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夜を生きる  作者: 八折伏木
夜警団入団編
4/14

特別授業

本編の前に少々失礼します。

この世界を生きる発現者たちの”力“に関してなんですが、発現箇所にしか”力“を込められないという訳ではなく鍛錬次第で他の部位でも”力“を扱う事は可能です。基本的には能力の発現箇所なら100%の力で使えて、その他の部位だと出力が落ちてしまう感じです。発現部位が利き腕、利き足のようなものになってきます。作中で説明し切れる気がしなかったのでこちらで補足させていただきました、表現力不足で申し訳ないです。

登場人物 

ユウ・・・幽夜ユウヤ

ラブカ・・・透鮫トオサメ 愛渦マナカ

レイン・・・霊場レイバ 照陰テイン

先生・・・豊巣トヨス メイ

夜警団の先輩・・・成田ナリタ 乙何オトナ

   〃     打手ウチテ 呼不地コズチ

和装の女性


 昨日ミツカさんのお誘いで(乱入してきた先生曰く“夜警団”というらしい)発現者の集う特設課へ僕達3人は進路を決め、今後はそこで活動するにあたっての事前知識を取り入れた特別授業をすると先生に聞いているが……何を学ぶんだろうか。ちなみに今は朝で、僕のお腹の上で目覚ましコールをしているラブカの存在が目に入った瞬間また遅刻を覚悟したんだけど……どうやら今日は様子が違う。

「ゆうちゃん朝だよ〜また遅刻させちゃうぞ〜」

「んん……おはようラブカ……えっラブカ!?」

 思わず時計の方を見て確認したが、いつも通りの時間だった。ということは。

「……今朝は早いね、ラブカ」

「えへへ、なんかうれしくて目が覚めちゃった」

「そっか」

 昨日はホノカちゃんに懐かれてご満悦の様子だったし、帰り道でもまだ半泣きだったくらいには先生に認めてもらえた事が嬉しかったんだろう。


「それにね、楽しみなんだ」

「楽しみ?」

「うん、これからもゆーちゃんやレインと一緒にいられる事とか。ヤケイダン、だっけ?も何するのか楽しみ!」

 それに関しては同意見だった。実際何を生業としている課なのかまだ何も聞いていないし、実は僕達は自分たち以外の発現者にはあまり会った事がない。これから所属するところは発現者のみで構成されてるって言ってたし、どんな人達がいるのか気になる。

「それじゃあせっかくラブカも早起きしてるし、今日は早めに行く?」

「うん、いこー!ほら、準備して!部屋の前で待ってるね」

 ラブカが僕の上から退けてくれたので体を起こして伸びをして、ラブカが部屋から出たのを見てから服を着替える。顔を洗って、まずは朝ご飯だ。ラブカと共に食堂に現れた僕を見て先にいたレインは目を丸くした。

「……ユウに叩き起こされたの?」

「いやいやちょっと待ってよ!なんでそうなるの!」

「あはは、今日のラブカは早起きだったみたいだよ。きっと先生も喜ぶね」

 ポラリスの学生食堂は自分で選んで食べられるビュッフェスタイルだ。今日の朝食は目玉焼きにベーコン、白米にスープというシンプルなものにした。3人で今日からの授業について話しつつ、朝食を終え教室に向かう。

『おはようございます!』

 僕とラブカで先生に挨拶しつつ入ると、先生の反応は予想に反していつも通りだった。

「おはよう、ユウくんにレインくんにラブちゃん」

「……案外、驚かなかったね」

 ラブカの方を見るとこちらも予想外というか、落ち込んだりはしていないようだった。ニコニコ笑顔のまま席についてるのを見ると、割と予想出来ていたのかもしれない。

「さて!それじゃ今日からは昨日言ってた通りあなた達のこれからの為の授業をやってくよ〜」

 授業が始まって最初に先生がボードに書いたのは夜警団の正式名称、「ポラリス営業部発現者特設課」。業務内容としては外部からの様々な依頼に対応するいわゆる何でも屋のような感じだった(その為営業部になっているらしい)。

「まぁ正式名称に関しては形だけかな。あんまり覚える必要も無いんだけど一応ね。それで、夜警団って呼ばれてる理由についてだけど……」

 一度ボードに諸々を書き連ねていた手を止め、先生がこちらの方を見る。

「この先話す事は政府の方針で一般には公開されて無い事だから、むやみやたらにその辺で話題に出しちゃ駄目だよ」

 そう注意した上で夜警団という呼称の理由について話し始める先生。

「実はこの世界には、幽霊が実在するの」

 その先の話の内容はかなり衝撃的なものだった。この世界では正体不明の敵性存在がいる事(特にここ燈郷で多く発生している)、そいつらが何故か夜にだけ発生する事から一般的には「幽霊」とされている事、この土地周辺は発生が少ない事から人類が住み得る地になっている事……。

