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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

その仕事私のです。

作者: 佐藤なつ

主人公の名前をジョシュアからリアナに変更しました。

R 5.8.5

朝の出勤は辛い。

最近、治安が落ち着いてきたユサ王国では、早朝、女性の一人歩きも安心して出来るようになってきた。

ただ、寒さは堪えられない。

白い息を吐きながら、リアナは人もまばらな市街を早歩きで進む。

市場の入り口に入りかかった時

「リアナ、おはよう。」

並ぶ露店の一つから声がかかった。

「おはよう。トムさん!」

アパートの隣に住む、トムだ。

隣では妻が小さく手を振ると陳列に戻った。

トムの店は果物や野菜を扱っている。

「今日も早いね。」

そういうトムの方がずっと早起きだが、ご近所のトムはずっとリアナの事を気遣ってくれている。

「そうなの。もうすぐ試験だから仕事前に勉強したくって。」

「そうか、頑張ってるんだな。」

「そうよ。ずっと夢だったから。」

リアナは、王宮の外部施設・・・図書館の下働きをしている。

メイドですらない。

正規職員でも無い。

短期契約で、誰もが出来るような整理整頓や簡単な清掃などを任されている。

貧しい区域出身のリアナには王宮の職を得ることは難しかった。

保証人が得られなかったからだ。

他の所で真面目に働いて、紹介に紹介を重ねて、今の職に就くことができたのだ。恐らくリアナの身の上では、これ以上の待遇は望めないだろう。

だが、リアナは諦めるつもりは無かった。

元浮浪児、その後孤児院に収容され成長したリアナには身に染みていた。

自分には金も後ろ盾も美貌も何も無い。

何とかしてこの境遇から抜け出すにはどうしたら良いか。

自分に問い続けてきた。

幸いリアナは知力を備えていた。

努力し続ける才能もあった。

ボロボロの教科書を何度も読み、時間がある限り図書館に通いそれこそ本を暗記する勢いで読み込んだ。

生来の負けん気で努力を重ね、市井の学校ではトップの成績を治めた。

評価を受けた時にリアナは知識を武器として成り上がろうと心に決めたのだ。

いずれ王宮の仕事に就きたい。

中でも何時でも本に触れられる、王立図書館の司書になりたいと思うようになっていった。だから、短期契約を重ね、幾つかの部署を経て王立図書館の下働きに配属された時は嬉しかった。

今まで以上に仕事に励んだ。

頑張りが認められて、短期契約の継続を図書館で結んで貰えた時は報われたような気持ちになった。

本は重たく運ぶ作業は重労働なのに、信じられないくらい薄給だったとしても。

休憩時間には本を読ませて貰えたし、司書の仕事を覚える事も出来る。

図書館で短期契約を重ねたリアナは、通常の仕事以外にも司書の真似事までさせて貰えるようになってきた。

上司からも次に正職員求人を出すならリアナを推薦すると言って貰えている。

ただ司書の仕事と言うのは空きポストが中々ない。


本好きには堪らない仕事だし、安定した仕事だから離職する者は少ない。

気長に待つつもりだったリアナだったが、一ヶ月くらい前から新職員採用に関する噂が流れ始めた。

噂とは言え、リアナは浮き立った。

チャンスがやってきたと。

噂通り試験が行われると言う告知が張り出されてからは早朝と仕事終わりに試験勉強をすることにしていた。


トムから激励代わりに売り物にならない傷有りリンゴを一つもらい、図書館に到着したリアナは何故か待ち構えていた上司に声をかけられた。

上司は貴族籍でありながら、リアナへ気軽に声をかけてくれる職場のお父さんのような存在だった。

とうとう推薦の話をしてくれるのかとリアナの気持ちは浮き立った。

だが、上司から出たのは、

「勉強しても受からないよ。」

と、言う絶望的な予告だった。

「今、何て言いました?」

リアナは震えた声で言った。

「採用はされないんだよ。残念だけど。」

ボソボソと歯切れ悪く言われる。

どこか申し訳なさそうな表情で。

「だけど、求人のお知らせが張り出されていました。」

「あれ、出来レースだから。」

「えっ?」

「採用する人は決まっている。」

「どういう事ですか?誰ですか?以前は求人があったら私を推薦してくれるって言ってくれたじゃないですか?」

リアナは詰め寄った。

「申し訳ない。これ以上は言えないんだ。だけど、努力している君を見ているのが辛くって。早めに教えてあげようと思ったんだ。」

「そんな!」

不満を口にしそうになったリアナに上司は更に声を潜めて言った。

「いいか?不満に思うだろうけど、口に出してはいけない。態度に出してもだ。下手したらクビだけじゃ済まない。処罰されるかもしれない。」

真剣な声で諭される。

何か大きな力が働いているのだとリアナは悟った。

リアナが理解したと見て上司は頷いた。

「君の、いや私たちではどうしようも出来ない事なんだ。そもそも職員に空きは無かったんだ。辞める人はいない。新しい企画を立ち上げる事もない。今まで君の働きのお陰でギリギリ仕事は回っていた。何度も君を正職員にしたいと要望を出したが、予算不足で通らなかった。だけど、一ヶ月前、ある筋から突然求人を指示されたんだ。採用者は決まっているが、形ばかり試験をするようにと・・ね。」

「その人の為の試験なら、私は受けても落ちますね。」

「不満だろう。正直な所私たちも納得できない。君のように真摯に働く人を蔑ろにするなんて。だけど、辞めて貰っても困るんだ。新職員は戦力にはならないだろうから。リアナの働きは必要なんだ。」

