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こちら、モンスター心療内科  作者: 泉 佑理
はじまりのゴブリン
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2

「……さ、……さん!」


 うるせぇな、なんだよ声がでけぇ。


「グランさん! もう復活しましたよね。いやー今日のプレイヤー慣れてたのか、俺ら全滅するの早かったですね」


 明るい声が耳に飛び込む。目を開けると、昔馴染みのゴブリン、ギークの顔があった。倒されるのも慣れたもの。けらりと笑う姿に、頷き、立ち上がった。

 一つ後輩のコイツは、いつもテクテクと俺の後ろをついてきて、純粋で、教えたことはなんでも吸収する賢い奴。どこのゲームの世界に行っても、いつも「グランさん、グランさん」と慕ってくれるコイツを、よく可愛がっていたものだ。

 土を払い、腕を回す。いつも通りの元の体。何の異常も痛みもない。さっさと持ち場に戻ろうとして、ついてくるギークに何の気なしに問いかけた。


「なぁ、一つ聞いてもいいか」

「なんですか?」

「お前、死ぬのが怖いか……?」


 スライムから言われた、ゴブリンの死生観とやら。聞いてみてと言われたが、大した意味などない。ガンロはまだ若くて慣れてないだけだ。ギークなら、こいつなら「怖くないですよ!」と笑って返すだろうと。


「そりゃーもう。めちゃくちゃ怖いですよ」


 軽く返された一言に、俺の足が止まった。


「もう何千回と死んでますけどね」


 ヘラッと笑う顔。予想と正反対の言葉。一瞬、返事を忘れた。


「でもそれが俺らの役目だって、グランさんは教えてくれましたから」

「……あぁ。さすがギークだな。自分の役目をよく分かってる」

「はは、ありがとうございます!」


「役目」だと、その言葉に安堵した。なんだ、ちゃんと分かってるじゃないか。頷き、ギークを褒めると、また、へらっとした笑顔を返してきた。相変わらず人懐っこいその顔——けれど向けられたその瞳は、どこか無機質で、まるでロボットのよう。それに、息を呑んだ。


「なぁ、ギーク」

「どうしました?」


 言葉を探すように視線を動かし、首を振った。


「……いや、なんでもない」


 ——お前もしかして、ゲームの世界が嫌いなのか。

 それを、俺は口にすることができなかった。



 その日は、さきのプレイヤーで終わった。疲れ果てたゴブリンが眠るのは、ゲームの中。役目が終わるまで、病院など特別な事情がない限り外へ出ることはできない。


 そのまま藁でしたためた家で、はじまりの大地のゴブリンたちは眠りにつく。すやすやと安心して眠るもの、ガーガーといびきをかくもの。そして、中には泣いているものもいた。ガンロだ。

 鼻をかみ、嗚咽を漏らす声が五月蠅くて仕方ない。これでは、不眠でなくても寝られん。


「おい、ガンロ。いつまでも泣くな。早く一人前になれ」

「……グランさん、きいてもいいっすか?」

「なんだ」


 涙を流しながらシーツを握り、泣き腫らした目で、ぽつりとガンロは呟いた。鼻も垂れ、見てはいられない。


「……なんで死ぬのが怖くないんすか」


 思わずため息が漏れた。まったく、何を言ってるんだか。


「モンスターが死を怖がってどうする」


 ガンロの顔から、微かに感情が落ちた。向けられた目はまるで異世界の住人を……プレイヤーを見るかのようで。


「そうっすか。……そう、っすね」


 小さく呟くとそのまま、ガンロは反対の方向に顔を向けた。ぐすんと泣く声が、藁の家に響く。それが気になったせいか、俺はまた一睡もできなかった。まったく、コイツはいつまでも泣き虫で困る。


 続く日も睡眠薬は全く効果を示さず、眠りに落ちることもできない夜を過ごした。必死に目を閉じて、音を聞かないように。じんわりと重たい頭。夜は寒いはずなのに体が燃えるようで、落ち着かずに何度も寝返りをうった。まだ朝にならんのかと時計を見れば、針は全く進んでいない。明日も役目があるから早く寝なければと、薬を水で押し流す。それでも、尚、苦痛なほど長い夜は続いた。

 そうして日が経ち、睡眠薬の数が減っていき、再び「モンスター心療内科」の扉を叩いた。


「おい、いるか?」

「はいは~い」


 相変わらず気の抜けた返事をする奴だ。小さく舌打ち打って、文句をつけた。


「出された睡眠薬な、効かなかったぞ」

「え~? すっごーい強いの出しといたんだけどなぁ」


 ふにゅんと落ち込んだ表情をして、ちらと俺を見上げた。


「で、どうだった?」

「なにがだ」

「他のゴブリンたち。みんな、死ぬの怖くないの?」


 先の表情を一変させて、キラキラと瞳を輝かせる。不眠よりこっちが本題だと言わんばかりの顔。

 こいつ、俺の病気に興味ないんじゃないか?


