プロローグ『幼き日の記憶』
−呼んでる。俺のことを、呼んでる−
小さな町の中心に、広場があった。真ん中には噴水があり、地面には全面に白のタイルが敷き詰められている。夕焼けの赤に染まっていた。昼間は賑わうこの場所も、親と一緒に子供たちが帰りだす時間となると、人影はまばらだった。
子供たちが帰っていく中、噴水の前に、まだ五歳に届いていない少年と少女がいた。二人も、親の迎えを待っていた。少年の方が口を開く。
「あか。サリアは“か”だよ」
しりとりをしていた。サリアと呼ばれた少女が、口元に手を当てて、考え込む。
「じゃあねわたしはね……」
彼女は長く黙り込んだ。しばらくしてから、隣に座る少年の方を向く。
「どう、カリク?」
少女は少年の名前を呼んだ。しりとりの解答はない。そのはずなのに、
「カラスかー。じゃあ“す”だね」
しりとりが、続いた。少年が一人で勝手に進めているわけではない。しかし、少女はしりとりの返事をしていない。少女は、口に出さずに自分の解答を少年に伝えたのである。トリックがあったわけではない。それが彼女の『力』だったのだ。二人共、まだその異常さに気づいていない。少年は、彼女が他の子供から避けられていることも理解していなかった。子供たち本人の意志ではなく、その親の意志なのだが。
二人の両親ももちろんその異常さを知っていた。ただし他と違っていたのは、彼らはその『力』の正体も知っていることだった。
「ねえ、カリク」
「なに、サリア」
「わたし、このあいだこわいゆめをみたんだ」
少女は不安そうな顔をしてうつむいた。
「どんなゆめ?」
少年が尋ねる。彼女の顔を覗き込んだ。
「ひとりぼっちになったゆめ。カリクといっしょにいたのに、だれかにひっぱられて、なんにもみえないまっくらなところにおいてかれたの」
声が震えていた。思い出した光景が怖ろしかったのか、彼女は自分の身体を抱きしめる。
「だからね、わたし、いまもこわい。くらいとこに、ひとりぼっちになっちゃいそうで」
目に、涙が溜まっていた。
「だいじょうぶ! そのときは、ぼくがサリアを助けてあげる!」
そんな彼女に対し、少年は立ち上がると、本で見たヒーローの動作を真似してから、大きな声で言い切った。
「ほんとに?」
「ほんとに! サリアがひとりのときは、ぜったいたすけてあげる!」
「じゃあ、ゆびきりしよう?」
少女が小指を立てて、少年に向かって出した。
「うん! やくそくするよ」
少年も小指を絡めて応える。
「ゆびきりげんまーうそついたら、はりせんぼんのーます。ゆびきった!」
指を離し、子供たちは笑い合った。それから、しりとりを再開する。
これが、カリク=シェードという少年の、一番古い記憶だった。