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森の番人は勇者を通さない

作者: だりょ
掲載日:2026/03/11

 遠くから強烈な魔力の気配が発せられる。

 その数は5つ。おそらく冒険者パーティだろう。

 カイトは既に、それを敏感に感じ取っていた。


「むっ、この気配は……」


 カイトの隣で青年が遅れて顔を上げる。青年も強き者のオーラを察知したらしい。

 いつも思うのだが、この青年の頭についている2本の角はやはり、アンテナの役割なんじゃないだろうか。そんなことを考えながら、カイトはそわそわし始めたこの魔族の青年を見つめた。


「カイトさん、今回の人族はヤバそうですよ?私が早めに潰してきましょうか?」


 カイトは魔族の青年が拳を握りしめるのをじっと見ていた。その表情が自信に満ちたものに変わるのを確認し、大きくため息をつく。


 概して魔族というものは血の気が多い。話し合いという手段は基本考慮に入れず、ひとまず戦うことを選ぶ。

 そしてもう一つ、魔族の価値観には絶対的な能力主義が組み込まれている。強者が頂点であり、弱者は強者との戦いを選ばない。

 今回の冒険者たちは、青年を遥かに超える強さだった。まだ距離が遠くてそれが分かっていないようだが、判明するのも時間の問題である。

 情けなく空中で撤退を決める未来がカイトには見えた。


「止めておいた方がいい。それとも、返り討ちにあってもいいんだね?」

「そんなにですか?今日こそは私が任務を遂行しようと思っていたんですが」


 仕方なく、カイトはやる気に満ちたこの青年を制止した。そうしなければ予想した通りに――いや、もっと酷い結末が青年に振りかかる気がしたからだ。


 カイトは青年にその場で待機するよう指示して立ち上がる。

 単身で冒険者たちのもとへ向かうことにしたのである。青年は心配そうに見送った。


「本当にいいんですか?私は飛べますけどカイトさんは――」


 魔族の特徴は様々であるが、普段は隠れている翼で空を飛ぶということができる者たちがいる。この青年にもその能力があった。

 しかし、カイトには翼がない。根っからの人族なのでそれは当たり前なのだが、ここは断崖絶壁の上の洞窟。青年が気にかけるのも無理はなかった。


「いやいや、必要ない。自分の足でなんとかなるよ。身体能力だけはひたすらに高いからさ」


 そう言い残して洞窟の外に出て崖の間際に立ち、カイトは地を蹴った。

 そう言えば空中を駆けるのを見せるのはこれが初めてだったか。強い気配の方向に一直線に飛びながら、飛翔体となったカイトを呆然と見つめる青年の立ち姿を、ちらりと確認した。


「うわぁ、私が本気で飛行するより速いじゃないですか……」


 対してカイトにはその呟きが聞こえていない。しかし、青年のリアクションを見るにおそらくそんな風に感心しているのだろう、とカイトは勝手に想像した。

 しかし、それが許されたのはほんの一瞬だけであった。数秒と経たないうちに、カイトは例の気配が漂ってきた場所のすぐ近くの木に衝突したのだった。





 カイトという、彼の故郷では新成人と呼ばれる年頃の異世界人がこの世界にやってきたのは、つい最近のことである。そして彼が降り立ったのは魔族領。人族と敵対する魔族ばかりが住み、カイトにとっては絶体絶命であった。

 しかし魔王に転移時に得たそのチート能力を買われ、なぜか魔王軍の一員として戦うことを許された。今もこうして最前線で任務をこなしている。

 ……ただ、そうなると人族と殺し合うのは必然である。厳密には地球人と人族は違うのだが似ているので、どことなく親近感が湧いてくるのだった。殺すことには抵抗がある。しかし、魔王には居場所を作ってもらった恩があり、それは返さなければならない。

 人族を殺すか、人族を守るか。二極化したその問いの答えを決めかねたまま、今日も魔族領に踏み入ろうとする冒険者のもとへ……。


 冒険者たちはもちろんそんな彼のこの世界での苦難や苦悩を知るはずもなく――、突如として起こった轟音の中心にいたカイトを、無情にも完全包囲した。盾持ちと剣士と槍使いが先頭に、その後方に魔法使いと僧侶が立つ。


