閑話 Sの告白
白崎君は、いつも遠くを見ている人だった。
勉強が出来て運動神経抜群で、異性からは大人気。穏やかで優しくって、周囲の人からの信頼も厚い。整った顔立ちで微笑まれたりした日には、クラス中の女の子達の噂は彼の話題。誰からも一目置かれる完璧人間、そしてわたしの幼馴染。
だけど、昔から感じてた。
ずっと何かを隠してる。
だからいつだって、欲しい言葉は一つもくれなかった。
※
「美奈子、テニス部に入ったんだって?」
「そうよ、白崎君はどうせ陸上なんでしょ」
高校に入学してすぐ、彼は運動部の先輩や顧問の先生から熱い勧誘を受けていた。小学校の頃から短距離を続けていて、中学校でもたくさんの大会に優勝していたからだと思う。
わたしと言えば、正直身体を動かすのが得意な方ではなかった。でも中学からやり始めたテニスはそれなりに楽しいし、他に希望するような部活もない。
「前にテレビで試合の中継をしていたフェデラーが素敵なの。あの人みたいになりたくて」
「その前はモーリス・グリーンが好きって言っていたじゃないか」
そういえば、もっと小さい頃はそんな陸上選手が好きだった気がする。2人で見たオリンピックはあまりにも懐かしくて、同時にそれを覚えていた彼には驚きだった。
休み時間の喧騒の中、白崎君は何かを続けて言いたそうにわたしを見つめている。けれど背後から部活の先輩に名前を呼ばれ、それ以上この話題が口にされる事はなかった。
「別にいいけどさ、練習頑張ってね。僕はインターハイを目指すよ」
そう言って教室の扉から消えていく彼の後ろ姿を、わたしは黙って見送った。
貴方が隣でそうやって頑張っているから、自分も何かやらなくちゃ。
本当はそう思ってテニスを始めたのに、結局彼はそれを知らない。言いそびれたわたしが悪いのか、それともあんなに突然に消えた彼がいけないのか。
今となってはもう、どうにもならない事だけれど。
※
テニス部はあまり実績のない部で、コートも小さく整備もそれなり。部員もそう多くはなかったので、わたしの期待は早くも打ち砕かれた。彼に負けないくらい練習に励み、自慢出来るような成績を残しておきたかったのに。
「ね、片桐さん。白崎君と知り合いなんでしょ?」
「そうだけど」
フェンス越しのグラウンドは陸上部の姿がよく見える。お目当ての彼を見つけた部員達は、大抵ラケットを下げて隅でボール拾いを始める。勿論口実とカモフラージュのために。
その日も部員の一人がわたしに話しかけてきたのは、つまりそういった要件だった。
「紹介は?」
「無理。幼馴染、それ以上でも以下でもないの」
白崎君に関するわたしへの干渉は、かなり頻繁にあった。その度にわたしはお決まりの台詞でライバル達を牽制して、自分の言葉の重みに自嘲する。
確かにわたし達は仲が良い幼馴染。そしてその関係性が崩れた事は一度もない。
ただ一緒にいる時間だけは長かったから、もしかしたら周囲の人にはそれこそ親密な間柄に見えていたのかもしれない。けれど彼は昔から、何か言い表しがたい「線引き」のようなものを持っていた。彼が決めた、人との一定の距離。優しげな外見とは裏腹に、本心を他人に見せるような事はほとんどしない。これだけ近くにいるわたしでさえ、白崎君の本音を聞いた事がなかったのだから。
きっと何かを隠している、だからそう思った。
なので帰宅して我が家で寛いでいた彼が、わたしの顔を見てぼんやりと口を開いたときはとても驚いた。
「美奈子ってショートが似合う気がする」
「何、いきなり」
白崎君はわたしの長い髪を一筋そっと掴む。
「いや、前に浴衣姿を見たときも思ったんだけど……うん、髪を切るか上げるかしたときの方が、僕は好きかも」
彼にとってそれは、本当に何気ない呟きだったのかもしれない。
けれど丁度夏だったし、意中の人からの思いも寄らない言葉だったし。
