第2話:ヘンタイと書いて兄と読む。
本日の花乃衣さんはコンラン気味~
・・・相変わらずどこへ向くか分からないお話ですが、楽しんでいただければ幸いです。
蒼、と名のった男は、大人しく、花乃衣の後をついてきている。
花乃衣には正直、なんでこんなことになったのか、理由がわからず混乱していた。
確かに、よくよく「視て」みると、蒼の周囲には黒い瘴気が渦巻いており、普通の人間ならばその瘴気に当てられ、良くて気絶、最悪生気を吸い取られて死亡している程度のものをもっていた。
その程度とはすなわち、魔族の中でも高位の、彼らでいうところの「貴族階級」に属しているもの・・・竜族たちがいうところの「力あるものたち」の部類にある魔族である、ということだ。
最悪である。花乃衣にとってみれば。
魔族からいって、自分は天敵みたいなものだろうし。
だけど不思議なことに、花乃衣はどうしても、蒼が魔族である、という事実を受け入れることができなかった。
先ほど、右手をとられ、口付けられたとき。
蒼からは人間の気配を、体温を、感じることができたのだ・・・
「私は魔族ではありませんよ」
「ええっ!?」
自分の考えていたことを突然指摘されて、花乃衣は思わず叫んだ。
蒼の方を振り向くと、彼はまた音もなく彼女のそばに近づき、右手を握る。
「母親は人間です」
蒼は握った花乃衣の右手に頬をよせる。愛おしそうに、自分の頬にすべらせ、唇をよせる。
花乃衣はぞわっと、した。
・・・多分、気持ち悪いのだ。なれなれしく、こういうことをされる、思わず、
「やめんかー!!バカヘンタイ!!!」
ぐーで、蒼を殴っていた。
しまった、つい。
花乃衣は青くなった。
ヘンタイが、こういうことを良くするから、つい。
いつものとおり、やっちまった(泣)。
その様子を見ていた満は思わず笑ってしまった。
花乃衣らしい反応に。
それから先ほどの蒼の台詞を考えてみる。
母親は人間。
では、父親は?
歴史上、なかったことではないが、ある可能性に思考がたどり着き、満は頭が痛くなった。
なぜ、こうも花乃衣には「特殊」なものが憑きたがるのか?
それが花乃衣の「生業」だから?
しばらくすると森の中にぽっかりと、ひかりのさす空間があらわれた。
水の気配が近くなり、涼やかな風が木々の間を通り抜けていく。
視界が明るく広がり、蒼は眩しさに一瞬目を細めた。
目の前に青々とした湖が広がり、畔に大きな木の家が見える。
「ここが流よ。あれが私達の家。私と満の二人暮らしなの」
「ご両親は?」
蒼は両親がいることがさも当然のように聞いてきた。
花乃衣は違和感を感じたが、その違和感がどこからくるのか分からず、ただ、事実を述べるにとどまった。
「二人ともだいぶ前に亡くなったわ」
蒼は一瞬、痛みを耐えるような表情を見せたが、次の瞬間にはその端正な顔から一切の表情を消した。花乃衣はそんな蒼になんと声をかけていいかわからず、彼から視線を逸らし、家の方を見た。
家の前に、誰かが立っている。
満はその誰かに気づくと、少し早足でその人に近づいた。
「充!」
家の前には二人の男が立っていた。二人ともこの大陸に住まう人間特有の姿かたちをしている。すなわち、黒目・黒髪・黄色の肌だ。
どちらも似たような背格好をしているが、遠くから見ても艶やかな長い黒髪をもつ男は、もう一人の男より少し背が高い。ほっそりしているがなよなよした雰囲気はなく、むしろ威圧感を感じる。・・・鋭いまなざしで、花乃衣と一緒に歩いてくる蒼を睨んでいた。
