活気ある町の中で
「ふぅ、凄いなグラディウス! お前、あんなに早く飛べるんだな!」
グラディウスの背から飛び降りた悠斗は、未だ興奮収まらぬ様子でグラディウスを称賛する。対するグラディウスは、悠斗の図太さに苦笑を洩らしていた。
グラディウスの飛行スピードは自画自賛するだけあってかなりのものであり、悠斗とグラディウスは30分程の飛行ですぐに町を視認出来る場所まで飛んだ。
その後、グラディウス曰く流石に町の住人に見られるのはマズいと言う事で、町の郊外の人目につかない場所に着地。グラディウスは一度姿を消した。
流石に竜を連れて歩くのもどうかと悠斗も思っていたため、特に疑問は持たずに町へ続く街道へと出る。
流石に都市の周辺には舗装された道が敷かれており、あの場所がいかに未開過ぎであったかがうかがえる。舗装されていると言ってもそれはコンクリートなどでは無く立派な石畳であったため、この世界が向こうで言う中世の時代くらいであると悠斗は予想を立てた。
その証拠かどうかは分からないが、街道で数台の馬車ともすれ違った。最も、引いていたのは馬に似ているようでどこか違う生き物であったのだが。
その際、馬を操っていた人には何か物珍しげなものを見るかの様な目を向けられた。やはり、この道着姿が目立つのだろう。しかし、お金が無い現状ではどうする事も出来ない。今しばらくは、この道着で頑張ろうと思う悠斗であった。
目測でおおよそ2キロ程の道のりを軽いトレーニングも兼ねてランニングする。何時も鍛えているだけあって、ちょっとやそっとでは悠斗は息が切れることは無い。全力疾走でも1キロは走れる自信がある。しかし、今走っているのは目に見えて大都市と分かる町の街道。町に近づくほど人が多くなっていく中で、流石に道着姿の全力疾走劇など、とてもではないがする気にはなれない。
ただでさえ目立っているのに、これ以上の注目は悠斗としても勘弁してほしい所なのである。なので、なるべく人目に止まらないよう気配を薄めて街道を歩く事にする。ほどなくして、大都市を守る様にそびえたつ城壁の様な場所の目の前へとやってきた。
「凄い城壁だな……何メートルあるんだ?」
白いレンガが組み合わされて出来たそれを、思わず悠斗は見上げてしまう。軽く見積もっても10メートル…もしかしたらそれ以上かもしれない。
町への入り口と思われる城門には兵士と思われる人が武器を携えて立っている。その肩には、グラディウスとは姿形は違うが、やはり竜と思われる小さな竜がちょこんと乗っている。
『あれは我らが人に同伴する時の姿。小さくなることで色々と不便になるが、その分、次元を越える手間が省ける』
悠斗の疑問に先んじて、グラディウスが答える。つまりは、あの姿はいわゆる待機状態みたいなものなのだろう。
「なら、グラディウスもあの姿になれるのか?」
『うむ。だが、今はまだそれをする必要が無い。ゆえに、我は姿を消している。それから、汝も我に話す時は念話を使え。我が姿を消している今、汝は一人で話す怪しげな人だぞ?』
確かに、誰も居ない虚空に向かって話している様は、傍から見れば怪しい事この上ないだろう。原理はよく分からないが、念話と言うだけあって念じる様に話せばいいと理解した悠斗は、とりあえず心の中で話すようにしてみる。
『えっと、こんな感じか?』
『うむ。…汝は全てにおいて飲み込みが早いな。豪胆さと言い、驚かされてばかりだ』
『それはどうも。ま、俺にも色々あるってことで』
悠斗の言い回しに何か感じるものがあったのか、グラディウスもそれ以上は何も言わなかった。
悠斗は一つ深呼吸をして気合を入れ直すと、屈強な兵士たちの横を通り過ぎる。案の定、ジロリと目線を向けられたが、何も持っていないのが幸いしたのか呼びとめられるようなことは無かった。
城門をくぐって町の中へと入る。そして、悠斗は目の前の景色の目を奪われた。
目の前に広がるのは、白と青を基調とした美しく整然とした街並み。沢山の人々が町を行きかい活気にあふれているのが良く分かる。流石、北方大陸最大と言われているだけあると悠斗は思った。
悠斗のすぐそばを、元気に走り回る二人の子供が走り抜けていく。男の子と女の子が笑い合いながら走って行く中で、事件は起こった。
ドンッ!
