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夜を生きる  作者: 八折伏木
幕間①
10/10

Request:No.687604

貴方の人生には、消したくても消えてくれない後悔はありますか。

忘れようとしても、かき消そうとしても、何故か消えてくれない。そんな過去の記憶が。

主な登場人物

夜警団団員・・・三日香(ミツカ)

        幽香(ユウカ)

        豊巣明(トヨス メイ)

人攫い集団の頭

広場で出会った人々


 時々、考えてしまう事がある。

 あの時、アタシが間違えていなければ。

 あの時、アタシがもっと力を出せていれば。

 今も4人で笑っていられたのではないかと。


「へぇ、今日の依頼は亜人族に関するものか」

「うん、私達と同じね。まぁまだ誘拐と決まった訳じゃなくて未遂だけど……その調査ね」

「あんまり面倒な依頼には関わりたくないんだけどなァ……」

「そんな事言わないでよ、私達の仲間……しかもまだ子供が捕まってるかもしれないんだよ!?」

「あぁ、わりぃわりぃ……お前こういうのにうるさいもんな……」

 コイツは前からそうだった。いつもはおっとりゆったりしてるクセに亜人族の問題になると人一倍うるさくなるしやる気を出す。そりゃあアタシ達亜人族は過去色々あったと聞くし、今でも完全にそういう意識が無い、という訳ではないらしいが……別に過去の事だ。アタシには関係無い。まぁ……亜人族うんちゃら関係無く子供が攫われてるかもしれないってのは気分はよかないが。

「ちゃんと気合い入れてよ、みっちゃん!助けるよ、しっかり!」

「あぁ、まぁ……依頼はちゃんとやるさ」

 内容がなんだろうと依頼自体はしっかりやらなきゃいけない。そのくらいの意識はアタシにだってある。だが今回は……今までにやったものの中でも面倒そうだ。一旦別行動してるメイと合流してさっさと行動開始するか。

「とりあえずメイと合流しよう。先に様子見に行ってしばらく経つしそろそろこっちに向かってる頃だろ」

「あっ、そうだね。めっちゃんと待ち合わせてるポイントに向かおうか」

「あぁ……さっさと終わらせてスシのとこで飯を食おう」

 メイとの合流地点に指定していた港区中央付近のポイントへ向かう。


「しかし、来る度に思うけどよ……小舟の一艘も使ってねぇこの燈郷で未だに昔の名残で港区って名前を使ってんのは如何なものかね」

「みっちゃん案外そういう事気にするんだねぇ、私は別にいいと思うけどな。形としては港町って感じの様相してるし、昔から変わらず使われてる地名って少ないし。こういうのは大事にしないと!」

「そんなもんかね……」

「そんなもんだよ!ほら、めっちゃんとこ急ぐよ」

「はいはい、お嬢サマ」

「こら!やる気ない時の言い方になってるぞ〜」

 ユウカと他愛のない会話をしながら港区を見回す。昔あった4〜5区域をまとめて港区としたらしいが、まぁ……海が死んだ今となっては名ばかりで「港」というのも飾りでしかない。ぼーっと周りを見渡しながらユウカと並んで港区を歩いていると目的地の広場に出た。まだメイの姿は見当たらない……時間はとっくのとうに過ぎているが何か問題でもあったのだろうか。それなら連絡の一つも来ていないのは不自然だが……。

「めっちゃん、まだ来てないみたいだね。どうする?みっちゃん」

「どうするも何も……少なくとも連絡が来ない限りはこちらから何もしようがないしな」

「うーん……そうだねぇ、あっ……ちょっと待っててね」

 ユウカはたたっと広場のベンチで腰掛けていた老人に向かっていって、隣に腰掛けた。

「ねーおじいちゃん、ここでめっちゃん見なかったー?」

「……人に聞くのはいいが、めっちゃんなんて言って分かる訳がないだろう……。」

 三日香は額に手を当ててため息をつく。老人が首を傾げているのを見て三日香も近付く。

「突然すまない、じいさん。この広場にはどの位の時間座っていた?」

「……ほっ、すみませんなぁ。いきなり……えぇと……抹茶、だったかの?と言われたもので困惑しましたが、何かお探しですかのぅ?」

「あぁ、人を探しているんだ……丸眼鏡をかけていて、身長は隣に座ってる奴と同じ位の女性なんだが……心当たりは無いか?」

「ふむ……そうですなぁ……。わしはここに30分程おりましたが……それらしき人は見ていませんなぁ。そもそもあまり人通りの多い場所じゃあないですからのぅ」

「そうか……ありがとな、じいさん」

「ほっほ……お力になれずすみませんなぁ」

「なんもだよ、ありがとうおじいちゃん!」

 人通りの多い場所ではない……ならばご老人といえど見た人の印象くらいは覚えているだろう。メイはここには来ていなさそうだ。

「どうしたものか……」

「おい、あんたら」

「……ん、あぁすまない、アタシ達に何か?」

 突然話しかけてきたのは通りすがりの中年男性だった。

「誰か探してるんなら、あそこの酒場にでも入ってみるといい。昼間っから開いてるトコだから人も結構集まってるぜ。ほら、昔っから言うだろう。情報に困ったら酒場だってよ」

