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初戦

「えっ? お金を稼ぎたい?」

「ああ。何時までも世話になりっぱなしになるわけにはいかないし」


 翌朝、朝食を済ませた後、悠斗はエミリアにそう言う。


 悠斗としてはここで過ごすのはとても言い心地がよい。しかし、だからと言ってズルズルとこのまま厄介になり続けるのも悪いと思う。


 なので、出来れば仕事を見つけて、下宿という形でここに置いてもらおうかと思っているのだ。


 随分とむしの良い話だが、ここ以外に行くあてなど無い悠斗にはこれしか選択肢は無い。だからせめて、自分の食費と宿台くらいは自分で稼ごうとそう思い立った次第なのである。


「出来れば可及的速やかに、かつそこそこ稼げると助かるんだけど……」

「う~ん、そうだなぁ…」


 エミリアは顎に手を添えて考え込み、悠斗はじっと返答を待つ。


「可及的速やかにとなると……」

「やっぱり無理か?」

「いや、それにピッタリ当てはまるのがあるにはあるんだけど…」


 エミリアは悠斗の事をじっとみながら、しかし何故か言いにくそうに口ごもる。


「あるのか!? それは一体どんな仕事なんだ?」

「仕事って言ううよりも…賞金稼ぎ?」

「賞金稼ぎって……」


 そう言われて悠斗が思いつくのは、悪人の捕縛やら山賊の討伐など危険なものばかり。実際、出来ない事は無いが、今の状態では些か厳しい。なにせ、武器が無いのだから。


「ねぇ、そう言えば聞いてなかったけど…ユウトってDマスターなの?」


 何故か唐突にそう聞いてくるエミリア。自分がDマスターなのかどうかは正直微妙だが…グラディウス曰く、そうらしいのでとりあえず、


「まあ、そうだけど……」


 一応、そう答える。すると、エミリアは何かを決心した様子で頷く。


「よし。じゃあ、私があなたを推薦してあげる!」

「推薦? 何に?」

「DコロシアムのSランク枠に!」

「Dコロシアム?」


 エミリアの話にイマイチ着いて行けない悠斗。しかし、エミリアが何を言おうとしていたのかは分かった。


 つまり、闘技場の大会で優勝して賞金を稼ぐと言っているのだ。


「そ。実は今日、Sランク最高峰のドランカップが開かれるのよ。優勝賞金は何と50万ゼニオン!」

「50万……」


 こちらのレートは良く知らないが、エミリアの興奮具合からしてかなりの額だと言う事が分かった。しかし、ゲームなんかの知識で言えば普通、闘技場は下からコツコツとランクを上げて行くもののはず。自分がいきなりSランクの試合になど出れるのだろうかと悠斗は思う。


 そしてさらにもう一つ……。


「もしかして、エミリアもその大会に出るのか?」

「そうよ。あ、そう言えばまだ言ってなかったっけ。私もDマスターなの」

「そうだったのか……」


 口にこそ出さなかったものの、出会った当初からエミリアの隙のない身のこなしに疑問を抱いていた悠斗は、ようやく合点が言った。それなら、油断していたとはいえ悠斗が背後を取られたのも頷ける。


 もしエミリアをSランクのDマスターの基準とするならば、この戦いはかなり厳しいものになるかもしれない。


 それに加えてユニゾンの存在。


 人としての戦いならば恐らく勝率は結構なものだが、そこにユニゾンという不確定要素が加わると話は別。Sランクなだけあってエミリアは相当に経験値が有るはずだが、自分はただの一度も経験のないド素人。正直、不安はぬぐえない。