「戦力にならないのに採用なんですね。」

「現場ではね。」

「どういう意味ですか?」

リアナは聞く権利があると言った。

「そうだね。」

と、上司は頷いた。

そしてリアナに鍵を渡した。

第1学習室の鍵だ。

「この部屋の整理整頓をして欲しいんだ。今日一日かかると思う。」

唐突に変わった話題。

渡された鍵。

それを見て、リアナは上司の顔を見た。

色んな感情を飲み込んで、

「わかりました。」

と、答える。

言葉にされない意図を読むのは得意だ。

で、なければリアナは生きていられなかっただろう。


リアナは素直に第1学習室に入った。

中は机と、王室関連の資料が収められた書架があるだけのはずだった。


入ると、眼光の鋭い痩せぎすの男が一人、机の上に資料を並べて座っていた。

「失礼します。」

リアナはお辞儀をした。

「あぁ、いらっしゃい。」

鋭い目つきでありながら丁寧な口調で男はリアナを招き入れた。

まるで部屋の主のようだと思った。

それだけの貫禄が男にはある。

「部屋の整理整頓に参りました。何か必要な物がありましたらお出しします。ここは一般的に閲覧できる内容しかありません。もっと込み入った物をご要望でしたら手続きを踏んで頂きましたら・・・。」

「その手続きはどんなものだい?」

柔らかな口調で男は聞いてくる。

「ご説明申し上げます。」

リアナは淀みなく手続きを説明した。

途中、男の質問で別な話題に話が脱線しかかったが、慣れた物だ。

要領を得ない質問をしてくる相手と言うのは、いくらでもいる。

かなり説明に時間を割いたのだが男は結局、

「ここにあるのだけで十分だよ。ありがとう。」

と、言った。

あれだけ説明させておいて。

と、言う不満が一瞬湧き上がる。

だが、そんな人は幾らでもいる。

一々怒っていたら仕方が無い。

と、リアナは気持ちを切り替えた。

何よりも服装からして男はそれなりの地位に就いているだろう。

そんな人に刃向かっても無駄だと言うことは身に染みてわかっていた。

男は全く悪びれずに次の要望をリアナに言ってきた。

「この作業を手伝ってくれないか?この文書の概要を纏めて欲しい。」

「畏まりました。」

男に渡された資料をリアナは読み込み、別紙に纏めた。

視線が気になったが、仕事だと割り切って集中する。

「ありがとう。そこまでで良いよ。」

男に遮られ、

「ちょっと片付けてくれないか。お茶にしよう。」

と、部屋の隅にある茶器が用意されたワゴンを指さしてきた。

リアナは黙って机を片付けて、お茶を淹れて出した。

「君もどうぞ。」

お礼を言ってリアナは自分の淹れたお茶に口を付けた。

温かいお茶が胃の中に入り、思わず、ふぅと息を吐く。

「うん。中々良いね。」

男は頷いた。

「この部屋に入ってきた時の態度。ショックな事を言われた直後だろうに、投げやりになることも無く冷静だった。仕事に取り組む姿勢も良い。説明の的確さ。理不尽な事をされても不満を表に出さないプロ意識。突然作業を止められ、お茶入れを指示されても平静。中でも一番良いのはこれだね。」

男はリアナが書き上げた紙をヒラヒラと振った。

「文章力があると聞いていたけど、本当だった。」

ここでようやく褒められていたのだとリアナは理解した。

「ありがとうございます。」

だが、嬉しさは無い。

何故、急に褒められるのかと警戒しながらもリアナは頭を下げた。


「リアナ。20歳。元男爵令嬢。幼少期に母と死別、育児放棄を受ける。心配した親戚の勧めで10歳の時、父親が再婚。だが、継母から虐待を受け、家出。浮浪児として数日、生き延び、警備隊により保護されるも、両親は家出を理由に養育を拒否。孤児院に収容される。その後、市井の学校でトップクラスの成績を修める。王宮勤めを希望するも保証人不在で就職できず。他の職場で実績を上げ、紹介を重ね、王宮の短期契約職員となる。現在、希望の図書館配属勤めなり、図書館付で契約更新中。仕事ぶりは真面目で正確。来館者に対しても丁寧な対応で評判も上々。次に司書の求人があればリアナ、君が職員になると思っている人は多々居る。いや、既に正職員だと勘違いしている人もいるかな。」

淡々と告げられた自分の経歴。

さすがのリアナも開いた口が収まらない。

「だからね。君を差し置いて違う人が職員になったら、きっと皆不思議に思うんだ。」

「それは仕方無いのではないでしょうか。人がどう思うか迄は強要できませんから。」

「そうだね。だから、君には試験を受けて欲しい。それで、落ちて欲しいんだ。いや、落ちるのは決定だよ。試験内容は君に不利な物になっているからね。」

さらりと言われた言葉にリアナは息をのんだ。

「一応、結果は公示されるよ。次の人がどんなに適正かを示さないとね苦情が出てしまうだろうから。それで君は落ちた後も仕事を辞めてもらったら困るんだ。君の上司にも言われていただろう。」

「はい。言われました。」

「次の職員はね、多分仕事が出来ないんだよ。働いた事がないからね。」

「質問しても宜しいですか?何故、そのような方を雇用するのですか?」

「そりゃあ、メリットがあるからだね。あぁ、図書館にとってはデメリットだろうね。だけど、もっと広い視点で見るとメリットしか無い。」

わかる?