「そういう外敵から皆を守る為に設立されたのが夜警団、って訳だね。もちろんこの事は一般には知られてないから夜警団っていうのはただの団体名だと思われてるみたい」

「……そうか、そういう事を公表すると民衆が混乱してしまうから政府は隠蔽する事を選んだのか」

「そう、レインくんその通り。公開した方が自衛意識が上がっていいんじゃないかって意見もあったみたいだけど……最終的には今の形に落ち着いたんだね」

「……もしかして、発現者のみの組織が作られた理由って」

「さすが、察しがいいね〜レインくんは」

 先生がボードに色々と書き足していく。

「そう、幽霊は私達発現者の力で消し去れる事が分かってるんだ。今わかってる有力な情報はこれしか無いようなもので、後はこれからの研究次第なんだけどね。そしてここまでは幽霊って言ってたけど、一応ポラリス内での呼称があって……」

 異霊コトダマ。そういう呼称がついた理由は今まで夜警団が出会った個体は皆何かしら一つの物事に執着があり、“何かしらのキーワード”を基に構成されている存在なのではないかという考察からとのこと。

「あくまで私達の中での、だけどね。誰かに聞かれた時にこれなら誤魔化しがきくっていうのもあって名前がつけられてるの。ちなみに政府の人たちは単純に“悪霊”って呼んでるよ」

 その後もコトダマについて数少ない事例から分かっていることや、対処などを確認した後、次の内容に入る。

「さて、次の内容なんだけど……」

「ごめんなさい明さん、遅くなりました」

 突然、教室に2人の男女が入ってきた。

「いやいや〜。ベストタイミングだよ乙何オトナくん」

「それはよかった。ついでにこずっちも連れてきました」

「おひさ〜!元気してた〜?メイメイ!」

「あらあら久しぶり、こずちゃん」

 どうやら今日の授業の為に先生が事前に呼んでいた人らしい。

「突然出てきてごめんね。僕は成田乙何ナリタオトナ。クラス“O”の発現者です、今日はよろしく」

「おっす、後輩ちゃん達〜アタシは打手呼不地ウチテコズチ!クラスは“2”だよ〜。本当はトナトナ1人で来るカンジだったらしいけど、暇だったからついてきちゃった!」

「2人ともありがとう、今日のこの後の内容の為に先生が呼んだ特別講師だよ。今日はよろしくね」

 紹介を終えたところで、レインが僕達が疑問に思った事を言ってくれた。

「……あの、すみません。クラスってなんです?」

 乙何さんが申し訳なさそうに先生の方を見る。

「あちゃ〜……まだそこまで聞いてなかったんですね。すみません、明さん。授業の内容前後させちゃいましたかね」

「ううん、どうせこの次にやる事だから大丈夫だよ。せっかくだからそのまま乙何くんにお願いしてもいいかな?」

「分かりました、お任せください。それじゃあ僕から発現者の区分けに使われている“クラス”について説明するね」

 乙何さんは先生にボード使ってもいいですか、と確認してボードに何やら書いていく。

「僕達発現者は政府が設定したクラスによって危険度、という形で区分けされているんだ。まずは“数字持ち”。これは1〜9の数字で分けられていて、1に近い程力が強いとされているよ。次に“英字持ち”。少し特殊なクラスで、数字でのクラス付から外れてしまった人達がここに入るよ。つまり僕が“英字持ち”で……」

「アタシが“数字持ち”ね!」

「そういう事。こずっちはクラス2だから、数字持ちの中でも実力者だよ」

「そういうトナトナはもっとやばいよ〜。英字持ちはポラリスに10人もいないレアキャラだかんね〜」

 社内に10人もいない……?思わず乙何さんの方を見てしまい、目が合った。

「あはは……数が少ないだけで英字イコール実力では無いよ。さっきも言ったように少し特殊なクラスでね。ここに該当する人が必ずしも戦闘に長けているわけでは無いんだ。ただ……」

