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『北川古書店』【13】編集者と作家の春

春、新たな一歩を踏み出す三人。綾乃は編集者として、雅人は作家として、それぞれの夢へと進み始めます。

ふたりの間に芽生えた絆が、やがて未来を照らしてゆく──。


『北川古書店』【13】編集者と作家の春

 一月二十五日、ふたりは老人ホームにいる山口さんを訪ねた。松本土産の『てまりん』を持参していた。

「山口さん、松本のお土産です。手毬の形のバームクーヘンですよ」

「以前いただいたことがあります。栗餡が入っていて、美味しいですね」

 松本城やそば祭りの話に、山口さんは懐かしそうに頷いた。

「ここでの生活にも、少しずつ慣れてきました」

「お友達も増えて、楽しく過ごしています」

 元気そうに見えて安心したが、時おり悲しみを隠しているような影も感じた。

 一時間ほど話し、別れたあと、心のどこかがあたたかくなった。


 三月三十日。雅人は卒業式を終え、北川古書店に住み始めた。

 和美はW大学の文学部に進学し、綾乃は四月から新雪社で編集の仕事に就いた。

 入社したその日、綾乃は思い切って編集長に原稿を渡した。

「編集長、これを読んでください」

 原稿のタイトルは『松江の霧』。

 編集長は半分ほど読んで言った。

「良い原稿だ。魅力がある作家だ。前沢くん、君が北川さんの担当になりなさい。この作品を完成させて、賞を取らせるんだ」

「ありがとうございます! がんばります」

 会社帰りに古書店を訪れた綾乃は、店に入るなり言った。

「雅人、ただいま!」

「どうだった、初出勤?」

「嬉しいことがあったの」

「私、雅人の担当になったのよ!」

 編集長が『松江の霧』を読んで、賞を狙える作品だと評価してくれたのだった。

「綾乃さん、本当にありがとう!」

「今夜はお祝いしよう」

 その夜、近くの上野商店でおつまみを買いに行った雅人は、買い物中の和美と出会った。

「いらっしゃい、雅人先生!」

 最近の和美は、大学生らしくすっかり垢抜けてきた。

「綾乃お姉さんと、いつ結婚するの?」

 和美の冗談に、雅人は笑ってごまかす。

「今夜は綾乃さんと飲むんだ。一緒にどう?」

 上野商店で買った袋を手に、三人は古書店の二階でささやかな祝いの席を囲んだ。

「和美さん、入学おめでとう」

「ありがとうございます」

 そして雅人の「小説家としての第一歩」を祝う場にもなった。

「幾つか書いているんですか?」

「ああ、五作ほどあるよ」

 話題は山口さんのこと、大学生活のこと、創作のことに広がり、夜は更けていった。


『北川古書店』の物語も、いよいよ終章に向けて歩み始めます。

綾乃と雅人、それぞれの道と心の交差が、どんな未来を紡ぐのか──どうぞ最後までお付き合いください。


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