「確に、それはアリだな。ありがとよ、おっちゃん」

「いいって事よ。アンタらみてぇな若い姉ちゃんが入ればあそこの連中も嬉しいだろうしな」

「ははっ、そうか。そりゃあ情報が聞きやすそうで有り難いね」

「俺もあそこにはよく行くんだ。今度会えたら一杯奢ってやるよ」

「そいつぁいいね。今度来る事があったら自分のツキに期待しとくよ」

 男性と別れ、とりあえず酒場に行ってみる事にした。

「アタシは酒場に行って聞いてきてみるから……ユウカは広場で待っててくれないか?」

「え、なんで?わたしも行きた〜い」

「途中でメイが来るかもしれないだろ?一応見ててくれ」

「あ〜〜そっかぁ、わかった!待ってるね〜」

 メイが来るかもしれないってのもそうだが……ユウカは性格とか見た目とか……おっさんウケが良さそうだからな。面倒な事になっても困る。

「じゃ、ちょっと行ってくる」

「お酒飲んじゃ駄目だよ〜」

「飲まねぇよ」

 ユウカに言い返しながら店内に入った。昼間っから結構人はいるとさっきのおっちゃんが言ってた通り確かにそこそこ人はいる様に見える。入った瞬間、数人がこちらを見た。が、すぐに目を逸らし同じテーブルの連中と何かヒソヒソと話している。とりあえずカウンターに寄り店主なのか雇われなのか知らないが店員に話しかける。

「すまない、聞きたい事があるんだがいいだろうか」

「えぇ、構いませんよ。お酒でなくとも一杯飲んで行っていただけると嬉しいですが」

「それもそうだな……じゃあ仕事中なんでノンアルで……アンタのおすすめのカクテルでも頼むよ」

「ありがとうございます。それでは……何をお聞きしたいので?」

「人を探してるんだ。丸眼鏡で身長はアタシより一回り小柄な女性なんだが……何かしら情報は回ってきてないか」

「ふむ……そうですね」

 店員はカクテルを作りながら少し考えて、そっと隅の方に座っている男性の方を見ながら教えてくれた。

「あちらの男性……小一時間ほど前にいらしたのですが。来る途中に何かしら揉め事を見かけたそうですよ」

「揉め事?」

「はい。詳しくは聞いていませんので内容が関係するかは保証しかねますが……わたくしの知る限りでは関係しそうな事はこれくらいのものです」

「そうか、ありがとな」

 出来上がった飲み物を受け取り、その男性の所に真っ直ぐ向かう。

「よう、ちょっといいかい?」

 声をかけて飲み物を見せ、一杯付き合ってもらっても良いかい、と暗に示す。

「ああ、いいけど。何か僕に用?」

 男性の向かいの席に腰かけながら話を切り出す。

「アンタ、来る途中で何か揉め事を見かけたんだって?それについて聞きたいんだ」

「揉め事?……あぁ、あれか……話すのは別に良いけど……なんでそんな事聞きたいの?」

「今アタシは人を探しててな。もしかしたらその揉め事が関係あるかもしれないんだ」

「そうだったのか……ところでさ」

 さっきまでの興味なさげな目ではなく真剣な眼差しで男性は睨みつけてきた。

「アンタさ、仕事中だろ?人探しってのがその仕事なのか?」

「……アタシが仕事中だって既に断定してる言い方だけど。どこでんな事判断したんだい?」

「俺は割とこの店には通っててね……そのドリンク、今働いてるあの店員がノンアルをリクエストされた時にいつも出してるヤツだ。アンタは今仕事中。で、酒を飲む訳にいかない……違うか?」

「へぇ……こりゃ隠せそうもないね。まぁ隠す必要もあんま無いんだが。まぁ、アンタの言う通りさ。アタシは今仕事中で、人を探してる……それ自体が仕事ってワケじゃないが」

「……そうか……まぁ……話しても良さそうか……」

 男は何か悩んでいる様子だったが、話してもいい内容だと判断した様だった。

「見かけた揉め事ってのは、こっからそう離れてない場所で起きてた事だ。ここらじゃ有名な人攫い集団がいてよ……その連中と女が1人、何やら口論になっていたが最後にはその女が気ぃ失って連れ去られちまったみたいだった」

「……一般人であるアンタにこんな事言うのもアレだが……何故その場で通報しなかったんだい?ビビっちまって動けなかったのか?」

「情けない話だが……まぁ、そんなとこだ。もしそれがアンタの探している人だったんならすまなかったな」

「構やしないさ。アタシが助けに行けば済む話だ」

「そうか……勇ましい女だな。アンタも、あの女も」

「……あの女もってのは?何か会話の内容でも聞いたのか?」

「いいや、そんなもの聞いちゃいないが。さっき言ったろ?その集団ってのはここらじゃ有名なんだ……活動内容もな。で、その活動内容ってのが亜人族に限定した人攫いなんだよ。つまりはこっちから関わらない限り純人間の俺らには害は無いんだ」