 乙何さんが最後のクラスをボードに書き出す。

「最上位に位置する“冠”というクラス。ここに位置する人達は全員、僕みたいな英字持ちが束になっても敵わない本物の実力者達だ。今のところ国内でも7人しか存在しない人達で、それぞれに冠のついた二つ名を持っているよ。例えばポラリスに所属しているのは“鬼冠オニカンムリ”だね」

 “鬼冠”……なんだかすごい二つ名だけど、どんな人なんだろう……。

「もう1人、ポラリスには冠がいるけど……まぁそれはまた今度で。今日はクラス分けについてだけ、覚えていってね」

「ありがとう、乙何くん。それじゃあこの後は……」

「はい、実戦形式の授業ですよね」

「えっ……いきなり実戦形式の授業ですか?」

「うん、僕達も普段使ったりする訓練場が敷地内にあってね。そこでちょっとした組手をするよ。僕達に来る依頼内の中には対発現者のものもあるからね。少しずつ、慣れてもらいたいんだ」

「ダイジョブダイジョブ〜!怪我させたりしないから〜!」

「……さっきのを聞く限り、いくら手加減してもらったとて僕達が正面に立てるレベルじゃない気がするんですが……」

「あはは、その辺はちゃんと加減するから大丈夫だよ」

「それじゃ、訓練場に行くよ〜」


 先生の号令で教室を出て先輩達も普段使うという訓練場に向かう。現地について訓練場というものを初めて見たけど、かなり広大なものだった。しかも、色々な環境を再現したブロックがあるっぽい。すごいな……。

「それじゃ、僕達は最もスタンダードなタイプのフィールドを使おうか」

 乙何さんについて僕達は標準タイプの運動場のような様相のブロックへ向かう。

「……おや、先客がいるみたいだね。ちょっと待っててね」

 フィールドの中央に和装の女性が座禅を組んで瞑想していた。乙何さんが女性に近づいていく。10メートル程まで近づいたところで女性が気付いたようで目を開けた。

「瞑想中すみません。学生達の訓練の為にここを使いたいのですが、何時頃まで使用される予定ですか?」

「ああ、すまない。子供達の為なら構わない、私が場所を変えよう」

「……ありがとうございます、今度良いお酒をお持ちします」

「気を使う事はない。しっかり育ててやってくれ」

 女性がこちらの方……というより出入口の方へ向かっているのを見て気付いたが、この炎天下の中瞑想していたのに汗ひとつかいていないように見えた。この人は一体……。

「乙何さん、あの人って……」

「私の事など気にする必要はない。励みたまえ、少年少女」

 通り過ぎる際にそう言われ、よく分からないが凄い圧を感じたのもあり口を閉じた。

「……凄い圧というか、オーラを感じたけど。何者だろうね、あの人」

 レインも感じていたらしい。ラブカは……。

「綺麗なお姉さんだったね〜!」

 うん、ラブカはそういう方が安心するかも。

「紹介したいところだけど、あの人も気にせずやってくれって言ってたし。また今度会った時にでも挨拶してみてよ、良い人だから」

「それじゃ、さっそくやろーよ!誰からやる?いきなりトナトナとやったらビックリするだろうから、こっちはまずアタシからいくよ〜」

「はーい!じゃあわたしやります!」

「お、元気イイじゃん!キミは……ラブラブだね!よし、やるよ〜!」

「さてそれじゃ、ルール説明するね。制限時間は5分で広さは……ちょうどラインが引いてあるしこの範囲にしようか。僕とこずっちは時間いっぱい触られない事、君達は時間内に何とかして僕達にタッチする事。あと、どっちも範囲外に出ちゃったら駄目だよ。君達は力を遠慮無く使っていいよ。こっちは加減するから」

「おねがいします!」

「思いっきりね〜」

「それじゃ……スタート!」

 開始と同時に、ラブカは距離を詰めながら透明化する。

「おぉ〜!いい力だねぇ!」

 呼不地さんはラブカの力に驚きつつ、手をパンパンと叩く。するといつの間にか手の中に何か入った袋を持っていて、中身を周囲にばら撒いた。中身は……何かの粉?

