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S.Fです  作者: コアラ
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第14話

 この地球上のごく一部の生活地域に住む者達は、概ね僕の事を何でも出来る優等生、という評価をしているらしい。

 全国模試の答案結果を担任から笑顔で渡されて、僕は阿鼻叫喚の悲鳴があがる教室内で溜息を吐いた。隣の席の友人上原孝之は三日三晩の徹夜を敢行したらしいが、机に突っ伏して終始無言のままなので、芳しい結果ではなかったのだろう。肘の下からはみ出ている用紙には希望の大学判定の評価が右肩下がりのグラフになっている。

 高校2年生の夏は何もかも中途半端な時だ。新入生のような新鮮さもなく、受験生のような切迫感もない。未だ明確な将来のビジョンが見えない者が、唐突に行われた大学の判定テストに戸惑うのも無理はないだろう。

 薄っぺらいA4用紙の結果を見ることもせず、僕は自分の座席へと戻った。先週の騒ぎから一変して窓ガラスは全面新しいものに差し替えられ、今はどれも半分ほど隙間を開けて外の空気を取り込んでいる。この件も謎の破損事件として翌日は皆話題に持ち切りだったが、あっさりと業者に直されてしまっては面白味にかけるらしく、もはや誰も口にしなかった。思うに、人間とはほんの少しの不可解な成分の混じった物事が一番興味を惹かれるのだろう。


「いいよな、毎回全国上位の奴は……」


 上原の恨みがましい声は無視をして、僕はさっさと妬みの元を鞄にしまった。彼の努力が次に四日四晩に向かわない事だけを祈っておく。


「ところでさ、例の先輩とはどうなんだよ」

「先輩?」

「とぼけんなよ、テニス部の部長さん。えーっと片桐さんだっけか?」


 意外な名前が思いがけない人物から飛び出して、僕は眉を顰めた。彼はその瞳を輝かせてこちらを見ている。テスト結果の熱気で教室内の温度が上昇しているようだが、上原の視線も負けないくらいに熱かった。


「どうもなにも。少し話をしてただけだよ」

「告白だったんだろう?」


 僕は何となく小夜子の友人である片瀬遥を思い出した。彼女もまたこの手の話題が大好きで、クラスメイトの半数は専ら彼女に情報を握られているらしい。しかしながら頭の回転において、残念ながら我が友人は彼女に遠く及ばない。


「いや、今のこの国の政治経済状況からお互いの身辺に関わるいくつかの事例まで、ごく一般的な世間話をしていただけだけど」

「うら若い男女が2人、人目の付かない校庭の外れで交わす言葉がそれか?」


 期待通りの返答を得られなかった彼は、僕に非難がましい抗議を送る。


「あんな美人を前にして……お前の審美眼は狂ってる」


 それはある意味で大変に正しい。けれど美術の時間にモデルの石膏に落書きしている誰かに美的センスを問われたくはない。


「ああそうだ、映画見てきたから」


 話題を切り返すその言葉に、上原の肩がびくんと跳ねた。


「……藤倉と?」


 彼が何を思って彼女の名を口にしてきたのか。もう随分前から僕はそれに気が付いていた。そして上原には気の毒と思わないわけでもなかったが、隠すつもりはない。


「そう。小夜子お前が僕と行きたかったんじゃないかと気にしてたよ」

「マジで?あーなら今度は俺と――」

「あ、それ無理」

「何で」

「僕と付き合う事になったから」


 休み時間の喧騒が、おそらく彼の耳には一瞬途絶えて聞こえたに違いない。時間が凝るような、実際は数秒しかないその瞬間。彼は開いた口をそのままに身体を硬直させ、やおら目線だけで上空を仰いだ後、静かにまぶたを閉じた。そしてぎこちなく上げられた右腕が目元を覆い、ゆっくりと左肩から力が抜けていく。


