太陽と神様
第一部、第八話。
「あの馬が、迷い人ですか?」
「おお、そうだな。乗せてくれるだろうな」
僕とカオルさんが近づくと、馬は頭を下げてくれた。
「よしよし。みんな優しいな。頂上までひとっ飛びだ」
「え? 飛ぶ?」
「飛んでくれるみたいだぞ」
「すごい」
「じゃ、乗馬は難しいだろうから私が背負ってから乗せてやろう」
「えっ!? 恥ずかしいからいいですよ」
「無理するな。手綱も鞍も鐙もない馬に乗るのは至難の業だ」
「たしかに、なにもついてないですね……」
「さあ」
「は、はい……」
僕は仕方なくカオルさんの背中におぶってもらった。
「ん……?」
「どうしたんだ、タクミくん」
「カオルさんって女性なんですか?」
「なぜそこに気づいた」
「なんとなくです」
「そうか……たしかに私は女性だと言われる」
「言われる?」
「見た目が女性的らしい。中身は男に近いとは思ってるがな」
「それって結局どっちなんだろう」
「どっちかに固定しなくてもいいこともある」
「そう、ですか……」
「さ、乗るぞ。掴まれ」
「はい」
カオルさんが馬に飛び乗る。
僕はそれに掴まって一緒に乗る。
「よし、そのまま馬の背中に乗るんだ」
「はい」
カオルさんの背中伝いに馬の背に乗る。
馬のはゴツゴツしてるような気がした。
「それじゃ、行くか」
「分かりました」
「私の腹に手を回して、しっかり掴まっとくんだぞ」
「は、はい……」
カオルさんが女性だと思うと、ちょっと恥ずかしかった。
「恥ずかしがるな」
「すみません……」
「行くぞ」
カオルさんが足で馬の腹をたたくと、馬が鳴いて走り始めた。
「カオルさんは大丈夫なんですか」
「ああ。たてがみがあるからな」
「分かりました」
たてがみって掴めるんだ。
そう思った。
「うわっ!」
「落ちるなよ!」
馬がだんだんと角度をつけて飛び始める。
足はなにかを蹴り続けてるのに、空を飛んでる。
不思議な感じだ。
「これ……こわい……」
「ははっ! ほぼ垂直だな!」
馬が真上に向かって走っている。
しかも。
「は、はやいって!」
「風が気持ちいいな!」
速すぎる。
時速何百キロだよこれ。
「これならすぐ着くだろう」
「なんかいろいろめちゃくちゃですね……」
「そういうこともある」
「そういうことしかない気がします」
「はははっ」
おそろしい馬の飛行に振り回されながら、僕たちは進んでいく。
頂上が、見えた。
「あの穴……なんですか?」
「あそこに落ちた先が目的地だ」
「落ちる……ですか」
「ああ」
頂上はすり鉢みたいに真ん中に向かってくぼんでて、ちょうど真ん中あたりに巨大な穴があいていた。
馬が、穴の真上で止まる。
「ん……?」
「さ、飛び降りるぞ」
「ここからですか!?」
「大丈夫だ、ぶつかったりはしない」
「そう言われてもですね……」
「私が抱きながら飛び込んであげようか」
「それはやめてください」
「ははは」
まったく、豪快に笑う人だ。
そう、思った。
「僕が先に行きます」
「おっ、タクミくんかっこいいぞ!」
「よしてくださいよ」
「頑張れ!」
「こわくない、こわくない……」
「うんうん」
「それっ!」
「おー」
「うわああああぁ……」
「五十点!」
ひどい。
カオルさんが飛び降りるのを確認して、僕は視点を下に――ひっくり返って上に――戻す。
まさしく奈落の底って感じだ。
どんどん落ちてゆく。
陽の光が入らなくなった時。
周りが、緑色の光で埋め尽くされる。
「どうだ、綺麗だろう」
「カオルさん!」
「ここからだ。これから起こることをよく覚えておけよ」
「なにがですかっ?」
「見えて来たぞ」
「なに……あれ?」
「始まりだ」
ずっと下に、いや、頭の位置からすると上に白い光が見える。
「速度が、上がってる?」
「そうだ」
「吸われ……てる?」
「さすがだ」
「大丈夫なんですかこれっ!」
「大丈夫だ」
「でもこれ……いや、まずいまずい!」
「私がついてる。安心しろ」
落ちる速度がどんどん上がっていく。
というよりも、完全に吸い寄せられてる。
白い光に。
白い光が物凄い熱を放っているのが分かる。
「このままじゃ焼き消されちゃう!」
「仕方ないな」
「うむうっ」
「これでどうだ」
「え……」
落ちながらカオルさんに抱きしめられる。
その衝撃で恐怖が吹き飛んでしまった。
「カオルさん……」
「ふっ。なんて顔をしてるんだキミは」
「ありがとう……」
「さあ! 目を閉じるなよ!」
「はい!」
白い光に吸い込まれる。
落ちる。
目の前が白くなる。
すべての景色が、白に染まる。
全身が圧迫されるような力を感じたあと、急にそれが解放される。
今度は吹き飛ばされる。
ものすごい勢いだ。
「カオルさん!」
「どうした」
「さっきは頭から落ちてたけど、今度は足から……」
「上昇してるだろ?」
「どうなってるんですかっ」
「反転だ」
「反転って?」
「ややこしい話だから省略するが、これで合ってるから心配するな」
「どこに向かうんですか?」
「中心といっただろう? 太陽系の中心はどこだ?」
「たいよう……?」
「その通り」
「えっ、太陽に向かうんですか!?」
「そうだが?」
「時間はどうなるんです」
「省略だ、省略。まさか光速がどうとか何光年がどうとか気にしてたのか?」
「えぇ……」
なんでもありすぎるよ……物理法則を無視し過ぎだって……。
「キミはこの世界を甘く見過ぎだ」
「そう、ですかね……」
「さあ、どんどん速度が上がるぞ」
「くっ……」
痛くはないけど、そうとう負荷がかかってるのが分かる。
スピードはどんどん上がっていく。
それこそ、光速なんて目じゃないくらいに。
明るくなる。
真下に太陽が見える。
宇宙に飛び出す。
太陽がどんどん近づいてくる。
太陽って、近くで見るとこんなに綺麗なんだ。
ものすごいエネルギーを感じる。
また突っ込むのかな。
もう怖くはなかった。
「そろそろだ! 着くぞ!」
「はい!」
太陽が極限まで近づく。ぶつかる!
