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夜を生きる  作者: 八折伏木
夜警団入団編
9/9

見回り活動②

どうもこんにちは、八折伏木です。

今回は本来ひとつの話数で収める予定だったものを①・②としての投稿となったのもあり、勢いで書き切らないとこれは止まっちゃうなと感じて一気に書き進めました。ので、いつもの投稿頻度に比べると今回だけびっくりする程早くなってると思います(毎回これくらい出来たら良いのですが…)。

割と気合い入れて書いた分、本文もいつもよりちょっと長めになっています。読み飽きないように頑張って書いたものなのでもしお時間に空きがありましたら是非最後までお楽しみいただけると幸いです。

それでは、本編の方へどうぞ。

登場人物

夜警団団員・・・幽夜ユウヤ

        透鮫トオサメ 愛渦マナカ

        霊場レイバ 照陰テイン

        面幻メンゲン カエデ

学園の監視者・・・霧雨キリサメ

迷子の女の子・・・柚菜ユナ


 _____数分前、柚菜と愛渦。

「だいじょうぶ!ゼッタイゆなちゃんのおとーさん見つけたげるから!」

「いっしょにきたのは、おかあさんだよ」

「わかった!じゃおかあさんさがそ!」

「……うん」

 愛渦は柚菜に声をかけ続けて不安な気持ちにさせまいと努力していた。当の柚菜本人は愛渦が居てくれるだけで十分安心していたようだが愛渦はそんな事を判別する事は出来ず、ひたすら話しかける事しか出来なかった。しかし気落ちは伝わっていたようで柚菜は先程よりも表情が柔らかくなりつつある。

「……おねえちゃん」

「うん、なぁに?」

「だいじょうぶ、だよ」

 言葉は拙いながらも柚菜は愛渦にもう大丈夫、私は平気だよ、と伝えようとしていた。愛渦にはあまりそれが伝わってはいなかったが、真っ直ぐに自分の方を見て向き合っていくれているという実感が柚菜に安心感を与えていた。

「……そっか。ゆなちゃんはつよいねぇ、エラいぞぉ」

 愛渦は柚菜の頭を撫でながらも周りを見渡していた。幽夜達を待っているのもあるが、もしかしたらこの子を探しているはずの母親が付近にいるかもしれないからだ。

(うーん……それっぽい人はいないかなぁ……少なくともカエデさんがこの子を見つけてから10分くらいは経ってるし、探しにお母さんが戻ってきててもいいのになぁ)

 見回しながら考えていると、見覚えのある服装の人影が見えた。

「あの真っ白なマントみたいなの……見たことあるようなきがするんだけど……なんだっけ……」

 う〜ん……と思い出そうとしているとその人物は愛渦の方を見ると明らかにこちらに近付くように方向転換してきた。近付くにつれてその姿がハッキリと視認出来るようになり、愛渦はハッとした。何故見覚えがあったのか思い出したのだ。歩み寄ってくる人物は白い外套を羽織り、顔には仮面を付けている。それは間違いなく学園の監視者だった。

(どうしよう、ぜったいこっちに歩いてきてるけど……)

 学園とポラリスの間には特に対立する理由も無く表面上は協力関係にあるが、この場合は話が違った。明らかにこちらに向かって歩いてきている、という事はあの監視者は恐らく柚菜の事を知っている。という事は柚菜の母親に依頼されて探しに来たのだろう。愛渦はそこまで瞬時に考える事が出来た訳ではないが、少なくとも今出くわす事はまずいと直感していた。

(でも、今ここであたしの“力”を使ってもヘンなことになりそうだし……)

 愛渦なりに考えた結果、何もせずに一度対話を試みる事にした。もしかしたら柚菜の事に気づいたのではなく、また別の理由でこちらに来ているだけかもしれない。何より、難しい事は考えても分からない。とにかくあの監視者に色々確認してみよう、という判断。

「……よぉ、オマエ、この前ウチの学園に来てたポラリスんとこの新人だろ」

「……えっ?あっ……」

 出会した監視者は初依頼で挨拶に行った八千代区の学園で案内人をしていた怠惰な監視者だった。

「突然わりぃがオマエの連れてるそのガキ……探してこいってソイツの母親に頼まれてんだ。面倒だからさっさと終わらせてぇんだ、そのガキを引き渡してもらうぜ」

(やっぱり、ゆなちゃんのことを探してたんだ……)