前をよく見ていなかったせいで女の子が一人の男にぶつかった。それだけならいい。大抵の人なら、謝れば許してくれるだろう。しかし、今回はそのぶつかった相手が悪かったようだった。
「これはこれは。何処の野蛮人がぶつかってきたのかと思えば…。下々に住む者がこの僕、コーウェン・アスタルクに無礼を働くなど、どうなるか分かっているのかな?」
その言葉に、さっきまで活気にあふれていた通りが一瞬にして静かになる。悠斗には、周りの人たちが一様に恐怖に怯えているのがすぐに分かった。どうやら、あの男はこの町では力が……つまりは上流階級の人間。そういうことなのだろう。
「ご、ごめんなさい…。本当に、ごめんなさい」
女の子がふるえながら許しをこう。しかし、コーウェンと名乗った若い男はキザったらしい動作でフンと笑うと、
「許す? なぜ、僕が君を許す必要があるのかな? 君は僕にぶつかってきた。その所為で…ああその所為で、僕のお気に入りのマントが汚れてしまったじゃないか」
大して汚れてもいないマントをヒラリとさせ、何故か粘つく様な目で女の子見下ろす。
「そうだね。どうしても許して欲しいなら、弁償をしてもらおうかな? なに、君みたいな下々の人間を好む奴に心当たりが有るんだ。さぞかし、高値で買ってくれると思うよ。あははははっ!」
「そんなの事、絶対にさせるもんか!」
高笑いする男の前に、一緒に遊んでいた男の子が立ちはだかる。足を震わせながらも、勇気を振り絞って女の子を守ろうとしているのだろう。そんな男の子に、男は侮蔑と嘲笑を込めた視線を向ける。
「させない? 君みたいな何の力ももたないガキが何を言うかと思えば。身の程を知れ!」
男は苛立ちの表情を含めて男の子を蹴り飛ばそうとする。まだ年端もいかない子供が受けたら大怪我は免れない様な勢いの蹴りを、だ。
「っ!!」
男の子が恐怖で目を閉じる。恐らく自分は凄く痛い思いをするかもしれない。それでも、自分の好きな子は守って見せると強く思い、男の子はぐっと足に力を入れる。来たるべき衝撃に身構える男の子だったが、しかし何時まで経っても自分は蹴られることは無かった。
男の子がそっと目を空ける。そこには、
「おい、いくらなんでもやりすぎじゃないのか?」
自分を守る様にして立つ悠斗が、片手で男の蹴りを受け止めていた。
「な、何だお前は! 何時の間に僕の前に!」
悠斗は後ずさる男の言葉に答えず、ポンっと男の子の頭に手を乗せて、優しげな眼差しを向けて言う。
「良く頑張ったな。ほら、早く女の子を連れて行くんだ。好きな子だったら、最後まで守り抜くのが男だぞ?」
「……うん!」
男の子はへたり込む女の子の手を引っ張ると、走って路地裏の方へと消える。あれだけ走りまわっていたのだ。恐らくこの城下はあの子たちにとって庭みたいなものだろうと悠斗は予想していたのだが、どうやら正解だったみたいだ。あれなら、無事に逃げ切る事が出来るだろう。
「おい、お前! 下々の人間の分際で何を勝手な事をやっている! あいつらは僕にぶつかった無礼者だぞ! それを―」
「あのさ……」
後ろでギャーギャー騒ぐ男に、悠斗は憐みの視線を向ける。
「な、なんだその目は! ぼ、僕はコーウェン・アスタルク。アスタルク家の人間だぞ!」
「そんな事知った事か。でさ、良い歳した大人が子供がぶつかったぐらいでギャーギャー喚くってさ、恥ずかしいと思わないのか? それとも、アスタルク家だっけ? どうでも良いけど、お前の家ではそれが普通なのか? だとしたら品性を疑うよ、俺は」
小さい頃から祖父と父に人としてどうあるべきか教えられた悠斗は、この手の人間にはまったくもって容赦をしない。この様な外道は見ているだけで怒りが湧き上がってくるのだ。
「いるんだよな。力を後ろ盾にしてこう言う事をする奴が。力を持つなら、それをもっと正しい方向に使うべきなのに、それを己のためだけに使う。全く、嘆かわしいことだよホント」
悠斗は立ち上がりながらため息をつく。対する男…コーウェンは顔を真っ赤にさせていた。もちろん羞恥では無い、怒りゆえだ。
「この僕をここまで愚弄するなんて…ふふっ、どうやら命がいらないみたいだな…」
怒りに歪んだ顔を無理やり引き攣った笑みに変えるコーウェン。そして腰にさしていたサーベルを鞘から抜いて構える。