『タクミくん。いらっしゃい』
「え……?」
「タクミくん。メイ様だ」
気づいたら、全てが白い景色の中に、僕と、カオルさんと、メイって神様と。
ベッドに横になってるリコがいた。
「リコっ!?」
『落ち着いてください。これはあなたの意識が見ているリコさんの願いです』
メイさんは、神聖な仮面を被った浮かぶ少女のような見た目をしていた。
「リコの、願い、ですか……」
「それよりもタクミくん。メイ様に挨拶は?」
「あ、ああ。こんにちは」
「違うだろう?」
「よろしくお願いします」
「あーもうっ! すみませんメイさま」
『ふふふっ。いいんですよ。それよりも、ずいぶんと仲が良くなって。わたしも嬉しい限りです』
「別に、仲良くなんてないですって! なっ! タクミくん!」
「仲良く……ないんですか……?」
「そんなうるうるした目で見られてもなぁ……」
『ふふふ』
「なんか調子狂うなぁ……本題に入りましょう! 本題に!」
『……そうですね。タクミくん。あなたには選んでもらうといいましたよね。もう、決まりましたか』
「……選択肢なんて、ないようなものじゃないですか」
『そうですか?』
「とぼけないでください! 僕にさんざんいろんなことさせておいて、いまさら選ばせるなんて、悪趣味にもほどがあります!」
「おいっ! タクミくん!」
『まあまあ。……あなたがそう感じるのは当然です。です、が。あなたには選ぶ権利があるのです』
「権利なんてないですよ。僕は世界のためにリコを殺す。それが義務です」
「またそんな投げやりな……」
『カオル。ちょっとお静かに』
「は、はいっ」
『なぜそう思うのですか?』
「なぜって、それが最良の選択肢だからです」
『全てにおいて、絶対な、最良の選択肢などあると思いますか?』
「じゃあ、他に選択肢なんてあるんですか」
『選択肢は二つです。殺すか、生かすか』
「それなら、無いに等しいです」
『では、少し見方を変えましょう』
「見方?」
『はい』
白い空間に地球のレプリカが現れる。
『これが地球です。そして、いま地球には何十億もの人がいます』
「はい」
『少し増えすぎなんですよ。適当に間引いても問題ないと思います』
「メ、メイさまっ! それは問題発言ですよっ」
『おだまり。さらに言えば、ほっといても人類なんて滅びる運命なんですよ。人口は減っていくし戦争はするし科学技術は進化するし環境は破壊するしで、絶滅まったなしです』
「は、はあ……」
『ナルコシンクは人類を滅ぼすかもしれません。でも、それは「人類」だけなんですよ。生命システムと言っても、人類の流れだけです』
「人類がいなくなったら困るんじゃないですか?」
『困る? 馬鹿なことを言ってはいけません。どちらかというと、私は知的生命体は嫌いです』
「え……」
『たしかに知的生命体には美しい側面もあります。ですが、負の側面があまりにも大きい。プラスマイナスゼロどころか、ものすごいマイナスです』
「す、すみません……」
『世界には知的生命体以外にも、美しい生命体が山ほどいます。私はそちらの管理のほうが忙しいのです』
「ごめんなさい……」
『ですから、人類が滅びようが、私にはどおおおおでもいいのです』
「許してください……」
『でもね、タクミくん』
「は、はい」
『あなたたちが、現れたんです』
「はい……」
『あなたたちが照らす光が、この世界を動かした。私も、それを見た』
「そう、ですか」
『私の心は、揺れ動いた』
「……」
『だから、あなたに選んでほしいんです』
「それ、は……」
『あなたには、真剣に悩んでほしいんです。決して投げやりにはなってほしくない』
「うう……」
『あなたたちの行動が、これから先の世界や、私の気持ちを変えるかもしれないんです』
「そんな……」
『あなたたちや、人類だけの問題ではないのです』
「う……」
『どうか、慎重に決定してください。もちろん、私はどちらでも構いません』
僕は、悩む。この、真っ白な空間で。
僕と。
カオルさんと。
メイさんと。
そして寝ているリコの姿。
それだけが、この空間で異質だった。