第12話
衝撃と驚愕と怒涛の大波が押し寄せた夜が明けても、日常は続く。
わたしが宇宙人だという事実は今のところ家族と稜介しか知らないし、今後も誰にも教えないつもり。というか家族会議の末そのような結論を厳命されたのだ。お父さんもお母さんも、自分達の正体は決して誰にも明かさない事を決めているから。
健太郎は自分を宇宙人だとは知っていても普段はまったく意識していないらしく、わたしがあれこれ色々と考えているのを鼻で笑っていた。そりゃ自分で気がつくのとこうして突如発覚するのでは受け止めの度合いが違うと思うのだけど、結局のところ、確かにせせら笑うくらいで流せればそれでいい事なのかもしれない。なにせわたしは、悲しいくらい普通の人間に酷似しているのだから。
「それじゃ行こうか」
左足の靴紐から結ぶのはわたしと遥の昔からのジンクス。ベンチでシューズを履き終えたわたしに、眼鏡をコンタクトに変えた遥が声をかけた。
「うん」
特別な日はいつだってポニーテールを白いリボンで結うのもわたしだけの願掛け。長い黒髪を頭上できっちり縛ると、いつも以上に気合が入る。
不安定で不確定な力の事はネックだけど、お母さんはもう当分発現はないだろうと言っていた。両親の経験曰く、元々数年に一度、それこそ、ん?と思う程度の確率でしかないものらしい。だからここ最近のわたしの頻発ぶりをみるに、もう一生無くてもおかしくはないと。
本当に、どうして急にこんな力は成長してしまったのか。それは謎だけど、こんな事態にならなければお父さんもお母さんもわたしに真実を言うつもりはなかったらしく、それはそれでどうだろうと頭を抱えてしまう。
「優勝したら県大か、ダブルス初記録を打ち立てるよ」
張り切ってラケットを握る遥がコートへ進み、審判が試合開始のホイッスルを鳴らす。わたしも後衛として彼女の後ろで構えをとった。
地方大会で特に有名な強豪校もいなければ、まず観客なんて部内の先輩と後輩しかいないもの。客席とコートを仕切るフェンス越しは聞きなれた声が飛び交っている。
「片瀬さん、頑張ってー!」
「藤倉、応援してるよー!!」
「遥ーっ、小夜子―っ、勝てよー!」
言われなくたって、勝つつもりだよ。
青く澄んだ空に、降り注ぐ太陽の光。ラケットに白球を打つ感触を確かめて、何となく、今年の夏はまだまだ暑くなって、それも悪くないような気もした。
※
陸上部の朝練があるので、稜介の朝はわたしより早い。近くのコンビニで買っておいたパンで手早く御飯を済ませ家を出る、それがこれまでの彼のお決まりのパターン。早朝の慌ただしさの欠片も感じられない整った後姿は嫌味に近いと思っていた。何でそんな事を知っているかって、それを寝起きのまま自室の窓から見送っておくのこそ、今までのわたしの日課だったからだ。
けどその習慣を大幅に変更するはめになったのは最近の事。わたしは藤倉家の中でも一番早くに起きて、昨夜予約して炊きあがったご飯でおにぎりを作る。彼の好物である鮭やおかかを沢山詰めて大きめの俵飯を2つ程、付け合わせに玉子焼きとウインナーを添えたらランチョンマットに包んで完成。
バレバレのような気もするけど、家族に詮索されるのは遠慮したい。だから自分と健太郎にも同じものを用意してみたりして、今日もわたしは隠蔽工作に勤しんでいる。昨日はお父さんもお母さんもニヤニヤしながら私達も欲しいとのたまっていたから、偽装の手間が余計にかかるのは致し方ない。まったく、お年頃の娘への配慮ってものを知らないのかしら。
わたしは朝が得意じゃないし、本当は料理もそこまで好きってわけじゃない。今でこそそれなりの腕にはなっているけど、元々はお母さんがもっとおいしいご飯を作ってくれれば自分から包丁を持つ事はなかったと思う。だけど何でかな、あれから朝も目覚めが良くなったし、暇があれば新しいレパートリーを増やそうとレシピを考えている事が多い。疲労回復とかスタミナ増強とか、ピンポイント目的でネットを検索したりもする。その理由なんて自分でも嫌ってくらいわかっているけど、これは絶対原因となる張本人には教えてあげないんだから。
まだぬくもりの残るおにぎりを片手に玄関へ向かうと、開いた扉の先に彼がいた。
「おはよう」
見慣れた部活のジャージを纏った稜介は、わたしがドアを開くといつもタイミングよくそこにいる。
「うん、これ」
さりげなさを装って、包みを渡す。決してこれを作るのにどれだけ気持ちを込めているのかなんて、匂わせないように。
「頑張って」
束の間、というより多分1分もないくらいの邂逅。この後学校に行けば嫌でも同じクラスだし、そもそも家だって隣で今日もどうせうちで夕飯を食べていくだろうに。何だってわたしはこの時間のために救いようのない無駄な努力をしちゃうんだろう。
「ありがと、学校でね」
お互いに作って欲しいとも作るとも言っていない。でもやり取りは自然で、稜介は笑っている。きっとこれは立場が逆になっていたとしても、わたしは同じように笑っていると思う。だから多分、わたし達の距離ってこんな感じ。この人といるのが心地良い。
やたら心臓をどきどきさせる彼の笑顔を見送って、わたしは再び家の中へ戻っていった。
色々と問題はあるけれど。
たとえ宇宙人でも大切な人が傍にいて、くだらない事で笑えて、そんな毎日が愛おしいから。
さて、今日も頑張ろう。そう思える事に感謝したい。