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S.Fです  作者: コアラ
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第5話

 その事件の後、気がつけばわたしは自分の部屋のベッドで眠っていた。

 パジャマに着替えてあんまり普通に寝ていたものだから、目が覚めたときはまずあれは夢だと疑った。とりあえず足を見てみたけれど、怪我一つしていない。おまけにその他体中どこにも傷や痣すら見当たらなかった。でも何故か頭の上にはでっぷりとした氷嚢が乗っかっている。溶けかけた氷が水滴となって額を濡らし、その滴の冷たさが頭を覚醒させたのだ。

 慌てて飛び起きてリビングへ向かうと、テレビを見ているお父さんとお母さん、それにやっぱり本を読んでいる稜介の姿があった。


「あら、起きたの?」


 飲みかけのコーヒーを継ぎ足そうとしていたお母さんが気がついて、わたしに駆け寄る。その後ろではお父さんが心配そうにわたしを見ていた。


「熱射病で倒れたんだぞ。あんまり無理はするなよ」


 はて? 思いがけない単語に動きが止まる。


「そうよ、道端で倒れたのを稜介君が運んでくれたんだから。もう少し寝てなさいね」

「え? 倒れてた?」

「この暑いのに帽子も被らず外で遊んでいたからでしょ。家の前の通りでひっくり返っていたのよ」


 そう言ってお母さんはわたしをさっさと追いやり、ベッドに連れ戻してしまった。やたらと額をごしごしとこすられて、わけもわからずされるがままのわたしは、スタート地点に戻された理不尽な人生ゲームの気分で記憶を辿る。

 あれは夢なのか、夢でないのか。何だか霧がかかったようで頭が上手く働かない。少なくともカエルのように裏返っていた覚えはないのだけど。

 それでも現金なもので、しばらく横になっていると再び眠気が襲ってきた。身体は疲れているらしくて、寝返りを打つのも億劫。お母さんが置いていってくれた氷枕のひやりとした感じが気持ちよくて、やっぱりわたしは熱射病でおかしな幻覚でも見たんだわ、と尤もな説が浮上する。そうしてわたしがうとうとと船を漕いでいると、遠慮がちなノックの音が聞こえてきた。

 聞き慣れた響きに、わたしはそれが誰だかすぐにわかった。ぼんやりしていた意識を切り替えようと、息を大きく吸い込む。


「あのね」


 彼が部屋に入ってくる気配はなかった。


「本当は稜介に水色の石をあげたかったの。水色の石はね、1回だけ持ち主の願い事を叶えてくれるんだって」


 布団越しに囁くように声を出すと、稜介は扉の前から動かずこちらを伺っているようだった。聞こえているのかいないのか、構わずにわたしは続ける。


「だから稜介にあげたかったの。お父さんとお母さんともう一度会えるように、稜介にあげたかったの」


 話しているうちにいろんな感情がごちゃまぜになってしまって、自然と声が震えてしまう。水色の石を彼に渡したかった。両親を亡くした彼を元気にしたかった。そしてそのために自分だけでなく彼を危険に晒して、何か取り換えしのつかない事態を招いたような気がしてならない。

 けれどこの原因が自分のエゴだったと認めてしまうには、多分わたしは幼すぎた。善意には良い結果が伴うものだと幼稚に信じていたせいかもしれない。


「もし全部がわたしの夢だったら、今言った事は忘れて。でも、ごめんね……」


 消え入るような声でそれだけ呟くと、もうそれ以上を口にする勇気はなかった。涙が枕を濡らして冷たいけれど、顔を上げる事も出来ない。

 本当はわかっている。あれは夢なんかじゃないって。


「おやすみ」


 たった一言、確かに稜介は声を返してくれた気がする。けれど熱が出て本当に具合が悪くなったので、この後2、3日は寝込んでいて記憶が薄い。全ては彼の家族が亡くなって一カ月頃の出来事だった。



     ※



 かといってもそれ以降、稜介の態度は今までと変わる事はなかった。

 わたしが彼を宇宙人だと思い始めたのはこの後からで、そう、高校生になって稜介が隣家で暮らし始めてからになる。

 この頃になって、と言うよりも少し距離を置いたからこそ、わたしはようやく稜介が他人様からどう見られているかを知ったのだ。

 高校に入った稜介はそれはそれは異性に大人気だった。まずはやっぱりその容姿で、多くの友達曰く雑誌のモデル以上に格好良いらしい。なんと影でファンクラブまで出来たって言うんだから、普通の美形の域を超えている。けれど一緒に暮らしていた家族を相手にそれを意識する事なんてなかったわたしはただただ驚いた。

