謁見
いきなりの使者の来訪と知らされたその内容に驚愕していた悠斗とエミリアも、朝食を済ませてすぐ、王城へ赴くための身支度を始める。
と言っても、悠斗はこれと言った荷物も無く、また服装にしても道着一着しか持っていないため、時間の掛けようが無いのだ。対するエミリアは、何時も来ている様なラフな格好では無く、青を基調とした騎士装に袖を通している。
「ねえユウト。これで大丈夫かな、変な所無い?」
「無い……と思うよ。凛々しくて良いんじゃないか?」
「そう? なら良いんだけど」
そう言いつつもどこか落ち着かない様子のエミリア。正直なところ、エミリアはこう言った堅苦しい格好があまり好きではないのだ。しかし王城への召喚とあってはそうも言ってはいられず、仕方なくこれを着るしかない。
「良いなぁ、ユウトは。そんな楽な格好でさぁ」
「良いなも何も、これ以外に服が無いんだから仕方が無いだろ」
「じゃあ、私の貸してあげよっか?」
「それじゃあ、俺が変態じゃないか!」
憤慨するユウトにエミリアはくすくすと笑う。そんなエミリアにユウトはふぅとため息をつく。どうもエミリアのペースに巻き込まれやすい悠斗である。
「それじゃあ、お姉ちゃん達はちょっと出かけてくるから、お留守番よろしくね」
一斉に頷く子供達に見送られ、二人は家をあとにする。片や騎士装、片や道着の二人組が並んで歩く姿は、違和感あり過ぎて仕方が無い。しかし悠斗の纏う雰囲気もあってか、それを見て笑うような人たちはいない。にっこり笑って声を掛けてくれる人たちの方が断然多かった。そんな下町のみんなに、エミリアも笑って挨拶をする。悠斗も少しぎこちないながらも挨拶を交わした。
下町を抜け城下街に出ると、一気に人々の喧騒が二人を包み込む。やはりと言うべきか、城下街では二人の並んだ姿に奇異の目を向ける者が多い。しかしそんな遠慮の無い視線を気にする様な二人ではなく、悠然とその中を歩いて進む。
エミリアを先頭に城下街を抜けると、そこには城壁と同じく白レンガを用いた巨大な城が二人の目の前に現れる。エミリアは深呼吸、悠斗は始めてみる本物の城をおぉーっと感嘆しながら見上げている。
「大きな城だなぁ……」
「当然よ。なんたって、北方大陸最大の城だもん」
「はぁ~……なるほどなぁ」
グラディウスも言っていた北方大陸。その最大の城であると聞き、改めて悠斗は城を見上げる。
美しい外見を求めながらも頑丈に作られたその城は、天をも貫かんばかりの様相でそびえたっている。
「ほら、何時までもぼうっとしてない。行くよ」
「分かった」
悠斗は短くそう答えると、先に歩き出したエミリアに置いていかれないよう少し早足で追いかける。
正門前まで来ると屈強な番兵二人組に道を阻まれたが、使者が持ってきた書状をエミリアが見せるとビシッと敬礼を一つして道を開けた。
正門をくぐり城内に入るとさらに悠斗は目を奪われる。今まで本や図鑑なのでしか見られなかったような、質素だが美しい装飾の廊下は、手入れが行き届いているのか汚れらしい汚れは見つからない。悠斗は内心ワクワクしながら、エミリアに置いていかれない程度に城内見学を満喫していた。
いくつもの広間やら廊下を過ぎると、ちょうど城の中間地点であろうか、吹き抜けとなった中庭に足を踏み入れる。中央に噴水が設置され、湧き出た水は地面に掘られた細い用水路を通して周りの花壇へと繋がっている。噴水の上部に取り付けられている像は竜の姿をかたどっている。
「綺麗な所だな」
「うん。王城の中で唯一、気が休まる場所だよね。だからレスティもここが好きなんだと思う」
「レスティ?」
「そう。もうすぐ会えるから、誰なのかはその時にね」
中庭を後にし、さらに奥へと歩いていく二人。
中庭を出てからしばらくして、ようやく今までの広間の扉とは明らかに違う雰囲気の扉の前へと到着する。扉には凝った細工の二匹の龍の彫像が向かい合うようにして彫られている。
「ここが謁見の間よ。ユウト、くれぐれも無礼の無いようにね?」
「善処する、とだけは言っておく」
「うわぁ、それすっごく心配になる言葉だよ……」
そうは言われても、悠斗にはこう言った経験が全くもって無いため確約など出来ない。礼儀作法は祖父から習っているとはいえ、ファンタジー全開のこんな展開に遭遇する事があるなど誰が予想出来ると言うのか、と言った心境なのである。
