プロローグ2
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ライナス・ハウザーはふとした瞬間にいつも考えてしまう。
私は間違っていたのだろうか、と。
いや、間違っていなかったはずだ、あの時あの瞬間は。あれが最善だったはずだ。そう思わなければ後悔でつぶれてしまいそうだ。
わずかな時間、早足で外を歩いただけで衣服にじっとりと雨がしみこんでいた。疲れた体とあいまって不快な気分になる。
馬車の扉が開くと、湿気と冷えた空気が入り込んできて身震いした。
使用人が差し出してくれたタオルで体を拭き、温かい紅茶を飲んでやっと一息ついた。
疲れた。本当に。
こうも忙しいと嫌でも年齢を感じるようになってきた。
まず、徹夜ができなくなる。階段を上っていると足が鉛のように重い。
肉や脂っこいものを胃が受け付けなくなる。瞬時に記憶できていた書類が記憶できなくなり、言葉が出てきづらくなる。
第二王子のやらかしで、重鎮たちは城に缶詰め状態だ。交代で家に帰って着替えや休息を取っている。息子のアシュフォードに任せて、ライナスも夜遅く雨の中を帰宅したところだ。
唐突に玄関が騒がしくなった。
何事かと重い体を引き摺って階下を確認しにいくと、そこには若い頃の陛下と瓜二つの人物がいた。
思わず、息を呑んだ。あまりに疲れていて幻影でもみているのかと、目を一度強く瞑って開ける。
息子の妻であるブロンシェがその来客に応対していた。
「ずぶ濡れですね。かなり降っていますか?」
「あぁ、土砂降りだな。しかし、君は私を見ても相変わらず動じないな。アシュフォードから何か聞いていたのか?」
「私がアシュフォード様から聞いていたのは、『夜に訪ねてくる者がいるかもしれないから泊めてやってほしい』とだけです」
「ふっ、あいつには敵わない。そして君にも。そんな不親切な説明でよく私のような不審者のために出て来てくれるものだ。さて……早く来いと命令されているんだが、あの城に泊まりたい気分じゃないんだ。ぶしつけなのは重々承知だが、どうか泊めていただけないだろうか、ハウザー公爵夫人」
あぁ、陛下ではない。声が違う。こんなに若々しい張りのある声ではない。
それに、陛下はあのように鍛え上げた体はしておられない。
「もちろんです。お部屋は用意してありますよ」
「恩に着る」
「殿下は相変わらずですねぇ」
「もう殿下ではないぞ」
「話し方はまだまだ殿下という雰囲気です」
「この話し方以外では庶民と同じような喋り方しかできなくてな。それでは君に対してあまりに無礼だろう。すまないな」
学園での女性関係が問題視され、一代限りの公爵位とともに西の辺境領地に追いやられたはずのエドワード元第一王子。
「君は本当に変わらないな」
「それは褒めてますか?」
「褒めている。安心した。学園時代を知る者にはゴミを見るかのような目で見られると思っていた」
「そんな昔のこと覚えていませんよ」
「はは。さすがアシュフォードが惚れた女性は違うな」
「軽口ばかり叩いていないで。とりあえず、早く体を拭いて下さい。びしょ濡れですよ」
「農作業をしていたからこの程度の雨で風邪をひいたりしないさ」
見違えるように精悍になった青年がそこにはいた。
ブロンシェとエドワード元第一王子が歩いていくのを見ながら、ライナス・ハウザーはしばらく自問していた。
やはり、私はあの日に間違ったのではないかと。