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S.Fです  作者: コアラ
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おまけその1 Sとウサギの秘密

 ひらり、ひらひら。

 全てはそう、偶然から始まった。

 思うにあの日。あの紙切れと私が出会った、それが歯車の一部だったのだ。

 ひらり、ひら、ひら。


『シロイゴハンニー・スウドン・ポムドテール・スイスロール・タコヤーキ・ソーキソーバ・イッカリング・ミソシルノグハ・ナメコイッタク・エトセトラ』


 白い紙と薄い桃色の花弁を流れに乗せて、春風の悪戯は私の手元にやってきた。

 中学校の卒業式の帰り道。申し分なく咲いた満開の桜の下を歩いていた私のところへ、不意に飛び込んできた小さな用紙。後輩から渡された花束や色紙、それに卒業証書や鞄で溢れ返った腕の中、私はそれに書かれた内容を見て思わず足を止めた。

 閑静な住宅街の真昼間。式がなければこんな時刻にこの通学路を歩く事などない。けれど私がそれを拾った偶然が、全ての始まりだった。


「あら、ごめんなさい」


 頭上から降ってきた声に思わず顔を上げる。青空をバックに近くの民家の窓から手を振っていたのは、ごく普通の女性。


「あたしが落としてしまったの」


 そう若くはないけれど、主婦には見えない。肩口で切りそろえられた髪にきらきらと光る意志の強そうな目は、働くキャリアウーマンを連想させる。

 今そっちへ行くわね、と一声残して彼女は窓枠から姿を消した。数秒も経たずに玄関の鍵が回る音がして、その女性はわたしの元へやってくる。


「久しぶりに自分で掃除していたら机の奥から出てきて。懐かしいなぁって思って眺めていたら風に飛ばされちゃったのよ」


 彼女が着ているワンピースは所々が薄汚れていて、足元の靴下は埃塗れだった。爪のネイルもほぼ禿げかけていて、多分あんまり手先が器用ではないんだろう。

 けどそれよりも私には聞くべき、いや確認すべき事があった。


「あの、もしかして……エノタトから来られた方ですか?」


 私がその言葉を発した途端、彼女の目がすうっと細められた。春の陽気な日差しを跳ね返してしまいそうな程鋭い目線。


「何故その名前を?」


 警戒、そして一瞬で張り詰めたこの緊迫感。けれどその態度が却って私の推測の根拠を裏付ける。

 私は手元の紙をぎゅっと握りしめた。桜の花びらが2人の間にゆっくりと落ちてくる。

 まさか、ね。


「私も、貴女と同じ宇宙人だからです」


 宇宙って本当に広いのかしら。相手の驚いた顔を見ながら、私は心中で複雑な思いを抱えていた。



     ※



「息子さんのお名前でしたか」


 通されたリビングのソファで紅茶を貰い、私は拾った紙切れを彼女へ渡した。


「そうなのよ、部屋の整理をしていたら偶々見つけちゃって」


 彼女、藤倉マヤさんは苦笑してその紙をポケットにしまう。お互いに簡単な自己紹介をした後に是非と進められて家にまで上がり込んでしまったけれど、他には誰もいないようだ。


「あの名前、太陽系グルメ紀行の地球特番の影響でかなり流行ったんですよね」

「そうそう、向こうで主人と見ていて印象に残ったものだから。まさか実物を拝める日がくるとは思わなかったけどね」


 かの珍妙なる名前は、エノタトで大流行したもの。かの地から遠く離れたこの星で目にするとは思わず、そしてそれが意外な形で私達の出会いを繋いでいた。


「文坂さんは、いつから地球にいるの?」

「もう5年になります。同郷の方と出会ったのは初めてですけど」


 父と母と共にやってきた事を伝えると、マヤさんは玄関に置かせてもらった荷物と私の制服とを交互に見ていた。


「あ、そう言えばその格好。今日は卒業式だったのね。あたしの子供達も同じ中学よ。息子の1人は今も通ってるわ」

「何人家族なんですか?」


 それはつまり、更に同郷人がいるという事。


「旦那と馬鹿で可愛い子供が2人、いえ3人か。ま、楽しく暮らせているわよ?」


 そう言って、マヤさんは嬉しそうに口元を緩めた。

 その言葉に嘘はないようで、戸棚の奥や壁際には家族写真らしいものがちらほらと飾られていた。マヤさんと、その隣に同年代の優しそうな旦那さん。そしておそらく娘さんと……あれ?


