかとも思えた。しかし、ガヌだけは切り捨てられそうになかった。「ちっ。こんなところで、奴が障害になるとはな」

 自身の内心を理解しつつも、悪態をつく。特別が、足枷だった。

(あいつは、私と来てくれるだろうか)

 サリアのことから、ガヌのことへ気が移る。思い出すのは、わざと一線を越えさせない彼の態度。まるで、自身を戒めているかのような行動や言動が、多々あった。

(偉そうな決意をしておいて、私はあの子のために自分の願いすら犠牲にできないのか。滑稽なものだな)

 自嘲の笑みを、ひそかに浮かべる。結局、自分が第一だった。

(あいつともう一度、会わなければ。そうでなければ、私はたぶん、ギリギリまでここから出られない)

「早く戻れ、ガヌ」

 誰にも聞こえないよう、うつむきつつ、細心の注意を払ってつぶやく。声に出さずには、いられなかった。




「カリクが、この街に?」

「もしかしたら、着いているかもしれない。軍の施設に、昨日の晩、侵入した者がいて、噂だと中高生くらいの子供だったらしいのだ。ニック=シェード少将の息子、ひいてはトルマ=シェード殿の孫となれば、見張りが相手にならなかったのも、納得できる範囲だ」

 終業時間よりも少し早い時刻にデスクを離れたシルラは、またサリアの元を訪れていた。他の人間は外に出しているため、部屋にいるのは二人だけだった。話題にしていたのは、カリクのことである。

「だから、サリア。彼に呼びかけてみてくれないか。私は彼と接触を図りたい」

 少女の目を見て、頼む。揺れる瞳には、戸惑いと疑いが入り混じっていた。それを見て、言葉を足す。

「もちろん、貴女が私を信用できないのなら、無理強いはしない。もしかしたら、本当に罠かもしれないのだからな。だから、貴女次第だ。ただ、私からは信じてほしいとだけは伝えておく」

 自分が、彼女を攫った張本人であることを踏まえての発言だった。今更になって助けたいなどと言うのが、とてもおこがましく、とても信じてもらえるものではないというのは承知している。しかし、気持ちは本物だった。ゆえに、想いが届かなければそれまでだという覚悟もあった。

「……正直」

 黙り込んでいたサリアが、口を開く。監禁状態が続いているがための披露も、その声に垣間見える。だが、一言一言は、はっきりとしていた。

「軍人である貴女からそんな提案をされても、信じることはできません」

 はっきりとした拒否。やはり駄目かと、シルラは潔くあきらめようと思ったが、サリアはそこでしゃべるのを止めなかった。

「でも、一人の人間としての貴女は、とっても信じたいです。たとえ、本当は罠だとしても、そうだとはっきりしないかぎりは貴女を信じたい。貴女は、とても優しい人だと思うから」

 彼女が、穏やかに目を細める。優しさに満ち溢れた表情だった。

「貴女の提案に乗ります。一人の人間である、シルラさんとして言ってくれるのなら」

 何もかもを包んでしまいそうな笑みを浮かべたまま、そう言われたシルラは、深くうなずいた。元より、目の前にいる少女への提案は、軍人としてのものではないのだ。ためらう必要がなかった。

「……ああ、このことは、一個人としてお願いする。カリク=シェードに、呼びかけてくれ」

「分かりました。協力します」

 サリアは、すぐに聞き入れてくれた。同じように、うなずいてくる。

「でも、うまくいくかどうかは分からないですよ。私の“声”が、どこまで届くのか試したこともないですし、伝わったかどうかも、相手が見えない状況だと、私は確かめられません。それでも、いいんですか」

「構わない。あくまで、手段の一つだ。もし伝わらなければ、それはそれで仕方がない」

 すぐさま応えた。会えなければ、カリクのことは構想外にするだけだった。

「……そうですか。そしたら、カリクになんて伝えたらいいかを教えてください。“力”に乗せて、発信してみます」

 シルラの力強い口調に引っ張られてか、サリアの声にも力がこもっていた。

「すまないな。感謝する。本当なら、貴女の手は煩わせずに助け出せればよいのだが」

「気にしないでください。結局、私は私のためになることをするだけですから。それよりも……」

 優しい表情が崩れ、眉が下がり、不安を帯びる。シルラは、何事かと少女を見つめる。

「シルラさんは、大丈夫なんですか?」

「私……?」

 予期せぬ言葉だった。

「軍人なのに、私を逃がそうとしたりして平気なんですか?」

「ああ、そういうことか」

 疑念からではなく、純粋に心配してくれていると感じ、シルラはできるだけ気楽に答える。

「気にしなくていい。そろそろ転職しようと思っていたところなのでな」

「シルラさん……」

 しかし、少女の顔色はよくならない。さらに、問いかけられる。

「ガヌさんのことも、いいんですか?」

 心を抉られたような衝撃を覚えた。冷静さが一気に飛んでいきそうになる。必死に、つなぎ止めた。

「……いい。奴よりも、今は貴女だ」

「でも」

 反論しようとするサリアを、右手の掌を出して制した。

「自分のことを考えろ。私のことは、二の次でいい。ガヌのこともな」

「シルラさん……」

「カリク=シェードに、伝えてくれ。今日の深夜十二時、本部基地入り口からしばらく直進した場所にある公園の入り口に居るようにと」

 本音を言わずに、すべきことをする。いざという時ガヌとサリアのどちらを取るか、シルラ自身もまだ分かってはいなかったが。

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