【魔王目覚めず】クラスまるごと逆異世界転生
髪を切っただけだった。
それだけのはずなのに、僕、新星真生の平凡な高校生活はその日を境に、完全に違うものへと変化した。
朝、鏡の前でワックスを少しだけ揉み込んだ自分の姿を見て、僕はニヤけた。
昨日久しぶりに会った美容師の従兄弟が、イケメン風に整えてくれたのだ。
長かった前髪はばっさりと切った。
自分で言うのもなんだが、なかなか良い男だ。
(……来るかな、モテ期)
なんて浮かれていた。想定とは違うモテ期がくるとは思いもせずに。
いつもと同じ通学路を、いつもと同じ制服を着て登校し、いつもと同じように教室のドアを開けた。
漫画によく出てくるような、何も変わらない日常。
「おはよ! 鈴木!」
田中の机に屈み込んで雑談している鈴木の後ろから声をかける。
机の上には、昨日出たばかりのラノベが置いてあった。
「田中も! それ買ったのか? 読んだら貸してよ」
この二人は、僕のオタク仲間だ。
さあ、二人とも。
僕の新しい髪型を見て、せいぜい驚け、
そして思う存分、褒め称えるがいい。
鈴木が振り返る。
その目が大きく見開かれ、口がぽかんと開いた。
潰れたニキビの目立つ顔が、青ざめた。
田中も同じように目を見開き、絶句している。秀才風の白い顔が、僕を見たまま固まっている。
……三十秒経過。
よろよろと、鈴木が後ずさりする。
田中が立ち上がる。
「え、え? なに? どうしたの?」
いや。さすがに驚きすぎじゃない? こっちが逆に驚くんだけれど?
ほら、周りのクラスメートもドン引きしてる……何人かが、何かいいたげな、奇妙な表情を浮かべて、こちらを見ている。
田中がいきなり、片膝を突いた。
それに続いて、鈴木も。
「……お久しゅうございます、我が君」
恭しく頭を垂れて、鈴木が言った。
「え?」
「……あの時は……お守りできず、申し訳ありませんでした……」
田中も、同じように頭を下げる。
何言ってんのこいつら、と僕は一瞬フリーズする。
ああ、そうか、これ。
僕があまりにもイケメンに変わり過ぎたので、揶揄ってるのか。
そう思った僕は、笑いながら言った。
「もう、やめてよ二人とも。そんなにショックだった……?」
「はい」
鈴木は、涙を流し始めた。
「我が君の亡骸を抱き、自分の力不足を悔いました」
田中も泣いていた。
「必ず来世は共に生まれ変わろうと、残りの魔力を振り絞って転生の呪文を唱えたのです」
一瞬、演劇部の劇の練習か何かかと思ったけど、我が校にそんな部はない。
「私もです」
と、彼らに並んで膝を突いたのは、クラスの女子・佐藤さんだった。
「孤児だった私を拾って、育ててくださったのにその恩を返せないままでした。こうして同世代に生まれ変わり、同じクラスになったのは僥倖」
待って、佐藤さん。クラスのマドンナ、僕の憧れの人。真面目で優しい彼女が、なぜ鈴木たちのおふざけに加わってるの?
「おぬしたち」
と進み出たのは、僕たちとはあまり縁のない、運動部の高橋だ。
これで日本のよくある名字四天王が揃った……いやそんなことはどうでもいいが。
「まさか、我が魔王軍四天王がうち、ヴァルハイル、サイレス、モルダモットか!?」
高橋の言葉に、膝を突いていた三人が顔を上げる。
「そういうお前は、……ベリアデスか!?」
鈴木の問いに、高橋は頷いた。
「たった今、我が君を見て思い出した……ああ、懐かしや」
と、高橋も膝を突く。
「一同揃って相見えることができ、感に堪えません、魔王様」
「……魔王?!」
あとの言葉が出て来ず、僕は口をパクパクさせた。
ヤバい、信じるところだった。そんな馬鹿な話、あってたまるか。
お前たち、いい加減にしろよ、と言いたいところだが。
「我が君!」
と、クラスメートたちも全員が、次々に跪く。
「そう言うお前は?」
「ゾッドだ」
「ああ、倉庫番の?! 私はガズだ」
「久しいなぁ、友よ!」
と、そこかしこで挨拶が始まっていた。
そうか、これは。
どこからか僕のイケメン化を聞きつけたクラスメートたちの、ドッキリに違いない。
カメラがどこかに仕掛けてあって、騙された僕の間抜けな姿を文化祭か何かで披露するつもりだな?