と、言われてリアナは

「端的な説明を求めても宜しいのでしょうか?。」

と、言った。

「君は、本当に良いね。幼少期に身についた。貴族的な部分と、平民の部分両方を兼ね備えている。」

男は笑った。

「いいだろう。益々気に入ったよ。全部話してあげるよ。」

それから男は語り始めた。




数ヶ月前、隣国シーアでは政変が起きた。

王太子が廃嫡されたのだ。

理由は身分違いの恋と公金の横流しだ。


王太子には身分も人柄も教養も立派な婚約者がいた。

その婚約者を蔑ろにして平民と恋に落ちた。

独断で婚約破棄をし、婚約者の実家を怒らせた。

更に、平民で暮らしに困っているからといって、金品を恋人に援助したのだ。

本人は”恋人の危機を救っただけ。”程度の認識なのだろうが、元は税金だ。


当然周囲は諫めた。

だが、本人は、真実の愛に目覚めたから偽りの愛は貫けない。

こんなしきたりに雁字搦めでは耐えられない。

援助したのは私的な財産だから問題ない。

困っている人を助けただけだ。

好きな人の、力になれない不人情な人間になりたくない。

と、聞く耳を持たない。


その内、

自分は操り人形ではない。

今のままでは、死んでいるのと同じだ。

自分らしく生きていきられない。

こんな人生は価値が無い。

などと、自分の生き方を否定し始めた。


経緯を見ていた宮廷貴族達も、王太子の言動を問題視するようになった。

諫めても、説得にも耳を貸さない。

そんな王太子には王になりえる資質がないと非難し始めた。

その非難は、王族全般へ広がりを見せていった。


問題を沈静化する為に、王太子は廃嫡され、平民身分に落とされ、このユサ国へと亡命してくることになった。


当然、亡命前に打診があり、両国間で折衝が行われた。

ユサ国としても、隣国の元王族を放置する訳にはいかない。

元王族の常識しか無い、恋に盲目状態の人物を、市井に放り込めば問題が起きるだろう。

それは我がユサ国としても望ましくない。



そこまで、話すと男はティーカップを口に付けた。

つまり、ここで説明は終わりと言うことだ。


「と、言う事は、今回の求人はその方の為に用意されたのですね。

元王族として品位を失わない職場。

王立図書館なら王宮内の施設で警備も問題ない。

正職員なら官舎に入居させられる。

行動も監視出来る。

そして、何より、隣国シーアに恩が売れる。」


「そういう事。理解が早くて助かるよ。」

男は頷いた。

「先ほどメリットと仰いましたが、見返りは何でしょう?両国間でお話し合いがあったのですよね。隣国には何か理由をつけて経費を請求できると言う事ですか?図書館へのメリットは?貴重な書籍譲渡?貸与?働けない人を雇うような予算はこの図書館には無いはずです。と、いうことは図書館への資金援助もされるんですか?その方の給金も隣国から援助頂けるのでしょうね?きっと、私が一身をこの職場に捧げても叶えられないくらいのメリットが国とこの図書館は受け取れるということですか?」

リアナは厭味を言う口を止めることが出来なかった。

「そうだね。指摘通りだ。リアナ。やっぱり君は優秀だね。過酷な人生を生き抜いてきただけあって、察しも良い。そんな素晴らしい君が結婚もせず、子も成さず、この職場に身を捧げたいと公言しているのは誰しも知っている。本当ならその健気な願いを叶えてあげたかったよ。」

「健気な願いと言うよりも、事実ですから。私には結婚を維持し、子を授かったとしても産み、育てるだけの財力がありません。日々の生活で精一杯ですから。私が夢見れる人生設計は、確かな仕事に就き、着実に貯金をして老後に支援施設に入る資金を確保する事です。」

淡々と事実を述べながらリアナは悲しくなった。

だが、それが事実だ。

一生懸命努力しても後ろ盾も無く、何の力も無い自分には、それが最上の人生なのだ。

「君の冷静な現実分析は素晴らしいよ。解っていても感情面では折り合いがつかないだろう。だが、それでも敢えて言おう。夢は諦めて欲しい。その代わり、老後資金の足しにはなる事をお願いしたいと思っている。」

「何でしょうか?落ちるとわかっている試験を受けて、盛大に問題を間違えろって仰るのですか?内容は私に不利なんですよね。」

「試験は普通に受けても問題無い。元王子様の論文の点数操作するだけだから。問題はその後なんだよ。元王子様は仕事が出来ないだろうし、やる気はあるんだろうけども、逆に迷惑になる可能性もある。来館者を怒らせてしまうかもしれないしね。そのフォローと報告をお願いしたいんだ。それの特別手当を出すよ。ちなみにこれくらいでどう?」

