きっかけ
登場人物
ユウ・・・幽夜
ラブカ・・・透鮫 愛渦
レイン・・・霊場 照陰
大男
亜人族の子供
亜人族の女性
ラブカと話しながら歩いていた帰り道、子供の叫び声が聞こえて僕とラブカは足を止めた。
「……今の声」
「うん、なんだか遊んでる時の声のようには聞こえなかったけど……」
別に聞こえなかった事にしてもいいのかもしれない。だけど何故だかその声が気になってしまった。引き寄せられるようにして、気付けば2人で駆け出していた。時折聞こえる子供の声と複数のどよめきの声を道標に走ると、それを視界に捉えた。小さな子供が抱えられていた。抱っこされていた訳ではなく、大柄な男の脇に抱えられていた。一瞬しか見えなかったが、3〜4才位の子に見えた。
「ねぇ、今の!」
「うん、見えた!4才位の子供!」
「そこじゃなくて!!ワンちゃんのお耳ついてなかった!?」
「……え?」
それを聞いてさっき見たものを脳内再生してみる。言われてみれば白……灰色っぽい犬の耳っぽいものが付いていたような……。
「もしかして」
大柄な男、抱えられた子供、子供に付いていたように見えた犬耳っぽいもの……。嫌な予感がした。いつだったか授業で聞いた“亜人族”と周囲を取り巻く環境についての内容を思い出していた。
「……以上が亜人族についてだよ〜。まぁ亜人族と一口に言っても様々だしあまりありふれた種族とは言えないから見かけることは少ないかもしれないけど……」
その後の内容について、先生はいつもの柔和な表情ではなく真剣な顔つきで語っていた。
「もし見かける事があったら、いつもより少しだけでいいから優しくしてあげてね」
亜人族という種族はその希少性や特異性故に色々とあったらしい。成長してしまえば基本的に純人間よりも体格も良くなり、腕力も強くなることから幼いうちに調教する為に幼少期に人攫いに狙われる事が多い事。昔は亜人族に対して人権を認めるのかすら議論が交わされていた事。その他、耳を疑うような所業が行われていた事もあったと聞く。そういった過去から心に傷を抱えたまま生きる亜人族も多い。だから、優しく接してあげてほしいのだと。
「ねぇラブカ、それって」
「……まだ、わからないよ。見間違いかもしれないし、もしかしたらあの大男はあの子のお父さんで何かから逃げているだけかも」
もう一度考えてみるが、正直人攫いの線が拭えない。
「でも、考えにくい。あの人が父親なら抱えられている子があんなに叫んだりするかな。それに……」
「父親なら、我が子をあんな抱え方したりしない。……はずだよね」
頷きながら、周囲を見渡す。あの2人を追いかけている影は……見当たらない。となると、何かに追いかけられている親子という線も消える。やはりあれは……。
「ラブカ、スピード上げれる?」
「もちろん!」
ラブカが応えて2人が加速しようとした時、背後からかけられた声と共に影が一つ追いついてきた。
「おーい、どういう状況だ?」
『レイン!?』
突然の事に2人同時に素っ頓狂な声を出してしまった。
「なんでこんなとこに?」
「いや、新作の本買おうと思ってたんだけど。騒ぎは起きるし、お前らを見かけるし。そりゃ追いかけるでしょ」
「それはいいけど!もうちょっとアタシ達の心臓に配慮した登場の仕方してよ!!」
「……?ごめん」
心底不思議だ、という顔をしながらレインはとりあえずな感じで謝りつつ、起きている事に興味を向けている。
「で、どういう状況なの」
「相変わらずマイペースだな〜もう……」
一旦落ち着きつつ、走りながらレインに状況を端的に説明する。子供が抱えられていた事、その子が亜人族かもしれない事、しっかり確かめるまではまだ不確定な要素が多い事から今追いかけて確認しようとしていた事。
「……なるほど。なら、さっさと追いついて問い詰めないとね」
「問い詰めるかは置いといて、確認しないといけない」
「そんな悠長な事言ってる暇無いかも」
「えっ……なんで?確かめない事には何とも……」
レインは少し考えているようだったが、話し出した。
「あくまで人攫いと仮定した場合の話だけど。あの大男のゴール地点が何処だか分からない。だからこのまま悠長に構えているとさっさとその場所に辿り着いて姿を消すかもしれない」