長かった髪をばっさり耳の下まで切ってしまうと、まずお父さんとお母さんは相当に驚いていた。別に好きでロングにしていたわけでもなから、わたし自身に未練はない。弟は意外といけると太鼓判を押してくれた。だからほんの少し自信をつけてみたけれど、翌日会った白崎君は何も言ってくれない。私を見て目を丸くして、さっと視線を逸らしてしまう。
「おかしい?」
「いや、びっくりしただけ」
穏やかな微笑みで首を振る。何かを誤魔化すときの彼の癖。
よく似合うだとか、素敵だとか。美辞麗句を求めていたわけじゃない。何か一言、彼の言葉通りに髪を切ったわたしをどう思うか、それだけが知りたかった。
なのに白崎君はいつも決定的な言葉をくれない。曖昧な優しさで発言を濁して、自分の心情は閉ざしてしまう。
今でもずっと、わたしの髪は短いまま。
少しでも伸びてきたら、それこそ神経質なくらい定期的に美容室へ足を運ぶ。
だってそうしておかないと、時間はあっさりと肩に届いてしまうから。
※
上手くいかない関係の、唯一の拠り所はテニスだった。
人よりも劣っている自覚があった分、練習には真剣に取り組んだ。毎日毎日遅くまで一人残ってはコートの隅で壁打ちを続けて、泥だらけになって帰宅する。疲れた身体は夢も見ないでぐったりと眠れるし、その間だけは白崎君の事を考えずに済んだ。けれどそんな日々を過ごしていたら、いつしか彼は渋い顔をするようになっていた。
「あんまり遅くならないで。それにあそこは工事中でしょ、夜は危ない」
コートの傍で道路整備工事が始まったのは、地区大会の一カ月前の事。何でも古くなってきた学校の外周りの道路と歩道を補強するらしく、連日トラックが忙しなく往来している。
「別に平気よ、夜は作業していないし」
出場が決まっていたわたしは焦っていた。1年生は自主的に残らなければコートを使えないのだ。
彼の忠告なんて全く頭に入らず、わたしはそれからも毎日夜まで練習を続けていた。部活に真剣に取り組む姿勢は顧問や先輩達に評価されたし、何より時間外のコートの使用許可まで取り付ける事が出来た。よって部活の後だけでは飽き足らず、わたしは休日まで学校へ出かけるようになっていた。
唐突な別れは大会まであと六日、最後の日曜日にやってきた。
午前中の部活動が終わると部員達はみんな解散してしまったけど、例によってわたしは蒸し暑い中一人ラケットを奮っていた。夕刻になるとグラウンドの人陰もほとんどなく、校内はとても静かだったのをよく覚えている。ただその日はとても風が強かった。生温い風が時折頬を掠めては、ボールのコントロールを奪う。
今にして思えば、もっと注意深く行動していればよかったのだ。
ふとした瞬間に流されて零れてしまったボール。それはフェンスを越え、工事作業途中の道路の端まで転がった。
騒音の関係で休日の工事は行われていない。だから大したも警戒もせず、わたしはコートを離れ、学校の外へと飛び出した。ボールは二車線道路の反対側のガードレールの下に隠れていて、道を渡って手を伸ばせばすぐに拾える。
けれどその端には、大きな鉄製のパイプのような物を数十本積載されたトラックが何台か放置されていた。ロープなどで固定されておらず、少しでも風が吹けば崩れ落ちてきそうな程の量。
再び強い風が吹いたとき、わたしは不気味に擦れる鉄の音を聞いた。そうして顔を上げて、ようやく自分の身に迫っていた危険に気がつく。
「美奈子っ!」
突然彼の声がして、視界は黒く巨大な塊に覆われる。
全身に待ち受けていたような痛みは一切襲ってこなかった。その代わりに激しく心臓が鳴り響き、何かとても大きくて温かいものに身体を包まれる。非常事態に緊張しているはずなのに、五感はひどく鈍い。
何が起こったのかはよくわからない。ただ熱い指先に目を隠されて、事態を確認する事が適わない。
耳元で優しく響く彼の声。思わず伸ばした腕は、何も掴んでくれなかった。
「最後に君を助ける事が出来てよかった」
それが、わたしの聞いた彼の最後の言葉。
ねぇ、あまりに。あまりに呆気なさすぎるでしょう?