提示された金額はリアナにとって魅力的な物だった。

少しだけ暮らしが楽になる。

欲しかった防寒具も買えるだろう。

ぐらりと心が揺らいだ。

それにリアナは断れる立場に無い。

「心情的には納得しかねますが、お受け致します。」

「その決断力は素晴らしいね。」

男は笑って

「依頼の前金だよ。」

と、リアナに銀貨を一枚渡して去って行った。

男は名告らず、リアナも尋ねなかった。

聞かない方が良い。

知らない方が良いことは世の中に幾らでもあることをリアナは良くわかっていた。


++++



それからしばらくして、試験が行われた。

男の言っていた通りの試験結果が発表され、隣国の元王太子シューカインが王立図書館の司書として配属された。

「私の名前はシューカイン。皆にはシューと呼んで貰いたい。これから色々学びたいと思っている。宜しく頼む。」

どこか上から目線の挨拶をして先輩職員の度肝を抜きつつ、シューカイン、いや司書シューはリアナの同僚となった。

予告されていた通り、シューは仕事が出来なかった。

まず、前もって準備すると言うことが出来ない。

準備と言う物はしてもらう物であって、シューがする物ではないと言う認識だった。

だから書類作成でも、リアナは各道具を用意して、その書類の見本を作り、

「こちらをお願いします。」

と、しなくてはならない。

自分でやった方が万倍早いような状態だった。


更に来館者の対応も出来ない。

上司達がさせないようにしているのが原因だ。

だが、一番暇そうに立ち尽くしているシューは来館者から話しかけやすいのだろう。

何より見目も美しい。

元王子だと知っている人は知っていて興味本位で近づく人もいる。

シューは自分で判断しないようにと言い聞かされているようで、何かあればリアナや他の職員を呼びつけた。

万事が万事、人任せ。

腹にすえかねたリアナは一度

「手が離せないので自分でやってみて下さい。マニュアルはお渡ししましたし、説明はしましたし、一緒にやった事もありますよね。」

と、言って突き放してみた。

後ろで上司が顔を青くしていたが知ったことでは無かった。

しかしリアナはすぐ後悔した。

結果は惨憺たる物だったからだ。

来館者からのクレーム。

その事後処理。

仕事が倍になって戻ってきたような結末に、リアナは諦めた。

庇う訳では無いがシューは、それなりに優秀ではあった。

仕事の段取りが付けられないだけで、物覚えは悪くない。

人に指示されれば正確にそれは行える。

隣で見守っていなくてはならないが。

それ以上に問題なのは、謙った事のない生まれと育ちの為、人に不快感を与えてしまう。

事ある毎に正論を振りかざしてしまう。

王太子だった時は良いだろうが、今のシューは平民の一介の司書、それもヒラのド新人なのだ。

そんなヤツに上から目線で正論を振りかざされれば古参の利用者は面白くない。

と、言うか怒る。

感情的なクレームに、只管謝るが、シューは

「なんで謝るんだ。悪いのはこちらではないだろう。非が無いのに謝るのは良くない。謝るだけでは何も解決しない。」

等と言ってリアナを呆れさせ、来館者の怒りを更に買ってしまう始末だった。

何とか問題の処理を終えるとリアナはぐったりと疲れてしまった。

そして思い知った。

この為の手当金なのだ。

平穏に仕事を終わらせる為には、この温室育ちの元王太子様に何も仕事をさせないのが一番なのだ。

ようやく悟ったリアナだったが、物怖じせずに用事を言いつけてきたリアナが印象に残ったのかシューがしきりに話しかけてくるようになった。

更に、ランチ時に訪ねてきた恋人を紹介されて友人になってやって欲しいと頼まれる。

ランチを一緒に摂ろうと言われ、二人の話を聞く羽目になってしまった。


話と言うか、愚痴である。


以前の生活と違って戸惑うことばかりで困っている。

こっちに来たら人目を気にしなくて良いと思っていたのに、影に隠れて護衛がいる。

息が詰まるばかりだ。

自由を夢見てこちらに来たのに、行動を制限されて辛い。

生活レベルも落ちている。

二人とも、仕事をしているが、中々慣れない。

狭い部屋では安らげず、疲れも取れない。

食事も貧相。

アクセサリや服を新調できず、持ち込んだ物を使い回すことしか出来ない。

恋人に、もっと良い生活を送らせてあげたいのに何も出来ない自分が情けない。

でも、恋人が励ましてくれるから生きていける。

苦しい生活も二人でいるから耐えられる。

二人で乗り越えていける。


結局、最後は惚気になる内容の無い話だ。

リアナにしてみれば

「だから、何だ。」

「それが、どうした。」

と、言い捨てたいような話だ。


それを切々と訴え、リアナの貴重な休憩を消費した挙げ句、シューは定時に迎えに来た恋人と一緒に帰っていく。

帰る先は、正職員用官舎の最上部屋だ。

もっと言うなら定時ギリギリに出勤してくる。

噂では、官舎でも二人はイチャイチャとくっついているらしい。

その内、恋人は働くと体調を崩すと言って仕事を休むようになってしまった。

人の悪意ある視線や言動が耐えがたいのだそうだ。

自宅療養していれば良いのに、何故かリアナの元に話に来るようになった。

一人で部屋に籠もっていると、気分が落ち込むらしい。

だったら働けばいいでしょう。

とは言えないリアナは、適当に聞き流しながら仕事をこなした。

聞き流すが、能率は下がる。

当然リアナの仕事は滞り、勤務時間は増えた。


「あの手当じゃ、全然割りにあわないかも。」

そう呟くと、同僚や、上司もこっそり頷いていた。

あぁ、皆貰ってるのね。

私だけじゃ無いのだ。

それもそうか。

と、リアナは納得した。


納得しつつも不満は消えない。

もういい加減馬鹿馬鹿しくてやってられないと思い始めた頃に、男は現れた。

第1学習室に呼び出されたリアナは、

「どう?」

と、男に聞かれて正直に不満を口にした。

もう忖度なしだ。

自分のやりたかった職は奪われた。

奪われた職は大事にされずに蔑ろにされている。

夢を諦めろと言われたが、文句くらいは言わせて欲しい。

と、ばかりに訴えた。

もう忖度など言ってられない。

堪えきれない不満と疲労が溜まっていた。


男は笑って

「だから働けないって言ったじゃないか。」

と、答えた。

「想像以上でしたよ。」

「まぁ。そうだろうね。むこうも想像以上に適応できなくて困っているだろうね。」

「困っているのは私達ですよ。全く気づかないんですから。」

「あれでも、本人なりに何とかしようとしてるんだよ。どうしたら良い?って相談されてね。焦らず頑張れって言っておいたんだ。」

「少しは焦って欲しいですよ。全然動じないし。」

「簡単に動じないように教育されてきたからね。」

「自分から率先して動かないし。」

「自分で動いて仕舞えば人の仕事を奪ってしまうと言い聞かされて育つからね。」

王子が全部自分でやったら仕事が無くなるでしょう?

