魔人の狂想(8)
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朝食を終えた後、俺はマルコさんに連れられて役所で養子縁組の手続きを行なった後、冒険者ギルドで入学に必要な書類やらを貰う。
話によれば、入学は九月。入学試験の日程も考えると、今からちょうど一ヶ月後。
今はちょうど夏休みに入っているようで、タイミングよく入学式に間に合いそうな頃合いだ。
……編入や転校は、前の世界でもよくあることだった。
変な時期に編入してくると、すでにクラスの中でグループができていて、新しく自分がその輪の中に加わることは難しく、いつも寂しい思いをしてきた──が。
今回はそれとは違って、新学期からでもなく入学式からみんなと一緒に始められる。
学校は寮制だから、たとえマルコさんやギルダさん──もとい、両親が引っ越しするとなっても、俺は新しく学校を移さなければならなくなるという心配もなくなる。
どうせすぐに転校してしまうのだからと、周りと距離を取る必要もなくなる。
コミュ障だが寂しがりやな俺に取っては、とても嬉しい計らいだった。
(それに、一ヶ月もあればこの優しい家族にお礼もできるからな)
いくら相手が命の恩人とはいえ、図々しく、何もせず家に居座り続けるのも居心地が悪かった俺は、それからの一ヶ月を、黄金の鍋亭で新しいウェイトレスとして働きながら過ごすことになった。
「はぁ……疲れた……」
その日の夜。
俺は、『黄金の鍋亭・給餌服』とアイテム名がつけられた黄色のエプロンドレスを、装備画面を操作してストレージに仕舞いながらベッドに飛び込んだ。
今日は人生初のアルバイトの日だった。
いつ親が転勤して引っ越さなければならないかわからなかった為もあり、これまで一度もアルバイトをしたことがなかった俺は、今日一日ウェイトレスとしてホールで働いていた。
(食事を運ぶだけの仕事が、こんなにしんどいなんて聞いてない……)
黄金の鍋亭は主に冒険者をメインターゲットとする宿屋だ。
故に、入ってくる人はみんなどこか怪我をしていたり、モンスターの返り血で生臭かったりする。
さらには気性が荒い冒険者も多く、酒に酔って罵声を浴びせたり喧嘩になったりもする。
酷い飲み方をすると汚物をその場に撒き散らす人もいれば、尻を撫でたりと痴漢を働く冒険者も現れた。
……まぁ、そういう奴は全員、ギルダさんとお姉ちゃんが対応してくれたのだが。
……あ、喧嘩は別ね。
マルコさん曰く、喧嘩騒動が起きた場合は、だいたい他の冷静な冒険者が止めに入るらしく、今回もそうなった。
ちなみにその喧嘩の止め方は──今回は魔法使いだったのだが──《ウォーターボール》という魔法を使って、水の球を作り出し、それで相手の頭を覆って呼吸を塞ぐというものだった。
それを見て俺は感心したね。
普通《ウォーターボール》と言ったら、ゲームの中だと水の球を相手にぶつけて攻撃するものだったが、今回のように、やり方次第では相手の呼吸を塞ぐこともできるようだ。
喧嘩中の二人はそれで頭が冷えたのかどうなのか、後で軽く嗜められて大人しくなったのは、また別の話。
「……ほんと、今日は疲れた……」
俺はもう一度、ストレスを体の外に吐き出すようにため息をつくと、体を起こして、今日はもうお風呂に入ることにした。