「まあ、大丈夫だよ……たぶん」
「なおさら不安をなるなぁ。でもまあ、ここまで来たら仕方が無いか。当たって砕ける!」
いや、砕けてどうする。
悠斗はエミリアに内心でそうツッコミを入れた。
そんな悠斗の心中を知る由もなく、エミリアは扉に手を伸ばす。すると扉の竜の瞳が赤く光り、ゴゴゴっと重い音を響かせながら鋼鉄製の扉が独りでに開いた。
「エミリア・クラーレン。召喚に応じ、参上いたしました」
「ゆ、ユウト・ケンザキ。同じく召喚に応じ、参上いたしました」
若干つっかえながらも、エミリアの言葉を真似する。想像以上に広い謁見の間には、奥に王座と思わしき椅子が一つ。その上に、白いローブを羽織る初老を少し過ぎた位の男が座っている。その隣には同じく白のドレスを着た、悠斗たちと同じくらいの年齢と見られる少女。この城の王、イゴール・ドア・ドランとその娘であるレスティナ・エル・ドランである。武装し、二人を守る様にしてその隣と背後に油断なく眼を光らせ佇むのは、王家直属であるこの国の精鋭、近衛竜騎士団である。
王と王女の威厳、そして近衛たちの威圧感に流石の悠斗も背中に冷や汗が浮かぶ。エミリアも張り詰めた空気を身に纏っている。
「よくぞ参られた。さあ、そんな入り口で立っていないで、もっとこちらに寄りなさい」
そんな二人にイゴールはふっと笑みを浮かべると、その威厳に違わぬ深い知性を感じさせる声で悠斗とエミリアを手招く。
どうしたものかと考える悠斗だが、エミリアは気にすることなくスタスタと歩み寄っていく。エミリアのクソ度胸に感心しながら、悠斗もその後に続く。
そして王座から少し離れた所でエミリアが片膝を着く。悠斗も慌ててそれに習うが、イゴールがそれを手で制した。
「そんなに堅苦しい礼を取らずともよい。そしてエミリアよ、何時までそこの青年をからかうつもりなのだ?」
「……はっ?」
イゴールの言葉を理解するのに、悠斗は少し時間を要した。からかわれている、一体何の事なのかと。
すると、エミリアはもう我慢できないと小さく呟きそして……玉座の目の前でお腹を抱えて大爆笑した。
「あはははは! や、やだ……ユウトってば、緊張し過ぎのかたくなり過ぎ! もうダメ、死ぬ! 笑い過ぎて死ぬ!」
「ちょ、一体何がどう言う事だ!?」
ひーひーっと笑い転げるエミリア。事態が飲み込めずあたふたする悠斗の姿にさらにエミリアは笑い、近衛達もくすくすと笑いを漏らしている。先程までの強烈な雰囲気は一瞬にして消え去っていた。
「なに、君はエミリアにからかわれていたと言う事だ。大方、王城に初めて入るであろう君の緊張した姿を見たかったとか、そんなところか」
「全く、相変わらずですねエミリアは」
未だ爆笑しているエミリアをよそに、イゴールとレスティナは悠斗に向き直る。
「私の名はイゴール・ドア・ドラン。第七代、聖ドラン王国の王だ」
「私の名はレスティナ・エル・ドラン。イゴール王の娘です」
「あ、えっと……どうも。ユウト・ケンザキです。って、さっきも名乗りましたっけ」
未だに脳内がプチパニックな状態ではあるが、なんとか自己紹介だけは済ませる悠斗。同時にエミリアが先程言っていたレスティなる人物の名前が、恐らくは王女であるレスティナの愛称であると瞬時に理解し、改めてエミリアの人脈に感心半分、恐ろしさ半分な心境。そして当の本人であるエミリアは、ようやく笑いのツボから解放された様だった。
「それで、さっき言ってた事って……」
エミリアが悠斗をからかっていたと言う話について悠斗が尋ねると、イゴールは苦笑しながらそれに応える。
「そうだな。君は、エミリアがここに来るのは初めてだと思うかね?」
「たぶん、初めてだと思います。さっきまで緊張していた様子だったし……」
「それはエミリアの芝居だ。エミリアは王城へは、もう何度も足を運んでいるのだよ。でなければ、この広い王城をここまで迷わずには来られまい」
イゴールの言葉に、あっと悠斗は声を上げる。確かに、エミリアは少しも迷う事なく謁見の間へと悠斗を連れてきた。案内役や誰かに尋ねる事もなくだ。