充、と呼ばれて振り返った男は、呼んだ満とよく似た顔立ちをしていた。少し茶色かかったふわふわの髪を短めに切り、華帝国皇帝騎士団の制服に身を包んでいる。片刃の剣を腰から下げ、蒼のことを油断なく見つめていた。
「満」
自分に抱きついてきた満を優しく抱きとめ、充はしばし再会を喜んだ。双子の妹である満に会うのは3ヶ月ぶりになる。離れて暮らす兄妹は、なかなか会うことができないため、実際に会えばほとんどべったりくっついていた。
少し遅れて満に追いついた花乃衣は、少しいやそうな顔をしながらも、充の隣に立つ男に、声をかけた。
「・・・なんでここにいるんですかね、帝」
・・・地獄の底から出たような声である。あまりの迫力に並んで歩いてきた蒼ですらびっくりして1、2歩ほど後ずさった程だ。
対する男・・・帝と呼ばれた男は、そんな花乃衣の態度にもお構いなく、ささっと彼女の目の前に立ち、がばり、と彼女を抱きこんだ。
「つれないことを言うね・・・我が愛する妹よ~」
そういいながら、花乃衣のほっぺたにすりすりしてきた。自分のほっぺたで。
「だ~か~ら~・・・いやっていってるじゃありませんか~・・・この、ヘンタイー!!!」
花乃衣はいつものとおり、呼ばれるとおりこの国の「帝」である男に、男のあごに、容赦なく、拳をお見舞いしてあげたのであった。
充と満の双子は、はあ、と同じタイミングでため息をつき、「さあ、中に入って」と花乃衣と蒼を扉の中に招き入れた。
充は「へんたい」でも、自分の仕える主である帝を探しに、ちょっと森の中に入っていった。
本日はかなり飛ばされたらしい。
花乃衣の攻撃は容赦なかった(いつもだが)。
屋敷の居間の、それぞれが気に入った場所に腰を下ろして、5人はしばし花乃衣の淹れたお茶を楽しんでいた。帝は花乃衣の隣に腰を下ろし、充はその背後に立っている。花乃衣の正面に、満がお気に入りの椅子に深く腰掛けてのんびりとお茶を飲んでいた。そのとなりの椅子に蒼が座り、花乃衣をじっと見つめている。
満はお茶を飲み終わると飲んでいた茶器を近くの机に置き、改めて蒼を見た。
「さて、蒼君。貴方は何故、ここに来たの?」
対する蒼は、そう聞かれて満の方を向き、答えた。
「花乃衣に会いに」
そう答えられた満もびっくりだが、花乃衣は更にびっくりしていた、というか、混乱していた。
さっきまで思考放棄していたことがまた頭の中で駆け巡り、(表情にはでなかったが)あわあわしていた。主に頭の中で。
なぜ、私?
花乃衣の横に座っていた帝は、自分の持っていた茶器を近くの机に置くと、横に座っている花乃衣の手をとり、落ち着かせるかのように優しく、たたいた。
とんとん、と、ゆっくりした拍子で手をあてられると、そこから帝の優しい気持ち・・・みたいなものが感じられて、花乃衣は少し、落ち着いた。いつも『妹・愛』だだもれなこの国の最高権力者・・・帝に寄られるのはうっとおしく思うのに、こういう慰めかたは小さな頃から変わっていない。だから、安心するのだが・・・
いつまで、私の手を、さすさすしてるのかな。このヘンタイは(怒)。
そう、花乃衣はこの国の最高権力者である帝・・・焔帝の異父妹で、この過剰なまでのスキンシップ(と、花乃衣は思っているが、リッパなセクハラであると思われる)の唯一の犠牲者であった。
皇后に、してあげたらいいのに。
ヘンタイ兄の唯一の后である碧妃の、類稀なる碧のまなざしを思い出し、帝の手のひらを思いっきり抓み上げながら、花乃衣は本日何度目かの深いため息をついた。
まだまだなぞはつづく~
そして物語はどこへ行く~・・・?(←をい)