「ん?」


 息子2人と思われる人物の片方には覚えがあった。卒業してしまった憧れの先輩。


「どうかした?」

「あ、いえ」


 昔からちょっといいな、なんて思っていた人だ。私は慌てて首を振った。


「そういえば、娘と息子の1人が問題でね……」


 写真の一つを手にとって、マヤさんは彼女達家族の事を語り出した。この星への不時着、日々の生活、隣に住んでいたという更なる異星の家族。そしてその息子と、自分の娘の将来に関する陰り。

 思えば何故初対面の私にここまで深い話をしたのだろう。豪胆な人に見えて、その実彼女も見えない不安に押しつぶされそうになっていたのだろうか。気がつけば私は真剣に頭を巡らせ、小さく拳を作る彼女の腕をとった。


「マヤさん。わたし、ビュータを直せます」


 全てを聞き終えた私は、一つだけ力になれそうな件を伝える事にした。


「だってそれを作ったマザって、私の父親の名前ですよ」



     ※



 ひらり、ひらひら。まさかのセカンドシーズン到来。

 人生いつどこでどんな出会いをするかなんて、誰にもわからない。

 ある日の部活帰り。腕白坊主のような初夏の風が、再び私の手元へやってきた。

 今度は何を運んできてくれたのかって、それはまた確かに白い紙切れだった。

 ひらり、ひら、ひら。


『株式会社メディアスペースイメージキャラクター・うさピー』


 以前に故郷の名を目にしたときよりも、それは更に衝撃的だったかもしれない。何せA4のコピー用紙にでかでかと描かれていたのは、ど派手なピンク色を纏ったウサギのような生物だったのだ。そこら辺の女子高生のアイメイクよりも増量されたマスカラのような目に、やたらとにやけた口元。人を小馬鹿にしたような表情は、その長い耳をへし折ってやりたい衝動に駆られる。

 そんな気味の悪いイラストは、あの日と同じ通学路、住宅街の大通りから風に流さてやってきた。とりあえず手にとってどうしたものかと眺めていると、前方から慌ただしい足音が聞こえてくる。

 真っ赤な夕焼けが綺麗な時刻。正面から走ってきたのは、背広を着た男の人だった。

 割とシャープな顔立ちに、所々年齢を感じさせる皺。少し日に焼けた肌と、すらりと着こなされたスーツ。如何にも仕事の出来る素敵なサラリーマン、とでも言ったところだろうか。

 けれど私にはその人に見覚えがあった。両手に中身の一杯詰まった紙袋を抱えて、彼は私に向かって手を掲げている。


「申し訳ありません。そのプリントは僕のものなんですよ」


 優しそうな声と、柔和な表情。それはあの写真に写っていた人物と全く同じだった。


「マヤさんの旦那さん?」


 思わず口をついて出てしまった私に、彼、一さんは怪訝そうに眉を顰めた。


「どうして僕の事を?」

「ええと、奥様から伺っていませんか? 私はその……エノタトの、です」


 マヤさんはどこまで私の事を話しているのだろう。一瞬自分の軽薄さに不安が過ったけれど、一さんはああ、と頷いて笑顔を見せた。


「君が文坂さんか、偶然だね」


 その場に紙袋を置いて、一さんは丁寧に私の手をとった。


「一度お礼を言わなくてはと思っていたんだよ。君のおかげでビュータが直ったんだからね」

「いえ、正確には父が修理しましたから……ああ、こちら、お返しします」


 ふと、頭の片隅に彼の息子の姿が浮かび上がった。成程、親子なだけあって顔はよく似ている。

けれどこの滲みでるスマートさの違いは何なのかしら。

 奇妙奇天烈なウサギを一さんに手渡しすると、彼は嬉しそうにその紙を上着のポケットにしまい込んだ。


「この不思議な生き物は何ですか」

「これ? これはね、僕が考えた我が社のオリジナルキャラクターなんだ。うちは地方のアニメの制作会社なんですよ」

「……はい?」


 お茶目な風がいらない世話を焼くように、不意に空気の流れが変わった。紙袋がパタパタと音を立てて、その中身であるプリントが一枚またしても私の手元へやってくる。

 うさピー設定集、と細かい文字で書かれたそれを見て、何故だか嫌な予感が走った。


「小さい会社なんだけど、最近ようやくニュースの占いコーナーの受注を貰ってね。僕の担当はその内容をプロデュースする事なんだけど」

「占いを考えていらっしゃるんですか?」

「まさか。直してもらったビュータがね、この間から不思議なメッセージを色々と受信して。それがあんまりにもおもしろかったから、そのまま占いとして使わせてもらっているんだ」

「は?」


 とんでもなく不吉な事が、今。爽やかな笑みを携えて耳に飛び込んでくる。


「ちゃんと地球に座標指定をして漂ってくる電波がいくつもあって。不思議だよね、たまに恋文みたいなものまで混じってくるんだから」

「……」

「あんまりにも切ないものとかあるからさ、占いとしてみんなに知ってもらうのも悪くないと思って。そうしたら見知らぬ異星人からのメッセージを受け取ってくれる人がいるかもしれないじゃないか」


 頭痛が。色んな意味で脳が悲鳴を上げてぐるぐると回っている。


「最初はウサギ座の方角から、エスって名前入りだったよ。後は……」

「も、もういいです」

「そう? じゃあ朝と、それから夜の限定コーナーもちゃんとチェックしてね。それにしてもこれは、宇宙の謎だと僕は思うよ」


 そうですね、と私は無難に頷いておいた。

 彼はやっぱり貴方の息子で、そして貴方は彼の父親。それがよくわかってしまったので、これ以上の事はどうでもいい。半ば投げやりな気持ちで、私は夕日に向かって溜息を吐いた。


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