「……そのお母さんって、どんな態度であんたに頼んできたの?」

「あ?んなコト聞いてどうすんだよ」

「それによっては、あんた達学園に……この子を渡す訳にはいかない」

「……チッ、面倒な事はしたかねぇんだ。いいか、もう一度だけ言うぞ……さっさとそのガキをこっちに渡しやがれ」

「いやだよ、この子の為にもそれは出来ない!」

「……痛い目に遭ってもか?」

「あってもだよ!」

 2人が言い合っている間、柚菜は困ったような顔をして2人を交互に見ながら震えていた。愛渦はそんな柚菜を庇う様に前に立ち、しっかりと背筋を伸ばして監視者を睨む。

「……ハァ〜〜〜……面倒なんだよなぁ……こういうのってよォ……」

 監視者は思い切り大きなため息をつき、普段の猫背よりかは少しだけしっかりとした立ち姿になり何か呟いた。

「……監視者“霧雨キリサメ”、これより()()()として責務を全うする。対象はポラリスのガキ、罪状は……」

 霧雨と名乗りをあげた男は最後に“罪状”を宣告しながら仮面を外し、その顔を晒した。

「公務執行妨害、ってトコか」

「この子はゼッタイ、あんたらには渡さないから」

 愛渦は冷静に、しかし確かな意志をもって霧雨を睨みつける。そして霧雨が構えて何かしようとしたのを見て柚菜を抱え、一度バックステップで距離を取る。

「ゆなちゃん、乱暴になっちゃってごめんね。ちょっとじっとしててね」

 次の瞬間、愛渦は柚菜と共に透明化し姿を完全に消した。

「……面倒な“力”持ってんなクソが」

 霧雨は意外にもその場では動かず、様子を見ているようだった。だが、愛渦も迂闊には動けずにいた。透明化の能力はあくまで姿を消せるだけで音までは消せない。今急に動いて足音を立てれば位置がバレてしまうかもしれない。周りに何かしらの隠れ蓑になりうるものがあれば良かったが、先程霧雨が口上を述べ始めたタイミングで周りにいた住民達は既に避難しておりそこに紛れる事も叶わなかった。

(どうしよう、動けない……!)

 このまま幽夜達が来るのを待っていたいところではあるが、恐らくある程度音も聞こえなかった時点で霧雨は様子見を止め周囲に何かしらのアクションをとるだろう。それに柚菜が巻き込まれてしまってはまずい。

(……音もださないように、ゆっくり動くしか……)

 霧雨は明らかに五感を研ぎ澄ませて周囲を警戒している。これをかいくぐり何とか幽夜達と合流しなくてはいけない。難易度は高いが、やれなければこの子はあの学園で一生を過ごす事になってしまう。それだけはさせたくなかった。

「……消えるだけかぁ?オマエの能力はよ」

 霧雨が周りを目だけで見回しながら、背中に背負っていた棒状のものを手に取る。

「そんならそろそろ様子見も必要無ぇなぁ。時間がかかっても面倒くせぇ、さっさと終わらせてやるよ」

 手に持った棒を周囲にゆっくり振り回しながらそれをレーダー代わりにしつつ、愛渦のいる方へ近付いてくる。

(やばっ……間に合うかな……)

 愛渦は一瞬考えた後、相手の足音に合わせてゆっくりと少し横にズレた。そして身を屈め、息を潜める。一応柚菜に当てないように配慮しているのか分からないが、棒を振っている位置は腰の位置ほどで屈んでいれば当たらない高さだった。これでこの場をやり過ごし、他のメンバーと合流する。

「……チッ、音すら消してこの場を離れてたってのか?面倒くせぇが探しに行くしかねぇか……戻って罰則食らう方が面倒だからな……」

 霧雨は一通り周囲の確認を済ませた後、諦めてその場を後にした。しばらく経って、愛渦と柚菜が姿を現した。

「……ふぅ〜良かった……後少し粘られてたら時間切れになるところだった……」

 愛渦の“力”には透明化している状態に制限時間があった。少し間をあければまた透明化をある程度の時間保てるようになるが、間隔をあけずに再使用すると透明化出来る時間が極端に短くなってしまう(透明化出来る最長時間は3分程)。