「いいか? お前が悪いんだぞ? お前が、僕を愚弄したりしたから…だからお前は死ななきゃならない。そう、全てお前が悪いんだ!」
ここまで来ると、悠斗はもう呆れるしかない。向こうの世界にもこのタイプの人間は居たが、ここまで酷い奴は初めてだった。しかも、その人間は今、剣を自分に向けている。剣術家の悠斗にとっては、最も怒りを感じさせる状況だった。
「誇りも持たない奴が、いっちょ前に剣なんか構えるな。剣が可哀想だ」
「お前…お前っ! もう…もう許さないからなぁ!」
コーウェンは剣を構えると目を血走らせて、悠斗へ剣を振り下ろそうと走り出す。対する悠斗はふぅっと小さく息を吐くと、特に構えもせずじっとコーウェンを凝視し続ける。
「ほらっ! 死んじゃえよー!」
コーウェンの凶刃が悠斗に迫る。しかし、悠斗はすっと足を移動させ、最小限の動きで剣の軌道から自分の体を外す。
「そんな剣で、俺に一撃を入れようだなんて…。まだ、俺の後輩の方がいい動きだぞ?」
避けられた事に対する驚きか、それとも自分がこれから受けるであろう報復にか、コーウェンが大きく目を見開く。
「言っておくが、これは正当防衛だから…なっ!」
「あがっ!?」
腰を落として姿勢を低くした悠斗の拳が、コーウェンの鳩尾にめり込む。剣を振り切った不安定な姿勢のコーウェンはたまらず、そのまま一瞬宙へと浮かぶ。
「最初の一撃は女の子の分! それからっ!」
「ぐげぇ!」
追い打ちを掛けるように、悠斗の膝蹴りがコーウェンのボディにめり込み、体をくの字に曲げながらコーウェンが吹き飛ぶ。
「これは男の子の分! そして…」
コーウェンが吹き飛んだ方向に悠斗は縮地の法で素早く移動し、
「はあっ!」
「ごぁ…」
その無防備な背中に回し蹴りを綺麗に決めた。吹き飛んだコーウェンが歩道を転がって止まる。
「これは、正当防衛を含めた俺の分だ」
「「「……」」」
辺りを静寂が包み込み。その違和感に気がついたのかようやく、悠斗は自分が置かれている状況に気がついた。
『この大馬鹿者が…』
「あっちゃ~…」
グラディウスが念話で深いため息をつき、悠斗は自分の顔を手で覆う。その瞬間、
わあぁ~~~っ!!
静観を決め込んでいた民衆から一気に歓声が上がった。
途端に騒がしくなった所為か、警備兵と思わしき人たちが数人こちらにやってくる。
「何だ! 一体何事だ!」
「おい! この気絶してるの…アスタルクの次男坊じゃないか!?」
「何ぃ!?」
やはり、あの男は上流階級の人間らしい。でなければ、警備兵がいちいち名前を覚えてはいないだろう。これはどうも大事になったと悠斗は深いため息をつく。ただでさえ目立つ格好であるのに、まさかこんな形でさらに目立つことになるとは思わなかった。しかし、今更どうしようもない。第一、あの状況を見逃してまで自分のためだけの行動をするなど、悠斗に出来るはずが無いのだ。そう言う性分なのである。
「おい、アンタがこれをやったのか?」
大柄な体をした警備兵が、俺に向かってやってくる。他の警備兵と違って腕章をつけている辺り、隊長か何かなのだろう。
「あー、まあ。だって、いきなり襲いかかってきたから、つい少し反撃を……」
「あれが、少しの範囲になるのか?」
警備兵が後ろを指さす。その先には無様に転がっているコーウェンの姿が有り、顔には青痣。さらには失禁までしていた。
「殺されそうになったんだ。正当防衛だって」
さらりと悠斗は言い返す。悠斗の言葉に、周りで見ていた町民たちもそうだと言い、警備兵はううむと顎に手を当てて唸る。
「ま、骨が何本か逝ってるかもしれないけど、命には別条はないと思うよ」
悠斗はそれだけ言うと、その場を立ち去ろうとする。しかし、そうは問屋がおろさないのが現実であり、
「まあ、待て」
警備兵にグワシと肩を掴まれてしまう。
「まだ何か用が? 正当防衛なのは周りの人たちが証明してくれてるだろ?」
「いやまあ、そうなんだが…。今回はそうもいかねぇ。何しろ、相手があのDマスター家系のアスタルク家だからな」
「Dマスター?」
聞き慣れない言葉に、悠斗は首を傾げる。すると、グラディウスから念話で説明が入った。