「俺、お前ってドSだと思うんだ……」


 小さく小さく呟かれた言葉には、彼の明るい気性で無理に押し殺したような寂しさが潜んでいた。強張った口元がぐっと引きしめられて、一度ゆっくりと喉元が上下する。


「まぁでも……薄々わかってたよ。2人でいると雰囲気違うもんな、やっぱり」


 ゆるゆると放された手が机に落ちて、上原は少し俯いていた顔をあげた。赤みのさす目でしっかりと僕を視界に入れている彼を、僕は素直に立派だと感じた。この視線から逃げる事は許されない。


「お前さ、いつも穏やかで優しい感じだけど、藤倉といるときは自然と嬉しそうな顔してるぜ。だからこないだのテトリスもあんな鬼畜技ではめてきたんだな」


 わざと明るい調子で声を張り上げる彼に、僕は無言で頷いた。謝る事は彼に対して失礼にあたるだろうし、上手い言葉も出てこない。

 彼がなぜ小夜子を気に掛けていたのか、そんな事は僕は永遠に知らなくていい。知る権利もない。


「あーもう、てか俺踏んだり蹴ったり。失恋決定じゃんか」


 震える声に限界がきたのか、その呟きを最後に上原は席を立ちあがり、こちらを振りかえる事なく教室を出て行った。僕はその後ろ姿を見送って、椅子に身を倒すと教室の雑音から耳を閉ざす。瞬時にぼんやりとした思考が首をもたげて目を瞑った。


 恋に勝った男と、敗れた男。俗な表現では僕達を勝ち組と負け組にされてしまうのだろうか。

 けれどそれは愚かな間違いだ。僕は彼を羨ましいと思っている。

 ごく普通の家庭に生まれ、しごく順調に育ち、多くの友人に恵まれ、部活に励み、たまのテストで失敗し、クラスメイトに恋をする。当たり前の生活を当然のように享受して、それが尤もだと信じて疑わない。いやそもそもそんな疑念など一生持つ事もないだろうし、持つ意味もない。ありふれた日常を何の含みもなく過ごせるその権利。

 羨ましい。そしてときには狂おしい程妬ましい。

 なぜなら彼は持っている。いや彼に限らず地球上の人類は皆平等に所持しているのだろう。僕には永遠に手に入らず、何に変えても欲しいもの。

 僕が切望するものはただ一つ、平凡な『人間』として生きていける資格だ。



     ※



 僕が小夜子とその家族に初めて出会ったのは3歳の頃。自宅の庭のベランダで母とお茶を飲んでいた僕の目の前に、それは突然現れた。

 真っ白な細長いカプセル型の宇宙船。おそらくかの星ではこれがスタンダードタイプだったに違いない。大人が2・3人で一杯になりそうな体積のそれは、ふわりふわりと頼りなく宙を漂い、子犬が駆け回る程度の音も立てず椿の木に引っ掛かって落下した。バスケが出来るくらいには広い庭に、それは大した衝撃もなく芝生を這うように転がって、ごつんと大きめの飾り石にぶつかる。回転運動をやめた途端カプセルはガタガタと忙しなくその身を震わせ、すぐに丸く縁取られた昇降スペースが開いた。小さな黒髪の少女がひょこりと顔を出したのは次の瞬間のこと。

 おかっば頭のくりくりした瞳が上下左右へ好奇心に揺れていて、生えそろった青い芝生にそろりと手を伸ばす。草が触れる感覚が珍しいのか、ごくありふれた品種のそれを何度も何度も指先で掠めるように撫でまわし、少女は嬉しそうな声を上げた。子供らしい屈託のないその響きに僕は驚いて顔を上げ、丁度視界に僕を見つけた彼女もまた目を見開き、そしてにこりと笑いかける。


「ええ、お、オウ、ソー、りぃ」


 更に程なくしてカプセルの入り口から現れたのは、赤子を抱いた成人女性と男性によく似た2人組みだった。全員が蛍光オレンジのマントのような長い布を羽織っていて、色合いが何とも目に痛い。

