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プロローグ

 

 空を覆う禍々しい色の雲。断じて自然のものではないそれは、ある地点を中心にして渦巻いていた。


 そこ居るのは、鎧を纏った人だ。否、人の姿をした何かだ。なぜなら、その人影は人とは思えぬ威圧感と邪悪さを、そのいびつにして空と同じく禍々しい色の鎧姿から放っているのだから。


 そしてその人物は今、苦しそうなうめき声を上げながらかろうじて剣を握っている状態であった。そのいびつな鎧にも、所々傷がついている。そして何より、その体から流れ出る赤い液体が、その人物が重傷である事を表していた。


「ぐっ…人間と飼い竜ごときが、この私をこれほどまでに追い詰めるなど。許さぬ、許さぬぞヴェラード!」

「お前の命運もここまでだ、カオス!」


 ヴェラードと呼ばれた男性は、手にした剣を構えて叫ぶ。この男も、普通の男とは明らかに違う者だった。鋭角的な鎧を身に纏い、その右手には片刃の曲刀を握っている。その鎧はカオスと呼ばれた人物と同じように、所々傷だらけである。体にも多くの裂傷が走っており、左手は力なくだらりと下がっていた。その先からは、やはり赤い液体…血が流れ出している。


 そんな重症な体でありながら二人は、渦巻く闇空の下で宙に浮いて睨みあっていた。


「この世界と竜の世界…カオス、貴様の好きな様にはさせん!」


 ヴェラードはそう言うと、背中から生える剣を並べた様な翼を羽ばたかせ空を駆け、カオスへと剣を振り下ろす。ガギン、と鈍い音がし、ヴェラードとカオスの剣が交わる。


「私は神、世界に存在する有一絶対にして至高の存在! そして世界は、至高の存在に統べられてこそ真の繁栄を迎える事が出来るのだっ!」

「ほざけっ!」


 ギリギリと拮抗する競り合いの中、ヴェラードがカオスの腹を思いっきり蹴り飛ばす。


「ぐぅ!」


 くぐもった声を漏らし吹き飛ぶカオスに、ヴェラードはすかさず追撃を掛けようとする。が、カオスは剣を持っていない左手をヴェラードに向けて突き出すと、


「ぬんっ!」


 その手から闇色の衝撃波を放った。


「ぐあっ!」


 ヴェラードは加速した勢いを止める事が出来ずに、正面からモロに衝撃波を受ける。体勢を崩したヴェラードは重力に引っ張られて落下するが、すぐさま体勢を立て直す。しかしその目前に、剣を振り上げ狂気の光を宿した瞳を爛々と光らせるカオスが迫っていた。


「死ねっ、ヴェラード!」


 禍々しい光りを纏った剣がヴェラードに振り下ろされそうになったその時、


「光よ、撃ち抜いてっ!」


 女性の声と共に地上から一条の白い光がカオスに向かって放たれ、その身を貫こうとする。それに気がついたカオスは舌打ちをしながら無理やりに剣を下ろす剣を止め、大きく後ろに飛び退いた。


「ちぃ、小娘が。私の邪魔を!」


 カオスが忌々しげに地上を見下ろす。そこには、純白の鎧を身に纏った女性が意識を失いそうになりながら、左手を空に向けていた。その隣には、彼らの仲間と思われる男女一組の人間が、体から血を流して倒れていた。その体には、鎧の類は一切ついていない。


「やめろリーゼ! その体で高位魔法など使うなっ!」


 ヴェラードが大声で女性に…リーゼに叫ぶ。


『私は大丈夫…だから、ヴェラード。一度だけ、私に残った最後の力で・・・ほんの一瞬だけカオスの動きを止める。その隙に、カオスに止めを刺して…ゴフッ』


 頭に直接響く声で、リーゼがそう言う。その語尾に混じった咳は恐らくは吐血によるものであろうと、ヴェラードは瞬時に理解する。いくら魔法を得意とする彼女でも、今の状態ではそうなるのも仕方がない。それほどまでに彼女が…無論、自分も満身創痍の状態であるからだ。


 その原因たるカオスも、もちろん無傷ではない。いや、むしろ今生きている者の中では一番の重傷であろう。しかし、そこまで追い詰めるのに自分とリーゼはこの様で、そして仲間二人は命を落としてしまった。


 大陸最強と謳われた四人がかりでやっとだ。やはり災厄の名を冠するだけはある。目の前に居るカオスは、まさに災厄そのものである様な強さなのだ。


「大人しくしていれば良いものを…どうやら先に死にたいようだな」


 先程の攻撃に怒りを覚えたのか、カオスがリーゼに向けて左手をかざす。その手には、先程よりもさらに大きな闇が集まって行く。今のリーゼではその魔法に耐えられるだけの力は無い。そんな事は本人も、ヴェラードにもカオスにも分かっていた。