言い聞かされてリアナは、フンと鼻を鳴らした。


「いつまでも王子気分でいてもらっては困るんですよ。

平民になったんでしょう?着てる服も、行動もどう見てもお貴族様のままですよ。いや、人の労働を搾取してのうのうと暮らす。貴族の中の貴族ですよね!」

「元王太子と言えば貴族の中の貴族だろうから変われないんじゃないかな?」

ニコニコしながら男は言う。

「思っていたんですけど、変わらないように仕向けてますよね。」

「何でそう思うのかな?」

ニコニコ笑いが、ニヤニヤと何かを含んだ物に変わる。

「元王子様は多少レベルが落ちたとは言え、貴族的な生活を送っている。送らせてもらっている。絶妙にちょっと不満に思うくらいのレベルに調整されてますよね。最初に、私みたいに過酷な目に合えば諦めがついて生きるのに必死になって、用意して貰う物に感謝すれど文句なんて出ないですよ。仕事も、住まいも、食べ物も、諸手続も、全部全部手配してもらって、保護して貰っているのに自由が無いと不満を口にする。自由に買い物も出来ない、欲しいものも手に入らないなんて言い出す。でも、オカシイですよね。囲い込まれてこの国の街の事も知らないはずなのに何故か、評判の宝飾店屋、洋食店、菓子店を知っている。誰かが教えていますよね。使いたくなるように上手に唆してますよね。聞いてるだけで、あんなに散財するなんてと驚いてしまいますよ。つまり、相当な高給取りですよね。あんな働きで。」

「もしかして幾ら貰ってるか聞いちゃった?」

男は少し砕けた言い方をする。

「金額は言ってないですけどね。恋人にプレゼントを送るために一月分の給料が飛んだ。とか、高級菓子が美味しかったとか何でも話してきますから、何となく推測できますよ。いずれ破産するだろうなって事も。あぁ、でも随分と宝石とか持ち込んで亡命しているからしばらく持ちこたえられますか・・・。良いですね。お金持ちって。」

「だからこそ、金銭感覚はズレたままなんだろうね。それに、持っている物と比べると、ついつい良い物、最高級品を選んじゃうんだろうね。」

「それにしても、躊躇無い使い方で、こっちが怖くなるくらいです。」

「汗水垂らして働いた事の無い人はお金の価値がわからないよね。一般の常識が無いんだね。」

軽い口調で合いの手が入る。

「常識が無いと言えば、給料から税金が引かれるのも知らなかったみたいですよ。提示された金額が貰える訳じゃ無いって驚いていました。それ聞かされて私が驚きましたよ。税金の仕組みは解っていても、いざ自分が払う側になると”こんなに取られるのか”って思うみたいですね。」

「あぁ、組まれた予算そのまま受け取れるし、税金は納める物じゃなくて貰う物だったからね。」

「王太子様は、どれだけの予算を頂いていたんでしょうね。私の感覚からすれば恐ろしい浪費家ですけど。」

「儀式に必要な衣服や装束・交際費は経費で処理される所もあったろうし、経済的に我慢したことはないだろうね。」

「全く、あんな人、王太子でなくて良かったかもしれませんね。廃嫡されて正解です。あのまま即位されたら国に損害を与えたと思います。」

「うーん。我がユサ国にとっては良かったかもね。」

「どういう意味ですか?」

「だって隣国の王が愚鈍の方が付き合いやすいじゃない?」

「隣国が傾けば我が国にも飛び火しかねない。だから亡命させて保護したんじゃないですか?見返りを貰って。」

「そうそう。そうだったね。」

男は笑った。

「庇う訳じゃないけど、シューカインは平民としてはポンコツかもしれないが、王太子としては、それなりだったよ。学園では優秀な成績を修めたし、公務もそつなくこなしていた。」

「それは教育者が優秀だっただけでは?公務は準備万端で用意された原稿でも読み上げたんじゃないですか?失敗すれば国際問題になる緊張感は相当あるでしょうけど、あの人用意さえすれば完璧にこなしますからね。周りが準備してくれてたんでしょう。」

「おや、完璧にこなすなんて随分褒めるね。」

「良い意味ではないですよ。一緒にいると違和感感じますよ。良く訓練された何か、いえ、まるで操り人形みたいです。」

そこまで言ってリアナは流石に言い過ぎたと思ったのか口を噤んだ。

「そう、その通り。素晴らしい操り人形だ?周りはそういう風に育てたよ。素直で正直なシューカイン殿下は自ら努力して周りの期待に応えていた。プレッシャーもクレームも操り人形なら何も感じない、そんな一心で。健気だろう?」

「まるで見てきたみたいに仰るのですね。」

「隣国の次の王の資質を見極める事は必要だから、子供の頃から調査はしてたよ。あ。一応言っておくけど、我がユサ国以外の国もしていることだよ。」

「それは、そうでしょうね。」

「あのままなら、抜け目ない家臣の従順な操り人形王として治世を終えただろうね。可も無く不可も無く。いや、家臣の質に変わってしまうかな。」

「そうですね。自分からは道を踏み外しそうにないですよね。」

「そういう真面目な人だからこそ、一度、道を踏み外すと厄介なんだよね。人生に疑問を持ち始めた頃にピンポイントで奔放で自由な女性に出会って、自分が操り人形だと気づかされた。そこから”自分らしさ”を模索して、周りに反抗する事を自立だと勘違いしてしまったり、つまり”自分探しの旅”の最中なんだね。いや、青春だね。」