「最近入った若いのも、昔からいるゴブリンも『怖い』だと。まぁ昔からいる奴は役目だと割り切ってたけどな」


 先日の一件を思い出し、深くため息を吐いた。昨日もぐえんぐえんと大声で泣いていたガンロ。もしかするとアイツが原因かもなぁ。


「ふーん、なるほどなるほど」


 ふむふむとわざとらしく口に出し、頷くスライム。


「なんだ、原因が分かったのか?」

「ははっ、さっぱり分かんないね」


 へらりと笑ったそのスライムを、思わず俺は両手で引っ張ると、緑の体がカーブを描いて伸びた。


「おい、分かってるか? こっちはもう何ヶ月も不眠で死にそうなんだよ」

「えー、でも、グランさん死んでもまた生き返るし。死ぬのも怖くなさそうだし、別にいいかなって」


 伸ばされた顔で、にへらとした表情を浮かべながらスライムはそう口にした。

 イラっと目じりを上げて声を荒げようとする直前、「でも、不思議だね」とぽつりと呟いた。


「なんでグランさんは死ぬのが怖くないのかな?」

「普通は怖くないんだよ。役目を理解すればな」


 手を放し、腕を組んだ。鼻を鳴らして、吐き捨てる。どいつもこいつも、死ぬのが怖いだのと。情けない。


「役目かぁ」

「なんだ」

「僕、もっとゲームの世界の話、聞きたいな~」

「あ?」


 ゲームの話を聞きたいだ? カウンセリングでもしようってか、スライムが一丁前に。もう一度引っ張ってやろうと、手を伸ばして。


「——僕もゲームの世界の役をもらうかもしれないし」


 止めた。なんだそんなことか。前言った『物語』に出たことがないのは、本当らしい。ならばと、軽く言葉を返した。


「大したことない。突っ立ってりゃ、やられる」

「えー。もっと、こう、"怖いぞ!強いぞ!" みたいなのはないの?」

「スライムにそんな大した役が来ると思ってるのか」

「分かんないよ! もしかしたら、勇者・スライムになれるかもっ」


 キラッと目を光らせ、「僕が勇者です」という顔でこちらに視線をよこしてきた。なんだ馬鹿らしい。お前が主人公なら、ラスボスはおろか、俺らゴブリンの前ですぐGAME OVERだ。


「ね、ね。もっと、ゲームのこと教えてよ!」


 ずいずいと身を寄せて、迫ってくるその迫力。何なんだコイツはまったく。


「だから、突っ立ってればいいと」

「もっと、ほら!」

「あとは——」


 あとは、ほかは。思考し、口に出そうとして、何かが詰まって出てこない。毎日立って、倒されて、復活して、眠れず、朝が来て。それの繰り返し。それが役目で、それで……。


「それ以上はないッ。あとは自分で見つけるものだッ」


 なぜか感情的になってしまい、相手はぱちくりと目を瞬かせた。


「あ、わる、」

「えー、ケチケチしないでっ。ゲームの話、聞きた―い」


 "悪かった" と、そう言う前にスライムは口をとんがらせた。そのまま地べたにコロコロと転がる緑の塊。全くいくつなんだ一体。それでも医者か。呆れて腰に手を当てると、そいつはぴょんと椅子に乗って言った。


「じゃあ、次! 次回来た時教えてよっ」

「その前に、ちゃんと寝れたらな」

「むぅ。もーーーっと強めの薬出しとくね。きっとこれなら効くよ。間違いなし!」


 むんっと胸を張るスライム。鼻であしらい、その場を後にした。

 ゲーム、ゲームとまったく。子供じゃあるまいし。肩をいからせ、廊下を進む。スライムに、あのガキ見たいな医者に何を話すか。目を閉じて、食いしばっても何も思いつかず、舌打ちがこぼれた。苛立つのも、ぼんやりとしたこの頭も、全部睡眠不足のせいだと、そう思った。

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