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第14話:馬車は揺れるよ。


今回は長め。

なので一旦区切りました。


今回もお楽しみくだされ~


 あの甘々な夜明けから一転。今、花乃衣と蒼と満の3人組は、狭い旅馬車に揺られて帝都に向かっていた。

 天気は良かったが、薄暗い馬車の中は何故か息苦しいような気がした。

 それは、この古い旅馬車にたくさんの人間が乗っているが皆一様に暗い顔をしているせいなのか、それとも満員の馬車に皆が辟易しているだけなのか・・・花乃衣には分からない。


 帝都に旅馬車で行く場合、花乃衣はいつもちょっとお金はかかるが、貴族御用達の馬車に乗っていた。今回は帝都に豊穣祭で行く人々が多いせいか、いつも利用している旅馬車が満員で、一番早く出る便が、今3人が乗っている旅馬車であったのだ。


 旅馬車はその名のとおり、華帝国の主要な街をつなぐ馬車であった。馬車はおおよそ10人から多ければ30人ほど乗れるものがあり、料金も馬車の質によりランクがある。


 華帝国は帝土が8つに分割されていて、それぞれを皇帝から命を受けた公主が治めていた。公主とはすなわち領主で、領主は皇帝が3年に1度行う『皇試こうし』とよばれる任官試験に合格した官吏から選ばれている。任期は5年だ。


 そんな中央府の官吏が使う駅馬車がどのようなものかといえば、正に「動く応接間」といった感じで、乗る人間が少なく、造りが豪華で乗り心地も最高・・・なものである。

 ごく一般の旅人なら、今花乃衣たちが乗っている乗合馬車を利用する。乗合馬車は定期的に地方から帝都に向かっており、荷駄が連結されていて、速度もそれほどなく、座席が多くて、満席になると体を動かすこともままならない程だ。だが、安い。

 いつも花乃衣たちが使っている旅馬車の半額以下で乗れるこの乗合馬車に乗る人々は、ほとんどの人が帝都の豊穣祭に出かける人々なのだろう。それぞれが思い思いの荷物を抱えており、老若男女、様々な人々でごった返していた。


 花乃衣の横には蒼が座っていた。その反対側には満が座っている。心なしか疲れているようだ。ずっと徒歩であったため、久しぶりの歩きでの移動は堪えたらしい。水君は基本的に「神竜界」にいるので、滅多に人の前に現れることはない。だから今満は一人で、窓枠に肘を付き、手に顎を乗せ目を閉じていた。

 満は窓際に座っているが窓は開いていない。簡素な木で作られた窓は余程の暑さでないと開けられないのだ。開けると埃がびゅんびゅん入ってくるため、誰もそんな冒険は犯さない。

 隙間から入ってくる陽光はそこはかとなく室内を照らしていた。出入り口のすりガラスからの光が唯一の光源だ。その光は奥の座席まで届かず、乗っている者たちは皆、ガラガラと音を立てる車輪の音に邪魔をされて、話をする気にもならない。


 花乃衣も久しぶりの騒音に辟易していた。やっぱりもう少し待っていつもの馬車に乗ればよかったかな・・・と、ぼんやり考える。


 花乃衣が乗る貴族仕様の馬車は、乗り心地に加え、客室内の静けさが売り物だった。客室の構造のある部分に方術をかけると、車輪はがたごととかなり揺れるのに、まるで凪いだ海の上をすべるかのように、客室部分は揺れないのだ。だが、この方術はかなり術力を消耗するので、ちょっと強力な方術使いが必ず必要となる。そして、彼らの報酬は高いのだ。だから貴族御用達の旅馬車の運賃はかなり高かった。丸ごと貸し切りとなると、一般の人々が半年は暮らせるほどだ。


 花乃衣は(本人はその意識が低いが)帝国でもトップクラスの方術使い・・・「召喚師」である。だから、帝国から支給される禄も、魔物退治で得られる金品も、他の術師と比べると桁違いだ。その上、彼女には前皇帝・・・炎華帝から拝領した皇帝直轄地があり、そこからの収入は既に他の貴族と肩を並べるほどであった。