「そんな綺麗事で片付けないで下さい。」

「表向きは綺麗に調えないとね。スポンサー様も援助を渋るだろう?我が国はシューカイン殿の身柄を保護し、自立のお手伝いをしている事になっている。」

「自立のお手伝いですか?随分過保護だと思いますけど。」

「そう。世の中に出たばかりの雛鳥は保護しないと危険だからね。安全の為には過保護くらいが調度良いよ。」

「本人達は警備が厳重すぎる、最近更に増えたって言ってましたけど。」

「それは仕方ないよ。本人達が勝手に動くんだもの。不測の事態に対処するには人員が居るんだ。」

「それでも、私の目から見ても警備員が過剰のように思います。」

「やっぱり?」

「ワザとですか?」

「まぁ、そうだね。騎士団引退者の受け入れ先に困っててね。ちょっとずつ増やしたんだけどね。志願者が多くって。こちらも丁度良かったんだ。」

「丁度良いって。」

「人件費は隣国持ちなんだよ。上手に使わないとね。」

軽く言われてリアナは呆れた。

「雇用の拡大で、失業者も減るし、街も安全になっていく。今の調子で散財してくれたら、商人も潤うし、更に更に、ゴシップで人民を楽しませてくれるし、我が国にとってはシューカイン様様だ。他国の王族のゴシップって言うのは隠れ蓑に調度良いんだよね。”あぁ、ウチの国はまだマシだ”なんて国民に思わせられるからね。」

「本人達から苦情が出るんじゃないですか?」

「そこは上手く調整するよ。上手く調整できないのは君の職場だけだね。リアナ、君と、職場の人の尽力に我が国は深く感謝をしているよ。」

「おかしい世の中ですね。不公平です。本当に困窮してる私が、自分の我が儘で不幸の道を歩む、自分に酔った甘ったれの世話を焼くなんて。私は良い思いのお裾分けも来ない。苦労に見合わない手当金で黙らされる。私みたいな何の力も無い、ただの一市民は努力しても、何も適わない。報われない。」

リアナは泣き言を口にした。

普段ならそんな事、会って二回目の男になんて言いもしない。

なのに、男の軽い口調と雰囲気に完全に警戒心を解いてしまっていた。


「まぁ、完全に不公平とは思えないけどね。彼らは彼らなりに苦痛を感じてきたんだよ。」

「苦痛?どんなですか?」

「例えば自由・・・かな。本当に、自由が無いんだよ。生まれた時から人目に晒されて、何をしても大騒ぎされる。自分の何気ない一言が悪意が籠もった言葉にすり替えられて、非難される。それは本当に苦痛なんだよ。」

その言葉にリアナの理性がぶち切れた。

怒りが言葉となって口から勝手について出て来る。

「注目されるのと、されないのとどっちが良いのでしょうね。

私は、父親にどうでも良い存在として無視されましたよ。家を追い出されて・・・。身上調査では家出になってましたけど、家出を装って追い出されたんですよ。寒い冬の日でした。凍えていても、通りかかる人は視線の端にも入れてもらえませんでしたよ。あぁ、見て貰っても、ゴミだ。退け!みたいな反応でした。それとどっちが良いんでしょう。」

「・・・他にも、自由に行動出来ないんだ。スケジュールも強要されて、朝早くから儀式の為に起きなくてはいけないし、夜会で夜遅くまで寝れない事もある。儀式の度に着替えなくてはならなくて、身支度一つでも自由にならない。着替えを持ってくる人の順番もあるらしいから、それを待って凍える事もあったり、そうそう、手足を通す順番まで指示されるんだよ。」

男の取りなす言葉は新たな燃料となるばかりだ。

リアナの口は止まらない。

「寝る場所があって寝れるだけ良いじゃ無いですか。寒い夜は屋外で寝たら死ぬんですよ。早起きくらいなんですか。ふわふわ温かいベッドに包まれれば早起きは辛いかもしれない。良く元王子様も「朝が辛い」なんて言ってきて、その上「前はこんな愚痴も口に出来なかった。」なんて言ってきますよ。」

「愚痴が言えるようになったんだね。」

「私からしてみれば何言ってんだ?としか思えませんけどね。元王子様は寒さに凍えながら朝を待つ気持ちなんてわからないでしょうね。寝たら死ぬ恐怖に怯えながら、朝日が差し込むの待つ気持ちなんて。意識が朦朧として、”このまま眠ったら楽になれるのに・・。”なんて思う気持ちも。」

「それは、過酷だね。」

男は沈痛な面持ちで相槌を打ってきた。

だが、それは表面上の物だろうということはリアナもわかっていた。

「過酷なんて言葉では片付けて欲しくないですね。時々あの頃の記憶がフラッシュバックしてきます。あの頃私みたいな境遇の人は結構いましたよ。大人も子供もいました。殆どが無気力な、ただ死を待つ人ばかり。でも中には生きようと足掻いている人も居ました。そういう人達が新参者の私に「寝たら死ぬ」って教えてくれて雨風凌げる場所を教えてくれました。路上で暮らしていた子達はね。自分で考えて少しでも温かい場所に潜り込むように生きてきましたよ。少しでも暖を取ろうとして不注意で大火傷した子もいましたし、見つかってたたき出される子もいましたね。当たり所が悪ければ死にますよ。簡単に人間は、特に、子供は死ねるんですよ。」