 頭も良いっていうのは知っていたけど、全国模試で一桁レベルや入学当初から大学側の推薦お誘いが来るのも次元が違う話だった。おまけに中学から続けていた高跳びは今や全国大会の出場で、あっさりと優勝。美術で絵画を描けばコンクール入選、音楽では習った事もないはずのピアノを初見で弾きこなす。英語のスピーチ弁論大会ではネイティヴ顔負けの言語を操って、温厚な人柄は先生からの信頼も厚く、同性の友達も多い。まさに老若男女問わずの理想が服を着て歩いている状態。そう、稜介は完璧人間だ。

 完璧、無欠、パーフェクト。

 そしてそのあまりの無双ぶりに、わたしの頭の中で疑いが芽生えたのだ。

 ちょっとスーパーマン過ぎないかな、これって。

 勿論世の中には非凡な人間は数多くいるけれど、わたしは彼程欠点が見当たらない例を知らない。ううん、ただ幼馴染がこんなに凄い人間だった事実が、余計に頭の中で誇張されてしまったのかもしれないけれど。とにかくわたしにして見れば規格外。稜介に出来ない事なんてあるのかしら?

 断っておくけどこれは凡人の僻みや嫉妬ではない。そんな負の感情は吹っ飛んでしまうくらい稜介の築き上げてきたものは大きいから、だからこそその異常さが際立つのだ。

 そして思い起こされる、小学生の時のあの事件。

 わたしは稜介を怖いと思った事はない。あの事件で不思議な力を見てしまったけれど、別段それをどうこう言うつもりはなかった。記憶の中で彼が秘密にして欲しいと言ったのだから、誰にも言わない。あれはわたしと稜介だけの秘密。そもそも助けられた身分で文句など言い様がないのだから。以降この件を深く考える事もなく変わらぬ態度で生活してきたけれど、最近になって彼の非の打ちどころのないステータスを知ったわたしはようやく考える――人間以上の力を持つ存在って何なの? 限りなく外見は人間に近い――幽霊じゃない、妖怪じゃない、悪魔でも天使でもない。そして辿りついたのが宇宙人。それも極めて人型に近いタイプ。

 ああ、彼がもし不思議な能力を持つ宇宙人だったら? 人知を超えた力を持つ、心優しい人間の振りをしたわたしの幼馴染。きっと何らかの事情があって、人間社会に混じり込んでいるのかもしれない。馬鹿馬鹿しい発想だったのに、今ではわたしはそれを信じている。だってあまりにそれが納得出来たから。


 わたしは稜介が宇宙人だって構わない。けれど問題はあった。

 彼が何か大きな秘密を抱えているのは間違いない。そしてその秘密がいつか彼を押しつぶしてはしまわないだろうか。何か漠然とした不安が、常に彼を圧迫してはいないだろうか。

 そして彼が本当に宇宙人だったら、わたしを助けてくれたあの記憶通り、その事実によっていつかわたしから離れていってしまわないだろうか。

 どこにも行かないで欲しい。

 恋のように甘い感情じゃなければ、こんなふうに思う事って許されないのかな。でもわたしは彼にそばに居てほしい。わたしの大切な家族で、幼馴染で居てほしい。そんな醜い独占欲は際限なく広がってしまう。

 だから、わたしは今日も彼が宇宙人でない事を祈って、意味のあるようで全くない観察を続ける。彼が宇宙人ではないと、何か決定的な証拠が欲しいのだ。けれど不可能や悪魔の証明が難しいように、そんな確証は何処にもない。疑いばかりが広がって堂々巡りで、はっきり言って不毛過ぎる。

 昔から変わらないエゴイズムの塊が、平凡人間の裏の顔としてここまで大きく育ってしまった。彼が本当に普通の人間だとわかれば、わたしのこの誰にも話せない不安は消えてしまうのだろうか。

