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S.Fです  作者: コアラ
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第10話

『被告人、藤倉小夜子。そなたは自らが宇宙人でありながら人間と詐称して生活、及び周囲の人間を欺いて生きてきた。これによって被った被害は大きく、以下次の証人の発言を許す』


『ひどいわ、小夜子……今までずっと親友だと思っていたのに、宇宙人だなんて。どうして何も言ってくれなかったの』

『宇宙人って何だよ。俺、藤倉のこと……』

『練習熱心だし、結構期待の後輩だったんだけど。残念だわ』

『藤倉先輩ってひどいんですね。周りのみんなを騙して喜んでいたんですか』


『また、本裁判官の幼馴染として十数年来偽り続けた罪は最も重い。大切な友人として築き上げてきた時間は全てが嘘偽り。以上の事から言い渡す判決は――』



     ※



 遥、上原君、綾乃ちゃん、片桐部長、それに稜介。

 脳内で見知った顔が実にくだらない裁判を繰り広げる。頭の中で架空法廷に1人ポカンと立たされていたわたしは、現実でもおそらく相当間抜けな顔をしているはずだ。


「……何言ってるの?」


 あの稜介がこんな荒唐無稽な事を口走る日がこようとは、悲劇に酔っていたような涙も冷めるというもの。わたしが怪訝な表情で見上げていると、稜介は頬を掴んでいた腕を離した。そしてそのまま川岸のすぐ近くにあった大木を指差す。

 何の言葉もなくとも、彼があそこに移動しようと思っていることはすぐにわかった。あの木陰なら2人分の日差しを防げるスペースがあるし、何より位置的に道路から見える岸辺よりかは人目に付きにくい死角にあったからだ。こちらも無言のまま歩きだした稜介の後姿を追う。

 引っ切り無しに泣いていたセミが、接近する外敵に気がついて名残惜しそうに声を顰めた。いくらか暑さを軽減できる大木の根元に2人で腰を下ろすと、視線の下がった川がよく見える。まるであの頃の目線みたいだ。

 誰もいない河原。水のせせらぎだけがのどかに聞こえ、昼下がりの光景は平和そのもの。

 稜介が口を開いたのは、わたしが手持無沙汰に足元の雑草に手を伸ばしたときだった。


「正確に言えば藤倉一家こそ、って表現になるけど」


 ここらではよく見かける、葉の細長い草――名前なんて知らないけれど、それに触れようとしていたわたしの指先が止まる。

 稜介の声はやっぱり少し固かった。


「僕が3歳になるかならないかの頃、君達はこの地球へやってきた。イーグル星雲M16から旅行としてこの辺境の惑星にやってきた君達一家は、シップトラブルで地球へ不時着。それがどこか人気のない山の中ならまた違ったんだろうけど、生憎墜落現場は僕の家の庭だった」


 すっかり枯れた涙の跡が頬を引きつらせて痛い。稜介はこちらを見もせず、片手を川へ伸ばしてハンカチを水に浸した。


「当然すぐに故障個所を直して飛び立とうとしたんだけど、この星では文明や物質の材質が違いすぎて、宇宙船を修理する事は絶望的だった。そこで一さん……小夜子のお父さんは決断した、このまま地球で暮らすということを」


 冷たい感触が目元を覆う。彼が濡らしたハンカチを受け取って肌に押し当てると、そこからじんわりと心地よさが広がってくる。

 エイプリルフールはもう終わったし、そもそも嘘の公認日どころか普段でさえわたしを騙したりしない稜介なのに、なんだってこんな手の込んだ冗談を言うんだろう。


「ねぇ稜介、本当に何の冗談なの? わたしが宇宙人のわけがないでしょう? 見てよこのれっきとした地球人の姿。嫌んなっちゃうくらい平凡な容姿に頭脳。どこから見たら地球外生命体に見えるっていうのよ」

「君達種族最大の特徴は、外見からでは見分けられないくらい地球人類に酷似しているって事だ。身体の構造は人と同じで血も流れているし、身体的能力は全くの同レベル。決心さえしてしまえば人間社会に溶け込む事なんて容易かったんだよ」


 相変わらず淡々とした口調で告げる彼に、わたしは溜息を吐いた。


「何て都合のいい設定なのよ……それじゃわたしが宇宙人だなんて証拠にならないじゃない。そもそもお父さんもお母さんも、それに健太郎まで宇宙人だなんて。みんなわたしに事実を隠していたっていうの?」


 不意にこないだのSFアニメが思い浮かんできて、わたしは首を捻る。まさか稜介も弟のように好きで影響されちゃったのかもしれない。


「そう、君の家族はずっと全てを隠してきた。でももう秘密を守るのも限界に近い。やっぱり人類にはない能力が備わっているからだ。ねぇ小夜子、これが何だかわかる?」


 一体どこに隠していたのか、稜介の腕には見覚えのあるぬいぐるみが握られていた。


「クマ吉?」


 何でそんなものを稜介が持っているの? 疑問に思うよりはやく、彼の腕が無造作に半円を描く。


「悪いけどこれ、捨てさせてもらうね」

「は? ってちょっとっ!」


 やめてやめてっ!!


