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殺し屋ラジェロと三人の刺客

作者: 篠江 一

 ラジェロは凄腕の殺し屋だ。

 しかしターゲットである科学者に恋をしてしまった。組織への裏切りは死を意味する。ラジェロは科学者に理由を説明して一緒に逃げようと言った。

「ちょっと待ってほしい」

 しかし科学者は横に首を振った。

「なんで逃げるの前提で話を進めようとしているんだろうか」

 ラジェロはびっくりして、組織には自分より強い殺し屋があと三人居て、見つかったら二人とも殺されるのだと説明した。

「楽しそうじゃないか。返り討ちにしてくれよ」

 標的だった科学者の性格や趣味嗜好は頭に入れているつもりだったのに、彼女の享楽的な本性を知ってラジェロは軽くショックを受けた。しかし自分は彼女のそんなところに惹かれたのかもしれなかったし、何にせよ惚れた弱みだ。

「面白いものを貸してあげよう。これさえあればどんな屈強な相手にだって圧勝できるよ」

 散々言いくるめられ、ラジェロは三人の刺客と戦うことをしぶしぶ了承した。

「――見損ないましたよ、ラジェロ。まさか標的に恋愛感情を抱くなど……」

 一人目の刺客は見習い時代の師匠だった。徒手空拳の拳法暗殺家で、師弟であった頃は修行の一環で数え切れないほど組み手をさせられたがいつもボコボコに負かされるのでラジェロは彼女に対して若干のトラウマを持っていた。

 遠くから銃で応戦するつもりが一瞬の隙を突かれて達人独特の歩法で距離を詰められ、みぞうちに掌打を叩き込まれた。

 武器を取り落として膝をついたラジェロの横っ面に師匠の蹴りがクリーンヒットする寸前、ラジェロは科学者から渡された機械を作動させた。

「!」

 眩いフラッシュが辺りを包み込み……それだけだった。

 ただの目眩しだったのだろうか。ラジェロが走馬灯のように科学者との楽しかった思い出(いや出会ってまだ一日ちょっとだから楽しかった思い出なんて特にない。そういうのはこれから作っていく予定だったのだ)に逃げていると、師匠に正面から思い切り抱きつかれた。このまま締め殺す気かと思ったが違うようだった。ラジェロはそのまま地面に押し倒され、馬乗りになった師匠から何の脈絡もなく唐突に唇を奪われた。

 間近からラジェロの顔を覗き込み、甘えるような声で好き好き好きとうわごとのように繰り返しながら顔中にキスの雨を降らしてくる師匠。そのとろけ切った表情には一切の妥協を許さなかった厳格な師としてのかつての面影はどこにもなかった。

 科学者から渡された機械の効果であることは明白だった。対象の殺意を完全に消し去る光線を放射する装置なのだろうか。……いや、細かい仕様はとりあえず良しとしよう。ラジェロは、もしかしたら本当に残り二人も返り討ちにできるかもしれないという淡い希望を持ちながら、しかし師匠のあまりの怪力に満足な抵抗もできずしばらくの間ただただ唇を貪られ続けた。

 二番目の刺客は姉弟子だった。

「不出来な弟弟子の始末をつけにきた……ちょっと待って。横のひと誰? えっ、師匠?」

 師匠と同じ流れでラジェロは姉弟子にも勝利した。

 最後の刺客は軍事監獄の最深部に収監されているはずの彼の妹だった。生まれながらの殺人鬼で、強過ぎる破壊衝動と圧倒的な殺しのセンスで齢12にして300人以上を血祭りにあげた本物の化け物だった。妹が軍に拘束されたとき、ラジェロは彼女の命と引き換えに組織の元で殺し屋として生きることを選んだのだ。

「大統領が特例666にサインしてくれたの。久しぶりに沢山殺せてワクワクッ! 最初にお兄ちゃんを殺してあげるね!」

 人類への最終安全装置である鋼鉄製の拘束衣で四肢の関節の駆動を制限されているはずなのに人間離れした動きで迫ってくる妹に向けて、ラジェロは機械を作動させた。

 ……

「ほうら言った通り! 三人とも返り討ちにできただろう? 僕も有意義なデータが採れてウハウハだよ」

 嬉しそうにそう言った科学者にラジェロは銃を突きつけた。

「あんたもあの機械をおれに使ったのか」

 銃口を向けられているのに、臆することなく科学者はニンマリと嗤った。

「素敵な発明だとは思わない?」

 ラジェロはしばし考えた。確かにあの機械がなければ自分は人を愛する気持ちを理解することさえなかっただろうし、三人の刺客とも殺し合うしかなかった。現状全員が生きている(組織を裏切らせた以上帰らせるわけにはいかないので、今は三人とも偽の名義で借りたアパートの一室に匿ってある)のは、機械のおかげだ。それに初めて科学者と相対した際に感じた雷撃のような衝撃以来、すっかり彼女に熱を上げてしまっている今の自分に、今更トリガーを引けるはずもないのだった。

「確かにな」

 ラジェロは銃を下ろした。

「凄いよ。あんたの『対象の殺意を恋心にすり替える機械』は。戦争だってなくせるんじゃないか?」

 ラジェロの言葉を聞くと、科学者は不思議そうな顔で小首を傾げた。

「『殺意を恋心にすり替える』? 違うよ? それはそんな大層な機械じゃない」

 今度はラジェロが首を捻る番だった。

「じゃあ、これは一体どういう機械なんだ?」

「それは『対象の自制心を極限まで減衰させる機械』だよ」

「……つまり?」

 科学者は得意気な笑みを浮かべ、『説明しよう』とでもいう風に顔の前で人差し指をピンと立てた。

「つまり、光線をくらった相手は自分の気持ちにとことん素直になるってわけ」

前回の投稿からだいぶ間が空いてしまいました……。

オチのつく掌編を目標に書いたのですが、気に入っていただけると幸いです。

よろしくお願いします。

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