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S.Fです  作者: コアラ
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第2話

 わたしこと藤倉小夜子は、幼馴染である佐川稜介が宇宙人である事を疑っている。

 初めに確認しておくけどわたしは勿論正気のつもり。精神科のお世話になる程病んではいないし、空想の世界に浸る程夢見がちでもない。そんな事よりも、どちらかと言えば今日の夕飯の材料をどこのスーパーで揃えれば一番安いかを思案する方が大切な現実主義者。残念ながら彼と違って容姿も頭脳も体力も平均均一な凡人なのだけど、とにかく身体が健康なのは間違いない。

 今時宇宙人の存在なんて誰も信じない、そんな事はわかってる。超常現象には全て科学的な理屈があって説明出来てしまう事も知っている。

 でも。それでもわたしは、稜介が宇宙人だと本気で思っているのだ。



     ※


 

「じゃあ壁打ちやめ、次ペア組んでー」


 放課後のテニスコート。不規則なボールの響きと共にスイングしていたラケットを下ろして、わたしは転がった硬式ボールを手に取った。

 1時間の壁打ちは結構きつい。汗だくになって貼りついたTシャツが気持ち悪くて、用意していたタオルまでぐっしょり水分を吸っている。わたしは重たくなったそれをベンチに置いた。


「3年生の大会組みが第1から第3コートまで。残りの第4コートを2年ね、1年はボール回収とスコア記録に別れて」


 3年生の片桐部長は熱血スポーツ少女で、とても熱いリーダーだ。今は引退間際の大会で良い記録を残そうと必死で部員達を鍛え上げている。実際ここ数年目立った実績のなかった我がテニス部が2年連続で県大会まで進めたのは、きっと片桐部長の指導のおかげ。ストレッチにマラソンに筋トレにと地道な基礎は辛いけど、そのおかげでみんなフォームが綺麗になった。短いショートカットに額輝く汗がアクセント、とても素敵な先輩だと思う。


「小夜子、サーブはあんたからね」


 あまり人数のいない2年生はわたしと遥を含めて4人程。さらに今日は残りの2人が委員会で遅れているので、実質コートを貸し切り状態に出来るって事で。


「わかった、いくよっ!」


 大会前のこの時期2年生がコートを使えるのは貴重だから、頑張らなくては。気合を入れてラケットを奮うと、遥も負けじと打ち返す。わたし達は有望株ではないけれど、一応息のあったダブルスを組んでいるのだ。

 長くラリーを続けていると、気分が集中してきて余計な雑念が追い払われる。だからこの時ばかりは常日頃考えている幼馴染の事も頭から追い出してしまえて、爽快感抜群。ボールを追う事だけに神経を研ぎ澄まし、その他の事なんてどうだってよくなる。遥にボレーされた球を拾おうとダッシュで無心のまま腕を伸ばしても、ギャラリーの声なんて――


「相変わらず超カッコイイよね、佐川先輩」

「うん、やばい。神だよあれは」


 聞こえないわけがなかった。うん、仕方ないよ。人間の耳は音を感知するためにあるんだからさ。

 正常な聴力機能が災いしてラケットに触れる事のなかった球は、コートを虚しく転がった。そしてその真横、グラウンドに面した休憩ベンチとスコアボードの間で1年生達が皆同じ方向を見つめている。この時間広い運動場を占拠しているのは、うちの高校で一番強い陸上部だ。

 嫌な予感。ああ、また宇宙人の妨害が始まる。


「あ、跳んだっ!」

「うわ凄っ、今の高さ見た?あれ2メートル超えてない!?」


 ここからだと少し距離があるけれど、歓声に混じって高跳びのバーを軽々と跳び超える稜介の姿が小さく見えた。身体を大きく反らして撓らせ、重力なんて関係ないみたいな高い跳躍。青空を背景にしたハイジャンプってこんなに綺麗な競技なんだ。


「陸部の女子羨ましいなぁ、あたし女子マネになればよかった。そしたら彼に差し入れとか出来るのに」


 相変わらず1年生達の視線はグラウンドに釘づけだ。そういえばこの子達、片桐部長に指示出されていなかったっけ?