となると、やはり今回の事は、今までの経緯から俺が王城に入った事が無いのを推測してでの、エミリアによるからかいであったと言う事なのだ。そこまで理解し、少し怒りを込めた視線をエミリアに向けると、笑い出しそうになるのを必死にこらえているエミリアが、てへっと舌をだして申し訳なさそうに笑う。
その仕草に完全に毒気を抜かれ、悠斗は肩を落としてため息をつく。
「しかし、何時も扉を蹴破る勢いで飛びこんでくるエミリアが畏まって参上するものだから、流石の私も焦ったよ」
「えー、そんな事ないわよ。私だって、最初はちゃんとして参上してたもん」
イゴールの言葉に異議を唱えるエミリアに、レスティナがあら、と言って意地悪そうな笑みを向ける。
「最初だけ、でしょう? 二度目の召喚の時、遅刻しそうだからと言って守衛を振り切り、窓を突き破って謁見の間に入ってきたのは何処の誰だったかしら?」
「そんな昔の事は覚えてません!」
「いや、最初の謁見を覚えてるなら二度目も―痛たっ!」
ツッコミを入れた悠斗の足をエミリアが思いっきり踏んづける。ごめーん、足が滑っちゃった、などとのたまうエミリア。余計な事は言わなくていいと言う意味合いを込めての一撃。分かったよ、と悠斗は素直に頷く。
「ははは、二人とも仲が良いのだな。それにどうやら、ユウト青年はなかなかの紳士の様だ」
「いや、まあ……どうも」
紳士、などと言われ慣れていない言葉に背中がかゆくなる悠斗。どちらかと言えば、自分は紳士と言うよりも武士に近いだろうなぁ、などと思う悠斗である。
「さて、こうして雑談に華を咲かせるのも良いが、そろそろ本題に入らなければな。……レスティナ」
「はい、お父様」
レスティナは玉座の横に置かれていた台の上から袋を二つ取ると、大きい方をエミリアに、小さい方を悠斗に手渡す。
「此度の戦い、実に見事に見事であった。その賞金は君たちのものだ」
「ありがとう、イゴール王」
「ありがとうございます、イゴール王」
揃って礼をするエミリアと悠斗。イゴールはうむ、と一つ頷いて二人に顔を上げさせる。
「これで賞金の授与は済んだな。では、もう一つの議題に移るとしよう」
そう言ったイゴールの雰囲気が、先程までのとは違うものに変わったのを悠斗は瞬時に感じ取る。無論、イゴールの視線が自分に向いている事も。
「ドランでも最強に位置するエミリアとほぼ同じ実力を持つDマスターは、私の知る限りでは三人しかいない。しかし、その中に君は含まれていない。……率直に聞く。ユウト青年、君は一体何者かね?」
「……それは、どう言う意味でしょうか?」
イゴールの質問にあくまでも平静を保って答える悠斗。しかし隠しようもない悠斗の威圧感。それを前にしてもイゴールが怯む様子は無い。
「ここらでは見慣れぬ服装、聞き慣れぬ名前、見慣れぬ武器。そのどれもが、君がこの国の者ではない事を示している。これで疑問を持つな、と言う方が無理難題であろう?」
「……」
イゴールの言葉に、悠斗は答えない。正確に言えば、答えるべきなのか迷っている。自分がこの世界の人間ではない事を言うべきかどうか。悠斗はイゴールの目を見る。この王が、信用するに値する人物かどうなのかを見定めるために。そして、イゴールの眼は賢王たりえる者の眼であると、悠斗はそう感じた。
「答えられないか?」
「いえ、答えようかどうか迷っていました」
「そうか。して、答えは?」
「答えましょう。ですが、エミリアとイゴール王。それからレスティナ王女以外の方々にはご退席願いたい」
悠斗の言葉に近衛の一人が反論を述べようとしたが、イゴールはそれを制すと近衛たちに退席するよう命じる。そして、この場には悠斗たち四人のみがいるだけとなった。
「さて、人払いは済んだ。これで良いかな?」
「ありがとうございます。では、俺の正体について話しましょう。ですがその前に……」
「まだ何かあるのかね?」
「はい。これから話す事は全て事実ですが、恐らくはとても信用できるものではないでしょう。それだけは言っておきます」
悠斗の言葉に、イゴールとレスティナ。そしてエミリアまでもが張り詰めた空気を纏う。そんな中で、悠斗は大きく深呼吸をすると、イゴールに面と向かって口を開く。
「俺はこの世界の人間ではありません。剣竜グラディウスとの契約によって次元を越えてここにやってきた……異世界人です」
その言葉に、謁見の間は静寂に包まれた。