ここは、心の広いところを見せなくては。
「……もうじき、授業が始まるから」
と、僕は引き攣った笑顔で言った。
「続きは休み時間ということでいいかな?」
「そうでございました」
と、高橋が時計を見上げる。
「我ら、今は高校生の身の上。取りあえずは現世の理に従いましょう」
ゾロゾロと、彼らは立ち上がって、席につく。
僕の傍を通る時はみんな頭を下げるところまで、徹底している。
このドッキリを敢行するに当たり、そういう身振りまで練習したんだろうなと僕は感心する。
教室の最後部にある席に座った僕は、仕掛けてあるカメラを探してキョロキョロする。
窓枠の上? スピーカー周辺? それとも、鞄に入れたまま、スマホで撮ってるのか。
ふと、佐藤さんと目が合った。
いつも通りの、優しい笑顔。
よく四天王役なんて引き受けたなぁ。きっと、よくある名字四天王だから選ばれたんだな。
チャイムが鳴って、担任の先生がやってくる。
短いホームルームの途中、遅れて教室に入ってきた生徒がいた。
東雲紫苑。
不良とまではいかないけれど、挨拶しても黙ったままだし、サボりや喫煙、暴力暴言など問題行動も多く、クラスではちょっと浮いてる。顔立ちが整っているため、女子には人気があるようだが。
彼なら、このドッキリには加わっていないだろう、と僕は思った。
教室の後ろの扉から入ってきて、先生に怒られながら生返事をした彼は、僕を見て足を止めた。
じっと睨み付け、驚いた顔をして、鞄を落とす。
まさか、東雲も?!
意外に思って見返していると、彼は片手を高く挙げて、叫んだ。
「来たれ! 聖剣エクシェル!」
教室に光が満ちた。
その光は、東雲の手元に集まり、剣の形になる。
僕は驚きで顎が外れそうだ。
ドッキリじゃない!
いくらなんでもこれは、プロジェクションマッピングでもなく、幻でもトリックでもなくて、何か、魔法とかの類いだ。
ということは……僕はみんなが言うとおり、魔王ってこと?! まさか本当に?!
「思い出したぞ! 魔王め! やはり復活したか!」
東雲は手に持った聖剣を構え、僕に向かって叫んだ。
「勇者の名にかけて、今一度倒させてもらう!」
いやお前が勇者なんかい!
聖剣を持って迫ってくる東雲。
目が血走っていて怖い。
「待って!? 待てって言ってるのに! いやぁ、来ないでぇえええ!」
逃げる僕。
追う勇者。
立ち塞がる四天王。
「そうはさせませんわよ、勇者!」
「勇気ある撤退を! 魔王様!」
「我ら四天王にお任せあれ!」
「この命、我が王のために! いざ!」
教室を飛び出すと、後ろで何かピカピカ光って、衝撃音が響いた。
先生の悲鳴が聞こえてくる。
(誰も死なないよね? 一応みんな、さっきまで普通の高校生だったものね……?!)
不安でいっぱいだが僕は取りあえず、自分の命を守ることを優先した。
──髪を切っただけなのに。
現代日本の、とある高校で、『魔王』は目覚めないまま、校庭を駆け抜けるのだった。
⋈ ・・・・・・ ⋈ ・・・・・・ ⋈