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そうして戻った夜も、その次の日も。出された薬が効くことはなく、一睡もできなかった。
——あの、ヤブスライムがッ。
眠気に霞む視界の中、フィールドを歩けば一面に倒れるゴブリンたちが目に入る。そして、まだわずかなHPを残したガンロと目が合った。
「グランさ——」
向けて伸ばされた手は、剣で切り裂かれた。もちろん血はでない。血が通っていない俺らを、同様に血が通っていないプレイヤーが倒していく。
そう、これでいい、これが「面白いゲーム」だ。
そうやって目をつむる。恐怖に脈打つ心臓の音も、仲間のうめき声も、フィールドの音も聞こえない。ただ静かな大地の風を切る剣の音。それにほんの微かに体が強張った。そして、今日もまた、俺はプレイヤーに倒された。
やっと終わったと首を回し、藁の家へと戻る。左奥の隅に置かれた寝床まで侵食するほどでかいテーブルで、ガンロは真剣な表情で端末を眺めていた。
「おい、なにしてるんだ?」
「レビューですよ、レビュー」
レビュー? あぁ、ゲームの評判チェックか。どうせ俺らのことなんて書かれていないのに、よくそんなのを見るものだ。
「オレらのことが、載ってるんすよ……」
「あ?」
ゴブリンのことが?と疑問に思いつつ、そんなによかったのかと驚いて相手を見やれば、しゅんとした様子だった。
「俺ら、弱すぎって。最初にこんなつまんない敵いたら、やる気なくなるって」
そう言って、レビュー画面を見せてきた。
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『プレイヤーのこと舐めすぎ、今時こんなつまんないアクションやる価値ない』
『最後の方はやりごたえが出てきたけど、そこに行くまでが苦痛だった。特に最初のところ。ラスボスとエンディングは良かったのに。勿体なさ過ぎる。二週目やろうとは思わないかな』
『グラフィックゲーだわ。モンスターのAIが単調すぎww』
===
「これが、本当にオレらの役目なんすか……?」
「——ッ。くだらんもん見てないで、さっさと寝ろ。明日もあるだろ」
眉を下げて問われた言葉を避け、布団へと入った。ガンロのいる机と反対に体を向け、目を閉じれば、脳裏に先の言葉が浮かんだ。
『つまんない』
くだらない……あんなもの、久しぶりに目にした。
あれは、そう、ゲームの世界。今のではない。初めて役目を与えられた、青と緑が美しい草原の中。ふわりと横切った蝶が、新鮮で、驚きで。降り立つと同時に興奮したのを覚えている。
現代のゲームと比べると、とても単調で、簡単なシステム。俺は真面目に取り組み、立ち向かっていった。「あいつらを倒すのが俺たちモンスターの役目だ」と本気で思っていた。
そこで——初めてプレイヤーに倒された時のことを今も覚えている。青い鎧を身にまとう騎士。長い剣を手に、体を掻っ切られた瞬間、強い、熱を感じた。傷口から、光とともに薄れる体。痛みより、そんなものより、それごと消えていく自分の方が怖かった。「もう死にたくない!」と、本気で思った。
だから、倒した。作戦を立てて。追い詰めて。罠にはめて。何人も何人もプレイヤーを倒した。GAME OVERを何度も見せつけた。剣を取る騎士たちを、土を崩し、岩を落とし、叩きのめす。そうして築かれた山を見て、仲間と騒ぐのが楽しくて仕方なかった。そして。
プレイヤーたちからこう評された。
『こんなの、おもしろくない』
プレイヤーが活躍できないゲームは面白くない。モンスターのゴブリンはやられるべき存在。当時まだ経験もなかった俺は、役目を分かってなかった。
——そっか、つまんないか。
誰が発したかなんて覚えていない。けれど周りも、俺も、理解して。そうやって、手を抜くようになった。震える足で踏みしめて立ち、叩き潰され地へと伏した。このまま消滅しないのか不安で、それでもフィールドに立つ。その結果がこれ。
『面白かった!』
つまらん言葉で称賛されるゲーム。這いつくばるモンスターともてはやされる騎士。全部がすべてが嘘っぱち。そんなもの、価値などない。だから。
ガンロも、レビューなんて見ないでさっさと……。
「……とか、良さそうですね!」
明るく騒ぐ声。はっと深い思考から目を覚ました。視線を向ければ、ギークとガンロがいた。それに他のゴブリンも何匹か。机を囲んで話し合っている。起き上がり、声を掛けた。
「おい、なにを、」
「あ、グランさん。作戦会議中ですっ」
ギークは机いっぱいに広げた紙を、フィールドマップを指さす。そこにはプレイヤーとモンスターの位置、障害、宝箱。担当分けをしているのか、色のついたラインが引かれている。
「参加しませんか?」
「なんなんだ、いきなり」
「やっぱりレビュー見て頑張らなきゃなって。ガンロさんも張り切ってますし。ね?」
「うっす!」
目を向ければ、鉛筆片手に考え込んでいる。前の爆弾の改良なのか、紙に火薬の分量がメモしてある。威力は高いが、まだ精度が低い。そこに、頭を悩ませている様子だ。
「グランさんもどうですか?」
「俺は……」
問われて、視線を落とした。
「いや、いい。お前らも、早く寝ろよ」
手を振って応えた。若いのに混じっても、作戦など練っても仕方ない。
そうして戻った布団の中。目を閉じて聞こえるあいつらのアイデアは、どれもこれも大したことないものばかり。それを興奮したように騒ぎ立てて。それがどうしても気になって、眉を寄せた。
しばらくして解散したのか、寝息が聞こえ始めた頃。未だ眠れず身を起こすと、ただ一匹、俺だけが夜に取り残されていた。