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「は~ぁ、信じられない。行って損した」
目を開けて、向かった先。大層ご立派に聳える中央管理棟のタワー。そこにあるこれまた煌びやかな耳鼻科に「ここなら治るかも!」と期待をしていたのに……。散々検査してなーんにも分からなかった。
「アレルギーは検査に出ないこともありますから」
そう言って渡された抗アレルギー薬。そんなものかしらと思い、飲んで仕事に行けば、案の定。
「くっしゅんっ」
鼻は出るわ、喉は痒いわ、症状が治まらない。それどころか、どんどん悪化している気さえする。最近はきちんと、手洗いうがい、部屋の湿度チェックまで完璧にこなしてるのに。物語に行けばくしゃみをし、追い出される日々に、いい加減、げんなりしていた。
『風邪』『喘息』『副鼻腔炎』『アレルギー』
訴えては検査されを繰り返し、次々と×をつけられる症状たち。
「せんせ? まだ原因分からないのかしら」
「いや……この薬も効かないとなると、ちょっと」
鼻を見ようが、喉を見ようが、何を見ようが異常なし。ごくりと薬を試し、ぷすりと血も採られ、あれやこれや、問題なし。挙句の果てには"心因性"だと。
「ほら、サキュバスの仕事って大変ですし。ストレス溜まってるんじゃないですか?」
品のない笑顔と見下した視線で発せられたその言葉。なによ、ソレ。大変も何もこういう種族よ。ふんっと顔を背けて出ていこうにも、内科も耳鼻科も回ってもう行く当てがない。あぁもう。なんでこんなことになるのかしら。やっぱりグレイの言葉なんか真に受けるんじゃなかった。
ぽつりと寂れた道を歩く。転がる空き缶を黒のヒールで蹴飛ばした。高く飛んだそれは、どこにも行かず、ただ、コンッと落ちた。そのまま雲一つない青空を見上げる。
……どうするのよ、コレ。
降りかかる白い息が煩わしくて仕方なかった。そうして振り返って帰ろうとした瞬間、一枚のチラシが脚に纏わりついた。ホント、つくづくツいてないわね。風で飛ばされたであろうそれを拾って視線を落とした。「こころのお医者さん」と限りなくダサいフォントで書かれたその文字。小さな地図、そして胸を張るスライムの絵がちょこんと載っている。
「スライムが、医者?」
スライムと言えば、頭が良くない、力もない、美しくもないで有名なモンスター。ふぅんと、軽く鼻を鳴らした。そもそも、地下なんてものがあのタワーにあったかしら。前に見た館内マップにこんな場所なかった気がするけど。まぁいいわ。別になんだって。"心因性"と医者が言うなら、診てもらいましょ。……どうせもう、治んないわよ。こぶしを握り、あのいけ好かない塔へと踵を返した。
こつり、こつり。ヒールの音を響かせ、階段を下りる。目の前には、薄暗く冬の夜の匂いを纏う廊下がずっと続いていた。視界の端に固まる埃を目に止め、眉を顰めてハンカチで口を覆う。夢の中を思わせる暗闇を進めば、ようやく見えたその看板。「目的地に着いたみたいね」とドアノブに手をかけた。ふと、扉の右下に書かれた文字に気付いた。それはぐにゃりと波打つあまりにも小さなもので、何を書いているかさっぱり分からない。子供の落書きかしらと対して気にも留めず、ふっと息を吐く。白いそれは、空気に溶けて消えた。
「これで最後」
そのまま躊躇することなく、ドアノブを押し下げた。