「ごめんね、ゆなちゃん。いきなり持ちあげて」

「……だいじょうぶ」

「よし、ゆーちゃんたちのとこ行こ」

 愛渦は柚菜の手を引いて幽夜達と合流しようとしたが、柚菜は動こうとはせず何か言おうか逡巡している様子だった。

「……どうしたの?もしかしてどこかケガさせちゃった!?」

 柚菜は首を横に振り、言うべきか悩んでいたようだったが口を開いた。

「……さっきのこわいひと、おかあさんのこと、いってた」

 愛渦はハッとした。さっきは思わず学園の監視者と言い争い、柚菜を隠してしまったが肝心の本人の意思は何も確認せずにいた事に気がついた。

「ご、ごめん!そうだよね、おかあさんに会いたかったよね」

「あ……んと、えっと……」

 柚菜はそれに対して何か言い直そうとしているが、何と言えばいいのか言葉が浮かばないようだった。

「……会いたくないの?」

「……どっちも、なの」

「どっちも……って、会いたいけど、会いたくないの?」

「……うん」

 色々と背景があるのだろうが、ここでそれを聞き出す意味はあまり無い。大事なのは柚菜の意思だった。

「えぇ〜っと……おかあさんには会いたいけど、会いたくない理由も何かあるんだね?」

 柚菜は何も言わずに首を縦に振った。愛渦はどうすべきか悩んだが、どちらにせよ今からあの監視者を追う訳にもいかずここで幽夜達を待つ他無かった。

「じゃあさ、もうちょっと考えてみよっか。あとちょっとでさっきのお兄ちゃんも戻ってくるから……それまでは今、おかあさんに会いたいかどうか……悩んでみよ?」

 愛渦は柚菜を困らせないようになるべく優しい言い方で諭して、頭を撫でた。

「……うん、わかった」

 そう言って指を口にあて、悩む素振りを見せた柚菜を見て一息ついた時だった。

「……柚菜?」

 少し痩せ気味な女性が目を大きく開けながら柚菜を見つけてわなわなと震えていた。

「……っ……!」

 それに気づいた柚菜が突然走り出し、監視者が去った方向と同じ方に行ってしまった。まるでその女性を見て逃げ出したようだった。

「あっゆなちゃん!?待って___」

 言葉は届いていないようで、止まる様子は無かった。そのまま見失ってはまずい。すぐに追いかけようとしたが、あの女性が気になる。

「……あの子……ゆなちゃんのお母さん……ですか?」

 女性は愛渦の方を見た。その表情は魂が抜けているような状態で生気が感じられなかった。

「えぇ……そうですが、何か?」

「……っ、ならなんで……ゆなちゃんがあなたを見てまるで逃げるみたいに走っていくの……?」

 愛渦はさっき見た柚菜の反応を思い出し、体を震わせていた。

「……知らないです」

「知らないわけ、ないじゃない!」

 先ほどの柚菜の発言を思い出す。「会いたいけど、会いたくない」の意味を、嫌な方に想像してしまう。

「あなた……ゆなちゃんに何をしたの」

「……知らないって、言ってるでしょう!?何で出会ったばかりの貴方にそんな事言われなきゃならないの!!」

 柚菜の母親は少しヒステリックを起こし始めている。先程の生気が消えたような表情は消え、怒りが見えている。そのまま狂ったかのように叫び出し、言葉になっていない言葉を撒き散らしている。2、3回繰り返して正気に戻ったのか柚菜とは反対方向によたよたと歩いて行ってしまった。

「……なんなの」

 柚菜を追いかけなければいけない事も忘れて、しばらく愛渦はその場に立ち尽くしてしまっていた。


 ______時は戻って幽夜、照陰、楓は。

「……何で誰もいないんだ……?場所は確かに間違えてないはず……」

「確かなのか?ユウ」

「うん、間違いないよ。この噴水がある広場だ」

「ふむ……何かあったにしては何の痕跡も無いな」

「……もしかしたら」

「何か心当たりが?」

「ラブカの“力”は透明化です、何かしらトラブルに遭遇してゆなちゃん共々透明化してどこかに移動したのかも」

「……そうか、そうだったね。僕としたことが、失念していたよ……うん、それを加味して考えるとそれが1番可能性の高い択になるね。そして最も厄介な事態でもある」

「厄介……ですか?」

「うん。愛渦君が透明化を使いこの場を離れ、かつ連絡が取れない状況になっているから今ここに彼女も迷子もいない訳だからね」

「そうか……そういえば集会所にも何の連絡も無いです」

「という事は恐らくだがそういった状況に遭遇してしまったのだろうね……さて、こんな時になんだが幽夜君に照陰君」

『はい?』

 2人同時に返事してしまった。

「こんな時にどう対応すべきか、その術をレクチャーしよう」

 カエデさんは地面に右手を触れ、“力”を込めて何か作業をしながら僕達に先輩としてイレギュラーの対応を教えてくれる。

「こういう時、まずは自分の取り得る範囲最大限の情報を得る事からだ。そして得た情報を……様々な面から分析し、状況の把握を図る。ここまで出来て初めて対処の“た”の字だ」

