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「……茜が?」


 簡単に説明した後の馨の一言目がそれだった。

 信じられないと言うように、整った顔を怪訝な表情にした馨の銀髪が風に靡く。


 余計なことは言わずにいよう。


 レイは神妙に「はい」とだけ頷く。


「突然、エリシアストの自分の店にいた君を、その場で転移魔法を使って連れてきたと?」

「はい」

「どうして」

「は……」


 これは、「はい」が通じない。咄嗟に「誤解なんです」とレイは首を横に振った。


「どういう誤解だ?」

「その」


 ここで「癒しの子」と勘違いしているなど、口が裂けても言えない。しかし、嘘など以ての外だった。レイを見る目は余りに美しく、そして真剣だ。


 仕方ない。そう、仕方がない。


「わたしを、う、運命の人だと勘違いを」


 嘘ではないがこれ以上なく恥ずかしい。レイはバッと顔を覆った。もうこれで勘弁してほしい、と身を小さくする。

 隣から、ぽろりと声が漏れた。


「ほう、運命の人」

「すみません、本当にすみません」

「なぜ謝る?」

「……もう、すいません」


 段々と声が小さくなっていくレイのつむじを、馨がじっと観察するように見る。


「なぜ君なのだろう」

「ね。本当になぜでしょう。ただちょっと気になって手をマッサージをしただけで」

「マッサージ?」


 馨から聞かれ、顔を上げる。


「はい。昔から得意なんです」


 レイは手のひらを見せ、握っては開いてみせる。

 思えば茜は誤解しているのだ。

 癒し魔法なんて使っていない。あれはただのマッサージだ。祖母が店の主でだったレイが小さいときから、常連客の肩を叩いたり、手を揉んだりしていた。小遣いをもらえることも喜ばれることもレイは好きだった。自分も温かい気持ちになれるのだ。もちろん今も常連客以外にしてはいないが、どうしてかあの時「つい」やってしまった。どうしてだろう、と、うーんと唸るレイに目の前に、ひらりと手が差し出される。

 自分とは違う、大きくて骨ばった、爪までもが整った手。

 レイの勘違いでなければ、レイを見下ろす目はとても興味深げに輝いている。レイは少しだけ迷ったが、純粋な好奇心の圧に負けた。


「し、しましょうか?」

「頼む」


 そう言うと、馨は手に持っていた食べかけの綿飴と胡座の上に置いていた紙袋を左手に持って「転移」させた。銀の光の帯があっさりと消えていく。


「頼む」


 とても期待されている気配を感じながら、レイはそっとその手に触れようとして「ん?」と間抜けな声を出した。


「どうかしたか」

「左手じゃないですね。右手を貸して下さい」


 馨はレイに向き直って右手を出す。

 レイは壊れ物を扱うように、そっと指先に触れたが、次の瞬間、すぐに手を離す。

 ぴりっと、冷たい静電気のようなものを感じた。


 弾かれた?


「あの」


 レイは両手を馨に見せる。


「大丈夫ですから、リラックスしてもらえますか」

「しているが」

「ええ?」


 レイは「本当かなあ」と呟きながら恐る恐るもう一度試みた。

 手に触れる。体温の低い、冷たい硬質な感覚が伝わってくる手だ。

 やはり少し内側から弾かれるが、そのままぎゅっと両手で、包むように触れる。しかし、何も感じない。

 

「あの、もう少し力を抜いて下さい」


 レイは手を握ったまま、馨に訴える。

 馨はあぐらをかいた格好で首を傾げた。その表情も美しい。でも、今はそれどころじゃない。


「力を抜くんです。息をゆっくり吐いて~、吸って~、吐いて~」


 レイは深呼吸をして見せた。


「はい、どうぞ」


 有無を言わせぬレイに、馨はやや不思議そうにした後、目をうっすらと閉じた。息がそうっとあたりの空気を揺らし、馨の髪がゆらんと上に持ち上がるように揺れる。握った手の中で、馨の気配が、ふっと緩んだ。


「もう一度」


 そう言い、レイも目を閉じる。

 二人で呼吸を合わせるように深呼吸をする。

 息を吐く度に髪が上下に揺れた。

 うん、いい感じ。

 一段と力が緩んだ瞬間を逃さず、レイは馨の手をグッと強く握った。


 あ、入れた。

 


「!」



 レイは目を開く。

 同時に、馨も目を見開いていた。

 二人で一瞬見つめ合ったが、先に口を開いたのはレイだった。


「ちゃんと休んでます?!」


レイは声を張り上げた。

 馨の力が弛み、迎入れられた途端に、その惨状がはっきりくっきりと見えてしまった。


 指先まで真っ黒だった。


 レイが「疲れ」と呼んでいる黒い煙のような「影」が、馨の手を覆って、そのまま腕へ、腕から肩へ、肩から背中へと伸び、さらに棘までありまるで生き物のように動いている。這い回る「疲れ」など見たことがない。今すぐに捕まえて、さっさと追い出さなければ。

 レイは包んでいた手に力を込めた。


「そのまま、じっとしてて下さいね」


 返事は聞いてないし、聞こえてもいない。そんなことよりも、こいつをどうにかしなければ。

 レイは深呼吸を一度してから、とりかかった。


 血の巡りを意識して温めるように、細胞一つ一つが息を吹き返すように、本来なら柔らかいはずの手のひらを親指でほぐす。

一本一本の指の爪の先まで、流れに沿って繊細に指圧を施していった。


 しばらく集中していると、やがて「影」が逃げていくように晴れていきはじめた。ふよふよと手から離れ、うっすらと霞みがかって消えていく。さらに丁寧に。淀みを掬い取って、綺麗にして散らすように。


 どうにか手の周りの「影」が離れていき、仕上げにもう一度手の全体を撫でて押し出していくイメージでしっかり両手で握る。


「ふう」


 レイは小さな達成感に満たされていた。

 どす黒かった手が、なんとか綺麗な肌色に戻ったのだ。ちゃんと流したおかげか、腕の「影」も肘までは灰色に薄らいだ。




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