そういう事を生業としてるなら裏道とかあるかもしれないし、と付け加えつつ速度を上げる。2人も続く。
「だから姿が見えてる今のうちにさっさと距離を詰めて、確認する事があるならした方がいい。あの大男が発現者である可能性も捨てきれないしね」
「……確かに。もっとスピード上げよう!一気に追いつこう!」
「ラジャー!」
抱えられた子供がもがいているのもあってか、案外すぐ追いついた。追いついたところで、レインからひとつ案が出た。2人とも頷いて、一旦散った。
「…………で、答えてくれないのかな。僕は別に警察でも何でもない。ただの興味で聞いてるだけなんだけど」
人の波も少なくなってきたようなところでレインは大男の前に出て道を塞ぎ、質問していた。
「ウルセェぞ、ガキが!!用が無ぇならそこどけってんだ、ブン殴られてぇのか!」
「何をそんな焦ってるんだい。君と抱えてる子供の関係が聞ければ僕は道を譲る。そう難しい事でも無いだろう?」
「チッ、めんどくせぇのに絡まれちまった!」
大男は今にも武力行使に移り出しそうな様子だ。
「それとも、聞かれて困る様な事なのかい?例えば……」
レインは物陰に向かって気づかれないよう目配せする。
「人攫いと被害者、とか」
そう言われた瞬間、大男の目の色が変わった。
「んだよ、バレてたのか……?」
何故か先程よりも大男は落ち着いていて、ニヤついている。
「なぁんだ、なら話は早ぇじゃねぇか」
次の瞬間、大男はレインに飛びかかった。レインは予想通りとばかりに余裕を持って回避する。
「思ったより簡単に認めるんだね」
「その方が楽だし早いからなぁ!!」
レインはトントンと軽快に大男の攻撃を躱している。
「オラオラ、煽るだけ煽って躱すだけかァ!?時間稼ぎのつもりかよ!!」
「別に。あまりにもトロいんで反撃するのも可哀想になってきてさ」
大男の眉間に皺が寄ってきた。ピキピキ、という音が聞こえてきそうだ。
「スカしてんじゃねぇぞクソガキがぁぁっ!!」
ここで大男が怒りのあまり攻撃が大振りになっているのをレインは見逃さなかった。
(この辺かな……)
レインがタクトを振るかの様に2、3回右手を振った。すると大男の後方の空間に数ヶ所裂け目が現れ、鎖が飛び出し大男に絡みついた。攻撃が大振りになっていた反動で大男が体勢を崩し、抱えられていた子供が放り出されてしまった。
「……!チッ!」
慌てて大男が鎖を振り払い、子供をキャッチしようとする。しかし、子供は不思議なことに空中で消えてしまった。
「なっ……」
突然の出来事に大男は一瞬フリーズして動きが止まる。そこにレインが追い打ちをかけ、鎖で動きを止める。
「……ユウ、頼んだよ」
待ってましたとばかりに飛び出してきたのは拳に“力”を集中させたユウだった。
「うん、遠慮無くやらせてもらうよ……!!」
大男は立て続けに起こる不可解な現象に頭がついていっていない状態だったが、ようやく気付いたようだった。
「お、お前ら発現者だっ」
だが言い終わる前にユウ渾身の右ストレートが大男の顔面に炸裂し、大男は大きな音を立てながら倒れ込んだ。
「よし。終わったね」
「……誰にも見られてないよね?」
「周りに人影は見当たらないし、大丈夫だと思う」
僕らは“発現届”は提出しているけど許可証はない。誰かに今のを見られていたらいくら人助けのためといえど言い訳は効かない。とりあえず大丈夫そうだとラブカに合図を出そうとした時だった。
「……悪いね、見てちゃまずかったかい?」
「っ!」
声のした方に振り返ると、灰色の耳……犬の耳?がついた女性が物陰から出てきた。
「……見られてたか」
「“施設”行きは勘弁だったんだけどな」
見つかってしまったからにはしょうがない、とユウとレインは諦めた表情で観念した。
「通報するならどうぞ。僕達は抵抗も逃走もしません」
しかし返ってきた答えは意外なものだった。
「通報?してほしいのかい?」
「……しないんですか?」
亜人族と思しき女性は豪快に笑いながら手を振った。
「恩人に仇で返す様な真似はしないさ。妹分を守ってくれてありがとさん、アンタ達」
「妹分、ですか?」
