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 今日はできてここまでだろう。これ以上は反動でつらくなる。

 レイはちらりと左手も見る。神々しいほど輝いている美しい手はやっぱり何ともない。なぜか右側だけが疲れている。 


 そもそもあの状態で、身体が動いてるのもおかしい話だ。幼い孫が総勢二十人いる果物屋の双子の店主のばあさまたちよりもずっとひどい。まるで呪いのような「疲れ」だった。

 普通ならば、ベッドからも起きあがれなくとも不思議ではない。よく息ができるものだし、そもそも柔和な笑顔で会話なんてできるはずもない状態のはずだ。しかも転移魔法を片手でして、左腕には抱えてもらってこの山小屋まで飛んで――


「ん?」


 そうだ。


「癒し魔法使えるんですよね? だったら右側にも使ったら――」


 レイは顔を上げた。

 ハッと息をのみ、言葉が途切れる。

 馨が、レイを射抜くように見つめていた。

 レイの顔だけではない、レイそのものを全て見透かそうとするように、銀の満月が埋まったような目が、妖しく底光りしていた。

小さな箱に閉じこめられたように、息ができない。

 けれど、なぜだか、恐怖は感じなかった。

 ただただ、目の前の馨の佇まいに気圧され、心が時間を忘れたように止まって――掴まれている。


 馨がすっと左手を挙げる。

 レイの顔へ。


 右頬を手の甲でなぞり、指先で頬にかかる髪を耳へ掛ける。

耳をそっと撫で、馨は興味深そうに笑んだ。

まるで子供のように。しかし、子供にしては、あまりにも妖艶だった。

 一気にレイの顔が真っ赤に染まる。

 何か言わなければ、というか、息をしなければ、とレイがはくはくと口を動かすと、馨はふと我に返ったように、その気配を解いた。


「……ああ」


 申し訳なかった、と耳から手を離し、髪を掻き上げる。


「なるほど。茜の暴挙の理由がわかった」

「え?」

「同じ事をしたな?」


 悪戯を見透かすような、こちらがくすぐったくなるような表情に、レイはたじろぐ。


「い、言ったじゃないですか……マッサージをしたって」

「そうだが、そうじゃない」

「マッサージはマッサージですよ。常連の人だけにいつも、目に付いたときだけしていて」

「茜も目に付いたか? 常連じゃないのに?」

「それは」


 確かに、どうしてでしょう、と呟く。

 でも言うように、目に付いたのだ。

 警戒心は強い方だ。祖母からいつも、人をしっかりと選ぶように強く言いつけられていたし、もちろん店の外など以ての外だった。


「近い、と感じたのだろう」

「怪しいとは感じました」

「ふ」


 本当は妙な感じがしたのだけど、そのことも馨には言わずとも伝わっている気がした。レイは恥ずかしくなって俯く。

 ふと、隣の馨が立ち上がる気配がした。仰ぎ見る。

 馨は輝くような左手を差し出し、柔らかな笑みをレイに向けた。


「さあ」


 その一言だけで身体が動く。

 馨の手を迷わず取ると身体が引き寄せられた。

 この後の展開はわかっている。

 レイは眩しい光に備え、目を瞑った。








 着地を感じ、馨の羽織をつかんだまま顔を上げる。

 馨は腕の中にいる、目を細めるレイを不思議そうに見下ろした。


「どうした?」

「いえ、優しい人だなあと」


 レイが言うと、馨は微かに目を見開いた。


「なぜ」

「山小屋から町へ行くのに、わざわざ歩いて連れて行ってくれたのをふと思い出しまして」


 レイが素直に言うと、馨は「ああ」と目元をやわらげた。


「いつでも引き返せるように、どこも飛ばずに、ゆっくり歩いてくれたんですよね」

「いいや。私が気分転換したかっただけだ」

「では、そういうことに」


 レイが頷きながら真面目に言う。

 馨は、ふと小さく息を吐いた。レイの灰色の髪の尾に触れる。


「さて、どうしたものか」

「なにがです?」

「今頃向こうでは君がいなくなったことで騒ぎが起きているだろうな」


 三つ編みの先を優しく触れている。

 レイは、それを邪魔せぬように緩く首を振った。


「大丈夫ですよ。祖母に対応を頼んでおいたので、何の騒ぎにもなってないと思います」


 確信があった。

 いくら突然転移魔法でいなくなったとしても、騒ぐことはない。あそこにいたのは、城で鍛錬して「魔法」を見慣れた、もしくは使ってきた者共だ。祖母はそんなことは言わなかったし、彼らもまた腕自慢はしても詳細など口にしなかったが、彼らは力のあるものに対処する方法をよく知っている。騒がず慌てず、事の成り行きを待つことができる強さがある。その筆頭は間違いなく祖母だが。

 だから、大丈夫だ。

 レイは笑う。


「君は不思議だな」

「あなたの方が不思議ですよ」

「ふっ」


 馨は口元を隠すように手で覆う。髪がさらりと流れ、その美しい顔を隠した。


 なんだか、もったいない。


 レイはじっと見上げた。

 突然連れてこられてこんな事になっているが、この人と話すのははとても緊張するのに、その反面とても落ち着く。そして、とても心配だ。今はもう「入れない」ので、彼の疲れが見えはしないが、きっと右側はまだ重い影を背負っているのだろう。

変な話だが、ものすごく、甘やかしたくなる人だった。

 この時間が終わるのは、もったいない。


 レイが自分の感情に戸惑っているのに気づいているのかいないのか、馨は「さあ」と気分を切り替えるように、レイの髪から手を離した。


「それでは、茜に見つからないうちに君を帰さなくてはな」

「あ、そっちも大丈夫です」

「うん?」

「帰してくれなさそうだったので、あなたに会う前にきちんと話し合ったんです」


 レイは勝ち誇った顔で、話し合った、を強調した。


「ほう」

「私は客人なので、あなたと話を終えたら、きちんと帰してくれるって、あのお姉さんが言ってくれました。なので見つかっても大丈夫ですし、なんなら別れの挨拶もしてきます」

「……桜が言ったのなら、確かに大丈夫だろうが」


 また肩が微かにふるえている。


「あの。笑いたかったら笑っていいんですよ」


 レイは先ほどから笑いをかみ殺す馨を恨めしげに見上げた。

 それを見て、馨はとうとう口を開けた。


「……ふ、はははは」


 目を細め、額に手を当てて笑う姿はくすぐったそうで、美しさが和らいで、とても無邪気だった。レイは驚きながらも嬉しく思うが、どうして嬉しく思うのか、今は考えない方がいい気がする。

つい、つられて口の端がふわりと弛んだその時だった。




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