 ここまで言ったところでカエデさんは僕達の方を見た。

「……勤勉だね、2人とも」

 僕達は顔を見合わせた。気付けば2人ともメモをとりながら話を聞いていた。そういう事か。

「まぁ良い事だ、話を続けよう。さっきも言ったようにここまではあくまで下地の話。ここからが本番だ」

 作業が済んだのか右手を地面から離し、今度は左手を自らの左前方にかざしそのままゆっくり右前方へ旋回させた。するとなんと周囲に人影が浮かび始めた。その中にはラブカとゆなちゃんの姿もある。

「え、ラブカ?ゆなちゃんも……」

 カエデさんが左手を下げると現れた人影達は動き始めた。その中にいた通行人の1人にぶつかりそうになった……が、気付けばすり抜けていた。

「これは……カエデさんの“力”ですか?」

「その通り。僕は両手に“力”が発現していて、右手で周囲の情報を読み取り左手でそれを映し出せる。簡単に言えば右手がダウンロード、左手がアップロードだ」

 むしろ少し難しい言い方になったような気もするけど……理解は出来るし黙って聞いておこう。

「今は”この場所で過去数分何が起きたのか“を読み取り映し出している。ここに答えがある筈だ」

 その後しばらく見ているとラブカが”霧雨“という以前学園で見た監視者と言い争っているシーンになり、やがて戦闘になったがラブカの能力で乗り切った。そして問題はこの後……柚菜ちゃんのお母さんと出会ってしまったシーン。

「ゆなちゃんのお母さん……何か事情があったのかな。あれだけ不安そうにしていて保護者を待っているように見えていたけど……何で見るなり逃げ出したんだろう」

「その辺はご家庭の事情ってやつだろうが……問題はゆなちゃんが霧雨と名乗る監視者が向かった先と同じ方向に逃げてしまった事だ。愛渦君の様子を見るに、連絡をくれていないのは精神的に余裕が無かったからだろう。焦ってゆなちゃんを1人で追いかけたのだとしたら……」

「……!ラブカもゆなちゃんも危ない!すぐに追いかけないと」

「……雨が強くなってきましたね。折角カエデさんが用意してくれたアイテムがあるのに使っている暇も無いのは残念です」

 レインは相変わらずのマイペースだけど……いつもの調子でいてくれたおかげで僕も少し冷静になれた。少し考えて気付いたけど、そういえば監視者が持っていたあの棒……カエデさんに貰ったアイテムに似てるような?

「ほう、照陰君も気付いたのかい。あの監視者が使っている棒状のエモノ……恐らくは奴の”力“に関係しているアイテムだろう。なるべく避けたい事だが……戦闘になってしまった時にはあの棒には気をつける事を意識しなければね」

 カエデさんは少し考えてから付け足した。

「……すまない、君達の友人を危険な目に遭わせているのは私の判断ミスだ。君達2人に対応を任せている間、照陰君と共に別行動を取り少し離れた所での聞き込みをしていた。監督不行き届きだな……」

「……ラブカとゆなちゃんをあそこに置いてきてしまったのは僕の判断ミスです。今考えれば、別に一緒に連れて来たって問題無かったんだ……」

「……お互い、反省点はあるようだが。僕は先輩としてシャキッとしていなければね。この話は後にして、ここからどう動くかを考えよう。ここが対処の最後のパーツだ」

「……はい!責任取ってしっかり解決してみせます!」

 カエデさんはまた右手をかざして周囲に映し出した情報を回収し、ゆなちゃんとラブカが向かったであろう方向に走り出した。僕とレインもそれに続いた。

「とにかくさっき確認した痕跡を辿りながら考えよう。このまま愛渦君の跡を辿り、追いついた時にどういう状況になっているか。予めいくつか想定しておくんだ」

「どんな状況か……まず真っ先に考えられる1番良いパターンは、ゆなちゃんがあの監視者に遭遇する前にラブカが追いついている事……ですよね」

「そう、そして最悪なパターンは……あの迷子が監視者に既に捕まっており、連れて行かれるのを阻止しようと愛渦君が戦っている場合だ」

 そこでカエデさんは若干顔を下げる。

「……正直このパターンだった場合、即刻愛渦君を回収し撤退したい所だが。愛渦君は恐らく引き下がらないだろうし、納得しないだろう」

「……そうですね。僕としても、出来ればゆなちゃんを学園に行かせたくはないです」

「でもユウ、それも難しい話になってきてるよ。そもそも本来ポラリスと各地の学園は協力体制にある。揉め事は起こさない方が良い……まぁでももう、ラブカは公務執行妨害認定されてたし関係無いかもだけど……」