※
わたしに欲しい言葉をくれなかった白崎君。
本当の事を言えば、好きになった時点でわたしは一種の諦めを感じていたのだと思う。
だって彼はわたしを見ていない。何にもわたしに話してくれないの。
彼が姿を消したのはその翌日。父親の仕事の都合で急な引っ越しになったのだと担任は告げていた。
友人は勿論の事、わたしの家族もみな驚いた。どうしてこんなに突然、それも何の挨拶もせずに。わたしはぼんやりと、周囲の人たちの戸惑いを耳に黙っていた。
ただ、祖父だけは違った。縁側でお茶を飲みながら、茫然としているわたしに諭すように呟く。
「もともと住む世界が違う人達だったんだよ。この星で暮らすのに、僕ら程適応出来なかったのかもしれない」
「……どういう事?」
祖父は淡々と語り出した。
彼は遠い星から地球に降り立った異星人で、わたし達のような人間に近い生き物ではなかった。それに特殊な力を持っていて、命の時間もずっとずっと長く続く。故郷へ帰る方法を探し求め、そして発見した。
嘘でしょ、冗談でしょ、もしくはそう、これは夢なんでしょう?
「美奈子にこれを渡して欲しいと頼まれたよ」
けれど全ては現実で、そうしてわたしの手元に残ったのはあの日記だけ。あの日から毎日、何度も何度も読み返した分厚い冊子。そこにわたしの求めていた答えがあるのなら、どれだけの慰めになった事か。
貴方の本音を知りたかった。
わたしの事が大切だったと。一緒にいて楽しかったと。そんな抽象的な概念はいらないの。
たった一言。
ねぇ白崎君、わたしをどう思ってたの?
わたしはこんなにも、貴方が好きだったのよ。
※
「片桐部長」
ふと物思いに耽っていた思考を持ち上げた。眼前には難解な数式の書かれた参考書が開かれている。
自分の席で開いていたそれは、先程からずっと同じページのままだった。一応受験生だったという事実を思い起こして、わたしの名を呼ぶ後輩へ顔を向ける。
「藤倉さん?」
3年生の教室へ下級生が顔を出す事はあまりない。特に受験特有の空気に包まれている教室は、休み時間といえどそう騒がしくもなかった。現にわたしと同じように机に向かっているクラスメイトも数人いる。
そんな中、彼女は廊下よりのわたしの席まで歩いてやってきた。その手に抱えているのは、見覚えのあり過ぎるあの日記。
「勉強中にすみません。これ、お返ししますね」
佐川君に渡したはずの日記が藤倉さんから却ってくる。それが何故なのかと疑問を抱く事はなかった。彼女もまた、数年前のわたしと同じ立場にいるのだ。
数日前、部活帰りに彼女から佐川君の話をされたときは正直反応に困った。あまりに真剣だったものだから、結局何もかも話してしまったけれど。
きっとこの子達は、2人で話し合って望む未来を決めたんだろう。わたし達とよく似ていると、初めはそう感じたのに、今ではそう思わない。
「ねぇ藤倉さん。彼に好きだって伝えた事はある?」
不意に口から出た言葉に、藤倉さんは首を傾げた後頷いた。
「ありますよ」
「そう、付き合ってるんだから当然よね」
やっぱりわたし達とは違う。
彼はわたしに何も言わなかった。そしてわたしも、彼に自分の気持ちを伝える事はなかった。
もうすっかりお馴染みの自己嫌悪に苛まれていると、藤倉さんは小さな白い紙を差し出してきた。
「これ、家に帰ったら読んで下さい。稜介からのプレゼントです」
丁寧に封筒に入ったそれは、かつてわたしが佐川君に渡したものによく似ていた。
「部長、サイコメトリーって知ってます?物に込められた想いを読み取れる力、らしいですよ」
思いがけない彼女の言葉に眉を顰めると、藤倉さんは続けて小さく呟く。