「そうだろうね。」

「今だって、安アパートで隙間風が吹き込んで、凍え死ぬかもって思う日だってあります。なのに、あんな温かそうな上等な外套に身を包んで、”寒さが堪えるね”とか言われる度に腸が煮えくり返るような気持ちになりますよ。そうそう、服、服の話もありましたね?服ね・・。着れずに凍える。寒くて辛いかもしれないけど、着る服あるだけいいんじゃないですか?結局着せて貰えるんだから。寒いって言っても室内でしょう?寒風吹きすさぶ中で、擦り切れて薄くなった服で風を凌げる場所を探して街を彷徨うよりずっと良いですよね。皆に見守って貰って、着る服も皆が準備してくれて、しかも綺麗な服を用意してもらって、世話を焼いて貰えて。どんなに幸せなんですか!?自由が無いって、不幸だって良く言えますね。」

「そういう現実を知らないからね。それに世話してくれる人も義務的なんだよ。役職だからしてるだけで、親身では無い。しかも、その服も自分の好きな物は着れないし。」

「好きな服?私は選ぶ事もできませんでしたけどね。路上では着たきりでしたし、孤児院に入れてからも上の子のお下がりで、どこかがほつれていたり破れていたり、ツギの当たってない服なんて無かった。小さくなっても無理矢理着てましたよ。窮屈な靴だと足が変形するんですよ。肩に布が食い込んで呼吸するのが辛いんですよ。そういうのわからないですよね。体験した人じゃないと解らないんですよ。」

リアナの剣幕に男は苦笑いを浮かべた。

「う~ん。そうだね。じゃあ、先日君はリンゴを手に出勤してきて丸かじりしていただろう。そうやって食べると美味しいよね。身分ある人は、そういう風に丸かじりする自由も無いんだ。毒味がいてね、色んな手順がある。食べる食事は運ばれる間に冷めきってしまって、味気ない物になってしまうんだよ。」

「別にリンゴを丸かじりしたくてしてる訳じゃありません。皮すらも勿体ないからそうしてるだけです。お貴族様が捨てる芯だって私にはご馳走です。それに、あのリンゴ一つが私の朝食件昼食でした。当然足りません。いつも私はお腹が空いています。誰も食事は用意してくれません。正規職員でも無い私には王宮の食堂は使えません。そもそもお金が払えません。元王太子様は恋人にランチボックスを差し入れて貰ってましたね。王宮の正職員の食堂のランチを詰めて貰ったって言ってましたよ。

サンドイッチに、綺麗にカットされた果物。保温容器に入れられたスープ。それ見て二人何て言ったと思います。

「この食事を受け入れよう。二人で食べられればどんな物もご馳走だ。苦労を受け入れる事が僕たちの恋の代償だ。」

ってね。悲しそうに仰ってました。苦労してますか?してませんよね。食べる物も無く空腹な私の前で、”あ~ん”なんてして食べさせ合って。その食事は誰が用意してるのか、片付けも誰がするのか。仕事の後始末も・・全部人にやってもらって、全くお気楽ですよね。亡命してきて気が休まることが無いなんて言いながら顔色も良いですし、健康そうで羨ましいですよ。私なんて、食事も満足に取れない上に、忙しいから痩せてきましたよ。ただでさえ痩せていたのに。」

「確かに前会った時より痩せたね。」

男が労るように言う。

「痩せましたよ。そんな私に、あの人達、「最近顔色が悪い。体調を調えた方が良い。」なんて無神経な事をいうんですよ。誰のせいで私が苦労してると思っているのか。私の労働を搾取して、私が就きたい仕事を元王族の権力に物言わせて就いて。人を踏みにじってのうのうと生きられる、あの神経!本当に嫌です。時々、惚気とか聞かされるのも本当に我慢できない!恋愛沙汰なんか知った事じゃないですよ。私は!今日!一日生きるだけで精一杯なんです。あんな人達と一緒の空間にいるのも耐えられないんですよ!」

最後は支離滅裂になりながらもリアナはもう自分の感情を抑えられなかった。


「はい。そこまで、全くもって君の言う通りだよ。リアナ。君の怒りはもっともだ。」

男は手を叩いた。

「その怒りは君だけの物じゃないよ。」

男は突然リアナに同調し始めた。

「彼らに怒りを覚えているのは、君の同僚・警護・料理人・官舎の管理人。他にも色々。

誰もが自分の仕事以上の働きと気配りを彼らに提供している。平民身分の元王族に相応しい待遇を模索している。平民として扱っても、厚遇しすぎても苦情が出る。何か問題が起きれば自分の責任になる。手当金が支給されているが割に合わないと皆思っているだろうね。所で、我が国は隣国から手当金を含め諸経費を受け取っているが、その原資はどこから捻出されると思う?彼は廃嫡され平民に落ちた元王太子だ。」

突然の質問にリアナは口ごもった。

「誰か、が、援助しているんですよね。そんな状態に成っても援助をしたいと思う人、それだけのお金を動かせる人は限られていますよね。」

「そう、君の想像通り。親心って言うのは素晴らしいね。」

「親にも恵まれていて羨ましい限りですね。」

「まぁ、元王族が何か不慮の事件に巻き込まれたら国の不名誉になるっていう大義名分もあるけどね。」

「そのお金も出所は税金ですよね。」

「そう、自身の所領からのお金もあると思うけども、税金も投入されているだろうね。」

「隣の国の事とは言え国民に同情しますね。」

「そうだね。本当に可愛そうだ。だから一番可愛そうなのは隣国の国民って事になるのかな。自分たちが汗水垂らして働いたお金が、まさか流れ流れて我がユサ国を潤しているとは。国民は正しい政に使われるのだと信じて疑ってないだろうしね。その上、彼らを受け入れる条件として、不利益を飲まされている。関税率とか・・他にもね。苦しむのは国民ばかりだ。全く悲劇的だと思わないかい?」

