表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こちら、モンスター心療内科  作者: 泉 佑理
はじまりのゴブリン
3/25

3

 そうして戻った夜も、その次の日も。出された薬が効くことはなく、一睡もできなかった。


 ——あの、ヤブスライムがッ。


 眠気に霞む視界の中、フィールドを歩けば一面に倒れるゴブリンたちが目に入る。そして、まだわずかなHPを残したガンロと目が合った。


「グランさ——」


 向けて伸ばされた手は、剣で切り裂かれた。もちろん血はでない。血が通っていない俺らを、同様に血が通っていないプレイヤーが倒していく。

 そう、これでいい、これが「面白いゲーム」だ。

 そうやって目をつむる。恐怖に脈打つ心臓の音も、仲間のうめき声も、フィールドの音も聞こえない。ただ静かな大地の風を切る剣の音。それにほんの微かに体が強張った。そして、今日もまた、俺はプレイヤーに倒された。


 やっと終わったと首を回し、藁の家へと戻る。左奥の隅に置かれた寝床まで侵食するほどでかいテーブルで、ガンロは真剣な表情で端末を眺めていた。


「おい、なにしてるんだ?」

「レビューですよ、レビュー」


 レビュー? あぁ、ゲームの評判チェックか。どうせ俺らのことなんて書かれていないのに、よくそんなのを見るものだ。


「オレらのことが、載ってるんすよ……」

「あ?」


 ゴブリンのことが?と疑問に思いつつ、そんなによかったのかと驚いて相手を見やれば、しゅんとした様子だった。


「俺ら、弱すぎって。最初にこんなつまんない敵いたら、やる気なくなるって」


 そう言って、レビュー画面を見せてきた。


 ===


『プレイヤーのこと舐めすぎ、今時こんなつまんないアクションやる価値ない』

『最後の方はやりごたえが出てきたけど、そこに行くまでが苦痛だった。特に最初のところ。ラスボスとエンディングは良かったのに。勿体なさ過ぎる。二週目やろうとは思わないかな』

『グラフィックゲーだわ。モンスターのAIが単調すぎww』


 ===


「これが、本当にオレらの役目なんすか……?」

「——ッ。くだらんもん見てないで、さっさと寝ろ。明日もあるだろ」


 眉を下げて問われた言葉を避け、布団へと入った。ガンロのいる机と反対に体を向け、目を閉じれば、脳裏に先の言葉が浮かんだ。


『つまんない』


 くだらない……あんなもの、久しぶりに目にした。

 あれは、そう、ゲームの世界。今のではない。初めて役目を与えられた、青と緑が美しい草原の中。ふわりと横切った蝶が、新鮮で、驚きで。降り立つと同時に興奮したのを覚えている。

 現代のゲームと比べると、とても単調で、簡単なシステム。俺は真面目に取り組み、立ち向かっていった。「あいつらを倒すのが俺たちモンスターの役目だ」と本気で思っていた。


 そこで——初めてプレイヤーに倒された時のことを今も覚えている。青い鎧を身にまとう騎士。長い剣を手に、体を掻っ切られた瞬間、強い、熱を感じた。傷口から、光とともに薄れる体。痛みより、そんなものより、それごと消えていく自分の方が怖かった。「もう死にたくない!」と、本気で思った。

 だから、倒した。作戦を立てて。追い詰めて。罠にはめて。何人も何人もプレイヤーを倒した。GAME OVERを何度も見せつけた。剣を取る騎士たちを、土を崩し、岩を落とし、叩きのめす。そうして築かれた山を見て、仲間と騒ぐのが楽しくて仕方なかった。そして。

 プレイヤーたちからこう評された。


『こんなの、おもしろくない』


 プレイヤーが活躍できないゲームは面白くない。モンスターのゴブリンはやられるべき存在。当時まだ経験もなかった俺は、役目を分かってなかった。


 ——そっか、つまんないか。


 誰が発したかなんて覚えていない。けれど周りも、俺も、理解して。そうやって、手を抜くようになった。震える足で踏みしめて立ち、叩き潰され地へと伏した。このまま消滅しないのか不安で、それでもフィールドに立つ。その結果がこれ。


『面白かった!』


 つまらん言葉で称賛されるゲーム。這いつくばるモンスターともてはやされる騎士。全部がすべてが嘘っぱち。そんなもの、価値などない。だから。

 ガンロも、レビューなんて見ないでさっさと……。




「……とか、良さそうですね!」


 明るく騒ぐ声。はっと深い思考から目を覚ました。視線を向ければ、ギークとガンロがいた。それに他のゴブリンも何匹か。机を囲んで話し合っている。起き上がり、声を掛けた。


「おい、なにを、」

「あ、グランさん。作戦会議中ですっ」


 ギークは机いっぱいに広げた紙を、フィールドマップを指さす。そこにはプレイヤーとモンスターの位置、障害、宝箱。担当分けをしているのか、色のついたラインが引かれている。


「参加しませんか?」

「なんなんだ、いきなり」

「やっぱりレビュー見て頑張らなきゃなって。ガンロさんも張り切ってますし。ね?」

「うっす!」


 目を向ければ、鉛筆片手に考え込んでいる。前の爆弾の改良なのか、紙に火薬の分量がメモしてある。威力は高いが、まだ精度が低い。そこに、頭を悩ませている様子だ。


「グランさんもどうですか?」

「俺は……」


 問われて、視線を落とした。


「いや、いい。お前らも、早く寝ろよ」


 手を振って応えた。若いのに混じっても、作戦など練っても仕方ない。

 そうして戻った布団の中。目を閉じて聞こえるあいつらのアイデアは、どれもこれも大したことないものばかり。それを興奮したように騒ぎ立てて。それがどうしても気になって、眉を寄せた。

 

 しばらくして解散したのか、寝息が聞こえ始めた頃。未だ眠れず身を起こすと、ただ一匹、俺だけが夜に取り残されていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