「なるほど。その女が自ら難癖つけでもしてない限りその人攫いどもからつっかかってくる事は無いはずだと」

「そういう事だ、申し訳無いが自業自得っつうか……暗黙の了解なんだよ。アイツらに関わらないってのは」

「……そんな事に関わる気はなかったと。まぁ、正しい判断だな」

「随分物分かりの良い姉ちゃんだな。んまぁ……お詫びにというか、特に情報料は取らねぇよ。さっさと助けにでも行ってやったらどうだい」

「ああ、情報提供に感謝するよ。ありがとな」

 三日香はドリンクを飲み干し、カウンターにグラスを返して店員に礼を述べて店を後にした。


 外に出ると、幽香が広場のベンチですうすう寝息を立てていた。先程の老人が横に座り優しい笑顔で見守っている。

「おいおい……いくら何でも無防備過ぎるだろユウカ……」

 ベンチに近寄り老人にぺこりと頭を下げ、幽香の体を揺すり起こす。

「すまないな、じいさん。コイツの話し相手になってくれていたんだろう。……思いっきり寝息立てちまってるが」

「ほっほ……いいんじゃよ。こちらこそこの老いぼれの話し相手になってくれて感謝しておりますからのぅ」

 それに……と少し悲しげな表情になり老人は付け足す。

「この子を見ていると娘を思い出してしまいましてな……この老い先短い老人よりも先に旅立ってしまったのですじゃ……。この子の様に誰にでも分け隔てなく優しく接する子じゃった……」

「……そうか。コイツと似てたってんなら、まぁ……さぞかし良い奴だったんだろうな、アンタの子も」

 過去に子を失ったという老人に何を言うべきか若干悩みながら揺すってもぽんぽんと叩いても中々起きない幽香を見て言う。

「んぅ…………あれ?おはよう、みっちゃん……」

「おはよう、じゃないよ全く……何処で寝てんだユウカ。ほら、行くぞ。有益な情報があったからよ」

「うん……今いくよぉ……」

 まだ寝起きの幽香を引きずりながら老人に改めて礼を言い、先程情報提供者に聞いた例の揉め事が起きたという場所に向かう。聞いた場所というのはこの辺りにあまり来る事が無い三日香でも聞いた事のある程度には治安の悪い区域だった。

「さて、何でそんなとこにメイがいたのかは気になるが……まぁアイツもアイツで妙な所で正義感強かったりするからな……多分そのせいか。結局尻拭いはいつもアタシかい」

 三日香はため息をつき、深く息を吐く。

「さ、始めるか……いつもの事。いつもの事さ……」

 少し時が経ち日が沈みかけている夕暮れの空に三日香は何故か少し嫌な予感がした。だが、こんな事は三日香にとってはいつもの事だった。明が、幽香が。何かしらの要因でいつも先走ってしまう。自分がその先走りのツケを支払う。いつもの事だと、言い聞かせた。嫌な予感など気のせいだと。だがその予感は、この後三日香の想像とは別の形で的中する事となる。


 ようやくしっかり目を覚まし引きずらなくとも済むようになった幽香と共に三日香は目的地へと向かう。その場所に近付けば近付く程、人気は無くなり明らかに雰囲気が変わっていく。成程、確かに犯罪集団が根城にしていそうな区域だ。元々依頼されていた内容の目的地はこの付近だったが、何故明が捕まるような事になったのかがやはり分からなかった。いくら幽香と明がいつもトラブルを起こすといっても、こんなあからさまな場所で問題を起こすだろうか……。

「やっぱ気になるな……」

「何が気になるの?」

「何でメイがこんな分かりやすいとこでわざわざその犯罪集団に絡みに行ったのかってトコがな。確かにお前もメイも変な事で突っかかっていったりする事もあるが、別に考えなしにやる訳じゃないだろ?こんな事になる筈は無いと思うんだが……」

「私もラインナップされてるのがちょっと気になるけど、確かにそうだねぇ。少なくとも逃げる事は出来たんじゃないかなぁ?だから例えば、逃げられない事情が出来た……とか?」

「逃げられない事情、ね……考えられるとすれば……今回の依頼の内容でもあった攫われたかもっていう子を見ちまったくらいしか無いだろうな」

「あ〜……それなら私も思わず行っちゃうかも〜……」

「まぁ間違い無く行くだろうな……自覚あるなら自制して欲しいもんだが」

「えへへ〜ごめんね。そうしようとは思ってるんだよ〜?」

 コイツの場合本能的にそうしてそうなレベルというか……ある種病的なまでに亜人族に関連する件に執着があるからな……メイも多少影響を受けてたにしても、そこまではしない……と思っていたが。今回の場合何か別の要因があったのかもしれない。