「そりゃ揉め事は僕も起こしたい訳ないけど……もうそんな事も言ってられないよ。場合によっては、僕達の”力“を使ってでも2人を助けないと」

 と、気付くとカエデさんが何やら端末を操作している。誰かに連絡をとろうとしている……ようだ。数コールで通話をかけた相手は出てくれた。

「やぁ、先行く未来!何か困り事かな?」

「え……団長?」

 カエデさんが通話を繋げた相手はまさかの団長だった。

「現在、見回り中に発生したトラブルの対処に向かっている途中なんですが……この後状況次第では学園の監視者と対立してしまう事になるかもしれません」

「ふむふむ……つまりは政府機関と対立する火種になり得る事態と」

「おっしゃる通りです。僕がついていながら、不甲斐ないです」

 次に聞こえてきた団長の返事は、斜め上の回答だった。

「構わないとも!僕は君の事を信頼して新人達を任せたんだ、どう転ぼうと責任は僕が取ろう!……という訳で、監視者との戦闘を許可する!もちろんしなくて済むならそれに越した事はないけどね!」

「え、戦闘許可……?でも、学園と対立するのはまずいっていう話じゃ……」

「大変な事になったとしても、それはそれさ!それに……あくまでその可能性があるってだけの話だと先程先行く未来は言った。僕は信じるだけさ!それじゃあまた後でね、未来達!」

 通話は切れてしまった。結構めちゃくちゃ言ってるような気がしたんだけど……。

「……と、いう訳だ。これで報告も済んだし、心置きなく対処にあたれるね」

「いや、むしろちょっと不安になったというか……戦闘許可って、大丈夫なんですか?本当に」

「あの人がああいう言い方をする時っていうのはね、何かしら解決方法がある時なんだよ。つまり、戦闘になってしまったとしても学園と対立せずに済む道があるかもしれないって話さ」

「あるんですか?そんな道」

「それを考えるのが僕の仕事だ」

「……学園の監視者、あいつになるべく大きな外傷を負わせず学園に帰らせる事が出来れば……」

 レインが何かぶつぶつと考え事をしている。これはスイッチ入っちゃってしばらく話は聞いてくれなさそうだな……。

「なるべく無傷で……成程ね、その手があったか。照陰君は作戦立案が得意分野なのかな?」

 独り言モードに入っていてレインが反応しないので、僕が代わりに答えた。

「えっと……はい、レインは昔から僕達3人の中でも1番こういう事に長けていたと思います。すみません、熟考の最中は周りの声が聞こえてないんです」

「素晴らしい集中力だね。今後が楽しみだ……そして、その独り言のおかげで1つ道筋が見えたかもしれない」

「本当ですか!」

「上手くいけば、だが……まずは愛渦君達に追いつこう。もうそろそろな筈……最終決定は現場を見てからだ」

「はい!」


 その後も走っていると、前方に人影が見えた。あれは……ラブカ……と、後ろの物陰にゆなちゃんもいる。けど、残念ながら監視者もラブカの前に立っていた。角度的に、ゆなちゃんを監視者から見えない位置にラブカが隠してあげた……っぽい。

「……間に合ったようだね、対応するパターンとしても悪くない。これなら、あるいは……」

 一瞬考えて、カエデさんは僕達に指示を出してくれた。

「照陰君は後方で様子を見て、僕が合図を出したら鎖で対象を押さえてくれ。完全に動きを止める事は出来なくても、動きを鈍らせるだけでいい」

「分かりました、基本“力”も姿も見せずに……そうですね、あの近くにある家の屋根の上……で待機します」

「うん、いいね。それで頼む。幽夜君はその“力”を活かして僕と前衛だ。愛渦君と迷子から敵の注意を逸らすように動いてくれ」

「はい、了解です!」

「基本は僕に任せて、あまり無理に動かないようにね」

「気を付けます!」

「じゃあ、戦闘開始だ。照陰君、位置について!」

「はい、では後程!」

 レインは一度後方から回り込むように家の屋根をつたって現場が見渡せる位置に陣取った。そして僕とカエデさんは走っている勢いのままに監視者“霧雨”につっこんでいく。

「……何度も言わせんじゃねぇ、さっさとあのガキを出しやがれ!俺は終わらせて帰りてぇんだよ!!」

「こっちも何度もイヤだって言ってるでしょ!傷を付けられたってイヤなものはイヤなの!!」

 よく見ると、ラブカは何ヶ所か切り傷がついている。霧雨の“力”によるものだろうか……すぐにこの状況を解決して手当てしないと……!

