疾風雷撃
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では、どうぞ。
初戦を強烈な印象を残して勝利した悠斗は、その後も実力を発揮して次々と試合を勝ち抜いていく。ある時は一撃で、そして初戦を除き、全ての試合を無傷で勝ち抜く。その姿に、Dマスターを含めコロシアムの観客も騒然となった。
それも仕方のない事だろう。なにせ、初出場の名も知られていないDマスターが、王国でもトップクラスに位置するDマスターたちを苦することなく打ち倒しているのだから。
そんなことは露も知らずに、悠斗は破竹の勢いで勝利していく。そしてとうとう、悠斗は準決勝へと駒を進めた。
「ふぅ……」
悠斗はすっかり人気の無くなった控え室で人知れずため息をつく。自分の手を見つめ、そして何を思ったのかもう一度ため息をつく。
『どうしたのだ悠斗よ。先程から、ため息ばかりをついておるぞ』
グラディウスの心配そうな声に、悠斗は少し疲れた顔で答える。
「大丈夫、少し疲れただけだよ。流石に、慣れない戦いを連続では辛い」
『ふむ。確かにユニゾンはマスターの体力を消耗する。熟練の者ならそれも抑えられるが、汝は此度が初めて。疲労するのも仕方が無かろう』
ユニゾンと言う慣れない状態での戦いもそうであるが、悠斗はそれ以外にも、エグゼスの強過ぎる力に不安を感じずにはいられなかった。人間というカテゴリーの中では悠斗は規格外に強い。しかしこのエグゼスは、悠斗の力など問題にならない程の凄まじい力を持つ。
自分の力にも細心の注意を払っていると言うのに、それとは比較にならない程の強大な力。力が何であるかをよく知っている悠斗が不安になるのも、仕方の無い事であった。
『悠斗よ、ここではこれが普通なのだ。この世界は汝の世界とは違う。悩むだけ無駄と言うものだ』
確かにグラディウスの言うことはもっともだと悠斗は思う。世界が違えば見識も違う。悠斗からすれば危険極まりない力でも、この世界では手に届く範囲の力であって、万が一の時でも抑止力となるものがあるのだろう。そして悠斗も、今はその抑止力なりえる存在である。
『それにだ。汝は何と言ってもこの我のマスター。全てを切り裂く鋼の刃が我だ。汝が志のため、我が刃を振るうとよい』
「ああ、そうだな。ありがとう、グラディウス」
『礼など不要。我と汝は二つで一つであるのだからな!』
恥ずかしげもなく言うグラディウスに、悠斗は救われた気がした。そして悠斗は、気合を入れ直して控え室の椅子から立ち上がる。
「さて、ここまで来たからには狙うは優勝だ。行こう、グラディウス」
『心得た』
まるで悠斗を出迎えるかのようにフィールドから歓声が聞こえてくる。それは準決勝の第一試合に勝負がついたと言う事。そして悠斗は、その勝者が誰なのかも予想がついていた。控え室に張られているトーナメント表。自分とは別のブロックであり、もし当たるなら決勝でしか当たる事の無いその人物であると。
しかし、今自分が見るべきはその人物では無く、今から自分が戦うべき相手である。準決勝第二試合、悠斗はゲートをくぐる。そして途端に押し寄せる観客の割れんばかりの声の渦。その中を悠斗は至って平然として進んでいく。心を平静で満たし、剣に曇りを出さないようにする。
そんな悠斗がこれから自分が戦う相手を目にした時、初めて目を驚愕に見開いた。
「あなたは……」
「やあ、昨日ぶりかなユウト殿」
極めて友好的な声調で言う、悠斗の目の前に立つ人物。オールバックの髪型に長身なその男は、悠斗が昨日町中で言葉を交わした、あの強者……アルウェン・アスタルクだった。
「アモーとの戦いを見て強いとは思っていたが、まさかここまでとは。正直、私も驚きを隠せないでいる」
そう言うアルウェンの丹精な顔つきには驚愕と言うよりも、感心と言った様子の表情が浮かんでいる。そんなアルウェンに、悠斗も苦笑交じりで答える。
「俺も、まさかあなたとこんな所で再会するとは思ってなかったよ」
「私もだよ。何時か手合わせ願いたいと昨日言った矢先に、こうして向かい合うことになるなど、誰が予想できただろう」