男は笑った。

「それで・・だ。

リアナ、君に依頼だ。

君の素晴らしい才能はこんな所で食い潰されるのは勿体ない。

事実をありのままに表現できる文章力。

物事を洞察、推測する力。

本当に素晴らしい。

だから、君に書いてもらいたいんだ。

シューカイン元王太子の、自由を求めた日々を。

数ヶ月様子を見たけど、君は彼の信頼を得ているようだ。

君には自分の事を色々喋っているみたいだね、

主に喋っているのは恋人さんかな。どちらでも良いけど、それを事細かに書き記して欲しい。

きっと、彼らは、この先、色んな事を経験すると思うんだ。

散財を続けて、借金する羽目になったり、案外高金利で驚いたり、持ち込んだ宝石をだまし取られたり、とか色々ね。

生活レベルを落とすと言うことを知らないから、自分の持ち物をお金に換えて、それでも足らなくて、困窮すると思う。

そうしたら、実家にお金を無心するんじゃないかな。最初は少額、それから徐々に金額を上げて、その内にビックリするくらいの金額になるかな。

どう?リアナ。

書くネタには困らないと思う。

君の実力なら簡単な仕事だろう?」

「断ることは出来ないんですよね。」

「うん。そうだね。でも断るなんて考えないでしょう?君はその怒りを誰かに知ってもらいたいと思っている。世の不条理さを、不公平さを。沢山の人にね。

君がしっかり書いてくれたら、きっとその望みは叶うと思うんだ。」

「叶うんですか?」

「そうだよ。やっぱり、苦労している人は報われるべきじゃないかな?」

「どうやってですか?どうやって叶うんですか?」

「きっと、多分なんだけど、君の書く話は凄く評判になると思う。評判になりすぎて、知らないうちに、その内容は隣国に流れると思うんだ。きっと隣国の国民は驚くだろうね。悲しむだろうね。もっと知りたいと思うだろうね。」

「・・・・そういう事ですか。」

リアナは納得した。

その為に自分は元王子の近くに居させられたのだろう。


「きっと売れるよ。

駆け落ちした愛に生きた元王太子殿下の疑似平民生活。

その実態は!

ママからの支援で成りたつ

国の金食い虫達のおままごとでした。

って。


きっと国民は不満に思うんじゃないかな。

凄く凄く怒ると思うよ。

自分たちを捨てて亡命したのに、自分たちの税金で豊かな暮らしを送ってるなんて。

ってね。

それからどうなると、思う?」



凄く楽しそうに男は聞いてきた。

リアナは、その問いには答えずに、

「宜しいんですか?金のなる鉱脈が絶えてしまうかもしれないんですよ。」

「うん、まぁ、自分の国の事じゃないしね。」

「我が国に飛び火するのを恐れてたんじゃないですか?」

「それもそうだけど、飛び火する前に平定してあげれば問題ないじゃない?国土を広げる機会って魅力的だよね。」

「最初からそのつもりだったんですか?」

「色々選択肢はあったけどね、重税に苦しむ民を放置するのは胸が痛むじゃないか。」

「重税は決まってるんですか?」

「今のペースならそうなるでしょ。国は疲弊する。民は苦しむ。解りきったことだ。私を優先した為政者達の元で暮らすなんて不幸でしょう。だから、早く手をつけたい。それで、どう?その手助けをしてくれる?」

リアナはきっぱりと

「その仕事、謹んでお受けします。私以上に適任はいないと思います。」

と、返答した。

実際、自分でもそう思った。

リアナは彼らにもっとも近い位置にいる。

しかも脅威と思われていないから、何でも話は聴き放題だ。

自分が一番の適任だ。


何よりも、リアナは怒りを抱いていた。

彼らを甘ったれた環境でのうのうと今も生かしている、一部の人間だけに優しい世界に。

今までは何も出来なかったが、それをペンを手に立ち向かうのは何とも魅力的に見えた。


「では契約書を取り交わそう。未来のベストセラー作家。国を挙げてバックアップするよ。」

「ご期待に応えるよう努力致します。」

男が差し出した手をリアナはしっかりと握りしめた。

「自己紹介しよう。私はジョージ、ブラッド。宰相補佐をしている。」

言われた役職名にリアナは驚くよりも納得した。

ジョージの手はがっしりとしていて、掌はゴツゴツとしていた。

間違いなく長く働いている人の手だった。

元王子様の手はスベスベだったな。


シューカイン元殿下の手は、いつまでも白く美しかった。

そんな一文を何処かに入れよう。

リアナは思った。


書くことは真実しか書かない。

だけど、誰が、どのように受け取るか。

書き上げた物を、依頼者がどのように使うのか、リアナは知らない。

知る必要が無い。

それで元王太子と、その国がどうなってもリアナは知らない。

知る必要も無い。


ただただ胸の内にあるのは純粋な怒り。

リアナの心にあるのはそれを紙にぶつけたいという衝動だけだった。

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[気になる点] キーワードの「女主人公」を見ていなかった為、途中まで主人公は男性だと思っていました。 ジョシュアはユダヤ人男性名ヨシュアの英語読みなので、女性なら別の名前にした方が良かった気がします。…
[一言] ジョシュアには文章力も洞察力もあるのだから、単なる暴露本ではなくシュテファン・ツヴァイクのマリー・アントワネットみたいな作品を書いて欲しいですね。 色々、全部終わって数十年経って、差し障り…
[良い点]  目標のために頑張っていたジョシュアが感情に目を眩ませてて転落していく様を描いているのならば非常に見事だと思いました。  私はこれを読んで思ったのは肩叩きです。  クレームが来るような人…
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