「どう? 一応Aランクのコーウェンを素手で倒す位だから、可能性があるかなぁって思ったんだけど」


 アレでAランクなのか。となると、AとSの間はかなり広いらしい、などと悠斗は内心で思う。


「そうだな。優勝できるかは分からないけど、もし出れるなら出たいかな?」

「あ、それって私に対する宣戦布告?」

「い、いや、別にそう言う訳じゃ……」

「ふふっ、冗談。それじゃ、私は準備してくるから外で少し待っててね」


 そう言ってエミリアは自室の方へパタパタと歩いていく。エミリアの冗談に何時も翻弄される悠斗だった……。











 準備を終えたエミリアに連れられやってきたのは、それはそれは大きな闘技場であった。城壁と同じ白レンガ造りの巨大な建築物は、かの有名なコロッセオとよく似ている。内装はかなり中世的だが…。


「ほら、見とれてないで。こっちこっち!」


「分かった、今行く」


 エミリアに先導されその後ろを素直に付いていく悠斗。その途中、何故か自分に向く殺気が増したことに、悠斗は意識を戦いのものに切り替える。しかし、その殺気はどちらかと言うと嫉妬や羨望と言った感情から来るものが多い。いや、ほとんどだ。


「なぁ、さっきから妙に俺に向けられる殺気が多いんだけど……」

「あ~、それはその…ゴメン、私の所為」

「エミリアの?」


 何故かため息をついてガックリとうなだれるエミリア。その姿を不思議そうに見ていると、


「「「エミリア様~~!!」」」


 そんな声が複数聞こえると共に、何やら後ろから真っ赤な服装と真っ青な服装に身を包んだ男女の大群が、怒涛の勢いで迫ってきた。ここに来て、悠斗は自分に向けられていた視線の意味を理解する。