「ラブカっ!そいつから離れて!」

 僕が声を張り上げたことで霧雨が僕達2人に気付いて、頭を掻きむしっている。

「っそが……面倒ごとが増えやがった!」

 イライラしているのか、既に手に持っていたあの棒を握りしめこちらにつっこんできた。次の瞬間、降り続いている雨粒が棒に引き寄せられ始めた。

「2人とも気を付けて!その棒のまわりにある水にさわると切られる!」

 霧雨が棒を振り回すより一瞬早くラブカが叫んでくれたおかげで2人とも回避が間に合った。ように見えたが、少しづつ掠ってしまった。それだけで何ヶ所か皮膚が軽く斬り裂かれている……直撃していたらと思うと恐ろしい。

「なるほど、水を操る“力”……ってトコかな。そしてその棒状のアイテムは武器か。とんでもない威力だが、当たらなければ問題無いね」

「ハッ、言ってくれるじゃねぇか。ならこれも全部避けてみろよ」

 霧雨が構えをとると、周りの雨粒が円を描くように集まり始めた。アレはまるで……巨大な渦しおだ。飲み込まれたら全身引き裂かれるだろう。

(幽夜君、僕が「今だ!」と言ったら僕とは反対方向に避けるんだ)

 カエデさんが小声で僕に指示した。意図は分からなかったけど……先輩を信じよう。

「こそこそ何を話してんのか知らねぇが、これでオマエらはまとめて終いだ!」

 渦がみるみる内に大きくなり、一体どれ程の威力か想像もつかない程の大きさになった所で霧雨はそれをこちらに向かって一気に放ってきた。

裁断(さいだん)荒波(あらなみ)ィッ!!」

 大技が放たれ、こちらに向かってくる。その速度は想像以上で、扇状に広がりながら迫ってくる。もはや思考の時間は無かった。当たってしまう、と思った次の瞬間。

「今だ!」

 カエデさんの合図が聞こえた。その瞬間足に“力”を集中しカエデさんと反対方向に跳躍した。すると、飛沫が当たるギリギリの所で霧雨の技を躱せた。横を通り抜けていく津波の様な大量の雨水を見ながらカエデさんの指示の意味を理解した。霧雨は、僕達の間……つまりは中心に向けて技を放ってきた。扇状に広がるこの技、恐らくは僕達のどちらか1人に狙いを定めて撃たれていたら回避不可能、致命傷だっただろう。しかしカエデさんは2人まとめて狙ってくると読めていたからこちらにあの波が迫る瞬間に左右にそれぞれ回避する事で危機を脱したんだ。

「……すごい。これがカエデさんの……」

 いや、言ってる場合じゃない。先輩の技量に感動する事は後ででも出来る。今は相手に集中しなきゃ。

「チッ、思ったよりか動けるじゃねぇかクソ共が……」

(特にあっちのガキ……足の発現者か?バカみてぇな速さの跳躍だったが……)

「ハッ……洒落臭ぇ」

 霧雨はもう一度、今度は別の構えをとった。

「もう一度来るか……次はまずいな」

 カエデさんが何か呟いたのが聞こえたが、少し距離があいてしまった事と、雨音でかき消されて聞こえない。これはまずい……。考えろ、次はどうするべきか……。

「……ん?」

 霧雨……の後ろに何か見える。ちょうど、角度的に僕の視界に入る位置に……。

(……「霧雨を挟んで僕と対称の位置になるよう動け」?)

「僕」っていうのは多分カエデさんの事だよな……ちらりとカエデさんの方を見るとこちらを見て頷いた。やっぱりそうだ、どうやったのかは分からないけど……あの浮かんでいる文字はカエデさんの“力”で出したメッセージだ。ならばそれに従おう、さっきもそれで危機を回避する事が出来たのだから。

「対称の位置になるように……」

 何か動きがあれば対応できるように構えながら位置取りを調整した。うん、この辺り…………って、また何か見える。追加の指示かな?