「出来るんなら今後気を付けてくれよ。……出来るんならだが」

「むっ、今『んな事無理だろうが』って思ってるね?見てなよ〜」

「アタシの面倒……もとい負担が減るならそれに越した事は無いがね」

「期待しててよ〜」

 今後もアタシの負担は減りそうに無いな、こりゃ。構わないが、何とかなるもんならなって欲しいトコだな。

「もうそろそろ酒場で聞いた目撃情報の場所に着くが……どうやってメイを見つけるかだな」

「詳しい場所まで聞けたの?」

「いいや、どの辺りで見たか程度だな。詳しく建物とかまで見てる余裕は無かったんだろう」

「そっか〜、じゃあここからは調査のお時間だね!」

「そうだな。……急ぐぞ」

 一度建物の屋根に登り現在地の確認と周囲の地理を把握する。たまにある事とはいえ、メイが今敵地に1人でいる事は事実だ。……気合い入れるか。


 三日香が本腰を入れて周囲の調査を始めた頃、海沿いのとある建物内にて。

「ははっ、いよいよですねお頭。遂に今日、アンタの……いや、俺達の念願が叶うって訳だ……今までついてきた甲斐があったってモンですよ」

「……まだ成功した訳じゃないんだ、油断してヘマやんじゃねぇぞ」

「わぁかってますって。例の獣女(けものおんな)連れ込んで始末すりゃあいいだけ……何も心配いりませんって」

「どうだかな。いくら普段ヘラヘラしてっからって相手はれっきとした亜人だ。俺達純人間とは種族としての身体能力というハンデがある。警戒し過ぎなんて事は無いからな」

 人攫い頭目の男は椅子に縛り付けた明の方を見る。

「……悪いがアンタは餌にさせてもらう。あのイヌッコロどもを呼びつける為のな。……まぁ大人しくしてくれりゃ別に何もしないさ。()()にゃ恨みは無いからな」

 明は何も言わず椅子に大人しく座っている。

(……人間に恨みは無い、という発言。それと犬ころっていうのは……みーちゃんとゆーちゃんの事?個人的な事情じゃなく、恐らくは亜人族そのものに対する恨み……一体何の?)

 明は戦闘に向いた発現者では無い。ここでの抵抗は無意味に終わると理解しているのでここでは何もせず、会話内容からなるべく相手の犯行理由……背景を探る。こういうタイプの集団は大抵善し悪しは置いておいて何かしらの理想……理念を掲げて動いている場合が多い。ミスをして捕まってしまったがここはその目的を見極めるチャンス。と、明は考えていた。

「なぁアンタ……こういう昔話を知ってるかい。亜人族に対しての差別を無くそうとここ燈郷が出来たばかりの黎明期に運動……デモみてぇなモンをやっていた亜人族の女とそれに賛同し協力を惜しまなかった純人間の話だ」

 頭目はおもむろに話し始める。この連中の行動原理……どう探ろうかと考えていた明にとっては話が省けた、という状況。話に興味を持つフリをして会話を進める。

「……知らないけど。突然一体何の話?」

「まぁそんな怖い顔すんなって。言ったろ?人間に恨みは無いって。俺が用があるのはお前のツレの方だ」

 ニヤニヤしながら話を続ける。

「で、話の続きだが。実はこの話の結末は……亜人族の女の裏切りで幕を閉じているんだ。共に活動を続けたその人間の協力者を見捨てて、亜人族の利益を選んだ。種全体の為……と言えば聞こえは良いが、その協力者だった人間の子孫がよ。もし今も生き残っていて……この事を知っていたならどう思うんだろうな?」

「……やっぱり、話が見えないのだけれど。まさか、貴方がその子孫だとでも言うつもり?それでかつての亜人狩りのような活動をしていると?」

「……さぁて、どうだろうねぇ。ここから先はアンタの想像に任せるさ」

 亜人狩り、というのは燈郷がまだ出来たばかりの頃に燈郷内で横行していた行為。亜人族は昔から存在していたがとても数が少ない種族で、元日本の各地に隠れ住む形で自らの身を守っていた。しかしその希少さから目をつけられ人身売買の種にされていた。元日本の各地で異霊の発生が確認され始めた時、トウキョウという唯一異霊の発生が少なかったこの土地に人々は追いやられるように集まり身を寄せ合い住み始めた。必然的に亜人族もこの一点に集まる事になり、狙われる事も増えてしまった……という過去がある。後に亜人族に対する保護法の法案が巻かれるまで、亜人族にとっては生き地獄だった事だろう。

(意味も無くただこの話をしたとも思えない。もし、この人が本当にその子孫だというなら狙いはやはり亜人族である2人の可能性が高い……でも、この状況じゃ連絡は取れないし……何とか2人に伝える方法は無いかな……)

