二匹の伝説
「異世界人……」
イゴールが驚嘆の入り交じった、しかしどこか納得のいったような表情を浮かべる。エミリアとレスティナは、まさかと言った様子で呆然として立ち尽くしている。
「驚かないんですね?」
「いや、驚いてはいる。だがそれならば、君の出で立ちについて納得はいくのでね。しかし異世界か……」
顎に手を添え何事かを考え込むイゴール。そこにエミリアよりいち早く意識の復帰したレスティナが言う。
「異世界がどうというのは私にはわかりません。ですが、私はそれとは別に気になることがあります」
「何ですか?」
「あなたの契約竜、名をグラディウスと言うのは本当ですか?」
その言葉に、ようやくエミリアも復帰し神妙な顔付きで悠斗の言葉に耳を傾ける。どうして二人がその様に真剣になっているのか全く分からない悠斗であったが、特に隠すような事でも無いので、いつも通りの調子で首を縦に振る。
「はい、そうですけど。それが何か?」
悠斗の言葉にレスティナとエミリアは互いに顔を見合わせ、先ほどまで考え込んでいたイゴールも、いつの間にか悠斗の話に耳を傾け唸り声を上げる。
「試合でのあの姿、そしてその名……これはもうほぼ確実と言えますね」
「やっぱり、ユウトの竜は……」
「あー、出来れば俺にもわかるように説明を求めたいんですけど」
意味深な言葉を口にする二人に悠斗が言う。レスティナはふむ、と少し考えると、一つ頷いて口を開く。
「そうですね。となると、彼女にも同席してもらった方が良いでしょう」
「彼女?」
この場にいる女性はレスティナとエミリアのみ。なので悠斗はエミリアに視線を向けるが、エミリアは首を横に振る。悠斗が首を傾げる、しかしレスティナはそれを気にする事なく、悠斗達に背を向け無駄に広いと思われる謁見の間の虚空に言葉を発した。
「セフィ、姿を現してくださいな」
レスティナがそう言った次の瞬間、虚空が歪み一匹の竜が徐々に姿を現す。それは、輝く純白の鎧に身を包む、赤い目を持つ白竜であった。圧倒的な存在感に、悠斗も無意識に身構える。
「そう身構えなくても大丈夫です。彼女の名はセフィロトスパイナー。私の契約竜です」
「長いですからセフィとお呼びください。以後、お見知りおきを」
ペコリと首を下げて言うセフィロトスパイナーに、悠斗も頭を下げて挨拶を交わす。すると、今度は悠斗の背後の虚空が歪み、グラディウスが姿を現した。ガシャリと鎧を揺らしてグラディウスが言う。
「久しいな、スパイナーよ。汝とこうして顔を合わせるは五百年振りか……」
「ええ。まあ、私は貴方はてっきりくたばったのかとばかり思っていたのですが、流石のしぶとさですね。感心します」
「ふん、汝のごとき小娘に心配されるいわれは無いわ」
「私が小娘なら、貴方はクソジジイですよグラディウス」
ふん、と鼻を鳴らすグラディウスと姿に似合わない言葉を口にするセフィロトスパイナーに目をぱちくりさせる四人。四人と言うのは、マスターであるレスティナ自身も、このようなセフィロトスパイナーを見るのは初めてだからである。普段の彼女は、清楚という言葉がピッタリな振る舞いをしているからだ。
「セフィ、貴女って以外と口達者なのですね?」
レスティナの問いにセフィロトスパイナーが目に見えて慌てる。
「えっ、これはあの、その……ああもう、貴方のせいですよグラディウス!」
「なぜ我のせいなのだ。汝が勝手に自爆しただけであろう。慣れぬ猫かぶりなどするからだ」
「これまではちゃんとやってきていました!」
あ、猫被ってたの認めるんだ。
セフィロトスパイナーの言葉にそう思ったのは、実は悠斗だけでは無かったりする。
「しかし、現に今できておらぬではないか」
「貴方に被る猫がないだけです!」
そうして漫才の様な二匹のやりとりは30分程続き、結果としてセフィロトスパイナーがぐったりとし、グラディウスが勝ち誇った様子で五百年振りの再会は終わった。
白熱(?)した二匹のやり取りが終わったのを見計らい、コホンと一つ咳ばらいしてレスティナが口を開く。
「セフィ、グラディウス殿。そろそろ本題に入っていただきたいのですが」
「そういえばそうでしたね。分かりましたレスティナ」
「よかろう」
セフィロトスパイナーの口調が最初に自己紹介した時のものへと戻る。悠斗も気を締め直し、グラディウスも纏う雰囲気を改める。
「さて、いきなりな話の入り方となってしまいますが……ユウト殿、貴方の契約竜グラディウスは、実はこの国では伝説の存在なのです」
「伝説?」
「そうです。長くなるので詳細省きますが……かつてこの世界では、伝説となるほどの大きな争いがありました。古代大戦と、今はそう呼ばれています」