『Dマスターと言うのは、我ら竜とユニゾンする者の事だ。ああ、ユニゾンと言うのは竜と人がその身を一体にする事だが…まあ、それは追々話すとしよう。少し長くなるのでな。それで、だ。どうやらこの町では、DマスターがDライダーよりも格上の存在となっているようだ。ちなみにDライダーとは竜と絆を結んだ人の事を言うぞ。一昔前は繋がりから絆に発展する人もそう多くは無かったのだが、どうやら今はほとんどの人が契約を結んでいるようだな。何か、外部からの干渉によって契約を結ぶ方法でも見つかったのかもしれん』
グラディウスの説明を聞きながら、悠斗は今の情報を整理する。
グラディウスが言うには、繋がりは全ての人が持っている。しかし、繋がりから絆へと発展する契約は必ずしも行える訳ではないらしい。少なくとも、一昔前はそうだったようだ。
しかし、今はほとんどの人が絆を持っているとグラディウスは言う。グラディウスの記憶が一体何時のものかは知らないが、グラディウスの言う通り、何か契約を必ず行うための方法が見つかったと言うのが妥当だろう。この辺りは、異世界人である悠斗にはよく分からない。
そして、その上に立つのがDマスター。このDマスターという存在がよく分からない。ユニゾンなるものを行えるらしいが…意味だけで解釈するなら合体。つまりは融合? 人と竜の融合と言う事なのだろうか? そうなると、ますますファンタジーに磨きがかかってきたなと悠斗は思う。
何にしろ、今の状況では分かる事は少ないため、悠斗はいったん情報の整理をやめることにした。
「しっかし、ユニゾンしていないとは言え、よく無傷であそこまでぶちのめせたもんだ。アンタ、何もんだ? 見た所、ここらじゃ見ない格好だが……」
「まあ、俺はただの旅人みたいなものだよ」
悠斗はポーカーフェイスを保って言う。旅人と言うのはあながち間違いでは無い。無論、次元を越えて来ましたなどとは口が裂けても言えないが…。
「こ、これはアルウェン様! どうしてこのような所に!?」
悠斗が警備隊長と話していると、背後から何やら焦った様子の警備兵の声が聞こえてくる。どうやら、誰かこちらに来たらしい。
「通せ。私はこの先に用が有る」
「し、しかし…」
「通せ、と…私は言っているのだが?」
「ひぃ! 申し訳ありません!」
警備兵が慌てて道を譲る。そしてこちらに歩いてきたのは、さっきのコーウェンと違いその身に強い覇気を纏った、端正な顔つきの男だった。長身にオールバックの髪型。そして深い知性の光りを宿すその眼光は鋭い。一目で強者である事が分かる。
男は向こうで気絶するコーウェンを一瞥すると、悠斗の方に視線を向ける。
「君かね? あの馬鹿にキツイ灸を据えてくれたのは?」
「ああ、そうだ」
「ほぅ、やはりそうか…」
何故か納得したような顔をする男。すると、悠斗のいぶかしげな視線に気がついたのか、男…アルウェンはくっくっくっと笑いだした。
「いやはや。これ以上馬鹿が過ぎるようなら、私が直々に灸を据えてやろうかと思っていたのだが、どうやら先を越されてしまった様だ。馬鹿者の弟に代わり、謝罪させてもらう」
そう言って頭をさげるアルウェンに、悠斗は慌てて言う。
「ちょ、俺はそんな頭を下げてもらうようなことはしていなし、第一、俺が被害を受けたわけじゃないって! いやまあ、確かに殺されそうにはなったけど…」
「それで十分な理由だ。全く、我が弟ながら情けない。何度言ってもこの馬鹿は自分が他の人より偉いなどと思いこんでいるのだよ。そんな事はあるはずがないと言うのに……」
ふぅっとアルウェンがため息をつく。
「ともかく、今回の事はアスタルク家を代表して、私が謝罪させてもらう。皆も済まなかった。許してやってくれ」
アルウェンは民衆に対しても頭を下げる。そしてひとしきり警備兵と話をした後、
「それではな。いつか君と手合わせが出来るのを、楽しみにしているよ」
そう言い、踵を返して去って行った。最後の言葉を考えるに、どうやら悠斗が武芸を嗜んでいるのに気がついたようだ。自分ではうまく隠せていると思っていた悠斗だが、やはり本物の強者には見破られてしまうものらしい。
「それじゃ、俺ももう行っていい?」
「ああ。悪かったな、引きとめて」
「別に、気にしてないですよ」
警備隊長に一言そう言うと、悠斗も騒ぎが収まりつつある町の中へと歩き出した。
その後ろを追いかける一人の人影が有る事には気がつかずに……。