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理科の時間

第一部、第三話。

「ねぇリコ、昨日お知らせで見たんだけど……」

「眠り病のはなし?」

「そ、そう」

 あいかわらず勘が鋭い。

 まあ、スズキにいるんだからそういう情報が入ってきててもおかしくはないか。

「やっかいな病気よね」

「ほんとに」

「なんか、名前もついたらしいわよ」

「そうなの?」

「日本語で『没眠症(ぼつみんしょう)』、英語的には『ナルコシンク・インフェクション』単純に『ナルコシンク』とも呼ぶらしいわね」

「す、すごいね」

 ナルコシンク。

 少し戦う相手が分かった気がして楽に思えるけど、反対に言えばそれだけ大変な病気だってことなんだろう。

「そういえば、ヤスダさんも協力してるって聞いたんだけど」

「ああ、ヤスダのおじさんね。さっきも来てたわよ」

「えっ!?」

「ほら、そこの丸いやつ。ヤスダさんが置いていったの」

 リコが指さした先のテーブルに、なんだか変わった形の機械? みたいなのが置いてあって、鈍い光を放ってる。

「なにあれ」

「ドリームキャッチャーって言ってたかな。それとなにかを探す機械みたいなこと言ってたかしら」

「探すって……」

「なんか難しいこと言ってたわよ。『潜水』がどうとか、『救助』がどうとか。あいかわらず物好きよね」

「もの好きというのか、変人というのか……」

「あんた、失礼なこと言うわね」

「ええっ」

 父さんと同じことを言うんだなぁ。そこにびっくりしてしまった。

「なに驚いてるのよ。ほら、早く勉強するわよ」

「はあい……」

 今日は理科の勉強をするつもりだった。表には氷の洞窟や管楽器の写真があって、裏には「発展」と「CUD」と「苗木」マークがあった。気になったのは発展マークだ。

「ねえリコ、この発展マークだけどさ」

「どうせあんたは発展マークを中心にやりたいんでしょ」

「ばれてたか」

「なに笑ってんのよ。面白くないわよ」

「いいじゃんか。きっと面白いと思うよお」

「ふざけないで。テストでいい点取れなきゃ意味ないじゃない」

「それは違うと思う」

 僕は真面目な顔をする。

「えっ?」

 リコが驚いた顔になる。

「たしかにテストは大事だよ。でもさ、百点取れれば人生が豊かになるとは思わない」

「学歴は重要でしょ」

「その『学歴』ってやつ、僕は嫌い。学歴で人が救えるかっての」

「あんた……」

 あっ、まずかったかな。またリコの逆鱗に触れそうだ。

「あんた……さすがだわ」

「えぇっ」

 珍しく褒められて不意打ちを食らったみたいになる。

「たしかにそうかもしれない」

「そ、そうかな……」

「でも、そういうのはきちんと生きてる人が言う言葉よ」

「まあね」

「だから、あんたもちゃんと生きなさいよ」

「分かってるって」

「それじゃ、つぎつぎ」

「はいよー」

 理科の教科書、一ページ目を開く。そこにはいつものようにきれいな写真――山の中の湖の写真――と、「降り注ぐ太陽の恵み」っていう文字が書かれてる。

「こういう湖ってさ、なにか隠れてそうだよね」

「なにかって、なによ」

「ヤスダさんの秘密基地とか」

「なに考えてるんだか」

「ははは……」

 三ページ目も四つの写真があって、興味が出るつくり。五ページ目にいく。

「はい、実験するときはいろいろ注意しましょう!」

「そうね」

「怪しげな実験は安全にね」

「私がいつそんなのしたってのよ」

「ほら、リコあたまいいからさ」

「あんたも、そう言うのね」

 リコの声のトーンがあきらかに下がる。

 怒っているというよりは、悲しんでる……?

「ご、ごめん」

「あんたに言われると傷つくわ」

「僕にって……?」

 リコの顔がちょっと赤くなったように見えた。

 気のせいかな?

