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 人生初の転移魔法を短時間で二度も味わったレイの次の着地場所は、小さな山小屋だった。


 黒い板張りに、暖炉、その前に椅子という、生活感のかけらもないが、何故か安堵できる空間だった。誰かが長い間、ひっそりと一時を慈しんで過ごしてきたような気配が残っている。


 ここ、好きだなあ。


 ふっと完全に着地したのを感じ、レイははっとした。

 転移の瞬間、抱き寄せられていたのでしっかりとしがみついていたのだ。勢いよく離れる。

ここへ連れてきた張本人は涼しい顔で羽織を整え、気付いたようにレイの頭へ手を伸ばした。


「すまない。髪が乱れてしまった」


 せっかく綺麗に結っていたのに、とさらりと撫でられ、レイは硬直した後に「あ、いえ、大丈夫です」とだけ呟く。


「そうか。では、これを」


 馨が渡してきたのは、灰色のマントだった。

 見たことがある。

 たった数時間ほど前に見た、茜が来ていた着丈の長いマントだ。

じいっとマントを凝視していたレイに、さっと同じマントを着込んだ馨が不思議そうな目を向けてくる。


 その無垢にも見える澄んだ目は、レイを安心させた。


 この人は思ったよりも「近い」のかもしれない。

 とても遠い人のように見えるし、きっと実際そうなのだろう。しかし、レイに対する馨の距離は、そう遠くないように思えた。

 レイはそう思うと、すぐにマント着込んだ。


「準備完了です」

「私もだ」


 目が合い、二人は思わず小さく笑いあった。






 山小屋は街よりも森よりにあるようだ。

 山小屋から一歩出て、それから細い坂道を下る。

 レイは、馨が持ってきたランプに先導されながら、舗装されていない道を歩いていた。 エリシアストにもくたびれた夜は来るが、空は灰がかった紫色だった。それが、レイの知っている夜だ。この深淵国の、黒にも近い空は見たこともなく、空で輝く星々がこんなにも鮮やかに美しいことも、十九年間知らなかった。


「……怖いか?」


 じっと黙って後ろを歩くレイを気にしたのか、馨が尋ねてきた。

前を向いたままの、背の高い逞しい背に揺れる銀の糸を見ながら、レイは首を横に振る。歩く早さも合わせてくれるほど優しい人といて、怖いわけがない。


「いえ。感動してただけです」

「そうか」


 笑われたような気もするが、レイは悪い気がしなかった。

 

 何度か分岐した道を出て、誰にもすれ違わずに街にたどり着く。

 視界が開ける前からにぎわいの声が聞こえていたので、灰色の背中をわくわくしながら見上げていたレイに、ようやく馨が振り返る。手招きされ、横に並んだ。


 森から出た場所は、どこかの入り組んだ細い路地の突き当たりのようだった。人々の声が壁にこだましている。

 馨のランプを持っていた左手がそっと光り、ランプが細い帯に巻き取られ、どこかへ消える。馨は身軽に低い生け垣を先に越え、レイに手を伸ばした。


「ありがとうございます」


 手を貸してくれるのか、と思ったが、レイが手を出すと、馨はひょいっとレイを抱え上げ、何事もなかったように下ろした。


「……すみません、ありがとうございます」

「いや。結構歩いたが、疲れてはないか?」

「平気です」


 抱えられた方が若干ダメージを受けています、と言うこともできず、レイは強く頷いてみせる。

 馨がじっとこちらを見ている気がして顔を上げたが、視界が遮られた。フードを被せられたのだ。下から伺うように見上げると、馨も自らのフードを深く被ってしまった。


「では行こうか。短い散歩だが」


 はい、と、レイは隣に並び、にぎやかな街へ足を踏み出したのだった。





 街は、長屋で碁盤の目のように区切られている。

 レイが馨に案内されたのは、人通りも多い商店街だった。

 灰色のマント姿の二人がいても、周囲は全く気にしていない。


 左右に規則正しく並んだ「長屋」はレイの目には新鮮で、石畳の路地のあちこちから人が流れ込み、あちこちの路地に消えていくので、つられてついて行きそうになったところを馨に何度も腕を引いて戻してもらったし、店の前の提灯に漢字が書かれているのを見て不思議そうにすると、馨が丁寧に読んで教えていくなど、彼の案内はとても丁寧だった。


 レイが驚いたのは、確かに建物や雰囲気はまるで違う「国」だが、様々な店で見る果物や野菜、魚や肉も、エリシアストと変わらないことだった。料理も、レイの知らないものから、よく知っているものもあり、緑茶を売る店の隣には紅茶を売る店がある。着物を着ている人もいれば、洋服を着ている人もいる。同じようにマントを着込んでいる人もいた。

 ふと懐かしい気分になる瞬間が、幾度もあったのだ。





「本当に、皆魔力があるんですね」


 レイは一番驚いたことを、山小屋の屋根の上で呟いた。

 そろそろ帰ろうか、と言った馨が、人のいない路地に入った途端にレイを左腕に抱え、身軽にあちこちを飛んで森に戻ってきたのだ。

屋根に並んで座り、フードを取って街を見ながら、商店街の戦利品である「ヤキトリ」を頬張る。甘辛くて美味しい。


「ああ、髪か」


 馨は片膝を立てて胡座をかき、リラックスした様子で綿飴の棒をくるくると回した。胡座の上には紙袋がおいてあり、中にはリンゴ飴も入っている。


「はい。皆殆どが黒い髪なのに、すごく輝いていて……本当に驚きました」


 エリシアストでは見かけない黒色の髪が多かったが、それぞれ濃淡が違い、けれどすべての髪が艶々と輝いていた。

 茜や桜のような、はっきりとした髪色の者もいた。

 ああいう、特殊な色をした髪の者は明らかに人よりも強い希有な魔力の持ち主だというのに、彼らの生活が「公」の為に尽くしていないことまた、衝撃的だった。水色の髪の青年は、一生懸命魚を売っていたのだ。


 馨はレイの戸惑いに見当がついているようで、街を見下ろしながら小さく笑う。


「魔力があろうとなかろうと、国に尽くしたい者は自然と集まる。来ないのなら、来ない人生がその者にとって最良であり、代え難い大切なものなのだろう」

「そう、ですね。確かにそうです」

「他に驚いたことは?」


 顔をのぞき込まれ、レイはヤキトリにかじり付きそうになったところを慌てて口を閉じる。


「え、えーと」

「すまない、食べてからでいいよ」

「いえ、大丈夫です。驚いたこと、ですよね」


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