 オリオンもアンドロメダもオメガ星雲も。わたしのちっぽけな脳にはこれ以外の名前は思い浮かばないけれど、どうかこれらが彼の故郷ではありませんように。いつか未知なる地球外生命体が家に乗り込んできて、我々の仲間を返せと直談判されませんように。稜介は立派な地球人で、全てがわたしの頭の中の愚かな妄想で終わってしまいますように。



     ※



「藤倉、次の英訳やったか?」


 そうは言っても個人的観察任務はなかなか大変。今日も教科書をブロックにちらちらと鋭くはない眼光を投げつけていると、背後からクラスメイトの声がかかった。

 よく日に焼けた浅黒い肌の彼は、友人の上原君。

 彼は学年でも有名なサッカー少年で、少し背が小さいのを気にしているらしい。わたしから見れば同年代の女子と同じ目線でも特に問題を感じないんだけど、年頃の男の子、特に背の順が前方範囲の子にその話題はNGだと遥に教えられた。だけどその問題を抜かせば愛嬌のある顔で人気がある男の子だってことも知っているし、話しやすい人柄で結構親しくしている。


「俺今度当たるんだけど、23ページのこの行がさっぱりわからないんだ」


 手元の盾を指差す彼に、ああ、と心の底で呟く。休み時間に英語の教科書なんて広げているからいけないのか。


「ここ? 難しい構文だよね、わたしも上手く訳せないよ」

「藤倉もか、困ったな……」


 残念ながらわたしの頭脳は平均点をとる事にかけてだけ一人前なので、ちょいとレベルの高い質問なんかはするだけ労力の無駄と言うもの。上原君には悪いけど、他を当たって頂きたい。大丈夫、胸を張って斡旋出来る人物がいるからさ。


「稜介に聞いたら?」


 それが確実だって。そもそも彼は宇宙人と深い交流をしている一人だし。


「え、ああ……そうだな」


 ところが何だか上原君の表情は曇りがちで、そのまま主が不在だった前席へと座り込む。教室のざわめきに紛れて、歯切れの悪い声が続く。


「そういえば映画のチケットなんだけど」


 うつむき加減の上原君の顔はほのかに赤い。


「ああ、あれ? 上原君からなんだってね、ありがとう」


 日曜日に予定されている映画を、わたしは密かに楽しみにしている。前々から好きなシリーズの最新作なので、復習をかねて前作のDVDを見ておかなくちゃ。


「チケットはさ、親戚が配給会社だからいくらでも手に入るからいいんだ。でもあれさ、本当は俺が藤倉を――」

「孝之」


 そこで丁度紹介予定だった稜介の声がして、わたし達は顔を上げた。


「向井先生に呼ばれてるよ、急ぎっぽい」


 そう言って提出物プリントの山を持った稜介が、教室の入り口から顔を出していた。サッカー部の運動場貸出の申請がどうたら、と短く言葉を交わすと入れ替わりに上原君が扉から慌てて姿を消していく。途中ちらりと残念そうな顔でわたしを振りかえったけれど、何も言わなかった。きっと本当に急な件なのね。

 それとも、もしや?


「ねぇ、映画の券ってどういう経緯で稜介が手にしたの?」


 宇宙人はクラス委員という面倒な役割もさらりとこなしている。わたしはプリントの山を半分手にとって配ろうと立ち上がった。


「孝之の発案で。テトリスで勝った奴が仲間内で貰える事になったんだ」


 そういえば近頃クラス内では何でも賭け事ゲームが流行っていた。商品はジュースとか宿題の写し程度だった気がするけど。わたしも前に数人で学食のパンを賭けてトランプをした事がある。泣く泣く遥にクリームパンを献上したのは良い思い出だ。


「そっか、上原君本当は自分で観たかったんじゃないのかな」


 さっきのやたら名残惜しそうな顔を思い出して、わたしは首を傾げる。


「伯父からチケットは大量に貰ったって言ってたから、小夜子が気にする事はないんじゃないの? 自分で観たければ観に行けばいいし」

「それもそうだよね……」


 これがタダ券で2枚しかなくて、っていうなら話が別だけど。一応割引券で彼の手元には複数枚あるらしいし。


「もし上原君がどうしても稜介と観に行きたいなら、わたし遠慮するから言ってね。さっきの様子からして、本当は稜介と行きたかったんじゃないかと思うのよ」


 男の友情を壊す趣味はない。わたしが神妙に口を開くと、隣の稜介は何故か複雑そうな顔をしていた。



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