口元に笑みを浮かべて言うアルウェンの若干芝居じみたその言葉に、悠斗は内心で苦笑いをする。悠斗の知る限りこの様な話し方をするのは舞台の上の役者ぐらいものだ。
「さて、こうして男同士…他愛ない話に花を咲かせるのも悪くは無い。……だが」
アルウェンはそこで言葉をいったん切る。静かに目を閉じ、そして次にその目を開いた瞬間……。
「……っ」
強烈な威圧感がアルウェンから発せられ、悠斗の体を突き抜ける。強者のみが放つ圧倒的なそれは、一切の曇りも陰りもなく、どこまでも真っすぐなもの。
「剣を持ち、戦場にて向かいあったなら……する事はただ一つ。違うかね?」
深い知性を宿した瞳は悠斗を捉えて離さず、先程とは違う獰猛な笑みをアルウェンが浮かべる。
「もはやこの場に言葉は不要。後は剣が全てを語る。……さあ、君の剣を抜きたまえ」
その言葉に、悠斗は初めてこの場で笑みをこぼす。いくら気品にあふれ知性をうかがわせようとも、結局はこの男も戦いに魅入られた者だと言う事が、悠斗には分かったからだ。
「分かった。なら、手加減は一切しない」
「もちろんだ。それに……私とて、伊達にここに立っているわけではないのだよ」
アルウェンから笑みが消える。それは、アルウェンが意識を完全に戦闘モードへと切り替えたと言う事。ならばと悠斗も意識を完全にこの場の戦いのみに向ける。
お互いに睨み合い、それぞれの得物に手を掛ける。悠斗は刀に、アルウェンは腰の両横に下げた双剣に。もはや審判の声は二人に届かず、ただひたすら、二人はその時が来るのを待った。
ザアァ……と、二人の間を一際強い風が通り過ぎる。それを合図に二人は同時に足を踏み出し、
「「ユニゾン!」」
悠斗とアルウェン、二人の声が重なり、そしてフィールドに二つの光が同時に輝いた。
直後、金属同士がぶつかり合った時の独特な鈍い音がフィールドに響き渡る。光が薄れたそこには、方や鋭角的な鈍い色の軽鎧を纏い刀を振り下ろす悠斗が。もう一方には悠斗の刀を双剣をクロスさせて受け止める、いかにも機動戦を重視したような茶色の軽鎧を纏うアルウェンがいた。
「あなたも俺と同じ高速戦闘を主体にしたエグゼスか」
「そうだ。まあ、速さは君の方が上だろう。しかし、手数の多さは私の方が上だがね」
アルウェンはそう言うと双剣に力を込め、悠斗の刀を跳ね上げる。そして双剣を同時に突き出し、悠斗に向かって突進突きを繰り出す。ガギィンと言う音が響き、悠斗が双剣を刀で弾く。しかし弾けたのは左手の一本のみで、アルウェンの右手に握られた刃が悠斗へと迫る。
「ちっ!」
悠斗はそれを、刃を備えた左手の篭手で何とか弾く。ギャリンと金属は擦れ合い、赤い火花が散る。アルウェンの攻撃を受け流し、悠斗は素早く後方へと飛び退る。
「ほう、今のをかわすか」
戦いの最中であっても、アルウェンは気品のある話し方で言う。そして先程の攻撃を防がれたのが嬉しかったのか、不敵な笑みを浮かべている。
「あれくらいでやられるほど、ヤワな鍛え方はしてないさ」
「ならば、次はもう少し速さを上げよう」
そう言うや否や、アルウェンが地面を蹴り猛烈なスピードで悠斗に肉薄する。いくつもの剣がぶつかり合う音。飛び散る火花が二人を照らし、欠けた金属が二人の肌を浅く斬る。悠斗は刀一本で応戦しているが、次第にアルウェンの双剣を捌き切れなくなってきていた。悠斗が苦戦するほどまでに、アルウェンの双剣捌きは熟達しているものだったからだ。
このままでは不利だと思い、悠斗は双剣を大きくパリィすると翼を広げて空へと飛び上がる。それに続いてアルウェンも翼を広げる。
「空中戦を御所望ならば、相手になろう!」
「望む所だ!」
悠斗を追って上昇してくるアルウェン。それを確認した悠斗は翼を羽ばたかせ急旋回し、風を切ってアルウェンへと肉薄する。刀を下段に構え、勢いの乗った逆袈裟斬りをアルウェンへと放つ。アルウェンはそれを双剣で受け止めようとするが、あまりの威力にクルクル回りながら吹き飛ばされる。地面に足が付いていないため、悠斗の重い刀の一撃を受けきれないのだ。その隙を逃さず、悠斗はさらに連撃を叩きこみ、それを防ぐたびにアルウェンはスピンしながら吹き飛ぶ。
「ぬぅ、なかなかに効く」
