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S.Fです  作者: コアラ
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閑話 Fへの純情大作戦

 最近、姉の様子がおかしい。

 いや、正しくはより奇行に走るようになったとでも言うべきか。もともと姉ちゃんは妙にずれた言動をする人だった。例えるなら頭のネジが多かったり少なかったりするんじゃなくて、その締め具合自体が緩いと言うか。常人の感性と数テンポばかりの溝があると言うか。速球を投げればホームランとファールのギリギリの境界線で打ち返されると言うか。

 そもそも長年自分が宇宙人だったという事実にも気がつかなかった姉のこと。多少不審な行動をしても最早誰も気に留めたりはしない。けれど連日謎めいた曖昧なアクションをとられては、流石に俺だって訝しく思ったりする。

 まず姉ちゃんは口数が減った。今までは家族が誰か一人でもいれば居間でくだらない話をしていたのに、ここのところよく一人で自分の部屋に籠っている。何をしてるのかと扉からこっそり覗くと、大抵ベッドの上でじっと丸くなっている後ろ姿が見えた。電気もつけずに暗い部屋で小さく見える無言の背中、それはかなり不気味だ。

 かといって元気がないわけではない。いつも通りご飯は作ってくれるし、話しかければ誰とでも普通に会話はする。だから最初は兄ちゃんと喧嘩でもしたのかとも思ったけど、それも違う。いや、むしろ兄ちゃんが家に来たときこそ、今まで通りの姉だった。呑気で、マイペースで、真面目にぼける。

 だからまあ、思春期の多感な時期特有の訳もないセンチメンタルっていうものなんだと俺は思ってた。確かに変は変だけど、日常生活に支障はないし。

 けれどそんな事を思っていたある日、遂に俺はそれを目撃した。図書館に寄って帰りが遅くなったその日、たまたま家には姉しかいなかったようで、だから姉ちゃんは一人リビングのソファで俺に背中を向けて座っていたのだ。

 なんだなんだ、お籠りタイムは自室から居間にお引っ越しかよ。そう思って声を掛けると、姉ちゃんはガバッと勢い良く顔を上げた。

 そこには、真っ赤な目をして泣いてる姉ちゃんがいた。制服の袖なんかびしょ濡れで、スカートまで涙の染みがくっついている。革張りのソファも丸い雫の跡が点々としていて、更には数度拭った形跡も。

 はっきり言って驚くよりも怖かった。姉が泣いている事がじゃない。声一つ立てず、唇を噛んで、肩すら震わせないよう両腕で押さえこんでいる姿は、この能天気な姉ちゃんには異様な事なのだ。泣きたければわんわん子供のように声を上げればいいし、家の中で、まして一人でいる時にこんな何かに耐えるような、我慢するかのよう異常な泣き方はしなくていいはずだ。事実これまで姉ちゃんはそうやって泣いてきた事なんて山程ある。今更家族の誰が気にするだろう。

 無言で俺を見返す姉を見て、俺はやっと気がついた。これは日ごと自室から見てきたあの後ろ姿にそっくりで、つまり姉は毎日自分の涙を家族から隠していたのだ。

 俺に見られた事がよっぽど気まずかったのか、姉ちゃんの顔は無表情のまま口だけが動く。


「健太郎、今度綾乃ちゃんと映画に行くんでしょう?」


 声は意外な程しっかりしていて、震えてはいなかった。


「な、何でそれを……」

「良い事教えてあげる。綾乃ちゃんはドキドキして二転三転するような意外性のあるロマンス物が大好きよ。健太郎との映画も密かにそれを期待してるはず。これとっておき情報ね、だから今見たことは誰にも言わないで」


 どうして、と聞き返す事は出来なかった。姉の気迫に押されたのも半分事実だけど、何せ目下俺の最大の弱みをこんな形で握られている事を知ってしまったのだ。そうして姉ちゃんは鼻を啜りながらさっさと自室へ戻ってしまい、それ以降俺の前で涙を見せる事は決してなかった。


 そしてそんな姉の奇妙な振る舞いが更にエスカレートしたのは、母さん達がビュータの説明をしていたあの夜からだ。

 このときから姉ちゃんが陰で泣くような事はなくなった。少なくとも俺は知らない。けど代わりに家中の押入れを漁り出したのだ。しかも俺の部屋のクローゼットまで捜索されて、ひどい迷惑だ。何でも中学校まで使っていた絵具セットを探していたらしい。しかもようやく発掘したそれは色が足りないらしく、結局俺が学校から青と白の自分の絵具を持って帰ってくるはめになった。芸術にでも目覚めたのかと疑っていたら、次はやたらと外出を繰り返す。姉ちゃんが何処へ行こうと勝手だけど、一度川で転んだとかで物凄く汚れて帰ってきたのには参った。姉ちゃん、何歳だと思ってんだよ。