言われてみれば、耳の色も似ている。あ、尻尾も灰色だ……。
「そ。ところでその妹分はさっき消えたように見えたんだが……ありゃ誰の手品だい?」
「あ、それは……」
「ちょちょちょちょっと!落ち着いてってば!」
ラブカが亜人族の子供と一緒に姿を現した。未だ怯えたままなのかじたばたと暴れているようだ。
「成程、姿を消せる力か。便利なもんだねぇ」
亜人族の女性がラブカに歩み寄り、亜人族の子供の頭を撫でた。すると……。
「あ……みちか……」
すぐに落ち着いた様子だった。この状況からするとこの女性が保護者なのは間違いなさそうだった。落ち着いたところを見計らって女性に声をかける。
「えっと……みちかさん?でいいんですかね」
「え?……あっはっは!!こいつは違うんだ」
亜人族の女性はまた豪快に笑って自己紹介してくれた。
「アタシはミツカ。この子はホノカ。みちかってのはこの子がまだ上手く言えてないだけなのさ」
「あっ……それは失礼しました、ミツカさん。それでその……本当に通報しないでおいてくれるんですか?」
「おうともさ、二言は無いよ」
笑顔で答えてくれている。嘘ではなさそうだ。とりあえず良かった、見られていたと分かった時には肝を冷やしたが……。
「むしろ礼をしなくちゃだが、生憎今は手持ちが無いんだ。そうだな……アンタ達、どこの人間だい?」
「どこの、というか……ポラリスという会社で教習を受けている生徒なんですが」
ミツカは一瞬、目を丸くした様だったがまたアッハッハと笑い出した。
「なぁんだ、なら尚更通報の必要は無いね」
ミツカは社員証のようなものを取り出して見せた。そこには”ポラリス 人事部 亜人族専門特設課“と書かれている。
「アタシはポラリスの社員。つまりはアンタ達の先輩さ」
今度はユウ達が目を丸くする番だった。先生以外で(事務員と思われる人達を除けば)初めて見るポラリスの先輩だ。
「担任以外で初めて会いました……ポラリスの先輩に」
「まさか初めて見る先輩が初めて見る亜人族の方とはね」
「おや、亜人族を見るのは初めてときたか。ちなみにアタシはハイイロオオカミ、この子はシベリアンハスキーの亜人。見た目じゃ分からんかもしれんがオオカミの亜人とイヌの亜人で種族は違うんだ」
皆して興味津々な顔で2人を見比べていると、ホノカがミツカにぴょん、と飛び付いた。そっかそっか、怖かったな、とミツカがあやしているのを見ていると思わず頬が緩んだ。
「先程ミツカさんは種族が違うって言いましたけど……」
「なんだい?」
ユウは言っていいものか少し迷ったようだったが、口を開いた。
「僕には違いがあるようには見えません。本当の姉妹の様に見えます」
ミツカははにかんだが、嬉しそうに「そうかい」とこぼした。
「さて、一件落着してもらった所でだが……名刺渡しとくからさ。いつでも連絡しておくれ。タイミングが合えばご飯にでも連れて行こうじゃないか」
渡された名刺をなくさないように、丁寧にしまってぺこりと頭を下げた。
「ありがとうございます」
「あはは、それはこっちのセリフさね」
そうこう話しているうちに気付けばホノカが寝息を立てていたので、起こさないよう一同は静かにポラリスへ戻った。
「そういや今日の事に関してだけどさ、きっとポラリスの中でも知られるとマズいだろう?お仕置きくらいは貰う羽目になりそうだ」
ポラリスに入る前、入り口の辺りでそっとミツカに耳打ちされた。いくらうちの担任が緩い人だといってもお咎めなしという訳にはいかないだろう。
「言われてみるとその通りですね……」
どうしようかと思っていたがミツカさんは口外しない事を約束してくれているし、あの時周りに人はいなかった。恐らくは問題無い……と思う。
「多分、大丈夫です。もしバレていたんだとしても、大人しく罰則はいただきます」
それに対してミツカさんは「そっか」と言ってニカっとしてくれた。
「それじゃおやすみ、今日はホントに助かったよ。」
そう残してミツカさんとホノカちゃんは自室に戻っていった。そこそこ時間も遅かったので僕らも各自の部屋に戻った。その夜はそれぞれに今日あった事、今日会った人の事を振り返りながら眠りについた……。




