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「ホント、クソみたいなドラマだったわ!」
肘をつき、爪を鳴らす。吐き散らすように文句を言ってやった。あの、名前を出すもおぞましい、クソドラマ。よくもまぁこのスライム「参考になる」だのほざきやがったわね! ほにゃんとした目の前の緑を睨みつけた。
「まだシーズン1だよ! これから果歩ちゃんはどんどん成長していくんだ! このままじゃダメな自分に気付いて、どうすればとお洋服も化粧も美羽ちゃんと一緒に悩んで悩んで好きな人に振り向いてもらっ——」
あ、スイッチ押したかしら。ムッとした表情のまま、ぽよっと机に乗り上げ熱弁している。手なのか足なのか分からない体で身振り手振り動くものだから、少し引いてしまった。
「そ、そんなに好きなのね……」
「まだミリスさんはあの良さを分かってない! 果歩ちゃんは——」
思わず宥めようとしてもプレゼンが止まらないものだから、前と同じように視線を動かしおみつと呼ばれた娘を探せば、部屋の端で茶を飲んでいる。しかも前食べた羊羹まで。……またあの女は。
「確かにミリスさんは『乙女』っていう年齢じゃないかもしれないけど——」
どうしましょと知らん顔してたら、聞き捨てならない言葉が耳に入った。即座に緑の塊をわしずかみ、そのまま床に投げ捨てる。ぽんと跳ねて返ったスライムを、さらにボールの様にバウンドさせた。
「あら、ごめんなさいね? うら若き乙女に向かってとても失礼な言葉が聞こえたわ。一体どこの紳士かしら」
「わっ、わわわっ、うぁっ」
床に、天井に、壁に。すっかりスーパーボールとなった無礼の塊へ、ニコリと笑顔を見せ、それでも手の勢いを緩めない。そのままポイッと投げたそれは、突然開いた扉に弾き飛ばされた。
「お邪魔します!」
勢いよく入ってきたのは、ひらりとしたエラのある緑の青年。地面で目を回したスライムと違って、青の入ったその身体は細身ながら引き締まった筋肉を見せつけていた。
あら、珍しい。海の方かしらと見れば、ずんずん部屋の中を進むなり和服の娘の手を取った。
「おみつさん。お久しぶりですね! そういえば絵本の世界で美しい貝殻を見つけまして、いえ、あなたにとても似合うんじゃないかと——」
和洋の種族差とは珍しいと思えば、どうやら娘は握られた手をそのままにもう片方の袖口を口元に当てて侮蔑の視線を送っている。それに気づかず男はアプローチの言葉を止める気配を見せない。
あの仏頂面の娘が、愉快なことになったわね。目で弧を描き眺めていると、男はコチラに気づいたのか大きな歩幅で歩み寄ってきた。先と同様、さらりと手を握り、極めて紳士的に発する。
「あなたも可憐な方ですね。大胆なその姿は、美しさを示すに相応しい——」
つらつらと言葉を並べ、指先へ軽くキスを送られた。コイツ、ただ軟派なだけなのね。さらりと流すように言葉を返した。
「あらありがとう。よく言われるの」
「ザ、ザハルさんッ! 今診察中だから駄目だよッ。また昼休みに来てね」
「あ、イッテツ先生。すみません。通行証の確認をしたくって、つい」
「それも昼休みに聞くねッ。さ、さ、さ」
スライムは、ぽんとエラの男の背中を押した。追い出された男は去り際に「それではお嬢さん方、また」とウインクして手を振るのを忘れない。なんとまぁ。
「キザな男ね。ココに世話になる奴に見えないわ」
「……ザハルさん、なんか段々酷くなってる気がする」
ふにょりと落ち込んだスライム。部屋の片隅では、表情を落とした娘がアルコール殺菌をしている。まるで嵐のような男。パタンと閉じられたドアを眺め、そして手へと視線を落とした。僅かに、胸の奥底で波が揺れるのを感じた。
「ミリスさん、大丈夫?」
「……えぇ。少し試したいことができたわ」
心配そうに見上げるスライム。返した言葉がよく分からなかったのか、疑問符を浮かべている。口元に笑みを浮かべ、それを持ち上げた。
「あなたの好きなドラマは最悪だったわ。……けど、ある意味参考になったのかもね」
いたずら心を込めて、頬にキスを送る。途端に悲鳴を上げて燃え上がった塊をぽんっと放り、外へと向かった。微かな高揚と共に。




