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S.Fです  作者: コアラ
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第1話 ※小夜子編※

 昔から探し事って得意じゃない。消しゴムはよく失くしたし、ヘアピンは家中至る所で紛失した。2時間サスペンスドラマの犯人は最後の最後までわからないし、駅から5分の新しいカフェへ向かうのだって地図を見ても1時間迷った。脱出ゲームなんてやった日には最初の鍵にさえたどり着けずギブアップ。

 ああ、だからわたし本当はこんな事向いてないのよ。人間には向き不向きと才能の有無って言う大きなカテゴリがあって、わたしにはそのどちらも否定的な能力しか持ち合わせていない。たった17年の人生経験でさえそれが重々わかっているのに、やらなければならないっていうのはどうしてなのか。

 答え。自分で決めた事だから。

 連続で出そうになる溜息を2回目で押さえて、わたしは大嫌いな数学の教科書を盾に目の前にいるターゲットを伺った。

 オリオンかアンドロメダかはたまたオメガ星雲か。宇宙の彼方にある謎の惑星から、奴はきっとやってきたに違いない。

 そう、自分で決めた事だから。わたしは探る。

 教室で友人と会話している彼、佐川稜介が宇宙人であるか否かを。



     ※ 



「あら小夜子、今日も彼に熱い視線を送っているのね」


 隣で先程の時限の英語を復習していた友人遥は、分厚い英和辞書を片手に話しかけてきた。


「遥、その熱い視線って間違いだからね。これは観察なの、個人的観察任務」

「大事な彼氏が他の女の子の所へ行かないように見張っているって事? いくらなんでも今佐川君が話しているのは男の子じゃない。もう少し寛容に構えておきなさいよ」

「違うって。まず彼氏じゃないし、誰と話していても構わないし。でもとにかくこれは必要な捜査なの」

「ふーん……浮気調査もいいけど、教科書反対だからね」


 はっと気がついてよくよく手元を見れば、逆様になった数式が並んでいる。遥が眼鏡の奥でにんまりと笑っているのを見ると、何だか恥ずかしくなってくるではないか。

 ああもう、駄目だわこんな事では。わたしの決意は固いのに。

 季節は初夏。みんなお揃いの制服は久しぶりの夏服セーラーに切り替わった。わたしの席は窓際一番後ろという席替え大人気の位置だから、たまに吹き抜ける風がとても心地よい。それに長い黒髪をポニーテールにしていると、うなじへの空気が特別ひんやりする。


「いい加減遂に彼への気持ちに目覚めた、ってわけじゃないの?」


 休み時間の教室の喧騒はときに耳触りだけど、女同士の秘密ではないけど出来たら聞かれたくない会話、ってものを掻き消すのに丁度良いみたいだ。

 遥の表の顔は学年一・ニを争う才女にしてわたしの親友。そして裏の顔、というか本体は大好物のケーキと噂話を糧に生きている。


「何時誰が何処で何に目覚めるの?」

「あんたってどうしてそうなの……あの王子様みたいな容姿に学業優秀、陸上部は高跳びインターハイ優勝。おまけに誰にでも優しいときた。なんかもう憧れ要素120%じゃない」


 眼鏡の奥で爛爛と輝く瞳を見ていると、遥は勉強よりもこういった事にかける情熱の方がはるかに高い気がする。それであの成績とは、万年平均女のわたしと交換してほしいよ。


「パーフェクト人間は倍率高いわよ、将来も有望だし。末はスポーツ選手か弁護士か、それともオーソドックスに医者かしら」


 保険の生保レディよろしく他人の未来の展望を語る遥を尻目に、わたしは再度ターゲットの後ろ姿を見つめた。

 白馬の王子とはよく言ったもので、日本人にしては色素の薄いウェーブがかった髪も、切れ長の瞳も、少し日に焼けた肌も、何もかもが顔立ちとして美しく整っている。彫が深いってこういう感じなのか、例えてしまえば美術の石膏系ビジュアルなんだよね。陸上をやっているから体形なんてすらりとしていて、あろうことかわたしよりも足が細い。今更気がついたけど姿勢もいいし。おまけに身長も高くて、容姿としてケチをつける所が見つからない。よくもここまで万人受けする姿形に成長したものだわ。

 ああ、でも。でもね遥。


「その完璧さが問題なのよね……」


 ぽつりと漏らした呟きと同時に、観察対象が背後を振りかえった。


「小夜子」


 低いけどよく響くこの声に、わたしの名前は何度呼ばれた事だろう。決して大きな声ではないのに、教室内のざわめきが一瞬にして耳から消える。


「稜介、何?」


 さりげなく数学の教科書を鞄にしまうと、稜介はわたしの席の前までやってきた。これがまた乙女ノックアウト必死のどえらい笑顔で携えて。実際彼の歩いてきたルートにいた女の子達は、皆話を止めてちらちらと稜介の一挙一動に視線を送っている。

 この高校に入って2年目、さすがにもう見慣れた光景。

 稜介はそれらを一向に気にせず、というか気がついていないのか。極上の微笑みをわたしに向ける。優しげな雰囲気で、なのに目だけは悪戯っぽく細められて。


「今こっち見てたでしょ」


 何て事なの、こいつは後ろにも目があるのだ。思わず口元が引き攣ってしまう。今日の発見、宇宙人は目に見える範囲以外にも視覚を持っている。心のメモ帳に記録しておこう。


「ううん、別になんでもないの。今晩夕飯どうするかなと思ってたくらい」


 冷静に平静に。よし、髪に櫛でも梳かして何気なさを演出しよう。


「ああ、今日は小夜子の家で食べるよ。部活があるから8時過ぎくらいかな、コロッケだと嬉しい」

「わかった、用意しとく」


 稜介はコロッケがやたらと好きだ。わたしはダイエット中だから揚げ物は遠慮したいけど。


「あとさ」


 彼は半袖のシャツポケットから2枚の券を取り出した。


「さっき上原に貰ったんだけど、小夜子が観たいって言ってた映画の割引券。来週の日曜日に行こう」


 最近流行りのハリウッドアクション映画。しかも丁度次の休みに観ようと思っていたやつではないか。このタイミングでこれを出してくるなんて、流石は宇宙人。わたしの好みを熟知しているのね。


「うん、了解」

「よし、じゃあ日曜日にデートだな」


 丁度予鈴が鳴り出したので、稜介は笑顔のまま自分の席へ戻って行った。少しだけざわめきの落ち着いた教室で、何となく彼が席に座るまでを他の女の子達と一緒に目で追ってしまう。隣の席の男子と談笑する、至って普通の光景のはずなのに。

 すぐに次の授業の先生が来るかと思ったら、なかなか来る気配がない。この持て余す時間を遥が放って置くわけなかった。


「あのさ、やっぱり付き合ってるのよね?」

「ううん。只の幼馴染」


 窓から見える校庭では下級生達が体育の授業をしている。規則正しい準備体操の掛け声を聞きながら、わたしはゆっくり首を振った。


「それであのやりとりなワケ?」

「うん」


 風が初夏の匂いを運んできて、窓の外で大きく葉を広げた緑が揺れる。きっとあと少ししたら、蒸し暑い夏がやってくるだろう。


「あんた達って本当よくわかんないわ……」

「わたしだって、宇宙人の考える事なんてわからないんだから」


 しみじみと囁きを漏らす遥に、わたしも負けじと呟き返した。

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