「…………えっ?」

「わりぃがもう小手調べは終わりだ、長々と続けんのも面倒くせぇからよぉ……オマエらに一発ずつ見舞って今度こそ終いだァ!!」

 書かれていた内容にあっけに取られていたが……確かに、さっきの技より遥かに“力”と雨水が凝縮されているのが一眼見ただけで分かる。それ程にとんでもない圧を感じた。

「イくぞ……」

 さっきよりも数段強い踏み込みの後、それは放たれた。

裁断(さいだん)……天羽々斬(あめのはばきり)ィィッ!!!」

 狙いはあくまでカエデさん。僕ではなかった。……筈なのに、とんでもない衝撃波で反対側にいたはずの僕まで少し吹き飛ばされて尻餅をついてしまった。

「……いてててて……なんて威力……」

 やっと起き上がって反対側を見る……が、カエデさんの姿が見当たらない。

「え?嘘……カエデさん?」

 何度か首を振ってようやく見つけた。カエデさん……()()()()()を。その無惨な状態を見て否が応でも理解してしまう。

「……そんな」

 言葉が出なかった。しかしそんな状況を飲み込めないでいる僕の事など霧雨は待ちはしない。すぐにこちらを振り返り、もう一度同じ構えを取る。

「さぁ、オマエも送ってやるよ……あっち側になァ!」

 再び”力“を込め雨水を凝縮し始める。最早止める気にもなれず、両膝を地面についてただただ絶望する。

「……もっと、出来る事があったかもしれないのに。溜めを邪魔して威力を減衰させるとか、もっと……」

「はン、もう今更言ったって遅ぇよ。まぁそのまま動かないでいてくれた方がこっちも楽で良いがなァ」

 言いながらも霧雨は”力“を込め終わっていた。

「そんじゃあばよ!裁断……」

 最後の技が放たれようとした時、レインが屋根から飛び降りてきた。

「千鎖万別」

 手を振るい、霧雨の周りに鎖を出現させ動きを縛る。

「ああ!?クッッッッソ……なんじゃごりゃア!」

 呻き声をあげ抵抗する霧雨をより強く縛り上げ、結果霧雨は大人しくなった。

「……拘束完了」

 ストン、と着地したレインは何事も無かったような顔をしてこちらに歩み寄ってくる。

「……立てるか、ユウ」

 伸ばされた手を掴み何とか立ち上がりはしたが、足に力が入らなかった。カエデさんは……死んだんだ。カエデさんは、僕達の為に……。

「……やれやれ、何とか上手くいったね。お疲れ様」

「……………………え??」

 思考が追いつかなかった。生きてる?カエデさんが?幽霊?いや、でも目の前にちゃんと……。

「ごめんね、幽夜君。あそこに転がってる僕の亡骸はダミーなんだ」

 未だに転がっているカエデさんの遺体……の偽物を指差してカエデさん本人は続ける。

「僕の”力“で左手から何らかの情報を映し出す時、ある程度なら僕の意思で編集出来るんだ。例えばさっき戦闘中に霧雨の背後に君宛のメッセージを映し出したみたいにね。あんまり複雑な細工は出来ないが……構造を理解出来ている自分の体なら話は別。かなり精巧に出来ているだろう?」

「あ、は、はい……その、あまりにもショッキングなのでもう消しておいていただけると……」

「おっと、ごめんね。本当にすまなかった、戦闘中長文を書いている余裕は無くてね……簡潔な文章になってしまったせいで君に僕が”死んだフリ“をする事までは伝えられなかった。結果オーライだったけどね」

「そ、そうですね……」


 …………少し遡り、霧雨が楓に奥義を放つ直前の事。

 よし、カエデさんと対称の位置……この辺でいいだろうか。…………って、また何か見える。追加の指示かな?

『君が狙われた時、動くな』

「…………えっ?」

 同タイミング、照陰と愛渦の前にもメッセージが表示される。

『僕の死体はダミー。驚かないで』

「……これは合図じゃないよな。……カエデさんの死体?」

「……死体?カエデさんの?なんのことだろ……」

 直後、裁断・天羽々斬が楓に向かって放たれる。技が直撃……したかのように他のメンバーには見えた。しかし実際は技が放たれた瞬間にはもう楓はダミーと入れ替わっており、本人は撥水層生成装置で水を弾いてダメージを軽減しながら建物の影に飛び込んで様子を見ていた。

