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 山小屋の周りはしんとしているが、寂しさは感じない。輝く街の火の灯りや、時折風に乗って運ばれてくるざわめきが心地よかった。

 レイの三つ編みの尾が揺れる。


「そうですね、食べ物もですけど、服も、人も、知っているものがたくさんあってビックリしました。柔軟に交ざっている感じが、すごく不思議で」

「エリシアストとは違ったか?」

「……はい」


 レイは苦笑した。

 彼は最初からレイを「エリシアスト国の民」として扱ってくれていた。あまりにも自然に受け入れてくれたものだから、その話題を口にすることも忘れていたのだ。

 レイは髪を摘む。


「この髪でわかりましたか?」


 聞くと、馨はふっと目を細めて答えた。


「いいや。私を知らないようだったから」

「え?」


 レイが首をかしげると、馨はちらりと視線だけを寄越して呟いた。


「ふ。気にしないでくれ」


 レイにははなぜか、馨が嬉しそうに見えた。

 綿飴を一口かじっている横顔をうっかり見つめてしまう。


「深淵国にエリシアストの物がある理由は至ってシンプルだ」


 馨が口の端についた綿飴を親指で拭い、舐める。


「交易をしている。作物が育ちにくいこの国に、エリシアストからは作物を。こちらは海が近いので魚と、そしてこの地でしか育たない特殊な植物から抽出できる薬を」


 聞いても言い話なのだろうか。

 レイはどう言っていいのかわからず、ヤキトリを口に運ぶ。

 交易をしていることも知らずに育った。隣国ーーと言ってもどこに位置しているかも知らないがーーの歴史として、風習の違いなどは学ぶこともあったが、それは文化の面としてのもので、あっさりと終える。

 レイが、着物や緑茶は知っていても、金平糖も、彼ら全員が火の魔法を使えることも、紅茶やケーキを食べることも知らなかったように、その学びは表面的なカリキュラムの一つとしての扱いだったのだ。国家間の内情など気に留めてこなかった自分の愚かしさに、恥ずかしく思う。


 魔族なんて言い方をして、まるで人ではない扱いをするが、彼らはどう見ても自分と変わらない「人間」だった。すこし、耳が尖っているだけの、普通の。


 レイが苦々しい顔をして焼き鳥を噛んでいる顔を見て、馨の手が伸びる。

頭をぽん、と撫でられた。


「気にするな」

「……しますよ」

「エリシアストにはエリシアストが守らねばならないものがあるのだろうよ。この国が守りたいものと、あの国が守りたいものが違うだけの話だ。あの国からの扱いが、差別であったことはない」

「そうですか?」


 レイがむっとする。

 そんなことないと思います、と、言いたいが、言うのもなんだか妙だし、変だし、失礼だ。

 ぐっと眉間に皺が寄っていく。

 馨はくつくつと笑って、ほら、と綿飴をレイに差し出した。

少しだけ迷って、首を横に振る。なぜかとても恐れ多かった。


「彼らがしているのも、我々がしているのもただの区別だ。彼らにできることは我々にはできず、我々にできることが彼らにはできない。国による魔力の性質の違いもあるが、それぞれがそれぞれの領分で、その規律を守っていくために、区別は必要だろう。現に、エリシアストも深淵国も、一度も戦争を起こしたこともない。それが、先人の賢者たちが出した答えだ。私たちには明確な違いもあるしね」

「……そんなに違いがありますか? まあ、耳は少し、尖っていますけど」


 まだむくれたままのレイが反論すると、馨は微笑んだ。


「あるよ」


 例えば、と言って、屋根を指さす。

 レイは馨の言わんとすることがわかって、頷いた。


「確かに飛んできましたね。軽々と」

「驚かないのか?」

「あの跳躍力は不思議ではありますけど、ランプをしまうためだけに片手で転移魔法を使うあなたを見ていたら、もう何も驚きません」

「ふっ」


 口元を手で覆って、顔をふいと背けられる。思わず覗きこんでしまいそうになるのを押さえて、最後のヤキトリに噛みついた。


 レイはその昔、転移魔法を見たことがある。

 国王の代替わりの時だった。城のバルコニーに立っていた新国王が、市民が集まる広場のステージに転移魔法で現れるというものだった。盛大に湧いた会場のなか、レイは祖父に肩車をされ、眺めていた。


 覚えている。


 バルコニーで新国王を囲む、魔法を使う騎士が十人ほど。転移後のステージにはまた十人ほど。計二十人が魔力を持ち寄って行うのが、レイの知っている「転移魔法」だ。

光の帯が身体を包んで消える、美しい魔法。

祖父曰く、転移魔法の痕跡が残らないほど、強く柔軟な魔力の持ち主らしい。そしてエリシアストの者にはあまり向いていないのだ、とも言っていた。

 そういえば、あの広場、少し焦げていた。


 ひとしきり一人で笑いをかみ殺し終えた馨が、綿飴の棒をくるりと回す。


「私が特別なわけではない」

「絶対嘘です」

「……そうか」


 また笑いを堪えている気配がする。

 が、今回は立て直すのが早かった。


「魔法を応用したものだ。身体能力の強化というところかな」

「それであんなに身軽に、簡単に飛べるものなんですか?」


 にこりと微笑まれる。その笑顔で、やはりできる者とできない者がいるのがわかった。

 レイも曖昧に頷く。

 でも、どんな魔法を応用したら、風を切って高く飛び、あっという間に移動できるのだろう。


「どんな魔法を使うんですか?」


 レイが聞くと、馨は「ああ」と綿飴を一口食べてから口を開いた。


「癒し魔法の応用だよ」

「えっ」 

「ん?」

「いえ」


 癒し魔法。

 その言葉に、レイは思わず過剰に反応してしまった。

 そういえば、ここに強制的に連れて来られた理由の一つが「癒し魔法」なり「癒しの子」という言葉だったような気がする。これ以上癒し魔法について聞くのはやめておいた方がいいかもしれない。

いや、確実にそうだ。

レイはさらりとこの話題を流してしまいたかった。


「へえー、そうなんですね」


 大きく頷く。

 綿飴を回し続ける馨からじっと見られていることに気づき、へらりと笑ってごまかそうとしたが、うまくいく気配はしない。

じっと、じっと、何も言わぬ目で見つめられる。


「あの」

「それで君は、どうして私の話し相手に?」


 逃がしてもらえそうにない。

 レイは観念するほかなかった。





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