 突如現れた、あきらかに怪しい風貌の団体。僕は持っていた紅茶のカップを握ったまま息を飲んだ。


『ねぇ貴方、その用語は地球で通じるものなの?』

『この星で一番の勢力を持つ言語だとものの本に書いてあったんだよ。挨拶は何だったかな……発音が難しい』


 どう見ても外見上は限りなく人間の男に近い彼は、もごもごと口を動かした。赤ん坊の高い笑い声のような、か細い囁き声のような、理解し難い発音が続く。


『ほら反応がないわよ。きっと違う言語を使用している生物じゃないかしら』

『ちょっと待って、ビュータの翻訳機能は壊れていないはず……』


 僕が反応に困っている間に、彼らは白いカプセルの中へ身を乗り出して何かを探し始めた。ガチャガチャと大きな音を立て余程慌てた捜索をしているようで、少女は心配そうにその行動を見守っている。

 やがて再び顔を出した彼は、右の掌にごく小さな黒い箱をのせていた。形は丁度正方形で、まるで結婚指輪を入れるような蓋の付いたケースによく似ているものだ。


「あー、ソーりー。あいム あ ビじター。ないス とウ ミー ちュー」


 小箱の構造はよくわからないが、その中から確かな発音の音声が流れてでていて、彼はそれを聞きながら口を動かしている。


「ちゃお、うィ、ア、ロハ」

「あらあら、急にお客様が4人もいらしたわ」


 のんびりとジノリに口をつけて事の成り行きを見守っていた母は、そこで初めてポツリと呟いた。それを反応と受け取ったのか、彼の表情が明るくなる。


「ぼんジュー る  だンけ しぇン  チん どぅオ グアん じゃオ」

「しかも随分マルチリンガルな方みたい」


 母に緊迫した空気は全くない。それどころかお気に入りのアールグレイのティーポッドへ手を伸ばし、のんびりとおかわりを淹れだした。ほのかに漂う優しい香りに満足げに頷いて、まだ半分以上残っている僕のカップにもそれを注ぎ足す。


「日本語がわかる方だといいわね」


 子供心にも関心を持つべき所はそこじゃないと思ったが、僕の母はいつだってこうだった。


「アンと りすト にぃハお こんニチは」

「こんにちは」


 ようやく飛び出した反応出来る言語に母はゆっくりと立ち上がった。彼らは赤い花の咲く椿の枝の影からこちらを伺っている。


「あーこん、ニチは。おさわがセしテ、スミません」


 黒い小箱を耳に押し当てながら、彼はぺこぺこと頭を下げた。


「ええこんにちは。もしかしてあなた方は宇宙からいらっしゃたのかしら?」

「わた、したチは、‘エノタト’カラきまシた」

「きっと遠い所からいらしたのね。私は佐川カエデ、それからこの子は息子の稜介よ。中に夫もいますから、よろしければお茶でも如何かしら?」


 人の話を聞いているようで聞いていない。母は鼻歌交じりにステップを踏んで、怪訝な顔をしている彼らに近づいて行った。その行動は何か楽しい事を思いついたときの母の癖だったが、傍から見ていてこれではどちらが不審者なのかわかない。

 それでも一応表面上は友好的な態度に見えていたのだろうか。彼らは母の奇妙な行動から逃げようとはせず、その一挙一動を見守っていた。そしてあと数歩で腕が掴めそうなくらいの至近距離まできたとき、母はその場で突然足を止めて、あ、と叫んだ。


「あら大変。私、たった今重大な問題に気がついたわ」

「モンダイ……?」


 不穏な気配を察知してか、瞬時に彼らの表情が曇る。ついでに母も眉根を寄せて、さも深刻そうに重々しく口を開いた。


「紅茶のカップが3つしかないのよ。だって私達、3人家族なんですもの」


 僕は心の中で彼らに同情の溜息を吐く。

 きっと不安と緊張を抱いて未知なる星へと降り立っただろうに、よりによって初めて接触したのが僕とその母だったとは。

 

 僕は興味津津といった体で庭の草木を弄り回している少女を見つめた。人間にそっくりな、幼く無邪気な黒髪の女の子。

 いくら変わり者とはいえ、なぜこんな得体の知れない来訪者を母は平然と対応出来たのか。その理由は簡単だ。


 本当に、夢にも思わなかったよ。宇宙船の不時着――この辺境の惑星に、まさか自分達と同じ運命を辿る異星人が現れるなんて。

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