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S.Fです  作者: コアラ
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第11話

 涙を伴った感動の再会、ではない。けれどとりあえず家族一同役者が揃ったのは間違いなかった。稜介は何て言葉を発せればよいのかわからないわたしを岸まで引っ張り、再び木の根元へ座らせた。

 お母さんはそれを見て、盛大に溜息をついていた。


「全くごめんなさいね稜介君。うちの馬鹿娘が面倒かけちゃって」

「ちょっと、お母さん!」


 この重大な局面で何て失礼な事を言うのだ。


「あら。学校は早々に下校になったはずなのに、帰ってこなかったあんたを迎えに行ってくれたのは誰だと思ってんの」

「まぁまぁマヤ」


 いつだって場を収集するのは苦労性なお父さんと決まっている。母娘喧嘩を取り成して、お母さんの肩を叩く。


「無事だったんだから良いだろう、それよりきちんと話さないと」


 お父さんは健太郎をわたしの隣に座るように目で促して、お母さんとその間に自分の体を挟み込ませた。長年仲裁係をやっていると割り込み方も自然で見事って、気にするのはそこじゃない。


「ま、いいけど。じゃあもうさっくり本題からいくわよ?」


 お母さんは組んでいた腕を解いて、びしりとわたしを指差した。


「いい小夜子。わたし達の正体は聞いたと思うけど、確かに人類じゃないの。地球から7000光年程離れたイーグル星雲内のとある小惑星が故郷の異星人。まーはやい話がエイリアン。もう帰る事は出来ないから、詳しく知らなくても問題ないわね」


 イーグル星雲。さっきから思っていたけれど聞いた事もない名前だ。7000光年っていうのは、つまり光が7000年かけて辿りつく距離って事だよね。えっと、ちょっと壮大過ぎて頭が働かないというか。有名な銀河の名前3つ程度しか知らないわたしには、そこが宇宙の何処に位置しているのかさっぱりわからない。


「僕とマヤは当時既に結婚していて、小夜子も健太郎も生まれていたよ。そして現地で流行っていた太陽系家族旅行を計画していた。ああ、向こうの文化レベルは地球より遥に高い水準ではあったよ。おかげでこれだけ距離のある星間を渡ってこれたんだから」


 2人の口から遂に宇宙人説を肯定する発言が出て、心の奥底でほのかに期待していたドッキリカメラ説はもろくも崩れ去ってしまった。お父さんもお母さんも宇宙人。どっからどう見ても人間にしか見えないけれど。


「でもエンストだろ?」


 ついでに弟も宇宙人であるらしく、その辺の小石を川へ投げながら口を挟む。


「そう、宇宙船のエンジントラブルでたまたま通りかかった地球に不時着。あとは稜介君の言う通り、宇宙船がとても修理出来なくてね。幸いにして家族揃っているし、このまま地球人として生きていこうって事になったんだ」


 奥様の井戸端会議的な雰囲気でさらりと自分達の地球活動第一歩を語られて、わたしは稜介に座らせてもらった事を感謝した。だってもう頭がくらくらして倒れそうだもの。

 いいやでも、ここまできたら肝心な事を全て聞いておかなくちゃ。


「どうしてわたしはその事実を知らなかったの」


 そう、まず重要なのはここ。わたしは何で自分の正体を知らなかったのか。


「何せ2、3歳の頃の出来事だし、記憶が薄いのも無理ないでしょう。地球で暮らすのに混乱しないためにも、自分の正体がわかっていないならそれでよかったのよ。その方が言葉だって覚えるのに不自由しないしさ。おまけにあんた、生まれたときから例の力が全く発現しなかったから」


 お母さんが煙草に火をつけて吸いだした。ええい、ヘビースモーカーめ。


「じゃあ健太郎は?」

「健太郎だって小さい頃は何もわかってなかったわよ。でもええっと、中学校に上がる前くらいだったか、急に私達に言ってきたのよね。俺人間じゃないの? って」


 何それ。健太郎は自力で自分の正体に気がついたって事?