「いいから! 早く次のページに進んで!」

「う、うん……」

 十四ページまでは、周りのことをよく観察しようという話だ。十五ページ目。

「おー、いろいろな生き物かあ」

「うう。ちょっと気持ち悪いかも……」

「リコは虫きらいだよね」

「虫が好きな人なんているかしら」

「僕の存在を忘れないでね」

「そういえば変態がここにいたわね」

「へっ、変態はないんじゃないかな……」

「近寄らないでね」

「ひどい……」

 でも、こうやってふざけられるのもすごく楽しかった。だいぶ進んで、二十七ページ。

「リコが好きそうなページが出てきたよ」

「わたしがテスト勉強にしか興味がないっていいたいわけ?」

「まあそう噛みつかずに」

「犬かなんかか」

「はいっ、復唱してください!」

「はいはい」

「離弁花、合弁花、やく、柱頭、子房、胚珠、被子植物、果実、種子。それと受粉。観察がメインだから、写真や図との関係性もよく見ておくように。ここテストに出るよー」

「ふふっ」

 リコが笑ってくれた。

 ちょっと恥ずかしい。

「じゃあさ、ちょっと発展させていい?」

「お得意のやつね」

「右のページに「ミツバチと養蜂」っていうのがあるけど、なぜミツバチは人間に蜂蜜を分けてくれるんだと思う?」

「うーん……そもそも分けてくれてるものなの?」

「そこも大事。強制的にとってるとも言えるけど、分けてくれてるとも言える」

「なら、なにかしらミツバチにメリットがあるんじゃないかしら」

「そうとも言える。ただし、世の中には片方になんのメリットもないこともある」

「ううん……難しいわね」

「そう。あくまでも僕の甘い考えだけど、広くいえば『仲間』だから許してくれてるんじゃないかな」

「仲間って、人間とミツバチが?」

「うん。だって、人間も人間を殺したりすると頭がおかしくなったりするでしょ? それと一緒で、助け合うとなにかが良くなることを、どこかのレベルで知ってるんじゃないかな」

「……なんか、壮大な話ね」

「ま、これはあくまでも僕の考え。リコがどう思うかも知りたいから、考えておいて」

「えー、宿題させるの?」

「よろしくね」

「分かったわよ」

 リコはむすっとしながらも納得してくれた。

 楽しみだなあ。

 その後、僕は帰り支度をして病室を出ようとする。

 いつものように。

「じゃ、また明日ね」

「またね」

 そうやって挨拶をして、帰り道を歩く。

 今日は夕日が綺麗だ。

 夕飯、なんだろうなあ。

 日常のなんでもない景色が、島をあざやかに照らしてた。


 その夜、僕は夢を見た。

「また会おう」

 誰かと別れてる?

「どういうことですかっ」

 僕が、混乱してる。

「そういえば、キミの名前を聞いてなかったな」

 誰かに、名前を聞かれた。

「僕の名前は……」

 あれ? なんだっけ?

 僕の名前は――

「タクミ!」

「う、ううん……」

「起きなさい! そろそろ支度しないと!」

「え……」

「学校、行くんでしょ!」

「あっ!」

「やっと起きた」

「いま何時!?」

「七時十六分。まだ三十分あるけど、タクミ時間かかるんだから」

「うわっ! ぎりぎりじゃん!」

「ご飯できてるから、早く支度しなさい」

「分かってる!」

 まずいまずい。えーと、七時四十五分に家を出るためには、歯磨き五分、着替え五分、食事十分、もろもろ十分でやらないと……ああもう、なんで今日はこんなに遅れたんだよ、まったく。

 急いで歯磨きと着替えを終わらせて食事に入ると、父さんがちょうど出ていくところだった。

「タクミ、寝られなかったのか?」

「ううん、寝すぎた」

「大丈夫か? ナルコシンクじゃないよな」

 すっかり名前が広まってる。

「わかんないけど、まだ大丈夫だよ」

「本当か? まあ、お父さんもう出るからな。気をつけろよ」

「はーい、いってらっしゃい」

「いってきます」

 父さんが会社に向かっていく。

 その姿をちょっと確認したあと、洗い物をしている母さんを見る。

「僕、大丈夫かな」

「うーん。心配なら、今日リコちゃんに会うついでに検査、してもらったら?」

「そうだね……」

 検査。

 ナルコシンクになっているかどうかだけは検査できる。

 どうやら、それもヤスダさんの功績が大きいらしい。

 僕は小走りで学校に向かう。

 天気はくもり。

 気分はどんよりしている。

 こんな日の昼休みは読書でもするのがいちばん。

 そう思いながら、明るくはない道を進んでいった。

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