 つまり、エミリアは闘技場のアイドルの様な存在なのだ。きっとあの団体はファンかなにかなのだろう。


「ああもう! ほら、逃げるよ!」


 エミリアは悠斗の手を掴むと一目散に選手以外立ち入り禁止の場所へと走り込む。ファンの人たちも流石に規則は守るのか、そこまでは追ってこなかった。


「随分と人気が有るんだな?」

「まあ、色々と理由があってね。それよりも、早くエントリーしましょ?」


 エミリアと一緒に受付と思わしき場所へと向かう。横長のテーブルに数人の係りの者が座っているその光景は、いかにも受付と言った感じだ。


「これはエミリア様。今日のドランカップにご出場ですか?」

「もちろん。エントリーをお願い」

「かしこまりました。……そちらの方は?」


 受付の女性が俺の方に意識を向ける。


「彼も今日のドランカップに出場するわ」


「それでは、登録証の提示を―」


「ああ、その事なんだけど……特別推薦枠を使わせてもらうわ」


 エミリアがそう言ったその瞬間、受付周辺の喧騒が一瞬にして静まった。受付も何故か呆然としている。


「……はっ? あの、エミリア様。…もう一度、お願いできますか?」


「だから、彼…ユウトを特別推薦枠でエントリーして欲しいって言ってるの」


 今度こそ、受付の人はしっかりとエミリアが言った事が耳に入ったみたいで、若干腕を震わせながらも書類に何事かを書き込む。


「あ、ついでに登録証もお願い。もちろん、ランクはSで」


 ガターン! と、椅子が倒れる大きな音を立てて一人の男が立ち上がる。その顔には、隠しようもない怒りが滲んでいる。


「おい、エミリア。貴様、何様のつもりで言ってやがる。登録証も持ってない新顔が特別推薦枠で、しかもいきなりSランクだと? ふざけるのも大概にしやがれ!」


「いいじゃない。だって、私にはそれが出来る権限があるもの。それが悔しかったら、私に勝つことね」


 エミリアの余裕の態度に男はぐっと悔しそうな顔をすると、ズンズンと向こうに歩いていく。その擦れ違い様、


「……新顔風情がここに来た事を、後悔するんだな」


 そう捨て台詞を残して、恐らくは控え室であろう場所へと歩いて行った。


「……ユウト・ケンザキ様。登録が完了いたしました。どうぞ、登録証です」


 受付が引き攣った営業スマイルを浮かべて俺に証書を渡す。そこには俺の名前と共にSの字。そして推薦者エミリア・クラーレンと書かれていた。


「これで準備よしっと。それじゃ、私は向こうの控え室だから。また後で会いましょ」


「あ、おいエミリア!」


 悠斗の声には耳を貸さずに、エミリアは軽快にスキップをしながら行ってしまう。周りからの突き刺さる視線を全身に感じながら、悠斗は大きくため息をついた。











 受付から控え室に移動した悠斗は、今は目を閉じてグラディウスと話している。


『全く、エミリアという人物が何者なのか…正直疑問で一杯だ』

『あれほどの権限を行使できるのだ。恐らく、かなりの実力者なのだろう』

『恐らくね。まあ、今はそれは置いといてだ。グラディウス、ユニゾンの仕方を教えてくれないか?』


 悠斗は真剣な声音でグラディウスに聞く。今回の戦い、もしかしたらこのユニゾンが勝敗に大きく関わってくる可能性が高い。ならば、経験は無くともやり方だけは知っておいたほうが良いと思ったのだ。


『なに、そう難しい事では無い。我と心を一つにし、同調すればよいだけの事』

『あ~、つまり?』

『ふむ、言うなれば…我を汝の全身で感じろと言う事だ』


 グラディウスの説明に、悠斗はなるほどと納得する。それならば、出来ない事もないかもしれない。


『ちなみに聞くけど、ユニゾンすると外観ってどうなるの?』

『基とそう変わらん。我が纏う鎧を汝が纏い、翼を得るだけの事』


 悠斗はグラディウスが纏っていた鎧を思い出す。ゴツゴツとした超重量の鎧では無く、ひたすら攻撃に特化したような鋭角的な鎧。悠斗のファイトスタイルにピッタリである。そこで悠斗は思い至った。


『しまった。……肝心の武器が無い』


 そう、自分が愛用する刀が今はこの場に無い。町に行けば似たような曲刀はあるかもしれないが、それでは本気を出す事は出来ないし、なにより買うだけの金もない。


『汝が言う武器は、刃をもって切り裂くものか?』

『ああ、そうだけど……』

『ならば、それを汝の心で思い浮かべてみよ』


 グラディウスの言う通り、悠斗は自分の得物である刀を正確に思い浮かべる。反り具合から長さまで、昨日まで自分が愛用してきた刀の姿を。


『ほう、これは……なるほどな。もう良いぞ』

『一体、これに何の意味が?』

『我は剣竜。刃の一本や二本を作りだす事など、造作もない』


 グラディウスが得意げにそう言うと、悠斗の手になにやらずっしりと重みがかかる。その手には、思い描いた通りの刀がいつの間にか握られていた。


『ん? 外観がなんか違う』


 思い描いた鞘は黒塗りの鞘だったはずだが、今自分が持っているのは鈍い輝きを放つ鞘。まるで、刃に刃を納めているかのようだ。


『それは我の趣味だ。あの様に地味な鞘、我は好かん』

『……』


 グラディウスの意外な一面に、悠斗は苦笑する。そしてそれと同時に、闘技場の方から湧きあがる歓声は聞こえてきた。


『どうやら、始まったみたいだな』

『そのようだ。……気をつけろ、汝に下手な敗北は許されぬ』

『エミリアの名誉のためにも…だろ?』

『分かっているならそれで良い。では、初陣と行こうではないか』


 グラディウスのとの会話を切り、悠斗は閉じていた目を空ける。悠斗の試合は第一試合。ゆえに出番は一番最初。相手の手の内を見る事も出来なければ、相手を除く全員に手の内を見られる。経験の無い悠斗に圧倒的に不利な順番。


 しかし、それは悠斗には関係は無い。なぜなら、自分には小細工と言ったものは何もない。あるのは刀一本と己の技のみ。グラディウスの不確定な力もあるが、それに頼るつもりで戦いはしない。


 そして自分の刀は全ての小細工を斬り捨てる。それが剣裂流対人剣術。


 その法則に、一片の疑いもない。


 悠斗は意識を切り替えると、歓声が溢れるフィールドへと足を進めた。






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