「べ、別に俺の事はいいだろ……薄々感じてたんだよ、ごくたまに変な事が起こるから」


 わたしが疑惑の眼差しを向けると、何故か弟は口ごもって指先から小石を落としてしまった。水面にいくらかの波紋が広がる。


「そのわけのわからない力って、結局何なの?」

「ああこの力はね、多分無意識下で働く一種の超能力みたいなものだよ。僕達の星には多くの人が備わっていて、自分達や自分の属するものの危険に対して回避する現象を引き起こす。でも願えば毎回発動するわけじゃなくて、本当に何かの拍子に発現するんだ。まぁ、ほとんど偶然として捉えられるね。悪い力じゃないんだけど、コントロールは不可能なのは玉に瑕かな」


 お父さんの解説ではますます理解が難しい。わたしの情報処理能力が低下しているのかと悩んでいたら、意外にも再び健太郎が口を開いた。


「つまり奇跡を呼ぶ力なんだよ」

「奇跡?」


 やたらと美しい言葉。イメージががらりと変わる。


「普通の人間よりほんの少しラッキー、程度の力なんだ。自分で制御も出来ないし、何時発現するかもわからない。だから気にする事はないけどちょっとばかり頭痛がするから、力が発動したら自覚出来る」

「そうそう、水溜まりの中で転んでもお気に入りのワンピースが汚れなかったりとか。そのくらいのレベルなんだから」


 3人揃って大した事ない、気にしないというスタンスを見せつけられて、肩に込められていた力が抜けていく。

 それって結局は曖昧で御都合主義全開な力じゃない?しかも奇跡という割にはわたし最近ちょくちょくそれらしき現象が起こりまくりなんだけど。


「最近になってわたしがその力とやらを起こしているのはどういう事なの? 今までこんなおかしな事わたし経験したことないよ」

「それはわからないな。こっちだって急に発現し出して驚いたんだから」

「力の事は実害もないからおいおい考えればいいでしょ。とにかく地球で怪しまれず生きていくために、一応私達は自らの正体を隠す事にしたわ。でも例外は稜介君とそのご両親ね。だって船は彼の家の裏庭に墜落したのよ、もうばっちり目撃されちゃって」


 お母さんの言葉に隣の稜介の顔をまじまじと見てしまう。庭に落ちてきた怪しいわたし達を、稜介の家は受け入れてくれたという事?


「ちなみに今の家も、佐川家の持ち家だったのよ。当時住む人がいないってんでそのまま住まわせてくれたし、お父様はお役所勤めでいらしたでしょ。戸籍まで用意してくれちゃって」


 ちょっとちょっと、どんだけ佐川家にお世話になってるのよ、うちって。

 ああ、亡くなった稜介のおじさまにおばさま、こんな藤倉家で本当にごめんなさい。


「まぁそんなこんなで生活は始まったわ。わたしは健太郎の世話、一さんは地球の生活様式に慣れるのに一生懸命だったから小夜子の事にかまっている暇もなくって、つい稜介君に任せきりにしてたけど」


 段々お母さんの子育て放棄論になってきた気がする。そりゃちっちゃい頃は稜介と遊んでいた記憶しかないのも頷けるってものね。


「早くに稜介君の御両親が亡くなられたのは残念だったけれど…本当に順調だったよ、地球での暮らしは」


 昔を懐かしむようにお父さんが目を細めた。けれど健太郎は腕を組んで鼻を鳴らす。


「なのに姉ちゃんが兄ちゃんをこの河原まで連れだしたりするから」

「は?」


 突如思いがけない出来事を持ち出されて、一瞬心臓が飛び跳ねる。


「小夜子、あの時何があったか覚えてる?」

「ええ?あれは確か……」


 稜介が宇宙人だと思った一因。不思議な力でわたしを川底から引き揚げてくれたのは彼だ。でもそんな事を家族の前で口走っていいものなのか、不安でその先を紡げない。

 なのに当の本人は、隣でふわりと笑ってわたしを見ている。


「小夜子は忘れてるだろうけど、あのとき溺れたのは僕なんだよ」

「ええぇ!?」


 はぁ?


「嘘でしょ、だってわたしは稜介に助けられたんだよ!」


 あの金色に輝く圧倒的な力。今でもはっきり覚えている、瞳だけが赤く光って、私の身体を抱きしめてくれた温かい腕。

 あれは稜介だ。絶対に稜介だよ。


「そこが大きな間違いなのよね。あんたは彼の身に危険が迫っていると理解した途端……ここからは直接現場にいたわけじゃないから推測だけど、多分初めて能力を使っちゃったのよ」


 わたしが力を使った?