 まるでボール投げのように綺麗に宙を飛んだクマ吉。その落下地点が川の中心であると理解したとき、わたしは思わず立ち上がる。重力と競争しても敵いようがないけれど、それでも足が地を蹴って前方に目一杯腕が伸ばされた。目測では明らかに距離も時間も足りない。だからクマ吉がびしょ濡れになるまではコンマ数秒――も、要らなかった。何秒、何分経ってもクマ吉が川へダイブする事はなかったのだ。


「え……?」


 例えばクマ吉が鳥だったら。その場でパタパタとホバリングでも披露してくれていたのなら問題ない。けれどこれはあくまでクマで、何より只のぬいぐるみだった。だから間違っても川面から数センチ、空中でピタリと直立不動で停止しているのはおかしい。


「……どうして」


 動くべきか、動かないべきか。散々思考が迷走したのちに、わたしは一応靴を脱ぎ川に突っ込んでクマ吉をキャッチした。指に触れた途端、クマ吉は確かな重量を感じさせる。念のため今度は稜介めがけて投げてみたところ、やや不格好な放物線を描いてきちんと彼の手の中へ着地した。

 足裏をさらさらと水が流れていく。じゃりじゃりと小石が当たっていたけれど、痛みは感じなかった。ただただその場に立ち尽くし、こちらを見つめる稜介と視線が絡み合う。


「僕も詳しくは知らないけれど、君達には自らや自分の属するものに対しての防衛能力が備わっているんだ。つまり自分に近づく危険や好ましくない事柄なんかを無意識にある能力をつかって避けている。小夜子の力はずっと眠っていたんだけど、最近になってようやく覚醒したらしい」


 稜介が何を話しているのかわからない。もしかしてこれこそ夢?

 だけど辻褄が合う事がある。熱した油が水に変わる。落とした包丁が空中で停止する。わたしの危険に対して、わたしだけの目撃として起こった不可思議な出来事。

 わたしがやった? わたしの力? わたしが――宇宙人。

 いやいやいや、信じるわけないじゃん、これ手品でしょ?

 ……うん。そう、だよね? なのに稜介は何でそんな真剣な顔をしているの?


 人生をひっくり返すような衝撃的な出来事なのに、意外にも頭は冴えていて気持ちもすごく落ち着いている。まじまじと慣れ親しんだ自分の掌を見つめ、グーやパーをしてみたり、指を折ってみたり。その場で足をばちゃばちゃと水しぶきをあげてみたりもした。水が撥ねた肌は冷たく、頬を抓れば痛く、髪に触れれば柔らかい。暑さで喉は渇きを訴えるし、ずっと目を見開いていたから瞬きが早くなる。そして水面に映った自分を見下ろせば、やっぱり平凡なわたしが驚いたような顔をしてそこにいた。

 自分が宇宙人だって言われても、ショックより微妙な戸惑いの方が大きい。自分の人生17年を覆す重大な発言のはずなんだけど、だってどうみても人間にしか見えないよ、これ。


「嘘……でしょ」


 そもそも何なの、その『力』って。

 けれど蒸し暑い教室に、風邪で火照った身体。そして求めたのは、涼しい風。それを得るのに邪魔なのは――窓ガラス。

 まさか。だけど、こんな事で?


「じゃあ今日窓ガラスが割れたのは、もしかしてわたしが……」


 不意に走った嫌な予感に、全身の血がゾッとする。あの騒ぎを起こしたのはわたし? たくさんの友人達を危険に晒して迷惑をかけたのはわたしなの?


「いや、あれは……ううん、僕にはわからない」


 稜介は首を振った。


「結果的に誰も怪我をしなかったし、君が気にする事じゃないよ。最近具合が悪かった、特に頭痛がひどいのは度々その力を使った反動だと思う。それに能力に関しては小夜子が自覚しているのならそこまで問題もなくて…けどその辺りは家族に聞くといいよ、人間の僕じゃ詳しくはわからないからね」


「お父さんも、お母さんも、健太郎も……こんな力があるの?」


 彼は頷いて、手にしていたクマ吉をわたしに見せる。


「じゃあ家族全員が宇宙人って、本当なのね」


 普通なわたしの中流家庭を彩っていてくれたはず家族。マイペースで強引だけど優しいお母さん、明るくて穏やかなお父さん、生意気で喧嘩ばかりでも可愛い弟。

 みんなみんな大好きだったのに。


「どうしてわたしに黙っていたの……稜介も知っていたんでしょ」


 こんな大切な事、どうしてわたしだけに秘密にしていたの。

 乾いたはずの瞳がまた潤みだして、視界に映る稜介の姿が滲む。家族だけじゃない、稜介も知っていたんだ。それもずっと前から。

 失望というか、落胆というか、裏切りというか。お腹の底からどんより重くなるような感情が這い上がってきて、涙を止める事は出来なかった。

 人間じゃないって何なの。どうしてわたしだけ教えてくれなかったの?


「それはあたしが答えてあげるわよ!」


 稜介が何か答えるよりも早く、わたし達の背後から威勢の良い声が飛び込んできた。

 一気に場の空気を一変させるこの声は――


「お母さん!」


 驚いて振り向いた先でスーツ姿のまま仁王立ちしているお母さん。そしてその更に後には。


「やぁ小夜子」

「よっ、姉ちゃん。俺達もいるぜ」


 何故か普段着姿のお父さんと健太郎。失意の内に泣く娘の前に、当の本人達がやってきたのだった。

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