「あんたの得物は手数は多くても一撃の威力に劣る。対する俺は一撃一撃が必殺の剣。衝撃を逃がせない空に上がってきた時点で、あんたの負けだ」
「しかし、私が地表に戻ればそれは解決するのではないかね?」
悠斗の言葉に、アルウェンは至って冷静に答える。しかし悠斗は淡々とした言葉を返す。
「あんたが俺に背を向けたが最後。俺の一閃があんたの背中を捉える。俺の居合は音よりも速い」
「ふっ、そうかもしれんな」
アルウェンがふっと口元に笑みを浮かべる。その笑みに悠斗は全身が危険に粟立ち、とっさに体を急上昇させた。
直後、悠斗の体があった場所を紫電が二本通り過ぎる。空気が焦げる匂い。驚いてアルウェンの方に視線を向けると、アルウェンの双剣がバチバチと紫色の雷を纏っていた。
「ふむ、私の雷撃をも避けるか。本当に君は素早いな。私の魔法はその速さに定評があるのだがな」
「魔法って……おいおい、それは反則だろう」
悠斗は冷や汗を流しながら言う。いや、この世界が限りなくファンタジーな以上、魔法なんてものあって然りなのかもしれないが、それでもやはり、悠斗は動揺せざるをえなかった。しかし、ならばとも悠斗は思う。アルウェンに出来るならば、自分にも魔法が使えるのではと。
『おい、グラディウス。魔法って言うのはどうやって使うんだ!』
『……』
しかし、グラディウスは悠斗の問いかけに答えない。そしてなぜか、気まずそうな雰囲気を纏っていた。
『どうした、グラディウス?』
『悠斗よ。汝には言いにくい事なのだが……我は魔法が使えん』
「はぁーーー!?」
思わず悠斗は声に出して驚く。同じエグゼスならばと期待していただけあって、悠斗が驚くのも無理は無かった。
『何故か我は昔から魔法と言うものが苦手でな。それならばと我はこの速さを身につけたのだが……すまぬ』
「……」
しょんぼりと返すグラディウス。そんなグラディウスに、悠斗は思わず吹き出してしまった。まさか竜にも不得意な事があるとは思ってもみなかったからだ。しかし同時に、逆境ゆえに悠斗はこれまでにない位に闘争心を煽られる。そして先程までの自分を恥じた。刀一本で戦いぬくと言った手前、魔法なんてものに頼ろうとした自分が情けなかったからだ。
『グラディウス、やっぱりお前は俺の最高の相棒だよ』
『ぬ? それはどう言う……』
グラディウスの言葉を聞き終える前に、悠斗は刀をアルウェンへと向ける。アルウェンは悠斗とグラディウスが話していると知ってか、じっと目を閉じて待っていた。
「話は終わったかね?」
アルウェンが静かに目を開けて言う。
「ああ。待たせて悪かったな」
「いや、構わんよ。それでは、続きと行こうか?」
アルウェンの双剣が再び紫電を纏う。しかし悠斗は臆することなく、刀を鞘へと納めた。
「……なるほど、アモーの時に見せたあの技かね」
「さあな。それはコレを受けてからのお楽しみだ」
悠斗はニヤリと口角を上げ、そして静かに目を閉じる。アルウェンはその余裕に危機感を若干覚えたが、一度見ていると言う優越があってかそれを無視した。
「よかろう。ならば私の雷撃と君の剣、どちらが強いか証明しようではないか」
アルウェンは腕を上げて双剣を頭の上で交差させる。双剣の纏う紫電がさらに強くなり、そしてアルウェンは交差させた双剣を一気に振り抜いた。
「はあっ!」
振り抜かれた双剣から交差した紫電の刃が放たれ、空気を焦がしながら悠斗に迫る。その時、悠斗がカッと目を見開いた。
「疾っ!」
悠斗の腕の動きが霞むほどの速さで刀が真横一文字に抜き放たれる。そして次の瞬間……紫電が見えない何かにぶつかったように弾け、その刃を消失させた。
「なっ!?」
流石のアルウェンもその現象に驚き一瞬動きが鈍る。その所為で、刀を抜き放つと同時にアルウェンへと肉薄してきた悠斗に対して反応が遅れた。悠斗の刃がアルウェンを確実に捉える。そして、必殺の威力を持ったその一撃は、アルウェンの目の前でピタリと止まった。
「ふっ、私の負けだ」
アルウェンがそう言ったその瞬間、観客の割れんばかりの称賛の声が、二人の剣士へと送られた。
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