「そんな覚えないって」

「でもそうでなきゃ腑に落ちないのよ。あの日、あんたはびしょ濡れの稜介君を抱えて家まで帰ってきたの。稜介君が川で溺れて、助けようと思ったら身体が光って水が割れた。あんた確かにそう言ったよ」


 なにそれ、記憶と違う。そもそも溺れたのはわたしでしょう?


「待って、待ってよ! わたしそんな事してない!」


 知らないよ、そんなの覚えていないし!


「あの後熱を出して随分寝込んでいたから、記憶があやふやになったんでしょ。あれ以降小夜子が力を発現させる事なんてなかったから、この件は伏せておいたの。だからてっきり安心していたのに」


 ふぅと溜息をつくお母さんを尻目に、わたしは稜介のワイシャツの襟首を掴んだ。必死になって彼を引きよせて、小声で囁く。


「稜介、その、違うよね? わたし……稜介に助けて貰ったんだよね?」

「いいや、僕が小夜子に助けられたんだよ。君の身体が金色に光って、目が赤かったのを覚えてる。冷え切った僕の身体をぎゅうっと抱きしめてくれたでしょ」


 その言葉に、頭の中で100トンハンマーを振るったどでかい衝撃がわたしを襲った。

 いくつかの記憶の中のキーワード。それをまさか稜介の口から聞くなんて。

 じゃあわたしは……あろうことか稜介を自分の姿に重ねていたってこと? これまでのわたしの葛藤はどこへ消えろっていうの? っていうか今度こそ本当に、わたし人間じゃなかったのね!?


 ……けど何もかもが記憶と違うなんて事あるの? わたしが真実を忘れて、勝手に新しい記憶を作っているの?

 まだどこかに引っ掛かりがあるような。わたし、何かを見落としていない?


「何なのよ、一体……」


 けれどもう色んな事があり過ぎて、限界かもしれない。頭を回転させるのが辛くなって、全身の力が一気に抜けた。

 自分が宇宙人だったなんて。人間じゃなかったなんて。

 今まで信じて疑わなかった根底があっさりとひっくり返されて、隠されていた真実はあまりにショックが大きくて。なのにどうしてみんなこんな平然としているのか。

 ああ、でも。


「稜介、ごめんね」

「何が?」


 ぎゅっと掌にあった襟首をそっと放すと、物凄く皺が出来ていた。わたし、すごく強い力で掴んでいたんだ。


「わたしずっと稜介こそ宇宙人だと思ってたの。頭も良くて、運動も出来て、完全無欠なスーパーマンで、不思議な力を持っている。でも違ったのね、ホッとした」


 むしろ自分が宇宙人でしたっていう展開で、はは、笑えない。


「ねぇ小夜子、それでさっきの返事だけど」

「うん?」


 認めてしまえば何もかもすっきりするのだろうか。すっかり脱力して稜介の肩にもたれかかっていると、彼が首を捻ってわたしを見下ろしている。

 全く呆れるくらい整ったこの顔も、嫉妬すらお辞儀しそうな才能も、いつもわたしに向けてくれる優しさも、みんなみんな宇宙人ではなかった。つまり稜介はわたしが逆立ちで地球一周したって敵わないくらい非常に優秀な人類だったのだ。

 そう思ったら、笑っていられないこの状況もなんだかどうでもよくなった。わたしの大切な幼馴染は人間だ。


「僕だって小夜子が何者でも構わないよ。地球人だろうが宇宙人だろうが、それ以外の何者だろうが。そもそも君達の事は僕以外誰にもばれていないし、これからも秘密が漏れる事はない。マスコミに取り上げられたり、何処ぞの研究施設に人体実験されそうになっても僕が必ず守ってあげる。だから――」


 見つめる瞳にわたしの顔が映っている。距離の近さに焦って身を引こうとしたわたしの腰を、彼の腕がぐっと引き寄せるように力を込めた。


「ずっとそばにいるよ」


 耳元で口づけるように囁かれた言葉とともに、熱い吐息がうなじに触れた。瞬間心臓があり得ないくらい早鐘を打って、顔が大熱をだしたときのように真っ赤になる。天然フェロモンは宇宙人ではなく、稜介固有の必殺技だったのだ。


