聖騎士団クビになったので、欲望のままに生きようと思う 〜慕ってくれている元後輩のエリートや王女様、追いかけてこないでくれ〜
「ノワール、今日で貴様はクビだ」
副団長に呼ばれた俺こと、ノワール・エフォールはそう宣告された。
俺はサンティエ王国の聖騎士団に所属しており、エリート街道まっしぐらな人望だと周囲から称されているほどの強さと賢さを得ている。しかし現実は非情であり、このような状況になってしまった。
「……えぇと。理由を聞いてもいいですか、副団長」
「フンっ! 貴様が不祥事を働いたからに決まっているだろう? 我が団の規則に違反した。クビで済んでいるだけありがたく思うがいい」
不祥事。そんなことは一切見に覚えはない。つまりこれはただの捏造に過ぎない。前々からこの副団長は俺に嫌がらせをしてきたり、ネチネチと嫌味を言ってきたりしていたからクビにしたかったんだろう。
団長が隣国へ行っている間にこと済ませようという魂胆だろう。俺はため息吐いてにやけ面をしている副団長に頭を下げた。
「……今までお世話になりました」
「ハッハッハッ! いい気味だァ……。無様だなぁノワール! 落ちぶれていく様だけで何杯飯が食えるか楽しみだ」
「では」
踵を返して退出しようとしたのだが、どうやらまだ何か伝えたいことがあるらしい。
「あぁ、そうだそうだ。貴様の優秀な後輩である女聖騎士、ローズの教育はこのオレが引き継ぐ。た〜っぷり、オレ好みに教育するからな?」
「はぁ」
「あと、王女様の護衛の依頼もオレが代わりに受けるぞ。クックック! どうだ? 悔しいか? ん〜〜???」
「さいですか。せいぜい頑張ってください。……では」
「……チッ、つまらない男だ。こんなやつのどこが良いんだか……」
副団長の煽りを軽く受け流し、部屋を後にする。甲冑なども全て返却し、聖騎士団の領地を出て空を仰いだ。
そして、俺が抱いていた感情がとうとう爆発する。
「やっっ……たぁあああああああ〜〜っっ!!!!」
俺は目をキラキラと輝かせ、腹の底から叫んだ。現実逃避ではなく、本心である。
「まさかこんな風に仕事を辞められるとは思ってなかったなぁ! いやぁ、クソ副団長ありがとう……!!」
俺は聖騎士を前々から辞めたいと思っていた。
聖騎士団はまず規則が厳しすぎるのだ。鍛錬や仕事、男女のあり方などなどが事細かくルール化されており、自由が少ない。
だいたい、俺が聖騎士になった理由は『女の子にモテたいから』である。だのに、男女の交際が認められないとは如何なものか。やめたいに決まっている!
「はぁ〜〜、空気が美味しい。俺は自由なんだ……! やりたい事全てができるんだ!」
幸いにも騎士団の給料はとても高かった。なので働いた分の貯金は腐るほどある。使い道がほぼなかったから、数年は遊んで暮らしても困らないだろう。
慕っていてくれた後輩や俺に懐いていた王女様には申し訳ないが、まぁ俺がいなくともやっていけるか。
「俺はもう聖なる者ではないんだ……。ならは行くところは一つだ。〝娼館〟へ行こうかっ!!!」
体が軽い俺は、空へと飛んでいきそうなくらい軽やかなスキップをしながら目的の場所へと向かった。
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――ノワールが聖騎士団をやめて数時間後。
副団長ことコザ・ケヌマズクは、ノワールの後輩であるローズを呼び出していた。
「何の用っすか? 副団長」
朱色のショートヘアーに整った顔、糸目と大きすぎず小さすぎない胸を持つ彼女こそが期待の新星であるローズ・ルミエールだ。
ニヤニヤとしているコザに対し、無表情のローズ。だが、次の一言でローズの顔がくしゃっと崩れる。
「ノワールはクビにした」
「…………はぁ?」
一気に不快感がこみ上げてドスの効いた声が響く。コザは変わらずペラペラと嘘をつきまくった。
「ククク! 怒るのも当然だな。ノワールはなぁ、街の女子供に手を出した挙句、お前にまで手を出そうとしていたのだぞ? 光栄に思うが良い。このオレが助けてやったんだ。だからローズ、貴様は今後オレの側近として――」
――ガシッ!!!