「……なるほど」

 レインが呟いたあたりで、呼不地さんの右前方で粉が不自然に舞う。

「……そこだね」

 言いながら彼女がもう一度手を叩くと、今度は大きなハリセンが出てきた。振り回すとペシーンという音と共にラブカが姿を現した。

「いててて……どこから出したの!?」

「ふふーん、どこからだろうね?考えてみなきゃ、ね!」

 ぶんぶんハリセンを振り回しながらラブカに迫ってくる。

「わわわわっ」

 逃げながらもう一度ラブカが姿を消す。

「もう一回やるんだね?次は何をしてくれるのかな」

 呼不地さんはもう一度周囲に粉を撒く。が、ラブカの動きは無い。何をしようというのだろうか。しばらく経つと、軽い音と共に呼不地さんの後ろで粉が舞う。すかさずハリセンを振るが空振りに終わったようだ。

「さっきとは違うみたいだね」

 呼不地さんが少し真剣な顔つきになり、周囲への警戒を強めている。しかし急に吹いた突風で周囲に撒いた粉が吹き飛んだ。突然の事に呼不地さんにも少し戸惑いの色が見えたが流石……というべきなのだろうか、まだよく分かっていないけどこれが数字持ち上位の実力なのだろう。すぐに状況を把握したのか周りの様子を再確認した後、まだわずかに空中に残っていた粉塵の揺らぎを見て反応しハリセンをぐるんと一回転。手応えは無かったようで一瞬間が空いたが、何故か足元を見た。

「……やるねぇ!」

 呼不地さんが突然声をあげたかと思うと足元には彼女の足に触れているラブカの姿が浮かび上がってきた。

「やったぁ……けど粉まみれ……」

 一度吹き上げた粉がまた落ちてきていたので2人とも粉まみれになっているがラブカが呼不地さんにタッチする事に成功しこの組手はラブカに軍配が上がった。足元に転がっているラブカに手を貸して起こしつつ、呼不地さんが今の対戦を振り返る。

「1度目の失敗をタダの失敗にしないでちゃんと2度目に活かす。フェイントも組み込んでアタシの視線を上に誘導。からの意識が薄くなってる足元への滑り込み攻撃!スゴく良かったよ、ラブラブ!アタシの完敗!」

「あはは、ありがとうございます!今度は手加減ナシの打手先輩に勝てるようになりますんで!」

「ほぉ、いうねぇ〜。いつかそうなってくれるって期待しとくよ〜。そういえばさっき使ったのは何の道具?」

「それはヒミツで!」

 2人の話が盛り上がっているけど、乙何さんは一旦次の組手に移る為に話を進める。

「うん、とてもいい動きだったよ!これは今後に期待してしまうね。……さてと、次は僕がやろうかな。どうするかな?おふたりさん」

「ええっと……レイン、どうする?」

 レインは少し考えて答える。

「……2人がかりというのは駄目ですか?」

「へ?」

 2人がかり?僕とレインで?

「……なるほど、僕は構わないよ。君はどうしたい?幽夜君」

 先輩が相手とはいえ、流石に気がひけるけど……。

「レインがそうしたいというなら……それでお願いします」

「よし、それじゃ同じルールでやろうか。どんな状態からスタートしてもいいよ。例えば僕を挟んでスタートするとかね」

「分かりました、ではお願いします」

「よし。それじゃスタートの合図はそちらの2人が準備でき次第、明さんがお願いします」

「おっけーだよ。じゃあユウくんとレインくん、位置について〜」

 とりあえず位置に着きつつレインと作戦会議。

「レイン、なんで2人でやろうって提案したの?」

「シンプルに1人ずつじゃ絶対無理だと思ったから。さっきの見てたでしょ、呼不地さんはラブカに一切危害を加える気無かったのにあそこまで完璧にいなされてた。アレでランクが2だというなら英字持ちの乙何さんの実力は計り知れない」

「確かに、僕たち1人ずつじゃ……厳しいかも」

「というより無理だと思う。でも、僕が止めてユウが乙何さんにタッチするならもしかしたらいけるかもしれない」

「能力が分からないのはお互い様だけど……初見でレインの鎖が避けられたのは見た事無いしね」

「うん、チャンスがあるとしたらそこだと思ってる。いつも通り、僕の合図で頼むよ」

「分かった。それじゃ……先生、準備出来ました!」

 僕とレインは特に挟み撃ちの形をとったりはせず、2人並んでスタートする事にした。

「よ〜し、それじゃ……スタート!」

 開幕と同時にレインが仕掛けて合図が来たら僕が乙何さんに突っ込む。……予定だったが、乙何さんの姿が消えた。2人とも唐突に目の前から消えた事に対して理解が追いつかず、一瞬止まってしまう。すると突然、2人の間から乙何さんがひょこっと顔を出す。

「どうしたんだい?もう始まってるよ」

 そう言われ振り返ると既に姿は無く、また前を向くと乙何さんがニコニコ笑顔のまま何事も無かったかのようにそこに立っている。

「……うそ」

 それしか言葉が出てこなかった。あまりにもレベルが違いすぎる、というのをこの数秒で理解してしまった。これが、英字持ち。更にこの上のランクがあるなんて信じたくないくらいの怪物だ。