「って、人じゃないっすか……?魔物じゃないっすよ」

「みたいだね。木に突き刺さってるのは普通じゃないけど」


 粉塵が晴れ、一風変わった登場の仕方をしたカイトに槍使いと剣士は困惑した。

 現れたのが自分たちと同じ人族と分かって、少し包囲を緩める。しかし、まだそれぞれの得物は降ろさない。


「とりあえず話を聞くことはできませんか?」

「つまりこの人に一旦心を許せってことっすか?それはできないっすね。急に降ってきたんだし、怪しすぎるっす」


 僧侶のおずおずとした提案に、槍使いは申し訳なさそうに首を振る。

 冒険者たちの彼をめぐるそんな話し合いを、木の幹に頭を突っ込んだカイトは、早く助けてくれないかなぁと思いながら聞いていた。

 その思いが伝わったのか、槍使いは動く。


「そもそもこの人生きてるんすかね?これだけの勢いで突き刺さったら、さすがに死んでるんじゃないすか?」


 ――伝わってはいなかった。


 むしろ生きているかどうか確認するため槍の石突で尻をつつく始末。他の冒険者たちはその傍若無人な振る舞いを止めるが、収まる気配はない。

 仕方ないから、カイトは自分で抜け出すことにした。


「……?!」


 握った拳を木の幹にぶち当てて粉砕。バキバキと音を立て、上まで綺麗に真っ二つになって崩れた。

 こんな物騒な出会いはあまりしたくなかったな、と嘆くカイトであった。


「とんでもねー力、やっぱこいつ人族じゃないっすよ!絶対魔族が化けてるっす!」


 槍使いはお喋りで勘が良い。暗闇で真っ先に消されるような、そんな人物だ。しかし残念ながら、今回勘は外れていた。


「なんだよ、うるさいなぁ。しかも、俺は魔族じゃないしさ」


 この通り、と手を握ったり開いたりしてみせる。

 しかし魔族でない証明にはなっておらず、冒険者たちには一切響いていなかった。


「とてもピンピンしてる上に、怪力。どうやら普通の人では無さそうだね」


 剣士はゆっくりと剣を正面に構えた。

 それを見た他の人たちも戦闘態勢に入る。


「お前は誰だ。場合によっては魔物や魔族と同等とみなして、斬る」

「好戦的な冒険者さんなんだな……。この森の先に行って、何をするつもり?」

「質問に答えろ」


 剣士は語気を強めて凄みを利かせる。カイトからの話はもう通じなさそうだ。

 そして、この冒険者パーティのリーダーは剣士のようだった。他の冒険者たちは剣士の後ろに下がり、カイトの出方を窺っている。


「……俺はカイト・ミズノ。最近になってここらに移住した者だ。これでオーケー?」


 もちろん魔族に与しているとは言わない。しかし、人族と魔族の緩衝地帯に移住したというだけでも怪しまれるには十分だった。


「それで、そちらは?」

「……魔族の領地へと入る。そして、人族の諸悪の根源である魔王を討伐する。君も人族なら分かるだろう?」


 冒険者には魔物討伐や国境警備など役割にいくつか種類がある。

 その中に、魔族というもの自体を滅ぼすために魔族領へと向かう者たちがいた。

 長年争い続けていたため魔王討伐は悲願である。それを果たすべく、彼らは死地に身を投じるのだ。


「なるほど、こいつらは――」


 そのような者たちのことを、人族はこう名付けるらしい。


「こいつらは勇者パーティって訳か……」


 勇者は他の冒険者とは一線を画す力を持っている。それこそ魔族最強である魔王と張り合えるだけの力を。


「残念だけど、ここを通すわけにはいかない。面倒事になるよ?」

「なぜかな?僕たちは魔王にも勝ちうる力を持っていると認められたんだ。心配される筋合いはない」

「別に心配してはいないよ。止めるのが俺の仕事だから」


「お前、やっぱり魔族かっ!」


 そこまで言って、槍使いがカイトへ向けてそう吐き捨てた。


「見たところ同じ人族のようだけど、敵対するなら斬る。同士討ちは嫌なんだけどね……。最終確認だ。君は僕たちを本気で止める気かい?」

「無論。そういう仕事だ」


 あ、厳密には違うけど、とカイトは付け足そうとしたが、許されなかった。

 巨大な火球に会話を無理矢理中断させられたのだ。


「大人しく帰ってくれるとありがたいんだけどな。俺だってあんまやりたくないし」


 カイトはそう呟きながら、一突きで降り注ぐ火球を掻き消した。もちろん拳で、である。

 その出鱈目な防ぎ方に、火球を放った魔法使いは目を見開いた。


「もしかしたら、この人は森の番人かもしれません!」


 カイトはこれまでも緩衝地帯の森を冒険者が通り抜けぬよう、こうして人族の領地へ追い返してきた。

 その特異な存在が森の番人なんていう名で呼称されるようになったのは、本人の知る由もないことだった。


 魔法使いのその言葉を聞くと、冒険者たちの警戒レベルが最大まで引き上げられる。

 バフ役も兼ねている僧侶が前衛にありったけの支援魔法をかける。

 前衛はというと、振り向いてそれを確認することもなく、ただ武器を構え配置につく。

 カイトはその無言の動作の中に、五人の強い絆があるように感じられた。

 だからやることは一つ。


 剣士の途方もないエネルギーが籠もった斬撃を軽くいなしつつ後ろに回り込み、首に軽くチョップ。

 チョップ。

 チョップ。

 チョップ、からのチョップ。


 カイトはものの数秒で最高峰の冒険者の一団を制圧した。

 気絶し折り重なって倒れた彼らを見て、次の行動を考える。

 というのも、こんなところに放っておいたら他の魔族がトドメを刺しに来るのだ。

 だから早急になんとかせねばならない。


「これ運びたいんだけどなぁ。あいつに言ったら殺せって言うだろうし、どうしようかなぁ。自分でやるしかないのかなぁ」


 本当はこの行為は魔王に逆らうことなのだ。自己完結させる羽目になるのは仕方がなかった。

 ため息をつきながら隠蔽の魔法具で魔力の気配を断ち切り、バレないように一人で人族の地へと送り届けることになった。

 ――五人を上に積み重ねるという曲芸を虚空に向けて披露しながら。


「……こんな面倒な仕事いつか辞めてやる」


 人族を殺さず、魔族にも背かない。

 そんな都合のいい立ち回りを続けているのは、この森で彼くらいのものだろう。

 だが、その陰ながらの努力もまったく割に合わない。

 自分で自分に課した調停者という立ち回りを悔やむカイトであった。


「――そういえば俺、森の番人って呼ばれてるんだ。へぇ」

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