「ま、もうちぃっと辛抱してくれや。アンタのお仲間がここを嗅ぎつけてくるまで」

 ……今は何も出来ない。とにかく2人を待つしかなさそうだった。


「……んん……何か変だな……」

 場面は戻って三日香は本格的に敵地を探る為に周囲の状況把握に努めていた。幽香は探知系の能力を持っていない為待機している。

「みっちゃーーーん!何か変なのーーー?」

 三日香が大分高い所に登って作業していた為幽香が声を張り上げている。

「あんまデケェ声出さんでくれ……敵地だぞ、もしそこらに斥候でもいたらどうすんだよ」

「なーにー?聞こえないよ〜」

「……全く」

 一旦下に降りるか。

「周りに一切の反応が無いんだ。いくらこの付近が無法地帯みたいな状態とはいえ1人も生体反応が無いのは変だろ?」

「それは確かに変だねぇ……私は探知型の能力じゃないからそっちではお役に立てないしねぇ……」

「それはアタシの仕事だからいいんだが……メイと連絡がつかないのも妙だ」

「そうだねぇ、いつもみたいにめっちゃんからピロピロが来ないねぇ」

 明の“力”は「テレパシー」。範囲が限られてはいるがその人物と接触した事があればそこそこ遠くまで通話が届く。

 それが無いのは気絶させられているからなのか、範囲外だからなのか……こちらからは確認のしようがない。どうしたもんか……。

「仕方ない……体力使うか……」

 三日香は再びなるべく高い所に登り、深く息を吐き精神を落ち着かせて“力”を集中させる。そして思い切り範囲を広げて探知をかける。

 三日香の“力”は「レーダー」。狼の亜人である彼女の研ぎ澄まされた五感で周囲の生命反応を探知する。範囲は増減可能だがあまり広い範囲に“力”を使うともちろんその分消費も大きくなる。

(どうせこの後戦闘も控えてる。幽香がいるとはいえなるべく消耗は避けたいが……)

 と、彼女のレーダーに反応が引っかかる。

「……海岸側……この建物の形状は……倉庫か?またベタなトコに捕まってんなアイツは……」

「見つかったー?みっちゃーーん」

「だからデケェ声出すなって……まぁ、近くには反応が無いからいいか……」

 三日香は幽香に位置を共有し、簡易的な作戦を立てる。

「探知に引っかかったのはメイの他に5人。全員一気に仕留めるのがもちろん理想ではあるが……」

「私は一度に出来ても3人までかな〜……複数戦には向いてないんだよね〜」

「十分だ。アタシが残り2人を仕留められれば一発で解決だが、いくつかの場合は想定しとかないとな……」

(それにしても、さっきの反応の中に1人……妙な反応があった。あれは確か……)

 1つの疑念を抱く事になってしまった。基本的には一度覚えた気配は忘れない……自分の感覚を信じるなら、あの反応は……。

「……いや、考えるのはよすか。そこにいたのが誰だったにせよ、メイを助けなきゃいけない事に変わりは無い」

「どしたの?みっちゃん」

「……いや、なんでもない。3人、任せるぞ。お前はアタシ達の最高戦力なんだからな」

「えへへ〜任せて〜」

 ユウカは普段のほほんとしてるが戦闘になると頼りになる奴だ。3人任せていいとユウカが言っているのなら、任せられる。どちらかというと問題はアタシの方にある。アタシは別に戦闘向きの“力”は持ってない。もし相手の中に発現者がいたならほとんどユウカに任せる事になってしまう。

「じゃあ助けに行こっか!」

「ああ」


 海岸沿いの倉庫は近付いてみるとある程度の大きさがあり、中は雑多な物資が並んでいた。

「この分なら奇襲は簡単にいきそうだな……位置的に……そうだな、手前側にいる3人をユウカに任せていいか?」

「分かったよ〜」

 幽香は言うなりタンタンとステップを踏む様に、しかし足音は一切立てずに天井の梁の上に乗った。

「……よし。アタシは……あの縦積みされた荷物の上がいいな」

 三日香も位置につく。と同時に明が三日香の存在に気付き、視線は向けずに“力”を使う。

(ごめんね、みーちゃん。ちょっとミスっちゃった)

(気にしなくていい。今助けてやるから待ってろ)

(もうちょっと我慢してね〜めっちゃん)

 これで3人の意思疎通も取れるようになった。脳内通話で幽香と三日香はタイミングを合わせる。

(それじゃ、いくぞ。……3……2……1……)

「よっ……と!」

「よ〜いしょ!」

 2人同時に飛びかかり、賊の5人をほぼ同時に仕留める。

「ふぅ、よし。これで全員……」

 安堵しかけた、次の瞬間。

「ハハッ、待ってたよ!クソ犬女の末裔め!!」

 突然どこからともなく現れた人攫いの頭目が、幽香の背後から襲いかかる。取り出した剣によって、幽香は……真っ二つに切断された。……様に見えたが、外傷は無い。しかし……

「あっ……」

 幽香はまともに声も出せずに血を吐きながら床に倒れ込んだ。明が顔を真っ赤にして何か叫んでいる。反対に三日香は顔を青くしていた。幽香を切り裂いたその男は、先程確かに気絶させた筈。なのに何事も無かったかの様にそこに立っている。それに、それだけでは無かった。そこに立っているのは……。

「……お前、昼間酒場にいた……!やっぱり、そうだったか。妙な反応が引っかかったとは思っちゃいたがまさか……!」

「そう、そういう事。まさにアンタが今、考えてる通りさ。…………くっくっくっ、なーんてね。ありがとな、イヌッコロその2。お前のおかげで万事、予定通りだ。この犬女はこれで間も無くくたばる。俺の人生の目的も、これで終わりだ」