「……2人がかりにしたところでこれじゃ変わらないね。まぁとりあえず制限時間内いっぱい頑張ってみよう」

「う、うん」

「それじゃ、合図で。それまでは乙何さんに一回の跳躍でタッチできるくらいの距離で様子見で」

 気を取り直して一旦離れてレインが単身乙何さんに挑む。

「おや?せっかく2人での組手にしたのに君1人かい?」

「……結局、2人で挑んでも変わらなそうですから。今の自分達が出来る最善手を打つまでです」

「……ふむ、なるほど。君が3人で動く時の司令塔なんだね。頭脳の役割を担っている訳だ」

 レインの攻撃をするするとかわしつつ話しつつ、僕への警戒も怠らず常に視界の端で確認されている。やはり今まで相手にしてきたような連中とは全くレベルが違う。

「流石にそんな余裕綽々で避けながら喋られると堪えるな……」

「あはは、そんな事無いさ。ちゃんとあっちの子……幽夜君の方をなるべく見づらいように……いや、見失わせようという動きをしているね。とてもやりづらいよ」

「全くそんな風に見えないんですが」

 レインは攻撃を仕掛けつつ、常に隙を窺っているが中々タイミングが無いのか時間だけが過ぎていく。

(まずいな、本当に仕掛けるタイミングがなさ過ぎる……!)

 しかしいよいよ時間が3分を超えた時、レインが合図を出してきた。

(お、いよいよだね……!)

 レインから合図が来たタイミングで足に“力”を込め始める。レインは合図と同時にバックステップしながら手を振るい、乙何さんの後方の見えない角度から鎖を出し動きを止めようとする。僕はレインが鎖を出したのを見て、足に込めた“力”を解放し猛スピードで距離を詰める。その間はごく一瞬のはず、だったが。乙何さんが何か言ったのが聞こえた。

「へぇ、凄い”力“と速さじゃないか。これが君達の狙いであり“最善手”だったんだね」


 ……結局、僕達は乙何さんに触れる事は出来ず時間切れを迎えてしまった。あの後乙何さんはこれまたとんでもない速度で鎖をかわし、僕の突進も空を切ってしまいその後は何も出来ないまま。しかし乙何さんは肩を落としている僕とは真逆で爽やかな笑顔で僕達の動きを評価してくれている。

「いやぁ、とても良かったよ!照陰君は僕の意識を逸らすような動きで陽動、幽夜君は基本僕の死角を狙いつつ待機。そしてタイミングを合わせて照陰君の鎖で拘束した後、幽夜君が高速接近して僕にタッチしようとした。正直、予想外の速度で驚いたよ」

「全然驚いてるように見えなかったんですけど……」

「いやいや本当だよ?あの感じからすると……照陰君は手、愛渦ちゃんは脳、そして幽夜君は足の発現者かな?」

「あ……いえ、実は僕どの部位の発現者なのか自分でもよく分かってないんです」

「おや、そうなのかい?というとさっきの跳躍はシンプルな身体能力かな、だとしたら相当なものだね」

「そういうわけでもなくて……僕は全身どこにでも一箇所、“力”を集中させる事が出来るんです。さっきは足に“力“を込めて跳躍しました」

 そう言うと乙何さんは目を丸くした。

「それは驚きだね……普通、発現した箇所に”力“を込める事は出来ても全身どこにでも選んで”力“を込めるなんて事は出来ない筈だけど……。かなり特殊な例だね」

 授業で習った時から自分がどの部位の発現者なのか疑問ではあったが、こういう人は前例が無いわけでもないらしく自分もその例外にあたってしまったんだなとあまり深くは考えていなかった。しかし乙何さんの反応を見るに相当珍しいものらしい。近々の内にはっきりさせておいた方がいいのかもしれない。夜警団に入って活動するにあたっては分かっていた方がいいだろうし……。

「まぁ、夜警団には色々な人がいるしね。きっと君の”力“の事もアドバイスしてくれる先輩がいるよ。とりあえず今日の授業はここまでにして、校舎の方に戻ろうか」

 乙何さんが授業を締めて、今日の授業は終わりになった。先輩達の力には驚かされたし、自分達はまだまだ井の中の蛙だったんだと思い知らされた。これから少しずつでもあの人達との差を縮めていけるんだろうか……。

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