「古代大戦……それがグラディウスと関係が?」
悠斗の問いにレスティナはコクリと頷く。
「この国の命運を賭けたその戦いにおいて、活躍した四人のマスターと四匹の竜がいたそうです。そしてその中に名を連ねたのが、今ここに居る聖竜セフィロトスパイナーと、剣竜グラディウスなのです」
グラディウスが伝説の存在。レスティナのその言葉に、悠斗とグラディウスは驚愕する。悠斗は、どこをどう見てもこれっぽっちも伝説の存在には見えないグラディウスがそうであることに。グラディウスは、自分がいつの間にか伝説の存在になっていることにだ。その事実に、グラディウスが怒りを滲ませた声で言う。
「どういうことだスパイナー。なぜ我がその様に祭り上げられた存在になっている!」
「それは、貴方がどこかへ雲隠れしてるウチに、私たちがしたことを民衆が褒めたたえたからよ」
「ふざけるな! 我は……我はそのようなことを頼んだ覚えはない! 伝説などと、どうすればそのように名乗ることが出来ようか!」
あくまでも平静で言うセフィロトスパイナーに、グラディウスがグルルとほえる。その中に、確かに悠斗は隠しようの無い悲しみと悔しさを感じた。それが一体何に対するもので、何が原因であるかまでは分からなかったが、恐らくはその大戦が関係してるのだろう。そんな悠斗と同じを思いを持ってなのか、セフィロトスパイナーも自ら何かを語ろうとはしないようであった。
「なるほど、大体の事情は把握しました。でも、俺にはそれが特に問題を引き起こすような事であるとは思えません。第一、この世界の人間じゃない俺には、そんな伝説なんて意味ありませんから」
悠斗の言葉にレスティナたちが呆気に取られる。一瞬の沈黙が流れそして、イゴールが謁見の間に響き渡る声量で盛大に笑った。
「ははははっ! 世界が違えば伝説も意味を持たないか。確かにそうだ。……だがなユウト殿」
イゴールは悠斗に真っすぐ目を向けて言う。
「確かに君にとっては意味が無くても、私たちこの世界の住人にはあるのだよ。必ずや、その力を利用したいと思う者たちが出てくる。言ってしまえば、今こうしてセフィが王家の象徴となっているのも、その思惑のウチの一つなのだから」
確かにイゴール言っていることは正しいのだろう。国を守り維持して行くには力が必要不可欠。話し合いのみで平和を維持するなど、ただの理想論……夢物語でしかないからだ。しかし、だからといってこの国のために戦う義理など、悠斗には無い。
「さらに言えば、グラディウスは四人のマスターのリーダーが駆ったと言われてる竜。力を欲する者にとって、これほど手に入れたい力はないだろう」
「それは、イゴール王も例外ではないと?」
「私は国を守るべき立場にいる人間。当然私も、君の力を欲している」
「正直なんですね」
「君には私程度の人間がついた嘘など、通じないだろうからな」
張り詰めた空気が謁見を満たす。緊張の高まる中、イゴールが再び口を開く。
「今この王国は、隣国からの侵略の危機にある状況だ。国があまりにも豊か過ぎるがゆえにな」
「大戦とやらの英雄的存在のいる国なのに?」
「英雄も時代が過ぎれば記憶の中の存在となる。戦力としては未だ強力でも、名前だけでは既に他国への抑止力として意味を成さないのだよ」
「伝説が過ぎたと言うことですか」
「そういうことだ」
一時の間は抑止力成り得ていた英雄としてのネームバリューも、時代の流れがその現実味を徐々に薄くして行き、そして五百年の途方も無い時間がとうとうその力を失わせてしまった。いかに偉大な存在であっても時の流れには勝てないのだ。
「時代の流れとともに、Dマスターの力も戦争における戦略も遥かに進歩した。今の時世の戦は、一人の英雄のみで覆るほど甘くはない」
「加えて言うならば、私はセフィを最初に使役した、聖ドラン王国初代女王ほど彼女の力をうまく引き出せません。いくら竜の力が強くても、マスターが弱ければ意味が無いのです」
使い手が未熟ならば、武器もまた力を発揮できない。優れた刀剣でもそれを振るう剣士の腕が未熟ならば、木の枝一本すらまともに切れないのと同じ事。剣術家である悠斗は、その事をよく知っている。しかし、悠斗は決してレスティナの事を弱いとは感じていない。なぜなら、レスティナもエミリアと同じく強者の雰囲気を纏っているのを感じるからだ。これでもまだ未熟だと言うのならば、その初代女王がよほど強かったのだと言えるだろう。
イゴールは申し訳なさそうに眼を伏せる、そんな娘を心配そうな目で見つめ、そして悠斗に向き直ると言う。