「……テメェ!」

「おっと、動くなよ。この犬女はまだ生きてるんだぞ?意味、分かるよな?」

 剣先を幽香に向けながら頭目の男は言う。

「……っ、くそ」

「……ふふっ、しかし笑いが止まらないな。遂に、遂にだ。俺の先祖の無念を晴らせたんだ!代々、誰も成し得なかった復讐を!俺は果たしたんだッ!!!」

「……何の事だ?何を言ってやがる、テメェの事なんざ知らねぇぞ。ユウカだって初対面の筈だ」

「正解。俺とお前らは初対面だ。しかしコイツ……え〜っとなんてった?この犬。名前だよ、名前」

 一々感に触る言い方だが、今コイツを刺激するのはまずい。一旦素直に受け答えした方が良さそうだ。

「ユウカだ」

「ああ、そうそうそれそれ。ユウカの先祖……それが昔亜人族の権利を主張したいわば『亜人族解放運動』の主導者、香織(カオリ)って女さ。まさかんな事も知らずにコイツと今までチーム組んでたのか?お前ら」

 三日香と明は顔を見合わせる。そんな事、聞いた事も考えた事も無かった。

「……めでたい連中だね。いや、そんだけアンタらにとっちゃどうでも良かったって事だろ。……昔お前らの先導者が裏切って殺した……たった1人の人間の理解者の事なんて」

 男は笑みを絶やさず、しかし目は笑っていなかった。

「聞いたところでどうだって事でもねぇだろうが聞かせてやるよ。この女の先祖と……俺の先祖の話を」


 香織は他の亜人族と同じ様に幼い頃から人間達に迫害を受けて暮らしていた。しかし人間達を恨んだり襲ったりせず、むしろ歩み寄ろうとした。それまで亜人族の誰もが無理だと諦めていた純人間の民との和解交渉。それを成し遂げる為に当時何でもやれる事はやっていたと聞く。人間の政府機関への嘆願書の提出や街頭演説、果ては何か人間達に誠意を示そうと雑用でも何でも買って出たそうだ。そんな彼女の態度にまず動かされたのは一部の同族達。そしてその次にその運動に参加したのは……あろう事か純人間の(カオル)という男だった。薫は当たり前の様に行われていた亜人族への差別や迫害に疑念を持ちながら成長した。そしてある時街角で香織の演説を聞き心打たれ、自分に出来る事なら何でもすると協力を申し出た。これが今も掲げられている亜人族の権利に関わる全ての始まりさ。

 ……俺は初めてこの事を知った時、先祖を誇りに思ったよ。今や当たり前の事。その基盤を作った人物の血が自分にも流れているんだと。そして亜人族を特別に思う様にもなった。しかし過去の文献を調べているうち、とんでもない事実を知ったんだ。それが、亜人族の先導者・香織の裏切りだ。当時その運動に加担していた純人間は薫ただ1人だったからな。そりゃあもう凄惨な迫害を受けた。それでも、怯む事無く訴え続けたんだ。亜人族の権利の主張。自分には何一つ利は無いってのに、それでもな。だが、事件は起こった。香織達の運動の事を良しとしなかった物達が鬱憤を晴らそうと矛先を向けたのは、何故か亜人族ではなく唯一それに加担する人間・薫だった。恐らくは純人間がそのデモに加わっている事に不都合があったというのもあるだろう。薫は過激派の連中に捕まり、公開処刑……見せしめとして殺される事になった。もちろん香織達が黙って見過ごす筈がない。たった1人、協力を申し出てくれた純人間の男。絶対に殺される訳にはいかない。……筈だった。実際には香織達は一切公開処刑には関わらず、沈黙を決め込んだ。そりゃそうだ、香織は……あの女は、薫を公開処刑にし、もう運動や揉め事を起こさない事を条件に亜人族の権利を政府機関に認めさせた。薫の知らない裏の場では既に取引は済んでいたんだ。嗚呼……先祖・薫の無念が声となって俺には聞こえる。自らの首を取引の種にされた事も知らずに彼は死んでいったんだ……。


「……その事を知ってから俺は、香織の子孫がまだ生きているんじゃないかと調べ始めた。ついでに憎たらしい亜人族の奴らを適当に捕まえては売り捌いた。そして辿り着いた……この女に!」

 頭目の男は幽香の体を踏みつけた。斬られた体が痛むのか幽香は小さく呻き声を出している。

「俺は復讐の誓いを立てこの人生を進んできた……その為に色々と面倒もあったが、最終的にはこうして見事作戦を成功に導いた。この女がくたばった後、さっきの一撃で“力”を殆ど使い果たした俺はお前らに捕まるか殺されるだろうが……もはやどうだっていい。もう俺の人生はここで終わったんだ」