「危ない危ない……危機一髪だった。他2人には同じ文面を同時送信出来たけど、幽夜君には伝える余裕が無かった……彼には申し訳ないな」

 陰から様子を見つつ、完全に戦意喪失した幽夜に最後の大技が放たれる瞬間。

『今だ、照陰君!』

 屋根の上にいる照陰に合図のメッセージが飛んだ。

「……これが合図か、よし、と」


 …………そして照陰が霧雨を拘束し、今に至る。

「……という訳だ。騙すような真似をして本当にすまなかった」

「……っ……いえ、生きててくれて、良かったです……!」

 涙が止まらなかった。カエデさんは生きてた。生きてたんだ。

「さて、ネタバラシも終わった所で仕上げをしないとね」

 カエデさんはレインが拘束した霧雨に近付く。レインが強く締めすぎたのか、気を失っている。

「起きてくれ、霧雨。君と取引がしたい」

「……んあっ……んだクソ……俺は気絶してたのか……」

「どうやら僕の想像よりも照陰君の鎖は凄まじい威力を誇るみたいだね。それはそれとして、もう一度言うよ。君と取引がしたいんだ、霧雨」

「……取引だァ?……面倒だ、お断りだな。あまりナメてると今度こそ肉片にすんぞ」

「……出来るものならしてみるといい。しかし大技をあれだけ連発した後で、次はどれだけの威力を出せるだろうね。かなり消耗したんじゃないのかい?」

「……チッ、お見通しだとでも言うつもりかよ」

「その通りだよ。まぁ話だけでも聞いてくれないか。君に面倒はかけないから」

「……フン、言ってみろ」

「さっき見せたように、僕はその人間の虚像を作る事が出来る。この能力を使って君にあの迷子の子……柚菜君の虚像を同行させよう」

 ラブカがゆなちゃんを連れて現れたのを手で指しながら話を続ける。

「この子の発現者としての能力はまだ不明だ。故に学園に登録された後どこかで忽然と消えたとしても何かしらの”力“の目覚めで逃走したと思われるだけ……君に罰則とやらは降りかからない。……どうだい?」

「……チッ、ああもう面倒だ、それでいい。俺はそのガキがどうとかどうでもいい。さっさと帰って寝てぇだけだからな……」

「取引成立だね。それじゃあ……」

 カエデさんはレインに合図して拘束を解かせる。

「いいのかよ、ああは言ったが本当はまだ俺は余力を残してるかもしんねぇのに目の前で解放して」

「問題ない、君は嘘をつくタイプじゃないって事は何となく分かる。きっと全ての物事を本当に面倒だと思ってるだけだってね」

「ハッ、甘い連中だな。ポラリスってのは」

 カエデさんはゆなちゃんの虚像を作り出し、霧雨に同行させた。霧雨は特に何も言わずにその虚像を連れて学園へ戻っていった。

「……さぁ、やっとこさ、というか。今回の本題だ。迷子をちゃんと導いてあげなきゃね」

 そうだった、当初の目的はそれだった……。でも、これに関しては……。

「ゆなちゃん、ゆなちゃんはどうしたい?その……おかあさんのところに戻りたい?」

 ゆなちゃんは何も反応を示さなかった。やっぱり簡単には決められないのかな……。

「もし……それがイヤなら、さ」

 ラブカがひとつ提案をする。

「あたしたちのところに……来ない?」

「……おねえちゃんたちの、ところ?」

「うん、そっちのおにいちゃんが見せたでしょ?あたしたちはポラリスってところにいつもはいるの」

「……ぽらりす」

 まだ、悩みは振り切れていないようではあったが……。

「……わたし、いきたい、おねえちゃんのところ」

 最後はこちらに決めてくれた。お母さんの事は……いつか折り合いはつけなきゃいけないのかもしれないけど。それはきっと、今じゃなくてもいい筈だよね。少なくともゆなちゃんが、心の底から笑ってくれるようになるまでは……。


「……はい、はい。1人、女の子で……名前は柚菜、です。発現部位や”力“の詳細はまだ不明です。はい……手続きをお願いします。よろしくお願いします」

 柚菜の受け入れの為の電話を事前に入れ、楓は一息ついていた。

「……ふぅ、よし。……あの子達、見回りのチュートリアルにしては大分ハードな1日になってしまったな。まぁそれでも……僕の無茶振りによくついてきてくれた。本当に今後が楽しみな3人組だね」

 端末を操作して、集会所を開く。

「一時メンバー、面幻楓……透鮫愛渦……霊場照陰……それと幽夜」

 タンタン、と慣れた手つきで集会所のステータスを変更する。

「見回り完了……と。今日は本当にお疲れ様」

 誰に言うでもなく、雨上がりの空にポツリと呟いて楓は端末を閉じた。

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