 だから多少の無駄遣いなんて、花乃衣の懐具合には何の影響もない。

 だが、花乃衣は贅沢を嫌う。というか、両親が質素な生活をしていたせいか、彼女にはこの世のあらゆるものを贅沢に使うという意識がなかった。必要なものは森の中にあり、書庫の中にある。彼女に必要なものは自身を鍛えるための「場所」と、召喚の力をつけるための「知識」だけだった。

 だから花乃衣には多少、世の中の常識のようなものが欠けているところもあった・・・


 隣に座る蒼は自分の姿を隠すため、黒色のフードを深くかぶったマント姿である。この馬車の中でもひときわ大きい体躯はその程度のものでは隠せるはずもなく、この馬車に乗るときからずっと、衆人の注目の的であった。

 隣に座る蒼は、花乃衣の手を握っている。

 隣に座った時から、花乃衣の手は彼につながれたままであった。たまに蒼の親指が優しく花乃衣の手のひらをくすぐる。そのたびに花乃衣の体にぞわり、と何かがはしるのだが、彼女はその手を振りほどけなかった。

 暖かくて、大きな手。

 蒼の手は大きくて、手のひらに固いところがある。だが白くてシミひとつない手の甲は、青い血管が浮いて見えた。


 蒼は自分と同じ。

 花乃衣はぼんやりと考えた。

 蒼も私も、どちらも類稀なる術師の・・・人間の、血を引くが、同時に、魔族の子どもでもあるのだ・・・


 そんなことをぼんやりと考えていると、突然、何かの気配に体がゾクリ、と震えた。

 同時に、隣に座っている蒼が緊張する。


 満は何かを感じたのだろうか、おもむろに体を起こすときちんと座席に座り、出入り口の方をまっすぐ見た。


 その数瞬後。


 どかん、と何かがこの馬車の近くにぶち当たった音がして、花乃衣たちの乗る馬車が大きく揺れた。


 蒼はすぐに花乃衣の体をまもるかのように包む。満のほうは、危機を察したのか、いつの間にか水君が出現して、彼女をしっかりと抱きしめていた。


 更にどかん、どかんと大きな音が2回。その度に、馬のいななく声が聞こえた。


 馬車は既に速度を失いかけていたがまだそこそこの速さで走っていた。左右どちらかの車輪が壊れたのだろうか、大きな音がした後馬車が左側に大きく傾ぎ・・・がりざりと客室が地面に直接こすれる音が大きく響く。

 「まずいな」

 満を抱きしめている水君がつぶやく。守られている満が不安そうな目で水君を見上げた。

 「このままでは馬車がもたない」

 蒼がそういったとたん、ぎぎぎ、と板が無理矢理はがれるような音がして、花乃衣達のいる方、すなわち左側の床が、少しずつ取れかかっているのが見えた。

 ちなみに、車内は阿鼻叫喚の様相を呈していた。皆、必死で座席に取り付き、自身とその荷物をしっかり抱えて何とかその場に留まろうとしている。


 「蒼、この馬車の馬を切り離して、客室を止めよう」

 花乃衣はそういうや否や、転移の呪を小さくつぶやいてどこかに消えた。

 蒼は咄嗟に反応できなかったが、花乃衣が消えてすぐに自身も転移の呪を唱え、二人の姿は馬車の中から消えた。

 「水君」

 満が水君の着物の襟をしっかりと握る。水君はそんな満の様子をほほえましげに見つめ、出て行った二人の気配を探った。

 「花乃衣が馬車の前方、蒼が左の方に転移した・・・先ほどの花乃衣の言葉からすると、花乃衣が馬の切り離し、蒼が馬車止めの役目のようだな」

 まあ、妥当なところか、と水君は思った。術力は互角だろうが、方術のバリエーションで蒼に勝るものはいないはずだ。

 何せ、あの『東の魔女』のこどもなのだから・・・


 次回は明日にでもあっぷします。


 頑張るぞう!

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