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向かうは夜の街。飲み、歌い、踊り、そして睦み合う声。賑やかなBGMに隠れるように影に佇んだ。すると、意外な男が釣れた。
「おい、お前こんなところで何してる」
「それはこっちのセリフだけど。仕事はどうしたのよ」
「そんなことより、病院は——」
続く説教に呆れ、まぁコレでもいいかと目を伏せた。
「どうせ、治らないですもの……」
揺れたような表情の男。堅物もやはり男なのか。そして理解した。あの、人間のドラマとかいう果歩のように、弱っている、所謂そういう女が好きな男もいるのだと。作り上げた表情の裏でそう思った。
……やっぱり同類は良くないわね。やめましょ。
「なによ。そんな顔しないで。別に、深刻な話をしてるわけじゃないわ」
「……お前」
途切れた声は、どこか言葉を探しているように聞こえる。思わず否定しようとした。
「違うわよ」
「……無理してるところを、見たくはない」
いつもの仏頂面のまま、少しばかり耳の淵を赤くして。そっと触れた腕。自然と視線が動いた。引き止めるように見つめる姿は新鮮で。
「放っておけないだろ……」
拍子抜けするものだった。なんとまぁ、つまらない男。こんな自信のない姿が好きだなんて。……そう。なら、まぁいっか。
「……じゃあ、どうするの?」
沈黙を破った挑発するような言葉。彼の息が止まったのがわかった。眉間にしわが寄り、強く腕を掴まれる。
狙った相手ではない。けれど丁度いい。だから流れるままにいただくことにした。先の心療内科のやり取りで閃いた計画。そこら辺ので試すつもりだったのに、意外な相手となったが、大した問題じゃない。結果は大成功。最後までくしゃみが出ることはなく、あっけない終わりに、やっぱり私こういうの向いてないわねと小さく思った。
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——『深層心理が現れてるのかも』
ふっと鼻で笑ってしまう。相手から求められること。そんな虚しいものを欲しがっているという事実に。
「……どうした」
その音を拾った横のグレイが問いかけてきた。いつもの淡々とした声。けれど気に掛けたような雰囲気に、「なんでもないわ」と伝え、ベットを抜け出す。早くここから離れたかった。着替えながら、それでも視線を感じ、口を開いた。
「仕事よ、仕事。アタシも休んでばかりいられないでしょ」
そう、仕事。『物語』の。もうアタシに、役をこなすことができる。解決して尚、胸の内は晴れない。爪が掌に食い込むほど、強く拳を握った。
「……行くのか」
静かな声。もう一度口を開こうとして、そのまま閉じた。飲み込んだ言葉と共に、ドアへと向かう。冬を感じたくて仕方なかった。そうしてドアノブに手をかけようとして、指先が止まった。
——『見当もついてないんだろう?』
唐突に浮かんだ仏頂面。何か言いたげな目。そして、今も。
だから振り返った。そして向き合う。堅物で冗談も効かなくって弱った女が好きなムッツリ男で……ビックリするほどの心配性に。これから言うことは、自己防衛の暴論。利用した相手への哀れみなんかじゃない。ただの自己満足。けれど。この言葉を言う必要が、確かにあると思った。
「ねぇ、今からヒドイこというわね」
「……」
「友達として、アナタのことが好きだわ。……ありがとう」
顔も見ずに、扉を抜けた。閉じた扉の先で、しゃがみ込み、深く息を吐く。
バカ。くそったれ。最低な、女。
吐き出したそれを踏み潰して、立ち上がった。外に出ればもう朝で、相変わらず鬱陶しいほどの晴天だった。解決したくしゃみ。それに喜び心躍ることはまったくなく、ただ得られたものは、ぽっかりとした穴だった。ざわざわと騒がしい街を抜ける。"腹も膨れぬ同族食い"とすぐさま噂になったアタシ。いい加減疲れていた。一人になろうと足早に歩を進めると、いつもの声が背後から呼び止めた。
「ミリスッ!」
「なーに。今、機嫌悪いのだけど」
「あんた、グレイに何したのよ」
「な~んにも」
「あの堅物が靡くなんて、珍しいにもほどがあるじゃないッ」
今その話をしたくなかった。けど、少し引っかかって、足を止めた。あんなにべったりと引っ付いていたサルマ。その相手を「堅物」とは、珍しいものの言い回し。振り返り問いかける。
「アレが気に入ってたんじゃないの」
「そういう話じゃないわ。グレイに限ったものでもないし。いつもそう」
意味が、分からなかった。ならなぜわざわざ夜の街で、しかも難易度の高い"同族食い"をするのか。食欲があるという話にしても確かに変だ。疑問符を浮かべたアタシの顔を見て、サルマは続けた。
「あのね……自信を持つためよ」
内緒話をするように、こそこそと。伝えられた言葉に思わず口が空いた。
自信? いつも「私はカワイイ。No.1」と胸を張ってるサルマが?
「なによ、文句あるッ!」
つんとしながらも、赤く染まる耳。手だって羞恥に揺れている。
こんなこと、わざわざ伝える必要なんてなかったでしょうに……。
プライドの高いあのサルマがと思い、そして唐突に理解した。トンッと心が波打ち、波紋が大きく広がる。途端に何かが、空いた穴が満たされる感覚。グレイの部屋を出たときの、凪いだそれと似ていて、確かに異なる感情。込み上がるものをそのまま声に出した。
「……ア、ハハハハハッ!」
「なっ、なにがそんなにおかしいのよッ」
腹を抱え、浮かんだ涙を手で拭った。そうね、忘れてた。そういえばそうだったわ。雪の積もる晴天も、月の浮かぶ夜も。いっつもそう。キラキラと輝いて、目障りな、金の髪。
——アナタもそうだったわね。
「ふッ」
怒り、喚き、泣き、笑い、そうして共にいる女2人——あのB級ドラマを、こんな風に思う時が来るなんて。アタシってバカ。傑作。最高。抑えようとしても、考え出すと笑いが止まらない。貶されていると思ったのかぷるぷる震えるサルマ。そんな彼女に、晴れやかな笑顔を見せつけた。そのまま顔を寄せる。
「とっておきのがあるの……一緒にどう?」
耳元で囁けば、真っ赤な顔からぼふりと煙を出すものだから、さらに笑ってしまった。
あぁ、いやだわ、ホントに。
「かわいい女!」