「エミリアやアスタルク卿、親衛隊や王国軍にも有能なマスターがいるとは言え、それでも決して十分な戦力があるとは言えない。戦力の質では勝っている自信がある。だが、数においては圧倒的に劣っている。戦いは数だ、いくら戦力の質が良かろうと多勢に無勢では勝機は薄いだろう」
敵方よりも数は劣るが質に優れる。少数精鋭……と呼べば聞こえはいいかもしれない。しかし、それは小規模戦力同士での戦いの中だけの事であって、国同士の争いの様な大規模戦力同士での争いでは、数の方が基本的にものを言う。現代の様な核兵器などと言った大規模殲滅兵器があるならば話は別だが、悠斗の見る限りこの世界の戦いは基本白兵戦であろう。エグゼスと言う超戦力の存在はあれど、国一つを単身で滅ぼせるような戦力ではない。それは、たった一度であれどユニゾンした悠斗自身が良く知っている。エグゼスも、あくまでこの世界での生物としての枠の中の力なのだ。
悠斗が思考を終えるのと同時に、イゴールが言う。
「今はまだ、国境線上での小競り合い程度の侵攻行為しか行われていない。だが、各国に放っていた間諜からの知らせでは、各国が大規模侵攻を計画しているとの情報も入って来ている。ユウト殿、こんな事を言うのは私の勝手にしかならないが……他国からの侵攻が始まると言うその時期に、君がこうして伝説の剣竜を共にし現われた事は一種の運命なのではと、私は思っているのだよ」
「それは、俺がこの国のために他国と戦う運命にあると言う事ですか?」
「ふっ、都合が良過ぎる運命だと思うだろう。だが、あえて私はそうであると信じたいのだ。……頼む、ユウト殿。君の力を私に……ドランのために貸してほしい」
そう言ってイゴールが深く頭を下げる。レスティナも一緒に頭を下げ、エミリアも不安そうな顔で悠斗を見つめる。
悠斗は迷う。自分がどうするべきなのか。自分は、争いなど無縁とも言えるような平和な世界からやってきた。確かに戦争はあったかもしれない、しかしそれは自分からは遠い場所での出来事だった。しかし、今自分がいるこの世界は、それが目の前にある。手を血で染める行いを強請される、それが戦争。別にそれが怖い訳ではない、自分の手は既に血に濡れているのだから。対人剣術……それは人を斬るための剣術。極めるためには、必ず通る道がある。
平和な世の中では決して認められない、そんな力を悠斗は持っているのだ。そう考えれば、親族亡き今、自分がここに飛ばされたのは、イゴールの言う通り運命、いや宿命とも言えるかもしれない。しかし悠斗は、そんな理由で戦いたいなどとは思わない。剣を振るのは己の意思でありたい。
「……俺は運命なんてものに駆られて戦いたくない、自分の意思で剣を振る。でも、この国のために剣を振る理由がまだ見つからない」
悠斗の言葉に何かを言おうと口を開きかけたイゴールに間髪を入れずに悠斗は言を継いだ。
「だから、その理由を見つけるために、俺はこの国に手を貸します」
「良いのかね? 命を落とすかもしれないのだぞ?」
「先に俺を誘ったイゴール王が何を今更言うんですか。そんな事、言われずとも分かってます」
「そうか……ありがとう」
もう一度、イゴールとレスティナが深く頭を下げる。そんな中、今度はエミリアが口を開く。
「そう言えば、ユウトって別の世界から来たんだよね?」
「ああ、そうだけど。それがどうかしたか?」
「えっと、それを聞いた時から思ってたんだけど……ユウトはユウトの世界に何時でも帰れるの?」
エミリアのその言葉に、悠斗は今更ながらに思い出す。元の世界にそこまでの執着が無かったせいか、元の世界に帰ろうにも帰れない事を思い出した。
「あ~……無理」
「そっか、無理かぁ……って無理なの!?」
「うん、無理。だって俺はグラディウスに一方的に連れて来られて訳だし。そのグラディウス自身も元に戻すのは無理みたいだから」
帰れない事を特に気にした風もない様子の悠斗に、帰ってきた返事と一緒に驚くエミリア。イゴールとレスティナもまさか帰れないとは思っていなかったらしく、驚きに目を見開いている。
「グラディウス、貴方と言う竜は……」
「……面目ない」
ちなみにその事態を招いた張本人……竜は、かつての戦友たる聖竜に呆れられていた。
「まあ、あんまり気にしてないから別にいいさ。ああでも、向こうの方でも色々とやり残した事もあるしなぁ……」
そう呟き、しばらくその場で考え込む悠斗。そして何かを思いついたのか、ふっと顔を上げてイゴールの方へと顔を向けた。
「イゴール王。どうやら早速、戦う理由が一つ見つかりましたよ」
ふっ、と笑ってそう言う悠斗。普通なら喜ぶべきであろうその言葉に、何故かイゴールは背中に冷や汗が流れたのだった。