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こちら、モンスター心療内科  作者: 泉 佑理
ミズティラ海岸のサハギン
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 絵本の世界を抜け、目の前にあるはモンスター心療内科の看板。こんこんっと音を鳴らしてノックした。少し弾むような気持ちで自然と手に力が入ったのか、少し大きな音が鳴った。


「はーい、入ってー」


 中を覗くと、少ししょんぼりと垂れているスライムがそこにいた。


「ごめんね、ザハルさん。昨日も練習に行けなくって、サボってばっかりで……」


 そういって前のようにしおしおと枯れるものだから思わず吹き出しそうになった。そんなこと、もういいのに。


「はははっ、いいんですよ、そんなこと」

「なんかザハルさん……すごく元気だっ」


 笑いながら手を振ると、先生は驚いたようにぴょんと跳ね上がり、目をまんまるとさせた。自分でも、こんな風に自然に笑えることがどこか新鮮だった。

 僕は、ハルとの出来事を話した。あの娘の子供「ハル」と出会ったこと、泳ぎを教えたこと。それがどれほど楽しく、自分にとって意外な経験だったかを言葉に込める。

 そう、本当に、すごく楽しかったんだ。


「だから、あの声も姿も、もうなにも怖くありません」


 ハルの話を終えると、静かにそう伝えた。スッと新鮮な空気が胸に広がっている。あの渦巻く陰鬱な影はもうなかった。先生は透き通った目で僕をじっと見つめ、くふりと笑う。


「ザハルさんは、自分の外見が好きになれた?」


 外見が好きか……どうだろう。僕は普通の見た目のサハギンだと思ってる。でも、泳ぐ姿がかっこいいのだ、ヒーローなのだと、ハルにそう教えられたから、確かにその自信が今の自分にはあった。


「外見より、泳いでる自分が好き、ですかね」

「そっか……そっかっ!」


 イッテツ先生はぱちぱちと拍手して、ふにゅっと笑う。

 あまりに嬉しそうな表情に、もしかしてこの先生は全部わかっていたのかなと思ってしまう。

 水泳を教えることがきっかけで、友人となったハル。サハギンの特技を通じたそれは、もしかしたら外見でなくて内面の醜さをなくす過程のようなものだったかもしれない。思い返してみれば、ルズたちと試したものは、確かに外見に重きを置いたものだった。ファッションショーとかは特に。


「自分の内面に自信をもてたから、あの声が治ったってことですか?」

「へ? さ、さぁねっ」


 僕の問いに、間の抜けた返事が返ってきた。実はすごいモンスターなのかなと思ったけど、やっぱりそうでもないかも。この先生、もしやよく分かってないのでは。

 ふいと視線をそらした先生を、無言でじとりと見つめると、焦ったようにあわあわと緑の身体が揺れた。


「ま、まぁまぁ。解決したし、いいじゃないっ」


 なんだかなぁ、少し呆れた息が漏れてしまう。


「そ、それに、ほら! きっかけは僕の水泳教室だよ! あれ、もしや、僕のおかげでは……」


 くふくふっと笑うと、ちらとこちらに視線をよこしてきた。

 …………は?

 聞こえなかったのかな、僕とハルとの友情が。美しい海と泳ぎの練習の日々が、このサボり魔の緑の塊に伝わらなかったのか。そうなのかもしれない、もう一度言っておこう。


「えっとですね、先生。僕はハルがいたから……」

「でも、きっかけは僕の水泳教室だもん! 」

「では……外見が最後まで醜く感じたのは、先生の水泳教室では意味がなかったからですかね」


 今度は威圧するように腕を組んで低く問うと、先生はピシリと一瞬固まり、そして、勢いよく伸びて体をそらした。


「そ、それはね。……あれだよ、あれ。人間にかけられた呪いは、人間にしか解けないのさ!」


 キラリと瞳を光らせて、いいこと言ったぞと胸を張っている。

 ほんと、頼れるんだか頼れないんだかわからない先生だなぁ。もういっか、それで。

 どこか誇らしくしている先生をさらりと無視して視線を動かすと、先生の後ろに立つ 「おみつさん」に気づいた。相も変わらず美しく、どこか目を惹かれる少女。僕は衝動的に声をかけていた。


「あの、前から気になっていたのですが……とても美しい方ですね」


 そういって、彼女の白魚のような手に軽く口づけをする。顔を和の服で隠し、何も答えないが、おそらく照れているのだろう。かわいい方だ。


「よかったら、今度一緒に食事でもどうですか? 僕の連絡先を渡しておきますね」


 メモをサッと取り出し、その美しい手に握らせた。にこりと笑いかけて、手を振り、颯爽とその場を去る。あの声から解放され、すがすがしく、とても晴れやかな気分だった。

 きらりと胸元に光るペンダントを手に取って、自分の姿を映す。かっこいい僕と美しい世界。僕を苦しめるものはもう何もない。心に確かな自信を持ち、廊下を進んだ。


 背後の、また僕にも水泳おしえてねー、という声を聞き流しながら。



 +++



 イッテツは頭を傾げて、うんうん唸った。


「う~ん。もしや、自分に自信を持ちすぎて少しキザな感じになってる……? どう思う、おみつさん?」


 声をかけられたおみつは、洗い終えたのかハンカチでその手を拭いている。そして渡されたメモを無表情のままビリビリと破り、ゴミ箱に勢いよくぶち込んだ。その動作には、一切の迷いがない。整った眉を寄せ、手をパシパシと払う。


「あないに元気になられても困るわ」

「ははっ。ま、明るいことはいいことだしいっか」


 イッテツの口はふにゅっとやさしく弧を描いた。


「……ところで」


 イッテツは、ちらとおみつを仰ぎ見た。


「血液検査の結果は……?」


 おみつは袖口で口元を隠し、ふゆりとそっぽを向いた。

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