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こちら、モンスター心療内科  作者: 泉 佑理
ミズティラ海岸のサハギン
9/25

3

 あれこれ試すもうまく行かず、とりあえず解散ということになった。

 ルズたちのそうしたふざけた計画の後、何か変わったか試してみようと海の中に潜りこむ。予想通りというのか、やはり耳元で囁やき叫ばれるあの声は相変わらず消えることはない。ぐるりと海底を一周し、そのまま上がろうとした。

 砂に沈んだ鏡をふと目にとめた瞬間――胸の奥からふつふつと熱が沸き上がり、気づけばそれを力任せに叩き割っていた。

 変わらない「ばけもの」が、そこにいた。

 ルズたちと一緒に試したことは散々な結果に終わった。けれど、どれもこれもが上手くいかなくとも、みんな前向きだった。みなが落ち込む僕に、背中を叩きながら言う。


「しょうがねぇよ、そんなすぐには治んねぇって」

「一緒に考えていこうぜ!」

「俺らも手伝うからさっ」


 ルズも、サハギンの仲間たちも。みんな、同じ経験ようなをしたことがあるはずなのに。前向きで、仲間思いで、笑顔で。こうやって気を遣って、こんな僕を慰めてくれる。とっても良い仲間たち。

 ……それが、少ししんどかった。

 みんなの前向きが、自分の卑屈さを露わにした。

 みんなの仲間思いな姿勢が、自分の情けなさを際立たせた。

 みんなの笑顔が、自分の陰気な性格を嫌というほど見せつけた。

 僕は、外見だけでなく中身までも醜い。


『おぞましい ばけもの』


 頭の中で繰り返される言葉が、まさしく自分自身のことだと、自嘲して乾いた笑いが漏れた。

 ほんと、嫌になる。

 俯き、割れた鏡をぼんやりと見つめながら、ふと "ショフケ・スキープ" での出来事が頭に浮かんだ。

 そういえば、あそこのバーテンダーにまだ謝ってない。

 思い出し、重い足を引きずるように深い海底を歩いた。



 まだ客もいない朝の静けさが残る時間。もしかしたら閉まっているかもしれないという不安はあったが、恐る恐る扉を押すと、からりと開いた。中では、あのバーテンダーのクラーケンが一人、カウンター越しで食器を洗っている。

 グラスを割ったこと、片付けもせず逃げ出したことを謝らないと……。

 そう思ってこっそり歩み寄ると、こちらに気付いたのか彼は顔を上げ、静かな目で僕を見た。


「前の、ザハルさん……ですね」

「はい。この前は本当に、すみませんでした!」


 勢いよく頭を下げる。本当に、この方には迷惑をかけた。申し訳なさで一杯だった。


「いえ、ルズさんから話は伺っています、今回のは仕方のないことです」

「え、あ、そうですか……。情けないですよね、ほんと」


 軽く頭を搔きながらも、もう広まっているのかと自分の行いを棚に上げ、ルズが話したことに少し苛立ちを覚えてしまった。


「モンスターの自分が、"醜い" ことを気にするなんて……」

「いいえ、別に情けないことではないと思いますよ」


 洗い終わったグラスを拭きながら、クラーケンは淡々と言う。


「仕事柄、そういう悩みを聞くことも少なくありません。あなたが特別そうだとも思いません」

「そ、ですか……」


 自分だけではないという言葉に安堵しつつも、海の中で聞こえるあの声と自分の姿への嫌悪感は変わらない。仲間に会うのも億劫で、今後を思うと不安ばかりが募り、自然と視線が落ちた。


「これは、もしよければの話ですが」

 

 話を続けられ、顔をあげた。


「"モンスター心療内科" というところがあります。"イッテツ先生" は少し風変わりですが、あれはあれで頼れる方です。一度相談してみるのはいかがですか?」


 モンスター心療内科


 その名は聞いたことがある。数年前に突然現れたという、比較的新しい病院。当時は「モンスターが心の病気なんて」と笑った記憶があるが、今の自分を思えば、それが必要な場所に思えた。


「ありがとうございます。一度考えてみます」


 ぺこりと頭をさげて礼を言い、その場を後にした。



 今の僕には「物語」の役割もない。そして、仲間たちと過ごすことさえ苦しい。サハギンたちでなく、そういう専門家に頼る方が得策だろうと思い、海を抜けて中央管理棟へと転移した。

 中央管理棟――「物語」とモンスターたちを管理する施設。

 ここに足を運ぶことは滅多にないが、その地下に「モンスター心療内科」があるという。エレベーターで上がった先のフロア一帯を占める内科や眼科などの立派な施設とは異なり、その心療内科は古びた階段を下りた先に隠れるように存在していた。

 コンクリートの階段を一段一段降りていく。薄暗い廊下を進むと、奥に「モンスター心療内科」の看板がぼんやりと浮かび上がる。看板を照らす蛍光灯はチカチカと点滅を繰り返し、どこか廃れた雰囲気を漂わせていた。目の前の扉は、まるで倉庫へと続くような使い古されたおんぼろそのもの。


「……ここで、本当に合っているのかな」


 ひとり言のように呟いてみても、応えるものはいない。意を決し、ひび割れたその扉をノックした。

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