「でも気持ちを伝えるのって、何も言葉だけじゃないと思うんですよね」
※
家に帰ると、既に夕闇が迫る時刻になっていた。父は仕事、弟は部活、常に家にいる母は町内会の集まりに出かけているはずで、つまりまだあと数時間はわたし以外誰も帰ってはこない。
逸る気持ちを抑えて2階の自室へと駆け上がろうと足を動かす。制服のリボンを解こうと手をかけると、ダイニングのテレビ画面が光っているのに気がついた。今日はみんな慌ただしく各々が出かけていったから、もしかして朝からつけっ放しだったのかもしれない。
仕方なく食卓の上のリモコンに手を伸ばす。今は着替えさえ厭わしいくらいなのに。若干の苛立ちを抱えたままボタンを押そうとすると、目を疑いたくなるようなショッキングピンクの生物が視界に入った。
『続いて夜の限定うさピーコーナーだぴょん!』
実に奇妙な、耳の長いウサギ。と、表現するのが一番適切だとは思う。小さい子向けのマスコットのようで、異様に大きな目が可愛いようで気持ち悪い。
『あまりに大好評なので、うさピー占いはゴールデンタイムに進出する事になったぴょん。今日も残すところあと6時間のために、よりディープでエキセントリックなお告げをお届けしちゃうぴょんよ』
こんなおかしなウサギには何の興味もない。それなのにテレビの電源を落とそうと掴んだリモコンから手を離したのは、続く発言に気を取られてしまったせいだった。
『本日の一位はミラクルハッピー目白押し、そんな射手座のアナタだぴょん! 憂鬱なんてぶっ飛ばせ、不景気なんて気にするな! 偶には無駄な残業を上司に押しつけろ! 目指せストレスフリー、今日も元気にビールが上手い!』
別に占いなんて信じてはいないけど、ウサギがなかなか熱のこもった演技で画面内を飛び跳ねているせいでつい目を奪われる。
『今日は今年一番の幸運を掴む日だぴょん。宝くじが当たるかもしれないし、徳川の埋蔵金が見つかるかもしれないし、未知なる地球外生命体を発見しちゃうかもしれないぴょん。おっとこれは言い過ぎたぴょん? 身近なレベルでいけば、昔別れたあの人から突然の連絡があるかもしれないぴょんね。ラッキーアイテムは日記帳。まぁちょっと落ち着いて、ページを開いてみたらどうぴょんよ』
今年一番の最良の日が、あと数時間で終わってしまうとこのウサギは言いたいのかしら。そんな劇的な幸運がどこに転がっていると思うのだろう。
出だしの勢いに押されてしまったけれど、考えてみればとてもくだらない。
『そして今日は特別に視聴者からのコメントを紹介するぴょん。えーとまずはI県在住の高校生Rさん。 “先日のひどい占いのせいで僕の人生が本当に変わってしまった。感謝と一緒に恨みの言葉を贈りたい” んー、最初から物凄いツンデレさんだぴょん。これはうさピーの熱烈な信者に違いないぴょんね』
なんて気分屋なウサギなのだろうか。占いの発表をさっさと切り上げて、何枚かの葉書を手にしてはにやにやと微笑んでいる。
『そして同じくI県から中学生のKさん。 “毎朝見てます。ミカと同じ声で世知辛い人生をズバリと切り捨てる、その姿に惚れました。占いは是非獅子座を御贔屓に” おやおや、またまたうさピー教の信棒者さんみたいぴょんね。でもうさピーは宇宙の果てからやってきた愛と平和のメッセンジャーだから、特定の星座に偏愛する事は出来ないのぴょん』
あまりに馬鹿馬鹿しい。肩の力ががっくりと抜ける。
『それから最後に……おっとこの方は、住所とお名前が匿名みたいぴょん』