「……んな事どうでもいいが……その足をどけろ……!今すぐに……!」

 刺激しない様に話を合わせる予定でいた筈の事を三日香は既に忘れていた。目の前で痛みに呻く親友の身体を踏みつけられているのだから無理もない。頭目の男もそれを理解してニヤニヤと嫌な笑みを浮かべながらやっている。しかし不意に三日香の顔が困惑の表情に変わる。幽香が男の足に触れたのだ。反射的に足を掴むなら分かるが、()()()()()のだ。それに何故か幽香の顔色は青いが、表情は柔らかかった。

「ごめ……んね……」

 幽香は息も絶え絶えに何か頭目の男に語りかけている。

「わた、しも……知ってたよ。ご先祖様の……事」

 そこで一度言葉は止まり、血を吹き出す。

「おい、喋るなユウカ!すぐにコイツをぶっ飛ばして近くの病院を探す!」

「おいおい気は確かかよ!コイツの状態を見ろ、間に合うわきゃねぇだろ!」

 男は笑い飛ばす。三日香は飛びそうになる自らの理性を必死に抑える。今は幽香の事を気にしなければならない。そう言い聞かせる。

「そう……だよ。間に合わない……から、いわせて」

 幽香の普段あまり見せない眼差しを見て三日香は思わず黙ってしまう。

「君……トオルくん……でしょ」

 男は目を見開いた。

「な……なぜ、テメェが俺の名前を知ってる!?部下にだって俺の名前は言ってねぇぞ!」

 真剣な目からまたいつもの柔和な表情に戻り幽香が続ける。

「小さい時に、ね……聞いたんだ……昔の出来事と……君の事……」

 また血を吐いても、決して止めずに幽香は言葉を紡ぐ。

「ずっと、謝りたかった……薫さんの子孫である……君に」

 トオルは先程自分の名前を言い当てられた際に驚き少し後ずさっていたが、もう一度幽香の側に立ち吐き捨てた。

「どういう事だ、謝りたかったって……俺はお前に復讐する為に生きてきたんだ!謝って欲しくなんて微塵もねぇんだぞ!!」

「うん、わかってるよ……だからこれは、わたしの自己満足……それと、あと一つ……」

 幽香は何かトオルに向かってジェスチャーを取り、トオルは少し悩んだが幽香の側にしゃがみ込んだ。そして何かを耳打ちした後、トオルの表情が強張り何故か後ずさって壁にもたれかかってずり落ち、座り込んでしまった。

「みっちゃん、めっちゃん……」

 三日香はハッとして明の拘束を解き、幽香のそばに駆け寄る。

「幽香、“力”を回せ。少しでも出血を抑えて傷を……」

「いいの、私ね、実は知ってたんだ……こうなるかもしれないって……」

「…………は?」

 理解が追いつかない、という表情の三日香。

「……どういう事?ゆーちゃん……」

「この件を……どうしても受けたい……って言ったのはわたしだったでしょ……?あの子……トオルくんが、関わってるかもしれないって……気づいたからなの」

「ユウカ、まさかお前……福音さんに死ぬかもしれないって聞いてた、なんて言うんじゃないだろうな」

 幽香は少し気まずそうに笑みを浮かべて答える。

「……ごめんね」

「そんな……」

 明は力が抜けたのか尻餅をついて座り込んでしまった。三日香はまだ納得出来ず、震えている。しかしその後、幽香は一際大きく血を吐き、何も喋らなくなってしまう。

「……ッ、オイ、ユウカ!ユウカッ!!」

 幽香は三日香に頬をタンタンと叩かれても何も答えなかったが、代わりに震える手で自らの頭を指差した。

「…………!おい、メイ!テレパシーだ!」

 へたり込んでしまっていた明が意図に気付き、3人の脳内をテレパシー通話で急ぎ繋ぐ。

(ありがとう、気付いてくれて。もう、口が動いてくれないの)

「そんな事いい、アタシはまだ諦めないぞ。すぐにでも近くの医療施設に……」

(いいって言ってるでしょ〜?もう間に合わないってば。それより、私の意識が途切れる前に聞いて。これが最後になるから)

「お願いだからそんな事言わないでくれ、頼む、頼むから……生きようとして、くれ……」

 三日香は自分でガラにも無い、とは思っていたものの口が止まってくれなかった。いつになく弱気な語気で、今にも泣き出しそうな表情をしている。

(……みっちゃんのそんな顔と声、久しぶりに聞いたかも。最後にレアな体験、出来たかな)

 三日香は声が出せなくなっていた。ついに泣き出してしまい、嗚咽しか出てこない。

「……ゆーちゃん、聞いて欲しいことって……何?」

 明は覚悟を決めたのかせめて最後まで話を聞こうと真剣な表情で幽香を見つめる。

(そうだね、時間もなさそうだから簡潔に言うね……まずみっちゃん。私のやりたかった事を、代わりにやってくれないかな。きっと、みっちゃんの性格なら上手くやれると思うから……)

(……分かった、分かったよ。しっかりやっといてやる)

 幽香とは違う意味で言葉が出せなくなってしまっていた三日香は脳内で幽香に返事した。

(ありがとう、みっちゃん。いいこ、いいこ)