「ち、近いって……」

「あらあら、あたし達お邪魔だったかしらぁ」


 振り向けばお母さんがにんまりと笑みを浮かべて煙草を口にしていた。その後ろでお父さんが複雑そうな顔をしてわたしと稜介を見ている。


「こんなに早く娘を手放すときがくるとは……まぁ稜介君なら小夜子を幸せにしてくれるだろうし」

「兄ちゃん、良かったな。呑気な姉だけどよろしくな」


 遂には健太郎まで見当違いな台詞を口にして、3人仲良く河原を後にしようと歩きだすものだから、わたしは多いに慌てた。


「ちょちょちょちょ、ちょっと! 違うって、あれは愛の告白じゃないってば」


 絶対に勘違いしている家族の後ろ姿に、わたしの叫びが虚しく響き渡る。

 そもそも稜介に恋愛感情なんて持ってない。あるのは――


「そうだ部長! 片桐部長はどうするの!?」


 不意に浮かび上がった人物の顔にはっとして稜介を見やった。けれど彼は一瞬眉を顰めて微笑む。


「ああ、片桐さん? きちんとお断りしてるよ」


 やっぱりあれは告白だったの? そんな疑問を思うまでもなく、腰に回された腕にますます力が入った。


「もしかして妬きもち? あんなに泣く程僕が好きなんでしょう? 嬉しいな」

「違うって! いや、この気持ちはね、つまり親愛というか、家族愛というか……上手く言えないけど、恋愛とは少し違うような……」


 稜介の事は大切だし、もちろん好きだ。でもその好きって、やっぱり恋じゃないと思う。だってファンクラブの女の子達のようにあんなに甘く可愛らしい想いなんて今更抱けないもの。


「ここまできて否定するの?」


 往生際が悪いとばかりに、稜介がわたしを半眼で睨む。じと目でも魅力的な顔なのが却って憎たらしい。それでもわたしが必死に首を振っていると、稜介は仕方ないな、と呟いた。


「小夜子は宇宙人だからさ」


 こつんと額が合わさって、彼の指先が頬に触れる。その部分だけがひたすらに熱い。


「いくら外見が人間に似通っていても、心のつくりが違うんだよ。だからその気持ちに上手くはまる表現がない。恋愛感情ってものがよくわかっていないんだ。だからそれぞれ心の真ん中から気持ちの距離を確認していけばいい。そうしたら一番近くに残るものがあるでしょ?僕は小夜子の心のどこにいるの?」


 いきなり概念的な事を言い出すものだから驚いたけど、ちょっと冷静になって考えてみる。

 稜介が宇宙人だったら、わたしのそばからいなくなったら嫌だと喚いていた今までの自分。物心ついた頃からいつも一緒で、半分家族のように感じていた一番近い他人。彼がいなくなるのは悲しくて、辛くて、寂しい。いつもわたしの隣にいて、それが当然だと思ってた。気持ちの距離で表すならば、心の真ん中から近いというよりは重なっているくらい?

 でもいつか稜介に好きな人が出来て、その人と付き合って結婚したら。彼が宇宙人じゃなくったって、そう遠くない未来にわたしから離れていく未来は十分あり得るんだ。わたしから離れちゃう、何だかそれってちょっと、あれ、泣きそうかも。

 家族のように、幼馴染のように、友人のように稜介が大切。じゃあ異性としては?


「……好き?」

「疑問形は駄目」


 王子様のような顔がにっこりと笑みを浮かべるものだから、本物の宇宙人の心はキャパシティを超えそうだ。というよりも多分限界、色んな感情が溢れかえっている。やっぱり甘くはないんだけど、その代わりに心臓の鼓動が一世一代のフルスロットル。

 ああもう認めます、認めますよ。でもだからって最後まではっきり言葉にさせようとは、なかなかに意地悪じゃない?


「……す、きかも」


「僕は大好き」


 弱々しい反撃はストレートで吹き飛んだ。

 最後の抵抗をあっさりと破壊力ある一言で返されて、わたしは大人しく全面降伏の白旗を掲げる事に決めた。彼の耳元で彼と同じ言葉を囁いて、そのまま長い腕に身を絡ませる。この暑いのに何をしているのかって、だって今どうしてもこうしたい。


 心のメモ帳、全ページに渡り注意書き。どうも、佐川稜介の笑顔が心臓の天敵みたい。

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