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 爆発音のような音をあげて、部屋の扉が開いた。


「!!!!!」



 なにを言っているのかわからない叫び声が二つ重なって、静寂を一瞬だけ打ち破る。

入ってきたのは赤い髪をした男と、ピンク色の髪を撫でつけた男――というか女というか――茜と桜だった。

 二人は焦った顔で、怒っているような表情だったが、部屋の真ん中で身体を寄せ合っているように見えるレイと馨を見ると、ぴたりと動きを止めた。


 しんと静まる部屋の中で、一番に口を開いたのは私室の主だ。


「茜」


 たった一言名前を呼ばれただけだが、茜はハッとしてすぐさま身なりを整えてぴしりと背筋を伸ばした。


「はい」

「何か用か?」


 静かな声だ。凪いだ、どこにも感情の乗っていない声が、馨の底にある怒りを揺らめかせている。

 茜と桜が揃って硬直した。

 張りつめた空気の中、ふとレイは恐ろしさよりも、何故かそこに優しさを見たような気がして、思わず笑みがこぼれそうになった。取りあえず顔を背けることにして誤魔化す。

 が、茜と桜には、レイが馨の胸にすり寄ったように見えたようだ。ついでに、レイの誤魔化しを見抜いた馨が微笑むので、二人は顔を一気に蒼白にした。わなわなと震えている。

 一番に叫んだのは茜だった。


「そんなに親しくなれとは言ってませんよね?!」

「そっ!! そうよそうよお!!」


 猛抗議が始まってしまった。

 余りの剣幕なので、ひとしきり言いたいことを言わせておこう、とレイは何かを誤解しているであろう二人を放っておいた。

 馨もそのつもりのようだ。


 申し訳ない、と言いたげに、彼らに見えないところでぽんと肩を叩かれる。いえいえ、と緩く首を振り、答えておいた。

 彼らのことはよく知らないが、きっと思いこみが激しいのだろう。

 二人ともびしりと着ている軍服のせいで冷静そうに見えるが、茜は茜で突然初めて会った人間を強制的に連れ去ってきたし、桜も桜で、こんな異国の人間を連れてきた茜を諫めもせずに、同じように脅迫してここへ送り出してきた。

 騒ぎの最後に「お気に入りになさるおつもりですか?!」と茜が発言し、それに馨が答える形でようやく騒々しさは収まった。



「ほう? お気に入りにしたいのか? 何も知らぬ娘をここに放り込んでおいて、お前たちこそ、この後どうするつもりだったんだ」


 再び静かな怒りに触れ、先ほど窓の勢いは何だったのか、二人は子供のようにしゅんとした。


「それは」


 桜が恐る恐る手を挙げる。


「何もかも急な事態でしたから、もうどうにでもなれ、と勢いで事を進めました。後のことは考えてません」


 あまりにも正直な告白に、レイは感心した。

 確かにそんな感じだった。

 馨は少々眉を顰め、レイに向かって声をかけた。


「だそうだ。本当に申し訳ない」


 そう囁くように言う。

 なんだか近いな。

 レイは憂い顔の美しい顔に、ふと我に返った。

 ここに転移して帰ってからと言うもの、そういえば身体を寄せたままになっていなかっただろうか。


「あっ、すみません!」


 レイはバッと上体を反らせて、一歩下がった。


「いや、謝ったのは私だが」


 不思議そうにする馨に「大丈夫です、大丈夫です」と慌てて返す。


「あなたに謝ってもらわなきゃならないことは何一つありませんから」

「当たり前です」


 ふん、と後ろから低く唸られる。振り返ると茜が訝しげな顔で立っていた。レイをじろりと見た後、馨に向かって深く頭を垂れる。


「申し訳ありませんでした」 


 レイはそろそろと退いた。

 空気を読んだのだ。というか、半分は叱られてほしいと思っての行動だった。

 馨はゆったりと腕を組むと、朱色の旋毛を無感情な目で見下ろす。


「ずいぶんと勝手をしたな?」

「言い訳は致しません」

「なぜ?」

「反省はしていますが、後悔はしていないからです」

「茜」

「……間違っていましたか?」


 茜が頭を上げ、まるで自分は悪くないとでも言うように、少しだけ背の高い馨を見上げた。

あの軽薄そうに感じた印象が吹き飛ぶような、何かを訴えかける真剣な眼差しだった。まるで、馨と対等のような表情にレイは密かに驚く。先ほどとは別の類の緊張感が、二人の間に走っている。



 そこに、つつつ、と桜が寄ってきた。肘でレイをつつき、その場からさりげなく離される。



「あんた災難ね」

「本当に」

「言うじゃない。ねえ、どこか行ってたでしょ」

「うん」


 詳細は伏せた方がいい気がして、レイは頷いて口を噤んだ。桜は何故か嬉しそうに目を細め、うふふふ、と笑う。


「茜は間違っていなかったわね」

「いや、色々間違ってたと思う」

「んもう、あなたって馬鹿なのねん」


 つん、と鼻先を弾かれる。綺麗な桜色の爪だ。

 ふとその爪に意識がいき、じっと見つめてしまった。

 そして気づく。

 この人、全く疲れてない。

 レイは驚いた。

 大抵の人は疲れを持っている。いつもは意識しないので「見る」ことはしないし、勝手に見えるものでもないけれど、こうして集中してしまうときや、逆に気を緩めすぎても見えてしまうときには必ずきちんと「見える」のだ。

 しかし、桜はどこにも「影」を背負ってはいない。


「ねえ」


 レイはこっそり話しかける。


「なあに」

「癒し魔法? ってやつ、今使ってるの?」


 桜は、何を言ってんのこの子は、という表情で見下ろしてきたが、律儀に答えてくれた。


「そうよ。あたしたちにとっちゃ普通のことだもの。息をして吐く、そんな感じ。意識もしてないわ」

「やっぱりこの国の人全員?」

「ま、そうね」


 事も無げに桜は言う。

 エリシアストで育ってきたレイには信じられない話だが、町にいた人々が魔力で煌めいているところを見て回ったのはついさっきの話だ。

本当にここは異国で、自分が生きてきた世界とはまるで違う時間の中で存在している。


 自分の持っていた常識とは、なんだったのだろう。

 なんて狭い世界で生きてきたのだろうか。



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