このウサギのせいで緊張が解けてしまった。ついでに2階に上がる気力もなくなったので、食卓の椅子に腰掛けて、彼の日記を取り出した。もう中身なんて何十回も読み返しているのだから、知りたいのは最後の部分。かさついた紙に指を引っかけながら、後輩から渡された手紙を取り出す。
白地に薄く書かれた几帳面そうな細い字。誰の手のものかなんてこの際どうでも良い。だって、だってこれは――
『□月5日
毎日君の事を考える。
本当は彼女がテニスを始めたのは、僕のせいなんじゃないだろうか。君はいつも真剣で、どんな事にでも真面目に取り組む。
僕は努力などしなくても、大抵の事は人並み以上にこなせてしまう。だから君の姿が眩しくて、同時にとても申し訳なく思う。
僕にとって、君は素晴らしく素敵な女の子だ。
□月6日
気恥かしくて言えないけれど、君のショートカットは凄く良く似合ってる。
一緒に夏祭りへ行ったあの日から、ずっとその柔らかそうな髪を手で梳いてみたかった。
この地で誰かを好きになる事は決してないと思っていた。そう、君に出会うまでは。
□月7日
色々と悩んでいたけれど、故郷へ還る事を決断しようと思う。
多分暫くは胸が痛むね。でもそれが終わる恋の楽しみ方なのかもしれない。
こうして君を思い出して、泣いて、寂しがって、胸の痛みに託けて、悲しみで繋がっている事を意識する。
だけどそれだけじゃあいけないんだ。
涙が枯れたら忘れるように誤魔化さず、心の隅に綺麗に並べてしまいたい。
そして不意にどうしようもない慟哭が押し寄せてきたら、ゆっくりと思い出そう。
僕達が出会って過ごした時間が消えてしまうわけじゃない。
さようなら。僕の初恋は永遠に君のものです』
足元に日記が滑り落ちた。鈍い音と指先に感じた痛みも、今のわたしには関係ない。
心の中でさざ波が寄せては返し、心臓だけが鼓動を大きく主張する。目の奥が熱い。
手紙に書かれた文字とウサギの言葉。一字一句全てが同じ。
拾い上げた日記のページに染みついていた乾いた涙の後を、ゆっくりと指先でなぞる。ガサガサに乾燥したそれは、白い指の腹に引っ掛かって、ぽたりと落ちたわたしのそれで新しい円を作った。
『――ん? これって違う番組用のコメントだったぴょん? まぁいいぴょん、テレビのハプニングなんて日常茶飯事、みんな大人の事情というわけでまとめるぴょん』
ぼんやりと滲んだ視界で画面を見つめた。珍妙なウサギは先程とは打って変わって優しそうな笑みを浮かべてわたしを見返し、それが更にこの心を握りしめる。
『今日はうさピーちょっとナイーブだから、占いは一位の発表でおしまいにしちゃうぴょん。ゴールデンは尺が足りないから仕方ないぴょんね。毎日楽しみにしている良い子のみんな、また来週ぴょーん』
偶然にしてはあり得ない。そして本当に彼の言葉だとすれば物理的に考えられない。このウサギはこんなコメントを何処で手に入れたのだろう。占いが終わり新しい番組が始まっても、わたしはずっとその場で静かに涙を流していた。
※
わたしは突然いなくなった彼に対する悲しみと憤りで、周りが見えていなかった。
どうして気がつかなかったんだろう。この日記はわたしと出会ったあの日から始まり、別れの日で終わっている。最初から最後まで、わたしの事しか書かれていないのに。
彼がわたしをどう思っていたのか。
彼の心の中に、確かにわたしの存在はあったのだと。そう信じてしまってもよいのかしら。
ありがとう、そしてさようなら白崎君。幼かったわたしの初恋。
でもごめんなさい、彼は笑ってほしいと言ってくれたけど。まだ少し、この胸の痛みがそれを許してくれないみたい。
せめて今夜だけ、貴方を想って泣かせて下さい。