「抜け駆けは許されないよ、ファンの間では松の上不可侵条約が結ばれているんだから。1年は声掛け禁止、見るだけなの!」

「2年は複数での会話、3年生になってやっと単独接触可なんでしょ、うちらが3年になる前に先輩卒業しちゃうじゃんか」

「でもどうせ彼女いるからね、藤倉先輩」


 きゃいきゃいとした黄色い声に自分の名前が出されるとは思わなかった。ゲームを再開しようとしていたわたしは、1年生達の強い視線に思わずそちらを振りむいてしまう。

 仕切りのフェンスを掴んで恨めし気な目つきをする彼女達は、そう小さくはない声でこちらを伺っている。獲物を値踏みをする女狩人のような鋭い眼光は、はっきり言ってかなり怖い。


「どうしてあの先輩なのかな、超普通だよね」

「幼馴染だって。いいよねぇ、棚ぼたポジションだから」


 あまりよろしくない感情の詰まった矢がわたしに向かって放たれる。将来は猟師の有力候補としてスカウトされそうな実力を感じさせる彼女達。しかしこうやって誤解されるのは実は初めてではないので、大打撃を受けないようわたしのメンタル面のガードは万全だ。だって恋人同士なんて事実無根だからね。

 まったく、完璧人間の振る舞いは周囲に著しい錯覚を与えてくれるのだから困ったものだ。一度本気で被害届を出してやりたい。

 それにしてもこれは一発ガツンと先輩として言わないといけないだろうか。そんな事を思っていたら、隣のコートから勢い余って飛んできたボールがこちらのネットに絡まって、恨めしそうにわたしの足元までやってきた。

 土埃に塗れた汚いボール。勿論わたしの使う球だって泥まみれになっている。ああ、先輩達も頑張っているのに、集中を切らしている場合じゃなかった。

 気持ちを切り替えてそのボールを投げ返してみれば、相方の方が動くのが早かったらしい。


「はいそこの1年」


 空気を切り裂くようにわざと大袈裟なスイングをすると、遥はつかつかと1年生達へ近づいて行く。肩で切りそろえられたショートボブが風圧で踊って、後輩達の歓声がピタリと止まった。


「くだらないおしゃべりの前に部長から球拾いとスコアの記録は言われなかったの? あっちで3年の補助してる仲間がいるみたいだけど」


 剣呑な彼女の声に、流石に驚いたらしい1年生は竦みあがる。あれだけ動いてもずり落ちない眼鏡を光らせて、遥は0-0のままのスコアボードをこつこつ叩いた。


「今小夜子とわたしは3-4。さっさと直して」

「片瀬の言うとおり、何してるの1年」


 更に運悪く背後から片桐部長がやってきた。多分ゲームを中断していたのが不審に思われたのかもしれない。真面目に練習に取り組まない部員には恐怖の校庭10周が待っている。


「いえ、判定で少し揉めていただけです。でももう遥の点で解決しましたので、3年生のボール回収に回ってもらいます」


 わたしが強引にスコアを直してしまうと、1年生達は罰の悪そうな顔をして別のコートへ走り去っていく。おかげで片桐部長は何か言いたげだったけど、遥が自分のポジションに戻ってしまったのでそれ以上言及する事はなかった。

 そのかわり、ふと視線を上げたままその動きが止まる。再びよろしくない予感に目線を追えば、グラウンドへとたどり着くわけで。


「ああ……そっか、この位置だと彼がよく見えるのよね」


 どこか納得したような表情で片桐部長は頷いた。わたしにちらりと視線を投げ、その顔はどこか元気がない。


「このコートで試合をしたら3年にも影響が出そうだわ。藤倉さん、後で彼に練習場所を変更出来ないか聞いてみて」


 何だか部長も誤解しているのでは……と危惧を抱きつつ、わたしは渋々と返事をするのだった。


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