 とはいえ一応は姉だから、やっぱり俺だってこれらの変人行為には心を痛めていたりする。で、誰かに相談なんてしてみようとかも思ってしまうわけで。

 俺と姉ちゃんを繋ぐ知り合い、しかもこの件に関して話が出来そうな人物。それはつまり先輩しか思い当たらない。

 おっとこれは別に、先輩に電話する口実ってわけじゃあないんだ。口元がにやけて締りがないのは、嬉しいとかラッキーとか役得とか、そんな不純な心の表れじゃあない。番号なんてとっくに暗記していたのにプッシュした事もないダイヤルへ指を滑らせて、派手なリズムで踊る心臓を宥めながらベッドに腰掛ける。

 夜の12時を前にして、自分の部屋で携帯片手に頬を緩めている俺。多分姉に劣らず結構気味の悪い雰囲気を醸し出しているかもしれない。頭の片隅に残っていた冷静な部分でそう判断は出来たけど、大多数の興奮がそれに打ち勝った。

 緊張と期待の動悸と共に、3回目のコールで待望の人物の声がする。


『はい、文坂です』

「も、もしもし。先輩ですか?ええーと健太郎、いやニースですけど」

『あらニース、どうしたの電話なんて。珍しいじゃない』

「ええとその、ちょっとご相談したい事が……」


 先輩の声が耳元で。遠くにいながらこんな間近でこの人と会話出来るなんて、文明の利器とは素晴らしい。


『もしかして藤倉先輩の件?』

「知ってるんですか?」

『まぁね。ああ、今日決着つけたんだ』


 先輩は、いつもこうして俺の言いたい事をさらっと先回りしてしまう。


「決着?」

『そこはいいから。で、様子はどうなの?』


 もしかしたら風呂上がりなんだろうか、回線越しの息遣いがとても艶っぽい。その声に誘導されるように、俺は今日一日の姉の行動を思い出してみる。

 今日、姉ちゃんと兄ちゃんは朝からデートに出かけた。そういえば俺と姉ちゃんは誕生日が同じだから、うさピー占いによれば恋愛運は絶好調だったはずだ。けど昼過ぎに戻ってきたときの2人は、いつもと空気が違っていた。

 ピリピリしてるわけじゃないんだけど、少し顔が強張っていて終始無言。なのに昼飯を食べ終わった後も一緒にいるんだよね。いつもなら用事がなければ兄ちゃんは隣の家に帰るのに、結局この日は2人ともずっと寄り添って居間にいた。分厚い本みたいなのを読んでたけど、あれは何だったんだろう。父さんも母さんも何も言わなかったけど、絶対何かがあったんだ。

 俺が思うにこの2人って、昔からどこか他人を寄せ付けない、それこそ悪く言えば排他的な世界を持っている気がする。お互いしか見えてない、けれどかといって熱烈に愛を語る感じでもない。それはもっと、精神的な、静かで深い所で繋がっているとでも言うべきなのかもしれない。あんまりこの関係に上手い表現が見当たらないんだけど、これは良いとか悪いとかの次元でもないんだろうな。

 だけど兄ちゃんの目が赤かったのは……うん、見なかった事にしよう。男には色々あるんだ。


『そっか、結局そういう結論にしたのね』


 そんな回想を掻い摘んで話すと、先輩は意味ありげに溜息を吐いていた。


「結論?」

『ううん、私達には関係のない話よ。ね、それよりビュータはきちんと動いたかしら?』

「はい、ばっちりです。母さんから先輩によろしくって」

『了解、マヤさんにもね』


 電話の奥で笑う気配がして、俺はふと前々から思っていた疑問を口にした。


「先輩、どうして俺の母親と知り合いなんですか?それにそもそもビュータの修理が出来るなんて、先輩って一体何者なんですか」

『君と同じ宇宙人だって』

「ならその本名を教えて下さいよ。俺だけあんな変なのを母親から聞かされていたなんて理不尽だ」

『それは秘密、と言いたいところだけど。そうね、今度のデートのときにでも教えてあげるわ』


 俺の耳をくすぐるように再び声が揺れた。メールだけでは絶対に感じられないこの実感。

 ああ、勇気を出して電話して本当によかった。でも既に日付が変わってしまったから、紳士な俺としてはそろそろ別れを惜しまなくてはならない。

 けれどその前に一番大切な事を確認しておかなくては。


「ところで先輩、その映画なんですけど」

『ああ、次の日曜ね。何を観ようか』

「実はもう候補を決めてありまして」


 手に汗を握るような大冒険。悪の組織ピザポテロールからの執拗なる襲撃に苦戦するハロルドと、暗躍する新キャラクター。そしてまさかの古参人物の裏切り。更にはミカの昔の男出現により事態は何度も急展開、ラストは衝撃の秘密が明かされる――深みのあるストーリーにドキドキして、ハロルドとミカのロマンス要素も盛りだくさん。


「劇場版宇宙人戦隊ビビンジャー・希望の星はどうでしょう」

『……』


 ガッチャン。ツー……ツー……


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