「やらせはせん!」


 ヴェラードは自分の自慢である速さを最大限に発揮し、カオスに向かって猛然と迫る。


「ならば、貴様から先に消えるが良い!」


 カオスはヴェラードの接近に気付き、左手をヴェラードに向ける。そして手に集まった闇色の力を放とうとしたその時、


 キィィィィン! と、甲高い音と共にカオスの体に白く輝く鎖が巻きつき、カオスの動きを止めた。それがリーゼの唱えた拘束魔法だと頭が理解した瞬間、ヴェラードは剣をカオスに真っすぐに向け、今持てる全ての力で空を疾風の如く駆けた。


「ぬおぉぉぉ! この程度の拘束魔法などぉ!」


 カオスは怒りを声に滲ませ鎖に手を掛けると、力任せに引きちぎろうとする。満身創痍のリーゼの鎖は数秒持たずにあっけなく砕け散り、それと同時にリーゼがその場に倒れ伏す。


 ほんの数秒、まさにその言葉がピッタリな僅かな時間の拘束。しかし、疾風と化したヴェラードがカオスの懐に飛び込み、胸に剣を突きたてるにはそれで充分だった。


「カオスゥゥーーッ!!」


 グサッという、嫌な音が空に響き渡る。両者の距離はゼロとなり、二人は顔を突き合わせる形となる。そして、カオスの背中からは血に濡れた剣が、その刀身の半分以上を覗かせていた。


「ぐ、がはぁ…」


 カオスが口から血を吐き出す。明らかに致命傷であるのは、誰の目からも見て取れた。


「これで終わりだ。滅びろカオスッ! その存在の一欠片までっ!」


 ヴェラードは叫び、手にしている剣をさらに根元まで突き刺す。


「うぐぅあぁ! …ヴェ、ヴェラードォォー!」


 雄叫びを上げながらカオスがヴェラードの背中に腕を回して締め付ける。


「ごふぅ…、わ、私だけでは死なぬぞ。私を傷つけた貴様も…道連れだぁ!」

「くっ!」


 剣を手放し、ヴェラードは何とかカオスから逃れようとする。しかし、カオスは剣がより深く突き刺さるのも関わらずに、なおも力を込めてヴェラードを締め付ける。


「はぁ…がはぁ…、や、闇の力よ。我が呼びか…けに答え、世界の…理を、捻じ曲げる門を開けぇ!」


 カオスの言葉と共に二人を中心に景色が歪み始め、闇の色が濃くなると共にそれはさらに広がる。


「ヴェラード、貴様も…ぐがっ、次元の狭間に飲まれて消えろぉぉーっ!」

「……」


 カオスが怒りで叫ぶのとは反対に、ヴェラードは静かに目を閉じた。


『…我が友よ、聞こえるか』


 先程のリーゼと同じように、思念によってヴェラードは、今この瞬間に自分と一つになっている人ではない友に話しかける。


『ああ、聞こえているぞ』


 間髪をいれずに、ヴェラードでは無い男の声で返答が返ってくる。


『そうか。ならば話は早い。…友よ、私は契約を破棄する』

『…やはり、か』


「ふぅ」と、もう一つの声がそう小さく息をつく。


『このままでは、私だけでは無くお前も次元の狭間に飲み込まれる』

『で、あろうな』

『だが、契約破棄をすればお前だけは何とか逃がす事が出来るはずだ』

『……』


 ヴェラードの言葉に、思念の声が黙り込む。しかし、その思念からは悔しさが滲み出ているのを、ヴェラードは感じていた。それも仕方がない。なぜなら、今彼らは心も体も一つなのだから。


『お前ほどの竜をむざむざ道連れにする様な男には、私はなりたくは無い。…分かってくれるな?』

『契約破棄は契約者が望めば履行される。それを知って我にそう問うか?』

『ああ』


 ヴェラードはあくまで冷静に、そして穏やかな口調で答える。


『…よかろう。ヴェラード…お前の願い、聞きいれよう』

『そうか。…ありがとう、友よ』


 ヴェラードは心の中でも、現実でも顔に笑みを浮かべた。


「ははははっ! さあシネェ!」


 二人の姿が歪み始め、そして空間にポッカリ空いた裂け目へと吸い込まれていく。


「アーハッハッハッーー!! アーハッハッハ―」


 終始、狂気の笑い声を上げていたカオスの姿が先に飲み込まれ、ヴェラードも体のほとんどが飲み込まれる。もう、後数秒せずに次元の狭間に飲み込まれてしまうだろう。


 だからこそヴェラードは最後に、己の口と己の声で言った。


「さらばだ我が友。グラ…ィ…ス」


 そして、その姿が完全に飲み込まれるその瞬間、ヴェラードの体から光り輝く何かが飛びだし、空の彼方へと消え去った。


 後に残されていたのは気を失い倒れているリーゼと、抜けるような青さの蒼天であった。






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