魔人の狂想(7)
7
──翌朝。
俺は鳥の鳴き声と共に、柔らかいベッドの上で目を覚ました。
「……やっぱり、夢じゃなかったんだな」
窓から差し込む微かな陽光に目を細めながら、俺はぽつりと呟いた。
どこかでは、もしかしたら目を覚ませば元の日常に戻っているかもしれないだなんて淡い期待にも似た予感があったのだが、目の前のこの光景を見れば、これが夢だったなんていう可能性には流石に諦めがつく。
俺は軽く伸びをすると、クローゼットの前まで歩いた。
「……」
クローゼットには鏡が嵌め込まれていた。
時代設定的にも鏡は高価なものなのではないかと思っていたが、思い返せばゲーム時代には『ガラスの破片』なんてアイテムをドロップさせるモンスターもいた。
おそらくこういった、時代に不釣り合いそうな素材というのは、だいたいモンスターからドロップしたものを使っているのだろう。
まぁ、この世界だとゲームだった頃と違って、死体は消えたりしないし、装備していない武器を落としたりもしないんだけど。
「それにしても、よく見ると本当にこのアバターって可愛いよなぁ」
寝癖でやや乱れているが、基本的に直毛な銀色の髪の毛。
一束手に取ってみれば、それが驚くほど滑らかで細く、枝毛の一本も見当たらないことが窺えた。
まぁ、ゲームのキャラクターなんだから枝毛があるはずもないし、基本的に美形になるのは道理だし、珍しくもないんだけど──それでも、現実となった今では、この容姿はかなり目立つこと間違いなしの美形といって過言ではない。
ややつり上がり気味の目尻は鋭く強気で、しかしどこか物憂げ──いや、これは単に寝起きでちょっと眠いだけか。
それを差し引いたとしても、この白銀比に整ったハーフ顔に充てがわれている瞳はガラス細工の様で、透き通るような青い虹彩が全体を一つに整えている感じがする。
さすが、俺のフェチズムを盛り込んだアバターなだけはある。
目鼻の配置、髪色の具合、肌の絹の様な滑らかさ。どれ一つとっても作り物の様な美しさがある。
……いや、まぁ実際にこの体は作り物なんだけれども。
「……それにしても、ホントに傷一つないよな」
呟いて、肋骨のあたりに手を触れる。
昨日、ガラット・カヴィアロードの尻尾が思いっきり当たったあたりだ。普通なら骨が折れて皮膚に青あざ、切り傷擦り傷なんてできているはずなのに、服の下の素肌からは、まるでそれが夢だったかの様に綺麗さっぱり失せている。
「レベルが上がると自動的に傷が治るってことは、自動的に最適な位置に内臓とか筋肉とか諸々が再配置されるってことだよな?
ということは、レベルが上がれば上がるほど美形に近づくんじゃないか、この世界は?」
元から美形だった俺のレベルも、今や五まで上がっているのだ。
相応に可愛くなっているはずだし、だとすればソフィアがお風呂であれだけ興奮していたのも、今となっては頷ける。
何せ、元から可愛かった俺が、さらに可愛くなってしまったのだから。
興奮しないという方がおかしいはずである。
自然とニヤニヤと口角が上がっていくのが、鏡に映るのを見て自覚して、余計に笑みが溢れる。
もちみたいに柔らかいほっぺたを両手でこねくり回したりして真顔にしようとするにも、こんな可愛らしい顔が自分だなんて思うとにやけ顔が止まらなかった。
それから俺は、お姉ちゃん──昨晩の歓迎会で、ソフィアさん直々にそう呼んで欲しいと言われたのだ──が朝食に呼びに来るまで延々と鏡と睨めっこしていたのだが、それはまた別の話。