表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こちら、モンスター心療内科  作者: 泉 佑理
まどろみのサキュバス
19/25

2

「は~ぁ、信じられない。行って損した」


 目を開けて、向かった先。大層ご立派に聳える中央管理棟のタワー。そこにあるこれまた煌びやかな耳鼻科に「ここなら治るかも!」と期待をしていたのに……。散々検査してなーんにも分からなかった。


「アレルギーは検査に出ないこともありますから」


 そう言って渡された抗アレルギー薬。そんなものかしらと思い、飲んで仕事に行けば、案の定。


「くっしゅんっ」


 鼻は出るわ、喉は痒いわ、症状が治まらない。それどころか、どんどん悪化している気さえする。最近はきちんと、手洗いうがい、部屋の湿度チェックまで完璧にこなしてるのに。物語に行けばくしゃみをし、追い出される日々に、いい加減、げんなりしていた。

『風邪』『喘息』『副鼻腔炎』『アレルギー』

 訴えては検査されを繰り返し、次々と×をつけられる症状たち。


「せんせ? まだ原因分からないのかしら」

「いや……この薬も効かないとなると、ちょっと」


 鼻を見ようが、喉を見ようが、何を見ようが異常なし。ごくりと薬を試し、ぷすりと血も採られ、あれやこれや、問題なし。挙句の果てには"心因性"だと。


「ほら、サキュバスの仕事って大変ですし。ストレス溜まってるんじゃないですか?」


 品のない笑顔と見下した視線で発せられたその言葉。なによ、ソレ。大変も何もこういう種族よ。ふんっと顔を背けて出ていこうにも、内科も耳鼻科も回ってもう行く当てがない。あぁもう。なんでこんなことになるのかしら。やっぱりグレイの言葉なんか真に受けるんじゃなかった。

 ぽつりと寂れた道を歩く。転がる空き缶を黒のヒールで蹴飛ばした。高く飛んだそれは、どこにも行かず、ただ、コンッと落ちた。そのまま雲一つない青空を見上げる。


 ……どうするのよ、コレ。


 降りかかる白い息が煩わしくて仕方なかった。そうして振り返って帰ろうとした瞬間、一枚のチラシが脚に纏わりついた。ホント、つくづくツいてないわね。風で飛ばされたであろうそれを拾って視線を落とした。「こころのお医者さん」と限りなくダサいフォントで書かれたその文字。小さな地図、そして胸を張るスライムの絵がちょこんと載っている。


「スライムが、医者?」


 スライムと言えば、頭が良くない、力もない、美しくもないで有名なモンスター。ふぅんと、軽く鼻を鳴らした。そもそも、地下なんてものがあのタワーにあったかしら。前に見た館内マップにこんな場所なかった気がするけど。まぁいいわ。別になんだって。"心因性"と医者が言うなら、診てもらいましょ。……どうせもう、治んないわよ。こぶしを握り、あのいけ好かない塔へと踵を返した。

 こつり、こつり。ヒールの音を響かせ、階段を下りる。目の前には、薄暗く冬の夜の匂いを纏う廊下がずっと続いていた。視界の端に固まる埃を目に止め、眉を顰めてハンカチで口を覆う。夢の中を思わせる暗闇を進めば、ようやく見えたその看板。「目的地に着いたみたいね」とドアノブに手をかけた。ふと、扉の右下に書かれた文字に気付いた。それはぐにゃりと波打つあまりにも小さなもので、何を書いているかさっぱり分からない。子供の落書きかしらと対して気にも留めず、ふっと息を吐く。白いそれは、空気に溶けて消えた。


「これで最後」


 そのまま躊躇することなく、ドアノブを押し下げた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