 幽香は頼りなく腕を上げ、三日香の頬を撫でる。三日香はその手を優しく握る。

(それと、めっちゃん。あなたに、何か頼みたいって事は無いんだけど……提案があるの)

「……提案?」

(めっちゃんはね、きっと先生に向いてると思うんだ……だからさ、これからポラリスが迎える子達を導いてあげてくれないかな……って)

「私にそんな事が出来るのかは分からないけど……機会があれば、やってみるね」

(うん、それでいいの。ありがとう)

 幽香の呼吸が明らかに弱くなっている。

(ごめん……そろそろ……かも。ほんとの最後にこれだけ……あの子……トオル君を、どうか恨まないで。あの子は、いつも亜人族に、優しく接してくれていたのを……私は知ってる。恨んでいたのは個人であって……種族じゃないの。きっといつか……分かり合える……から)

 2人はトオルの方を見る。頭を掻きむしって、何か呟き、息を荒くしながら震えている。

「……ねぇ、ゆーちゃん。さっきアイツに何を言ったの。あいつは何で、あんな事になってるの」

(ごめん、それはね……もう、説明してる時間はないんだ。でも、後で分かるから……)

 先程まで弱まっていた幽香の呼吸の音が一息、少しだけ強くなり……そして______

「ごめんね、今まで……あり……がと……ぅ」

 ______最期の言葉を遺して、息を引き取った。


 ……時は経ち、ポラリス内のオフィスの一角にて。

「……やれやれ、事務仕事ってのは苦手だね、どーも」

 三日香は夜警団の新たな団長にお願いし、ポラリスの上層部に話を通してもらい新しく特設課の設置を進めていた。

「これのどこがアタシに向いてると思って押し付けて行きやがったんだ?アイツは……」

「事務仕事のことに関しては考えてなかったのかもね。性格が向いてる〜とか言ってたし」

 よいしょ、と書類の束をデスクに運びながら明が言う。

「かもな……メイが手伝ってくれて本当助かってるよ」

「まぁ〜私が担当するのは次の暦から来る子達だから。まだ少し時間あるしね」

「なるべくメイが手伝ってくれてる内に終わらせないとな」

「そうだね、亜人関連の人事に対する特別課……これがあの子のやりたかった事。……なんだね」

「ああ……前からやりたいとは聞いてたが、あんなタイミングで任されるとは思っても見なかったけどな」

 ムスッとした顔をした三日香を見て明はクスッと笑った。

「ここにあの子がいたら、きっとよーしよしって頭を撫でてただろうね」

「……だろうな、目に浮かぶぜ」

 雑談しながらも手を動かし、作業を進める。この階のオフィスの片隅に、今度出来る特設課。そのスタートアップの為に必要な事を解決していく。いつかここが、幽香の思い描いた場所になる為に。


 ______更に数ヶ月後、ポラリス内の教育施設。

「私はこれから君達8人の担当をさせてもらう豊巣明!よろしくね〜」

 明はボードに自分の名前と読み仮名を書きながら座っている子供達に挨拶する。

「じゃあ君達にも自己紹介、してもらおうかな?窓側の君から順番に……はい、どうぞ!」

 子供達は順番に自己紹介を進める。

「あ、天音心音(アマネシオン)……です……よ、よろ、しく、です……」

「……遺懐遠古(イカイエンコ)……」

「オレは空間通裏(アキマトウリ)!よろしく!」

「……霊場照陰。よろしく」

「はいはーい!透鮫愛渦っていいまーす!」

 最後に残ったのは大人しげな男の子だった。

「ハイ、最後に君!」

 何故かその子はもじもじして、中々喋りたがらなかった。

「えぇ〜っと……どうかしたのかな?具合悪いかな?」

「あ、その……いえ」

 一呼吸して、やっとその子は喋り始めてくれた。

「僕はその……ここに来るまでの記憶が……無いんです。だから名前……名前くらいしか、言えなくて」

「うんうん、それでいいんだよ。皆に向けて言ってみよう」

「……僕の、名前は」

 私より先に旅立ってしまったあの子と、似た名前のその子は。雰囲気や言動も何となくあの子を思い出すような子だった。性別も種族も、何もかも違う筈なのに、どうしてか、どうしてか______

「……せん、せい?」

「……ん、あ……ごめんね、どうしたの?」

「どうして……泣いてるの?」

「……えっ……」

 気付けば涙を流していた。自分でもどうしてこんな事になっているのか分からなかったが、先生が突然泣きだしてはこの子達の方が訳が分からないだろう。

「……ごめんね、少し君と似た友達を思い出しちゃって。もう大丈夫、じゃあ最初の授業、始めよっか!」

 涙を拭い、明るく振る舞う。今の私は、子供達の前に立つ先生なのだから。


 この後、三日香と明は隣から居なくなってしまった親友の為にそれぞれの道で動き始める。三日香は亜人族専門の人事部特設課として多くの亜人族の居場所を作ろうと。明は亡き親友の勧めから、子供達をより良い明日へ導く事を。これらの活動が後の燈郷を変えていく礎となっていくが、本人達はそんな事は知りもせずただ目の前の物事に立ち向かい奔走する……。

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