「ア……ガッ……!!?」
「屑で間抜けの雑魚副団長……手前、良い加減にしてくれませんかね」
「な、にを゛……ッ!!!」
堂々と椅子に座っていたコザだったが、ローズは机に足をかけ、コザの首を鷲掴みにして上に持ち上げる。必死に腕を振りほどこうとするが、微動だにしない。
ローズの閉じていた糸目は怒りで開眼しており、蒼の双眸がコザを突き刺す。副団長と新人の聖騎士だが、力の差は如実に表れていた。
「僕は先輩のことを誰よりも知ってるっす。先輩が、そんなことするわけないでしょうが……!! ホラ吹くのもいい加減にしろ!」
「嘘じゃ、な゛、い゛……!!!」
「今際の際だのによく言えますねぇ……。そこだけは感心しました」
「ヴッ、ゲホッガハッ!」
片腕でコザを放り投げ、本棚にぶつける。首にはとてつもない握力で締め付けられた跡がくっきりと残っていた。
「先輩を追うために僕も聖騎士やめます。今までお世話に……いいや、副団長は何一つ教えてくれませんでしたね。優秀で、誠実で、真面目で強くて頼り甲斐のあるノワール先輩と違って」
「ひ、ひぃ……!」
「こんな腐った奴が副団長なら、この団は終わりっすね。……では」
「クソッ……クソがァ……!!」
ローズはバタンッと勢いよく扉を閉めてこの部屋を後にし、廊下をズカズカと歩く。
「……先輩、クビになっちゃったんすね。待っててください、僕が迎えに行きますから。ずぅーーっと一緒にいるって約束したっすもんね♡」
うっすらと開く目にはハートの模様が浮かび上がっており、恍惚とした笑みを浮かべていた……。
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「到・着っ!!!」
街を歩き続けること数分、俺はようやくお目当ての娼館へと到着する。緊張で心臓がどこかに飛んでいきそうだが、なんとか押さえ込んでそこに入った。
「「「いらっしゃいませ〜♡」」」
「お、うおぉ……っ!!!」
天国か? 天国なのか? うん天国だな!
やばいな……めちゃくちゃドキドキしてきたぞ!
「お客様は初めてのご来店ですかぁ?」
「あ、はい! 初めてです!」
「うふふ♡ ノワールさんって言うんですねぇ。では私がた〜っぷり教えてあげますね♡」
「ひょえぇ……!!」
受付をしてくれている美人なお姉さんと談笑していると、横から蠱惑的な女性が近寄ってそんなことを言ってきた。
ニマニマとしながら受け答えをしていると、腕に抱きついて柔らかな胸を押し当ててくる。すると急に――
「グギャァアアァアァアァア!!?!?』
「え……?」
突然叫び声をあげ、もがき苦しみ始めたのだ。さらには体がジュウジュウと焼け始め、黒い側と大きなツノ、そして尻尾を生やした化け物へと変化して床にひれ伏す。
見たところ人に擬態する前の淫魔っぽいが、なぜこんなところにいるのだろうか。
「なんっ……えっ? え???」
俺はわけもわからずその場で立ち竦んでいた。
「何事ですか?」
「あ、悪魔!?」
「なんで私たちのお店に……」
「これ、あの客が……?」
店員さんぞろぞろとやってきて、俺と床にひれ伏すサキュバスを囲む。色々とやらかしてしまったので何も発することもできずに、俺はダッシュでこの場を立ち去る。
「ちくしょうっ!! 娼館ってサキュバスが経営してんのか!? 聖騎士なら討伐対象だったから拒否反応が出ちまうよ!」
俺は泣きながら娼館を後にし、斜陽が照らし始めた街を走った。
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――サンティエ王国、場内の一室にて。
「娼館でサキュバスの出現、および撃破の報告……。その討伐者は私のノワール、ねぇ。ふふっ♪」
絹のように艶がある銀色の髪に翡翠色の瞳を持つ少女。
彼女の名はブラン・ラブリエ。サンティエ王国国王の愛娘であり、度々ノワールが護衛しに行っている美少女である。
「聖騎士をあのコザとやらにクビにされたと通達があった時は暴れ狂いそうでしたが……成る程、そうですか。団に所属していたら届かない痒いところにまで救いの手を伸ばすためにわざと抜けた、というわけですね! さすがは堅実で清らかな私の騎士ですね……。うへ、うへへ♡♡」
ブランはとても民衆には見せられないほど惚けた顔をしていた。実際には下半身の欲望に忠実に生きようとしているノワールなので、ブランは見当違いの考察をしている。
「そうですねぇ……きちんと個人でも仕事をできるよう、この私が直々に手助けして差し上げましょうか……」
口を三日月のような形に湾曲させるブランは、早速外へと赴くことにした。
……欲望のままに生きたいノワールが全てうまくいかず勘違いされ、勝手にローズやブラン、民衆からも支持され後に戻れなくなるのはもう少し後の話……。
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